第10回 それは質問か?


 私たちは日常的に他人にものをたずねる。そしてその行為は一般に「質問」と呼ばれている。
 英会話のテキストなどを見れば、様々な例に出合うことができるであろう。
 「これはペンですか?」、「あなたは生徒ですか?」等々である。
 このように、「質問」とは相手に返答を要求する行為であり、返答も、イエスもしくはノー、あるいは「見たらわかるやろ」というように手短かに答えられるものが大半である。
 とはいえ、相手に対して熟慮を要するような回答を求めるタイプの質問もある。
 「日本の集団的自衛権についてあなたはどう考えますか?」とか、「あなたの一日の行動をくわしく教えてください」とかいうものである。これらはイエス・ノーでは答えられないし、ひと言では到底答えることができない。「べつに」あるいは「いやじゃ」という返答もありうるが、それらは回答ではなく回答の拒絶である。
 しかし、ここからが本論なのだが、私たちが日々口にする疑問文は、ほとんどいってよいほど「質問」とは呼べないものばかりである。
 たとえば、「おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする?」は立派な質問であるが、私の妻がよく口にする「ご飯にする? それとも食事?」は、ネタであって質問ではない。
 先日は珍しく、「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?」と聞くので、「うーん、風呂入ろうかな」と答えたのだが、「でもまだわかしてへんねん」と言われた。これも明らかに「聞いてみただけ」であって、質問とは呼べない。
 他にも、「晩ご飯、何が食べたい?」と聞くので、「久しぶりに鍋でもどうか」と答えたところ、「カレーの用意してあんねんけど」などと言う。これも質問ではない。少なくともジャガイモを切る前に聞いてほしいものである。
 いやいや、こんなところで夫婦生活の愚痴を書き連ねている場合ではない。上はむしろ特殊な例である。
 私がここで書きたかった「質問ではない疑問文」とは、もっとごく普通の、それでいて誰もが日常何度も耳にし、口にもする、いわゆる価値判断を含む疑問文である。
 私が職場でよく耳にする疑問文をいくつか列挙してみよう。
 「君、それどういうつもりや」
 「何を聞いてるんや」
 「こんなこともできんのか」
 「この書類はいったい何や」
 「なにを考えてんねん」
 「怒られなわからんのか」
 「おまえはアホか」
 書いていてだんだんとつらくなってきたが、これらはすべて私に対して発せられた疑問文である。しかし、一見してわかるようにこれらは「質問」ではない。
 「この書類はいったい何や」に対して、「こないだ頼まれたやつでんがな」というのは相手の感情を無視したものであって回答ではない。「何を考えてんねん」に対して、「いろいろ考えてまんがな」というのはすでに回答の域を超えている。口応えである。
 また、「おまえはアホか」と言われて、正直に「ええ、自分でもひょっとしたらと……」などと答えようものなら、「なめてんのか!」と怒鳴られるのがオチである。またもや疑問文の登場である。
 ここでも、「いえ、なめるなんてそんな……」などと答えるのは禁物である。相手は本来の質問をしているわけではないからである。相手の怒りに対して、火に油を注ぐことになる。
 そんな返答をすれば、「しばいたろか」と、みたび疑問文を提示されることになるであろう。そしてやはり、ここでも「しばいてもらいたくありません」と実直に答えるのはよしたほうがよい。本当にしばかれるからである。
 ことほどさように質問ならびに疑問文の取り扱いには注意を要する。
 これは自分が発する場合も同じである。こちらは純粋に質問しているだけなのに、質問の内容や相手によっては、感情を害されてしまうこともよくある。
 たとえば、夜に帰宅して、妻に「掃除した?」とでも聞こうものなら大変である。「そんなん言うんやったら、あんたがしたらええやろ!」と顔面にほうきを叩きつけられるはめになる。私は、ただ聞いただけなのに、である。
 あるいは、友人に「なんで彼女の一人くらいでけへんねん」と聞いて、絶交されかけたことも一度や二度ではない。
 事前に純粋な質問であることを断っても、だめなものはだめである。
 「純粋に質問として聞くねんけど、君は学生の頃、友だちに『あんた頭悪いんちゃう』とか言われたことない?」と聞いて、口をきいてもらえなくなったことがある。
 質問は難しい。するのもされるのも難しい。
 それでは、最後に純粋な質問でしめくくろう。
 「こんな文章読んでて時間の無駄だとは思いませんか?」

(02/27/2000 up)


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