第15回 一人ぼっちの冬        

「一人ぼっちの雑文祭」参加作品


 クリスマス・イブは一人ぼっちで過ごすにかぎる。ことに今年は週末だ。街の喧騒と混雑は察するに余りある。

 だから今回は、「一人ぼっちのクリスマス・イブ」について書く。タイトルこそ「一人ぼっちの冬」であるが、それはもうそんなお題を出すやつが悪いのである。でも冬の話には違いないので、それは負けといてくれ。

 そもそも私は、昔からクリスマス・イブは一人でいることが多かった。そりゃ小さなころは家族といっしょにツリーを飾ったり、アイスクリームのケーキを食べたりして、「メリー・クリスマス!」なんてはしゃいだものだったが、長じて後はそんなイベントもどこへやら、恋人がいるわけでもなく、たいていひとり鬱々とテレビを見ながらするめをかじっていた。
 私は、これを「ユーミンの呪い」と呼んでいる。松任谷由実が「恋人はサンタクロース」などと歌わなければ、クリスマスは今もファミリーのためのおだやかなイベントだったはずだ。
 と、こういう書き方をすると、私が一人ぼっちでクリスマス・イブを過ごすことに忸怩たる思いを抱き、嫉妬ないしはルサンチマンの裏返しとして、ひとりで過ごすことを推奨しているのであろうと邪推する向きもあると思われる。
 それはさすがに心外なので、一人ぼっちでクリスマス・イブを過ごすことが、どれほど理にかなったものであるのかを、以下述べることにする。

(1) 人ごみで不快な思いをすることがない。
 そもそもいつもの部屋なら暖房も効いてるし、ジャージの上下で何も問題はない。くつろぎ放題である。怪我をする心配もなければ、犬のウンコや深夜のラーメンゲロを踏んでしまう可能性も皆無である。その筋の人に肩をぶつけて、身ぐるみはがれることもなければ、雑踏で足を踏まれたり、歩きタバコの火を上着に押しつけられたりするおそれもない。よいことずくめであるといえよう。
 混雑する繁華街へなど出かけた場合を考えてみるとよい。上記にあげたような危険は常にある上、もちろん服装にも気を遣わねばならない。部屋にいるつもりでジャージ姿のまま、歩道に大の字に寝っ転がったりすれば、踏んづけられて側溝へ蹴りこまれるならまだしも、大勢に踏まれて死ぬ危険さえある。他人といっしょに渋谷あたりへ出かけようものならはぐれる恐れもあるし、その前に鼻毛も手入れしとかないといけないし、だから、しっかりつないでいますからとか、きゃーとか、バカかちくしょー。

(2) 財布にダメージをこうむることがない。。
 そりゃもうクリスマスである。不幸にも恋人なんてのがいて、クリスマス・デートなんてことになると、要する経費は莫大なものになる。ティファニーだブルガリだと高価なプレゼントは言うに及ばず、高級レストランも軒並み混んでる上に、クリスマスメニューとやらでふんだくりにかかる。恋人とテーブルを挟んでワインとかフォアグラとか牛フィレだとかカレーうどんだとか、飯だけで何万円かかるか知れたものではない。あ、いやいや、最後のはないな。それでも、素敵なお店ねー、ロマンチックだわー、おいしいねー、って、なんだコノヤロー。
 ところが、これもひとりで過ごすなら、実にかわいいものである。せいぜいコンビニ弁当(580円)及びするめ代(2袋で500円)、焼酎代(張り込んでも一升入りの紙パックで920円)くらいですむ。これならジャスト二千円である。石油ファンヒーターの灯油代やレンタルビデオ代(紀里谷キャシャーンと蒼井そら)を計上したところで、三千円を上回るまい。ドラクエVIIIだのPSPだので悲しい、あちがうちがう“豊かな”時間をつぶそうとせぬ限り、他人と過ごすのに比べてはるかに安く上がるではないか。浮いた経費で、いつもはレンタルのSODを10本購入してもまだ釣りがくるではないか(廉価版DVDにかぎる)。

(3) 年賀状の準備も万全にできる。
 なにも無理やり理屈をこねているわけではない。ないったらない。十二月二十八日投函をめざすならこのあたりから準備が必要ではないか。にもかかわらず、前の晩からいちゃいちゃして酒かっくらって、翌二十五日も二日酔いとか朝からデートだとかしてたら、年末にあわてても年賀状が出来上がらず、新年早々関係各所に礼を欠くことになる。いい気味である。
 じゃなくて、クリスマスの喧騒もよそに、週末にひとりでゆっくり時間をかけて年賀状の用意をする時間の、なんと心癒されることであろう。あの人は元気だろうか、この友人にも長らく会ってないな、ちょっと近況を書き込んでおこうか、などと住所録をめくりながらあれこれ思いいたす時間の、なんと人間らしいことであろう。一枚ずつ書いていく宛名の中に、異性の名がひとつもなくても、何を嘆くことがあろうか。何も嘆くことはない(反語)。

(4) キリスト教徒でないことを恥じる必要がない。
 いうまでもなく、日本語では聖誕祭と訳されるがごとく、クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う日である。三位一体が税制改革のことだとか、銅メダルは一組だけという約束事だと思っているような輩に、はしゃいだり喜んだりする権利などない。いいや、これはこれから日が長くなるという、太陽の再生を祝うお祭りだからって、古代ドルイド教徒かお前は。そもそも、一週間も待たずに、正月になれば今度は恋人と神社へ初詣に行こうなんて人間が、メリー・クリスマスって、そんなこと言うもんじゃないっての。お前らなんか冬休みの宿題に、『マタイ伝』十回書き取りじゃ。
 もちろんそんなことも、一人で部屋にいれば何ひとつ気にする必要はない。メリー・クリスマスなどとご先祖様に顔向けのできぬ恥ずかしい言葉を叫ぶ必要もなければ、クリスマスツリーなどという狭い部屋では邪魔にしかならないようなものに、ちっこいサンタだのブリキの星型などをかざりつけて、なぜか毎年出すたびにからまっている豆球のコードと格闘する必要もない。
 だいたい、イエス様お誕生おめでとうって、仏様の罰が当たったらどうするんだ。だーかーらー、イエス様はね、マリア様に抱かれて馬小屋で生まれたんだ、まあ物知りなのねって、それくらい俺も知ってるっちゅうねん、なんやそのキラキラの上目遣いは。日本人なら、馬小屋生まれは聖徳太子だけで十分やっちゅうねん。

(5) 今晩こそできるとか勝負パンツがとか心を悩ませる必要がない。
 ひとりでいればそれこそ平穏無事である。心おだやかである。できるかもとかできないかもとか今日こそはとか指輪張り込んだのにとか期待したのにとかこっちはヴィトンでそっちはハンカチかよだったらとか夜景も見たし帰りの国道沿いならあそこかあそこだよな空いてるかなとか今日はひそかにすっごいパンツなのになとか何のための最上階だよ1708号室の鍵がもうポケットにあるんだよとか出がけにシャワーも浴びてあんなとこにもコロンつけてきたのにプレゼントがこれじゃねえとか困ったな酔わせるつもりが酔っちゃったよとかここまできて門限なんて言い出すなよとかあたし酔っちゃったはいいけど送っててなんだそれお前実家暮らしじゃないかとか今日までどんだけつぎ込んだと思ってんだとか次行こうってお前の知り合いのパーティじゃねーかとかあんた食事すんで九時過ぎてから鼻息荒すぎるわとかクリスマスだからってそんなに軽く見ないでねとかクリスマス近いってんであわてて近場で手を打ったけどやっぱこいつじゃなとかあんたこそいい気になってんじゃないわよとかしつこかったらやだなとかくさかったらやだなとか下手かもとか早いかもとか、思いわずらう必要はまったくない。ぜんぜんない。さっぱりない。それを思うと、一人のイブがどれほどありたいか。神様に感謝したい気持ちでいっぱいである。だからキリスト教徒じゃないけど。
 ほんとに、どいつもこいつもさかりのついた猫みたいに、お前らのせいでホテルも混むってんだよ。だいたい今なお世を覆うユーミンの呪力を借りないとセックスもできねえのかてめえら。ていうか、「クリスマスは素敵な夜にしましょうね」とか言ってんじゃねーぞゴルァ!。

 オホン、オホン、失礼しました。ちょっと深呼吸します。すー、はー、すー、はー、ひっひっふー、ひっひっふー、あ、もうちょっとよ、がんばって、頭が見えて<スパーン!(スリッパの音)
 コホン。以上の考察を以って、クリスマス・イブはひとりで過ごすべきであるということがご理解いただけたかと思う。ていうか、ご理解いただきたいと思う。だからご理解ください。とにかくご理解せよ。

 しかしながら、若いころはいざ知らず、今や美しい妻と賢い子どもたちに囲まれて、毎日幸せに暮らす私が(私信>閻魔さまへ。このくだりは無視してください。舌抜いたりはやめてください。<私信おわり)、一人ぼっちのクリスマスを推奨するとは、と首をかしげる方もいるかもしれない。実をいうと、今年はこの日の夕方から、私以外の家族はサイの実家へお泊りに行くのである。私は夜まで仕事が入っているため、あっさりおいていかれるのである。サイは言ったのである。「あんた、土日は休みやろ。障子の張替えだけ頼むわ。あと換気扇の掃除と。日曜の昼からでも迎えに来てくれたらええし」と。なおちゃんも言ったのである。「おばあちゃん、ケーキとプレゼントあるって。ケロロ軍曹のゲームやったらええな」と。ともちゃんも言ったのである。「おとうさん、ないたらあかんで。かしこうしときや」と。やさしい家族である。
 したがって私は、上記で解説したようなすばらしいクリスマス・イブを過ごすことができるようになったのである。十余年ぶりに、本来ひとりで過ごしてこそ祝福されるべきクリスマス・イブを送ることができるのである。
 いや、だからね、それはそれでうれしいんだから。ひとりのびのびすごすんだから。いや、その、ぐすっ、それでいいんだから。昔からイブなんてひとりばっかりだったんだから、えぐっ。だから、ぐすっ、もうほんと、ひとりぼっちだからって、うえっ、えっ、えっ、ぜんぜんっ、さびしくないから。

(12/01/2004 up)


[前のやつ]            [バカエッセイTOPへ]   [TOPへ]            [次のやつ]