吸  血  鬼


 ごく普通の茶の間(隣接して台所)。片隅に洋風の棺桶が置いてある。
 母親(メイクのみ吸血鬼)が、台所に立っている。
 棺桶から息子(同)が、起き上がってくる。
 「あーあ、よう寝た。寝過ぎて腹ぺこぺこや。おかん、めしやめし、腹へって死にそうや」
 「もう、この子は、起きるなりこれや。はい」
 赤い液体で満たされた大ジョッキを息子の目の前に置く。
 「いっただっきまーす、(一口飲んで)うわっ、まずっ! まっずー、なんやこれ」
 「なに言うてんの、わたしがどんだけ苦労して、わけてもろてきたと思てんのや。好き嫌い言わんと、ちゃっちゃと飲み!」
 「せやかて、おかん……、これ誰の血や」
 「誰のて、4丁目の竹本さんとこのおばちゃん……」
 「きっつー、やめてくれよ、あのぶっといおばはんかいな。息子、おれよりまだイッコ上やねんで、うわ、もう、こんなんおれ絶対よう飲まんわ」
 「ぜいたくばっかり言いな! おかあちゃんがどないして頼んだか知ってんのか。下げんでもええ頭下げて、嫌み言われて、それでもあんたがおなかすかせてると思うから、それを……」
 「うっるさいなあ、もうええわ、外で食てくる!」
 息子、部屋を出ようとする。
 「ちょっと待ち。外で誰かの血ぃ飲むんやったら、そこにある、おとうちゃんのマント着て行き」
 「いやじゃ。こんなダッサイもん、誰が着て行くねん」
 「またそんなこと言う。先祖代々、マント着て行くことになってんねや。それに、あのマントは、おとうちゃんの形見やないか」
 「いやなもんはいやなんじゃ。なにがおとうちゃんじゃ。あのクソ親父が、ピンサロの女に入れあげて、サラ金に手ぇ出したから、昔住んでたお城まで人手に渡ったんちゃうんか。昔は伯爵と呼ばれた家のもんが、なんでこんな練馬の公団に住まなあかんねん。とにかくおれは、あんなボケのマントなんか着いへんからな」
 「ほな、コウモリになって飛んで行き」
 「もうええ!(部屋を飛び出して行く)」
 母親、うなだれてジョッキに口をつける。まずそうな顔。出て行く足音がする。
 「(窓から外に向かって)十字架に気ぃつけや!」
 表から、絹を裂くような女の悲鳴が聞こえる。

(07/23/99 up)


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