過ぎ去りし日々 その37

2004年11月

《最新の日記へ》


2004年11月29日(月)

▼セックスの話をしよう。といっても、ただの聞きかじりの受け売りなんだけど。
 性別はふつう、男女の2つを基本にして、ホモだのオカマだのヘンタイだのと語られるけれど、すぐこんがらかるのでその整理について少しだけ。

 現代人の「性(セックス)」を規定する要因については、大きく3つに分けることができるという。
 ひとつは、いわでもがなの「生物学的な性」。もひとつが、自分が男女どちらであると思っているのかという「性自認」。そして、自分は男女どちらを性愛の対象として好むかという「性指向」。
 現実には、どの項についても「グレーゾーン」(半陰陽とかアイデンティティの揺らぎとかバイセクシュアルとか)が存在するので、話はもっと複雑になるが、ここではひとまず2の3乗で、少なくとも典型例だけでも8通りあると考えよう。
 もちろん圧倒的多数が、「生物学的性と性自認が一致していて、異性を好む」層で、これが2通り。
 それで、「生物学的性と性自認がくいちがっていて、生物学的同性を好む」層で、これが最近よく話題になる「性同一性障害」呼ばれる人たち(カルーセル麻紀とか虎井まさゑさんとか)。これも2通り。
 次に、「生物学的性と性自認が一致していて、同性を好む」層で、これが一般にゲイとかレズビアンと呼ばれる人たち(典型がハードゲイとかレズのネコ役の人たち)。これも2通り。
 そして、「生物学的性と性自認がくいちがっていて、生物学的異性を好む」層で、これは想像しにくいが、「女性とのレズビアンプレイが好きなニューハーフ」や、「男として男に愛されたい女性」なんかがそれにあたる。これも「性同一性障害」(この言葉は前の2者のくいちがいを問題にするので)の傾向を含んでいる。もちろんいて不思議はないし、少ないながら私も知らないではない。
 というわけで、計8通り。
 ここへ、ジェンダーがからむ(たとえば男装女装。かつてのIZAMなんて「男・男・女で女装」だし、「女・女・男で男系ファッション」の女性は普通に多い)ので、それが男女どっち寄りかを考えると、きわめて単純化しようとしても最低16通りの「性」の形はあると考えてよい。
 そのうえ、「グレーゾーン」はもとより、「性格傾向」や「性的嗜好」なんてのを加えだすと、4ビットですむところが、4KBあっても足りゃしない。
 あらー、こんがらかるので整理とか言っておきながら、よけいにややこしくなってしまった。

 それで結論として何が言いたいのかというと、「かんたんにオカマだのヘンタイだの言うな」ということであるし、「なんでもありでいいじゃないか」ということでもあるし、「ちがいを認め合って豊かに生きましょう」ということでもある。
 まったくもって、当たり前の、面白みのないオチですまん。<だれにあやまってますか。

▼ところで、「デスノート」なんかより、『はれときどきぶた』の日記帳の方が、はるかに強力だよね。


2004年11月28日(日)

▼昨日は、ともちゃんの保育園生活最後の生活発表会(いわゆる学芸会)でした。
 出し物は、基本的に合唱系、器楽系、そしてお芝居、となります。ともちゃんは、家でのわがままぶりもどこへやら、すっくと背筋を伸ばして歌を歌い、ピアニカを奏で、チルチルを演じておりました。
 ともちゃんは、頭も小ぶりでスリムなので遠目にはなかなかスタイルもよく見えます。
 おうおう、がんばってるなあ、お、まちがわんとできてるやん、と私たちも楽しんで見ていました。なおちゃんのデビューから数えると、もう10回目の生活発表会です。私とサイは、はっきり言って、これで生活発表会ともおさらばできると思って、本気でほっとしていました。子どもたちの、かわいく歌って踊る姿など、ビデオと写真にちょびっと残っていればもう十分です。子どもたちは育たなければなりませんし、親もそれに合わせていかなければなりません。
 来年小学校に上がるともちゃんたちの担任の保育士さんの涙ながらの、ほんとうにみんなよくがんばったね、来年は小学校だね、という呼びかけには少し胸打たれましたけれど。
 というわけで、ともちゃんのコメント。
「おわってからな、ふじぐみさんのへやでぎゅうにゅうのんどってんけどな、かんどうしてなけてきてん」
 感動て。
「卒園すること思てさみしなったとか、先生泣いてたからもらい泣きしたとかとちゃうん?」
「ううん。かんどうしてん」
 発表会が終わって、みんなで教室へ引き上げて、小さないすに座って、プラスチックのコップで牛乳を飲みながら、「感動」して泣く6歳児。

 保育士っていい仕事だよな。

▼明けて本日。大きな家具屋さんへ、ともちゃんの学習机を買いにいきました。来年一年生って、いつの間にって感じですけれど(5年前の発表会はこんなんだったのに)。
 そういえば、なおちゃんのときは、あれでもないこれでもない、こっちの店にいいのがあった、あっちの家具屋街へ今度一回行ってみよう、隣町に大きなお店があるらしいぞ、と机一つ買うのに週末を何度費やしたことでしょう。
 でも、ともちゃんのは、その店で小一時間で決まりました。
 なんでも適当にすまされてしまう弟の悲哀というやつでしょうか。ともちゃんも、「どれがいい? これでいい?」と聞かれても、「うん、これでええ」とろくに見もせずに答えて走り回っておりましたので、自業自得というやつでしょうか。
 ま、なんにせよ、親が手馴れてくるってのが一番大きいような気がしますけれど。


2004年11月26日(金)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 今回は、「踊ってむーちょ」様(11/25)、ならびに「ツキノツバサ」様(11/25)によるご言及を発見いたしました。まったくもってありがとうございますです。

東京事変『教育』(東芝EMI)
 うーん、そっちか、ていう感じ。私としては、ヤイコとやらを吹き飛ばすような、椎名林檎の真っ向勝負のボーカルを、も少し聞きたかったのに。今回はバンドになって、「電話声」みたいなのばかりだ。あー、だから「声弦」担当なのか。本人も楽器なのか。
 いつか書いたけれど、私は椎名林檎にはジャニス方向を期待していたのに、どんどん丸尾君花輪君の香りが強くなっている。そっちへ行ったら戸川純だぞー。てことは今度のバンドはヤプーズか。
 でもまあ、アレンジもかっこよくて、ケレンも十分で、通勤の友にはいいと思う。
 (うーん、それでも私は『無罪モラトリアム』がいちばん好きだなあ。うーむ。)


2004年11月25日(木)

 もうずいぶん前の話になるが、サイの友人に、オーストラリア土産だというバスオイルをもらったことがある。
 ぷにゅぷにゅしたピンク色のカプセルに入っているやつで、お湯に落とすとカプセルが溶けて中のオイルが広がるのである。
 バスクリンは知ってても、バスオイルなんてはじめてだったので余計にびっくりしたのだが、このオイルがまさに「オイル」だったのである。なんか日清の「出前一丁」のごまラー油みたいな感じで、お湯の表面に硬貨大の油膜がいっぱい浮かぶのである。
 あらまー、なんだこりゃー、ほんまに油やがなー、と思ったのもつかの間、浴室にバラの香りが広がって気持ちいいのなんの。今だったら「アロマテラピー」とか「癒し」とかいう言葉を思い浮かべたにちがいない。でもって、このオイルの効果はそれだけじゃなくて、風呂から上がって体が乾いても、肌なんてずっとスベスベのサラサラで、いい香りが残っているのである。それはもう、次の日になってもスベスベサラサラ&ほのかないい香りが続いて、一日中気分よく過ごせるのであった。
 というわけで、それを使い切って以来、同じようなバスオイルを探しているのだが、これがどこにもない。パッケージにきちんと「バスオイル」と書かれた「ぷにゅぷにゅのピンクのカプセル」ならよく売ってるのだが、これがぜんぜん似て非なるものなのである。カプセルが溶けるとお湯が白濁してしまう温泉の素みたいなものばかりで、そこそこ香りはするものの、先にもらったものとは効き目にも天地の開きがある。その後も似たような見かけのものを何度か買っては、ことごとく失敗したので、もうこのごろはためし買いの気もおこらない。
 そのオイルをもらったのは、なにしろもう10年以上も前の話なので、今もどこかにあるのかどうか、はなはだ心もとないのだが、どなたか売ってるところ、ていうかメーカーや商品名をご存じあるまいか。見つかるときっとサイも喜ぶので。


2004年11月24日(水)

▼なおちゃんとの会話その1。
 コタツに入ってテレビを見ていると、寝っ転がってマンガを読んでいたなおちゃんがたずねてきた。
「なあお父さん、ザセツってなに?」
 挫折ときたか。じゃまくさいやつである。
「父さんが今座ってるやつ。これこれ」
「ちがうと思う。それ座椅子やし。“折れる”っていう字書くねんで」
「折れるやん、これ。こないしたら二つ折りに」
「もう。マンガに出てくんねんけど」
「いや、あのな、しようと思ってたことをあきらめるっちゅうか、なんか目指してたことをやめにするっちゅうか、夢を捨てるっちゅうか。くじけてしまうこと、みたいな感じ」
「ふうん」
 とまあ、適当に説明してみたものの、普段使う言葉でも、いざ説明するとなると案外むずかしいものである。
 ひとくちに「挫折」といっても、「東大めざしてたけどやっぱりやめた」というのはちがうと思う。あきらめるだけではなくて、なんらかの「外的要因」が必要なのではないだろうか。だからといって、「社長めざしてたら会社つぶれた」というのも挫折ではないような気がする。けれども、「プロ野球のピッチャー目指してたけど肩こわした」なら挫折だろう。とすると、「意志以外の、個人に帰属する要因で目標をあきらめる」というのが近いのだろうか。「ピアニストをめざしたが、表現力の限界を感じて」とか、「役者をめざしたが、食えなくて」とか。
 広辞苑にはなんて書いてあるんだろう(実は持ってない)。

▼なおちゃんとの会話その2。
 その夜、ともちゃんが風邪気味ということで、久しぶりになおちゃんとお風呂に入った(いつもは、ともちゃんとなおちゃんがいっしょに入るので)。
 そのときの会話。
「なあお父さん、犬はなんで犬って漢字書くの?」
「王仁博士がそう書けっていうたから」
「ほんま?」
「あのな、大昔は日本に文字がなかってん。でも、犬はおるわけや。ほんで、日本人はそれを“いぬ”と呼んでたと」
「ほんならなんで、犬は“いぬ”って言うん?」
「まあ待てって。とにかくそこへ中国から漢字が来たわけや。ほんで、よう見てたら、中国人は“いぬ”を指して“ケン”とかなんとかいうて、“犬”という字を使こてる。ほならまあ、同じもん指してあの字使こてはんねんから、うちもあれでいこか、と。ほんで、“いぬ”っていう言葉に、“犬”っていう漢字を使うようになった、っちゅうわけや。別に“犬”という漢字を“いぬ”と読むようになったとかとちゃうねん」
 もう途中からなおちゃんはぜんぜん聞いてない。
「だから、なんで犬は“いぬ”っていうん?」
 もうそっちへ気が移ってんのかい!
「それはかんたん。そう言いたかったから」
「うそ」
「ほんまや。みんなそう言うてたからそうなっただけ」
「えー」
「くわしい理由聞きたい?」
「うん」
「あのな、言葉、ちゅうか文字の並びやな、こんなもん、もともと意味とか理由とかないねん。そら、語源のあるもんは別やで。“前”とかにしても“目の方”やからな。せやのうて、目ェとか、手ェとか、空やら海やら、こんなもんは、なんでそない言うようになったかっていうのには理由とかないねん」
「なんで」
「なんでて、そら昔はどんな言葉にも語源はあるとか思われてたけど、空やら海やらは、そらもう、そう言うからそう言うとしかいいようがないっちゅうて、はっきりしてん。20世紀になって構造主義言語学っちゅうのが出てきてな。フランスで、フェルディナン・ド・ソシュールていう学者のおっさんが、そんなこと言い出したんや。シニフィアンとかシニフィエとかいうてもあれやけど、もともと言葉って、言葉と意味とがセットになってるやん。このセットを全部いっぺんにどないつくるのかは、もう理由とかないねん。ま、箱いっぱいにゴムのボールをぎゅうぎゅうに……」
 いいかげんにしたくても、どうも引っ込みがつかなくなって、こっちもだんだんのぼせてきたところへ、なおちゃんが言った。
「もうええわ。話、長いねん」
「おーまーえーが、せーつーめーせーて、ゆーたんやろー!」
 首しめてやりましたけどね。
 犬の話でソシュールまで持ち出す親を持って、ありがたいと思えっちゅうねん。思えへんか。


2004年11月22日(月)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 「Taget capture」様(11/20)がご紹介くださっています。「馴れ合い感ゼロ」とはこれまた核心を突いたコメント。恐れ入ります。

▼各社の新書の装丁問題について、11月1日の日記に少し書いたが、あのときは書棚から適当に引っ張り出して確かめただけだったので、菊池信義がすでに平凡社新書を手がけているとは知らなかった(持ってなかったので)。筆者の無知のいたすところで申しわけない。しかし、従来の新書にはない大胆なデザインでも下品に堕していないのはさすがである。また、PHP新書は芦澤泰偉の手になるようだが、これは題字の明朝が太すぎるのと、ベースの臙脂が趣味に合わないので、私の中では中の下くらい。

▼都内某出版社に勤務している学生時代の同級生(四十過ぎなのでわりと偉い)に、たまらず電話した。
 無理やり聞き出したら、本気でしつこく口止めされたが、もちろん無視して要旨をアップ。

 ま、ヒカ碁があんな感じで終わっちゃったじゃん。でもさ、小畑センセのあの画は、うちじゃ貴重でしょ。人気も抜群だし。でさ、ひと休みしてもらってからどうしようって、連日主だったもんで相談したわけよ。着物描けるからって時代物はかぶるしさ、線はシャープでもメカメカっつう時代じゃないしね。それこそ毎日毎日あーでもないこーでもない、と。そんでま、原作付きってのは動かせないだろうって線から攻め始めたんだけど、派手なドンパチはいくらでもあるから、ここはセンセの腕を信じてホラー・サスペンスで行こうかってことになったんだ。なにしろスッゴイ画が描けるじゃん。
 そうなると、毎週毎週ドキドキハラハラで引っ張れる原作がキモってことになるけど、うちと縁の深い作家先生に相談するとさ、乗り気になってくれて、もうそりゃうれしいやらびっくりするやら。どんな変な設定の小説でも、バリバリ伏線張ったり叙述でストーリーをひっくり返したり、抜群の腕利きで、若い連中にも人気あるし。絶対忙しいって断られると思ってたんだ。それで、実際のところは、その先生をリーダーに据えて、若手原作者のグループで叩いて練って書いてっていうことになったんだけど、やっぱりその道のプロは違うね。読んでもらってたらわかると思うけど、ノートの設定はわりとアリなんだけどその展開がさ、ハンパじゃないだろ。
 いや、だから作家先生の名前は勘弁してよ。このプロジェクトが立ち上がったときから極秘事項なんだから。もちろん先生の意向が大きいんだけどね。こっちは、原作者の名前出したら売り上げ倍増だと思ったんだけど、そんなことするなら降りるとまで言い出して。
 だからもう、このプロジェクトチームの社内会議のときの表示板や会議資料のタイトルだって、最初のうちは「○×組 打合せ」とか「○×組 原作会議」だったんだぜ。だって、会議室に作品名や担当者名の表示張り出して、その部屋に有名作家が出入りしてるとこ、たとえ社内の人間でも他人に見つかったら台無しじゃん。
 だから原作者名が「大場つぐみ」になっちゃったんだ。「○×組」の丸をアルファベットのオーって読めば、オーバツグミだろ。適当っちゃ適当なんだけど。

 (注)この証言はそりゃもうフィクションですから。乙一さんとも誰とも関係ありませんから。


2004年11月21日(日)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 なんと、こないだ紹介した「エレメンタルノート」様が、トップの最上段にリンクをおいてくださってますよこれが。天下のエレメ様が、かような弱小サイトに過分のお取り計らい、欣喜雀躍神社仏閣長嶋三振でございますよこれは。
 ほかにも「Holy Thunderforce.com」様(11/20)、「青葉スーサイド」様(11/9)などもご紹介くださっております。ありがたいことです。ご参加のご意向もあったりなかったり趣旨を踏まえての微妙な記述。素敵でございます。ほんとに足w (ry

▼先日、知り合いのお葬式があった。
 職場の大先輩で、私が役所に入ったときからお世話になってた人である。57歳だった。
 口は悪いが働き者で面倒見のいい人だった。そんな人が現役のまま亡くなるというのは、なんともやりきれない。ご家族の涙を見、席を並べて仕事をしていた人の嗚咽を聞くにつけて、悲しみより、怒りのような、悔しさのようなものがこみ上げてくる。
 お葬式はキリスト教式で、牧師さんが福音書の一節とともにお話を聞かせてくれたり、参列者による賛美歌の斉唱などがあったりして、ふだん見慣れている仏教系の告別式とはずいぶん違うものだった。
 もちろん参列していた人々の胸の痛みや冥福の願いにはなんの違いもないのだけれど。

 私は今のところ信仰している宗教もないので、葬式の様式をどうしていいかわからない。死んで神様のもとへ行きたいかと聞かれても返事に困るし、戒名もらって仏弟子がいいのかと言われても、うーんとうなってしまう。
 でも、これは必ず流してほしいと思う。もうすでに有名すぎるフラッシュだけれど、どんなお経や祈祷より、参列者に絵と音を共有してもらいたい。
 いまのところ、これだけ遺言にしておこう。(あ、あとそれと、遺産はないけど借金はたくさんあるのでそれは頼む。)


2004年11月19日(金)

▼12日連続で働いた。しかも残業ばっかだった。なんのために人が公務員になったと思ってんだ。

▼「権利を主張するばかりで義務を果たさない人間ばかり」という言葉をよく聞く。
 馬鹿か、と思う。
 わかったような顔で、こういう粗雑な言葉しか吐けない人間は、相手をしないに限る。といっても、保守的なおえらいさんに限ってこういう手合いが多いのであいさつに困る。
 せめてその人間とやらが、どういう義務を果たさずに、どういう権利を主張しているのかを説明してくれれば、議論のしようもあるのだが、そのあたりを聞き出そうとすると、本人もフレーズのみの受け売りで口にのぼせているだけなのだろう、きちんと説明できないばかりか、決まって不機嫌になる。
 馬鹿だ、と思う。
 そもそも権利と義務は対の概念でもなければ、コインの裏表でもない。小学校の国語じゃ反対語として教えているから(それも悪いと思う)、みんな誤解しているんじゃないのか。
 国民の三大義務は、もちろん「教育・勤労・納税」であるが、それは国家が国民にサービスの対価として要求しているものであって、「市民としての義務」ではない。「国民としての奉公」である。だから、「年金を納めずに年金を受け取ろうとするな」という議論が成り立つ。
 一方、「市民としての義務」をあげるなら、なんだろう、現代なら、「公共への奉仕」、「政治参加」、「相互の尊重」というところだろうか。そう、市民が義務を果たすべきは、「他の市民に対して」という注が常につけられるべきなのである。ゆえに、国家に対しては「権利の主張」のみ向かう。ちょっとちがうな。それは「権利の主張」ではない。「権利の制限の否認」というべきか、「私たちの権利を認めよ、守れ」ではなく、「私たちの権利を制限するな」という主張である。 その集大成が「憲法」というもののはずだ。
 なのに、こんなことを言い出す輩がいる。これが代議士なのだから始末におえない。

自民が憲法改正素案「自衛軍」設置、女性天皇は容認(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/1117/004.html

 馬鹿ばっかりだ、と思う。


2004年11月18日(木)

 一生のうちに一度は言ってみたい言葉がある。しかし、その話をする前に、別の話をしよう。

 古代インドの一人の王子が、迷い抜き悩み抜いた末に、菩提樹の下で豁然と大悟したという話はよく知られる。
 そこで得られた悟りがどういうものであったかについては、二千年来膨大な量の経典や注釈書が書かれているので(解釈も実践方法も議論は四分五裂どころではない)ここではふれないが、絶対知の獲得と煩悩からの解脱については大筋で一致するところだと思う。
 それをふまえて。ここで語るべきは後者である。
 ブッダの域に達することは常人ではありえないが、ある欲望から自由になることで、精神の平安が得られるというのは想像に難くないだろう。
 たとえばアルコール依存症で苦しみぬいた末に、断酒に成功した人がいるとする。その人はもう、酒を飲みたくて苦しむことはない。かつて酒のあるなしにのみ覆いつくされ、酔いへの渇望にもがいていた心は、既に深山の湖面のように平らかである。手元に酒瓶がないことにも、もとより不自由など感じようもない。
 またたとえば、オンラインゲームにはまって、その世界で「廃人」とまで称されていた人間が、結婚や就職ですっぱり足を洗ったとする。その人の心はもう悩むことはない。キャラクターの育成やゲーム内貨幣の多少に心を痛めることもない。ゲーム世界の住人になりきって、冒険し、家を構え、現実世界では見知らぬ人と楽しく暮らしていたことを、懐かしむことはあってもすでに未練はない。アカウントがないことにも、パソコンルームに一日中こもることができなくなっても、もう不自由な思いをすることはない。

 そこで、私が一生のうち一度は言ってみたいという言葉である。この言葉を他人に向かって決然と発してみたいという人は案外多いと思う。しかし、その言葉は、私のようなごく平凡な人間には決して言うことができない。たとえ口に出すことはできても、他人に嘲笑されるか、自己欺瞞による自己嫌悪に陥ることは避けられない。
 それでも私は、前段に書いたような事実に思い至ることで、この言葉を、微笑みを以って言い放つ途を発見した。おそらくは、少しの意志の力を持ち、いくらかの努力を続けることができたなら、どんな人にも本気で言うことができる。一般には決してふさわしくないとされている、「彼女いない暦=年齢」の、ひきこもりのデブヲタ君でも、同じく時給680円のバイトで食いつないでいるキバカジメガネ君でも、自らを偽ることなく言うことができるはずだ。

 それでは、私がその言葉を言いたい究極のシチュエーションを考えてみよう。ま、夢想だけなら自由である。
 場所は都心の高級ホテル。しかも最上階の、大きく広がる夜景を見下ろすバーラウンジ。夜もずいぶん更けた時刻。
 私は、遅くまでかかった仕事の疲れを癒すために、カウンターの隅でエクストラドライのマティーニをなめながら、アナトール・フランスの英語訳のペーパーバックを開いている。
 二杯目をどうしようか、夜も遅いし、バーボンの薄い水割りあたりで切り上げようかと考えているところへ、どこかのパーティから流れてきたのだろうか、ドレス姿の二人組の女性が席をひとつ空けた隣にやってくる。二十代後半だろうか、どちらも目の覚めるような美人である。
 煙草を吸ってもいいでしょうかという柔らかい声に、灰皿を押しやったのをきっかけに話が弾みだす。
 二人は私の冗談で声を上げて笑い、イラク情勢の分析に真顔で深くうなずく。やがて、二人は私のことに関心を持ったのか、仕事や収入についてあれこれたずねてくる。それらには冗談めかして答えながら、私は二人の瞳が潤んでくるのを見逃さない。
 やがて、その世界ではかなり知られたモデルであるという髪の長い方の女が、隣のスツールに移ってきて上目遣いに、大きく開いたドレスの胸元を見せつけるように、私の腿に手を添えて言う。
「メールアドレス教えてくださらない? 今度三人でお食事でもしましょう。それとも二人きりの方がいい? ごちそうさせていただくわ」
 私はそこで、ゆっくりと席を立つ。そして微笑みながら、ついにその域に達している自分に自信を持って、その言葉を言うのである。

「俺は、金にも女にも不自由してないから」


2004年11月17日(水)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 本日は、「呆然と考えた」様(11/15)を見つけたと思ったら、「しおん日々呟」様(11/17)でも! 「実に楽しみなことです。」とまで! ほんとにもう足を向けてn(ry

▼あのですね、半年と少し前にこんな日記を書いたのですが。

 ぱ ー く ー ら ー れ ー た ー !

 菓子折りのひとつも持って来いゴルァ!!


2004年11月16日(火)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 公式ページに、いくらなんでも解釈の分かれる文章があったので、そこだけ修正しました。
「自サイトへのアップは、2004年12月1日(水)0:00から同年12月5日(日)24:00の間とします」とありますが、丸6日で消さないといけないようにも読めますので、「(これはこの日程を雑文祭の期間とするというだけですので、過ぎたからといって消す必要はありませんし、これ以降でもどんどん書いていただいてかまいません)」との文言を付加しました。

 いろいろと言及いただいているようですが、私にはアクセス解析を手がかりに、行き当たりばったりでリンクをたどる以外に見つける手立てがありません。なるべく発見でき次第この場で報告しますが、「うちはスルーかよ」とかおっしゃらず、そのところよろしくご海容のほどお願い申し上げます。
 でもって、今日は「トラコン」様のこちらのページ。今度はこれまたバナーですよバナー! おまけにグッド、グッダー、グッデストなデザインですよこれが。ほしーですけど、おねだりするのははしたないので辛抱します。それにしてもありがたいことです。それこそ足を向けては寝られませんです。だからどっちへ。

▼凶悪事件が起こるたびに、厳罰を望む声といわゆる人権派が対立する。あるいは、少年法の改正についても、厳罰化や実名公開の対象年齢の引き下げを求める声と、いわゆる人権派は対立する。
 これは、あるひとつの司法のあり方を巡って、共通の情報と論拠に立って対立しているのではない。もしそうであるというのなら、両者の対立は現実的な議論になりうるし、どこかに(当座のものでも)一致点なり妥協点なりを見出すことができるはずだ。そして、たいていの報道や論評は、そこを楽天的に誤解したままである。
 しかし実のところ、この対立は「個別性」と「一般性」の問題をはらんでいるので、足場を確かめないままの議論では解消は非常に困難だろうと思う。「個別性」や「特殊性」、「一般性」や「普遍性」の問題は、このごろの哲学や社会学の世界でとても流行していて、柄谷や宮台を手がかりに適当にあたってもいろいろ面白い議論が読めるので、むつかしい話は、だから私に聞かないでください。

 というわけで、ぶっちゃけていうと、厳罰派は「今ここにいるこの犯人」について語っていて、人権派は「同じ犯罪を犯すかもしれない私たち」について語っているから、根本的な対立が生まれるのである。だから、前者は「こんなやつ裁判抜きで死刑じゃ」と簡単に叫ぶし、後者は「ちゃんと裁判してくれよ。死刑はやだよ」と犯人の肩を持つ(ように聞こえる)ような発言をする。
 それは、おそらくこうも言える。
 厳罰派は、「社会全体の風潮を憂う身振りを装いつつ、実は“この犯人”を懲らしめようとしている」。一方、人権派は、「“この犯人”の量刑や司法手続きについて語りながら、実は“この犯人”以外の人間の人権を守ろうとしている」と。
 少年法についても、厳罰化が抑止力を持つかどうかという科学的な議論は別として、前者は「このクソガキもあのヤンキーもボコボコにいてまえ」と思っているわけだし、後者は「この真面目な人もあの立派な人も昔はスゴかったのに」と更生した人間に思いをはせている。言い換えれば、「人を殺しといて更生も何もあるか、こいつ死刑」というのと、「私は人を殺しても、更生するし反省して真面目に暮らすから」という、これも「こいつ」と「私たち」の対立である。
 そしてたぶん「刑法39条」問題も同じ。「心神耗弱であろうと、こいつ人殺したから死刑」という考え方と、「酔っ払って記憶なくしてるうちに人殺してたら、すっごいショックだろうな。さすがにそれで死刑はつらいよな」という想像力の対立でもある。精神障害者の保安処分もしかり。これも発生率や再犯率の議論は別として(保安処分の実効性には科学的に疑いが大きい)、「キチガイは閉じ込めろ!」という偏見と、「薬飲んで作業所へ通ってて、突然引っ張られるのかよ」という現実の対立である。

 こういった議論は、(現在は多少厳罰方向へ針がふれているようだが)昔からずっと平行線をたどっているので、どちらも一理あったり支持者が多かったりするのだろう。
 ただ、私についていうなら、後者(いわゆる人権派)に多少理があるように思う。なぜなら、法律というものは、「今ここにいるこの犯人」と「同じ犯罪を犯すかもしれない私たち」を区別できないからである。極端な話、「麻原や宅間はノータイムで死刑」でよいとして、そんな法律を作れば、その後は他にも「ノータイムで死刑」がありになってしまう。法律には「麻原用」とも「宅間用」とも書けない以上、「境界線上の犯罪者」がどうしても生まれるし、それに対して軒並み「ノータイムで死刑」が適用されるようになるというのはやはりこわいだろう。
 少年法もそうである。女子高生コンクリート詰め殺人の連中や神戸の酒鬼薔薇と、「昔はやんちゃしてまして」という今は子煩悩で親切な営業の兄ちゃんを、法律は見分けられない。ちょっとしたことでも実名や顔写真を出したがる程度の低いマスコミは、本人の属性や更生の可能性など無視して、どんどん判断の基準を引き下げようとするだろう。少なくとも残虐殺人と並みのヤンキーを区別することは可能であるとしても、私には現在の少年犯罪を巡る議論は、残念なことにその点をあまり重要視していないように見える。

 だからといって、私は極端な人権派のように、「量刑は甘くてよい」とも「39条も少年法も問題はない」とも思っているわけではない。法学もきちんと勉強したことはないし、「そのへんなんとかならんか」と思っているだけである。
 とにかく、どちらの人にも、「相手は自分と違うものを見ているらしい」と気づいてほしいものである。


2004年11月15日(月)

▼「一人ぼっちの雑文祭」速報
 「迎賓館裏口」様(11/12)、「エレメンタルノート」様(エレメモ253)、「呑んでBacchus」様(11/13)「(仮称)雑文日記β版」様(11/15)にてご紹介いただきました。ちなみにエレメの綾倉さんが作成された「『雑文祭』年表」は、雑文祭ってなんじゃらほい(死語)という人にも、とてもよくわかるようになっております。
 ほんとうにみなさまありがたいことです。足を向けては寝られません。だからどっちへ。

▼全面禁煙の地下鉄駅やオフィスビルでは、たばこの販売までも禁止しようという議論があるけれども、反煙主義者の「そこで禁止されているものを売る必要はない」という主張にはどう考えても無理がある。喫煙者は、「そういや切らしてるな」とか、「喫茶店で一服しよう」とか思って買おうとするのに。
 スーパーで、鍋とカセットコンロを買って、食品売り場ですき焼きを始めたら、たぶん怒られると思う。トイレの前とか階段の踊り場とかでも、鍋を囲んでると警備員が飛んでくるだろう。さすがに食べるのはやめるにしても、包丁やボウルを持ち込んで、鮮魚コーナーの前で今買ったアジでフライの下ごしらえをはじめても怒られるような気がする。
「吸えないところで煙草を売るな」というのは、なんでスーパーで肉や野菜を売ってるんだ、というのと同じことじゃないんだろうか。
 試打室のないショップでもゴルフクラブ売ってるし、防犯ショップじゃスタンガンとか売ってるし、おもちゃ屋じゃ花火売ってるし、ホームセンターに行けばペンキやセメントやドリルや電ノコ売ってるし、カーショップには発炎筒を置いている。そんなのどう考えても店内ビル内どころか、そこいらじゅうで使用禁止だろう。それに薬局じゃコン (ry


2004年11月14日(日)

 シャイロックは、本当に金ではなくアントーニオを痛めつけたいのであれば、変装したポーシャに向かってこう言うべきだった。

「へえ。ほなまあ、わてが切るんはやめときまひょ。せっかく、人が好意でそっちの手間はぶいたろと思てんのに。そない言うんやったら、血ィもいりまへん。もちろん、毛ェもいりまへん。あたりまえでんがな。契約にもそない書いてまんがな、あんたが言わはったように、肉だけて。せやさかいに、そら肉はもらいまっせ。ええ、もう、約束でっさかいに。このガキのケツ、きれいにさばいて、皮むいて、血ィしぼって、肉だけここへ持ってきておくんなはれ。
 お前が切れて、なに言うてはりまんねん。どこの肉屋が、肉買いに来た客に、いるだけ切れて言いまんねん。どこの牛乳屋が、お前しぼれて言いまんねん。あほなこと言いなはんな。
 わては契約どおり、そのガキの肉もらうて言うてまんねん。あんたもさいぜん、肉ならもっていけ言うたんちゃいまんのか。
 それをまあ、血はいかんやら、毛はあかんやら、団子理屈こねさらして。
 せやさかい、さっさと持ってこい言うてるんじゃ! 小娘がごてくさぬかしやがって、大人なぶってたら承知せえへんど!」

 でもなぜ関西弁。


2004年11月13日(土)

浦沢直樹『PLUTO 001』(小学館524円)
 『20世紀少年』よりも、こちらを推す声の方をよく耳にする。
 言っていることはよくわかる。物語は魅力的であるし、完成度もおそらくこちらのほうが高い。
 原作はいうまでもなく、「鉄腕アトム」の中でももっともすぐれた作品のひとつである。くわえて、原作の脇役を主役に据えた着眼、ちりばめられたエピソードについても換骨奪胎の手際はすばらしい。ストーリーも、(おそらく編集者との度重なる打ち合わせを経て)作者の中では結末まで明確なイメージがなされているのであろうがゆえに、非常に緻密である。したがって、表現についてもネームについても考え抜かれ、(浦沢直樹の“才能”の偉大さはあるとしても)物語に厚みをもたらすことに成功している。私たちが幼いころから夢に見、胸を躍らせてきた「ロボットSF」(しかも戦闘と破壊が中心)という、“ジャンルの力”も大きいだろう。
 しかし、物語を読むことを好みかつ倦んでいる私は、「既に知っている物語」の繰り返しによって綴られる世界には、それほどまでの魅力を感じない。いくら巧妙に語られようと、どれほど感動的に描かれていようと。
 もちろん、ここでいう「既に知っている物語」とは、手塚治虫の「史上最大のロボット」そのものや、その中で描かれるいくつかのエピソードをを指すのではない。これまで、ありとあらゆるジャンルで、ありとあらゆる表現で、繰り返し繰り返し語られてきた物語たちのことである。
 たとえば、「ロビー巡査の奥さん」。「職務に忠実だった夫の死を、深い悲しみを内に秘めたまま冷静に受け入れる妻」の物語を、私は幾度目にしてきただろう。そして「ノース2号」。「過去の傷を抱えた元兵士や犯罪者が、愛する者を守るために、封印していた力を解放して命を捨てる物語」を、私は何度読んだだろう。そしてまた「ブランド」も、「かわいい子どもたちに囲まれて暮らしながら、それでも戦いから逃げずに死をも覚悟する誇り高い男」の物語の内にいる。ちらりと出る「人間を殺したロボット」など、「ハニバル・レクター」と「(エヴァの)アダム」そのものではないか。
 それらが「既に知っている物語」であっても、技術の粋を凝らして重層的に重ね合わせていくことで、新しい世界を描き出すことが可能なことは、そしてそれが奏功したとき、すばらしい効果をあげることは知らないではないが、この作品についてはまだそこに至っているとは言い難い。
(ただし、今後は、大きく既知の物語を用いた世界を外れていくのかもしれない。ゲジヒトの悲しげな視線と、第1巻の巻末に現れた「アトム」の姿には、それを期待させるに十分なものがある。だから、そうなるような気もするし、むしろそうあってほしいと思う。)

 一方、『20世紀少年』は、長らくの無理を重ねて破綻しかけている。緊張感の持続や巧緻なストーリー展開から作者が手を滑らせることが多くなってきたところをみると、すでに破綻しているのかもしれない。
 しかし、『PLUTO』と比べて、この先どちらを読み続けたいかと問われれば、現在のところ、私は迷うことなく『20世紀少年』を取るだろう。なぜなら、毎週毎週、作者がぎりぎりのところで、「それまでに描いた物語」と「そのまえに描いたコマ」に引きずられながら、新しい物語を紡ぎ出そうと血の汗を流しているからである。たんなる「ディストピアもの」に取り込まれること(その引力はどれほどのものか)を慎重に拒絶しつつ、いつか見た「レジスタンスもの」から懸命に距離を取ろうともがきつつ、作者はペンに力を込めている。そこに感じられるのは、まさしく精神の運動にほかならない。

 と、ここまで、既刊分をざっと読んだ印象だけで好きなことを書いてみたものの、いずれの作品も未完であるし(『PLUTO』など1巻が出ただけだ)、フェアであるとはとても言えないことは承知している。『20世紀少年』が、破綻したままぐだぐだになり、ありきたりの「ディストピアもの」で終わればまだしも、最悪未完のまま放り出されるかもしれない。『PLUTO』が、すべてのエピソードをとてつもないやり方で重層化しつつ、恒星のような光輝を放つ歴史的傑作になるかもしれない。
 だから私は、これからも、ただひたすらわくわくして次を待とうと思う。どきどきして読もうと思う。
 浦沢直樹の天才に敬意を払いつつ。健康と健筆を祈りつつ。

(あー、なんか高校生の読書感想文みたいになっちゃったよ。でもまあ、上まででちょうど四百字詰め原稿用紙5枚分なので、自由作文でお困りの方や、マンガの感想文で奇をてらい方はどうぞご利用ください。)


2004年11月12日(金)

 菅野覚明『武士道の逆襲』(講談社現代新書760円)
 今、巷間もてはやされている「武士道」というのは、明治期に新渡戸稲造や井上哲次郎によって歪曲されたイメージ(この本でいうところの「明治武士道」)に過ぎないということを明らかにしようとした一冊。
 平安末から江戸期にいたるさまざまな資料から的確に引用される文章は、当時の武士たちの姿も明らかに、その部分だけでも一読の価値がある。
 本来の武士は、行住坐臥生死の極限を覚悟しつつ、己を明らかにすることに生涯を送ったとして、明治以降の「国家的忠誠心」とはまったく別の地点に立っていたという。
 おかげで、これまで私が抱いていた武士のイメージ(君臣や忠孝ってちょっとちがうよな、というところまでは感じていた)がより明瞭になったというか、修正されかつ深まったというか。
 このままで著者が突っ張り続けるなら、それはそれで「平成武士道」といわれてしまうような気もするけれど、とにかくなかなか面白かった。
 ただ一点、「下克上」という言葉がただの一ヶ所も出てこなくて、そのへんと中世における「御恩」や「奉公」との関係とかを知りたかったのに、それはとても残念。


2004年11月11日(木)

「勝負パンツ」という言葉を耳にするようになって久しいが、その「勝負パンツ」とやらが相手の目にふれるような状況であれば、何をはいていようが(何もはいていなくても)その時点で勝負はついてないか。だからなんの勝負なんだ。

 そもそも、だれがどんなふうに勝ったり負けたりするのか、公式ルールやレギュレーションがわからないので、私には「勝負」というのがどういうことなのかよくわからない。ググっても出てこないし。それともやっぱり、世間ではパンツで勝負するような場面があるのだろうか。最近の若者の合コンにおいてよく実施されるという「王様ゲーム」とかで、「2番と9番がパンツ比べ! 負けたらイッキ!」などがあって、そのために準備しているのだろうか。だからといって、どんなパンツなら勝てるというんだろう。「弱いパンツ」って、オシッコのしみのついたやつとかかな。それともおかんのパンツとかかな。
 それに、合コンなどではなく、「デートも3回目になると」とかの場面でもしばしば耳にする。むしろそっちの方が本筋かもしれない。ひょっとして近頃は、つきあってまだ日の浅いカップルは、デート中に物陰を見つけて、「いっせーのーでっ」「ほいっ」「勝ったー」「負けたー」とかやらなきゃいけないのだろうか。だからどんな勝負なんだ。
 若者風俗というのは、いつの時代も奥深いことであるよなあ(詠嘆)。


2004年11月10日(水)

 国立国際美術館が、千里の万博公園から中之島に移転して、オープニング記念に「デュシャン展」をやってるので見に行ってきた。
 で、デュシャンの3枚看板、「階段を下りる裸体No.2」と「大ガラス」(東京バージョン)と「泉」が、じかに観られてうれしかったのであった。
 そんなに混んでなくて、ゆっくり回れてそれもよかったのだが、みんな結構むつかしい顔してスコップやら帽子掛けやらをにらみつけていておかしかった。「え? これがなに? 芸術? こんなもんすごいていわれても、うーん、なにがどう……」みたいな感じ。「なんじゃこれとか、アホかとか言うたらあかんねんやろなあ、わっからーん、むむう」とかも思ってるのがありありとわかる。
 もちろん、デュシャンの熾烈な精神の闘いや希求した自由はもちろん、当時の“芸術”に対するいらだちや自己主張に満ちたケレンなんかに留意する必要はあるにしても、作品そのものに対しては、「やるにことかいてこれはムチャやろ」とか、「いやがらせかこれは」とか、「アホやなこれは」とか、「おもしろがってるやろお前」とか、つっこみながら見るのが正しい態度のはずだ。それがダダだ。
 だから、他の現代作家の、デュシャンの作品に対するオマージュっていうのか、トリビュートっていうのか、そういう作品は、面白いのもあったけど、どうしてもみんな「痛く」見えてしまう。

 この美術館は現代美術を中心に収集していて、そちらの常設展部分(これも3ヶ月ごとぐらいに変わるらしい)も面白かった。例によって、ピカソやエルンストやカンディンスキーやウォーホルなんかもあるのだけれど、私がうひょーと面白がって時間をかけて見入ったのは次の2点。
 ひとつめは、吉原治良の「無題」(リンク先は福岡市美術館の「白い円」。大阪のとほぼ同じもの)。黒地のキャンバスに白い太線で丸をひとつ描いただけの有名な作品だけど、これデカイのな。画集とかではよく見ていたものの、これまで気にもせずにいた。小さな印刷物で見れば、ただの「ケロロ軍曹の涙目」なんだもの。でも、実物を見たときのインパクトはたいしたもので、思わず絶句して、「感動」なんて言葉まで思い浮かべてしまった。こういう言語化のしようのない驚きに出会えるのが現代美術の楽しみなのかもしれない。
 もうひとつは、ジョルジョ・モランディの「静物」(後のリンク先は本家ボローニャのモランディ美術館の1ページ。私の見たのは勿論ない)。じつはモランディも実物は初見である。これは普通サイズのキャンバスで、白っぽいもやっとした画面の中に、ポットだかグラスだかカンだかの円柱や角柱をいくつか並べて描いたもの。薄く霧の漂ったような色あいや、画面の左側を微妙に空けたコンポジションや、光源の取り方が功を奏しているのだと思うけれど、これがさすがというべきかとても魅力的。静物を擬人化しすぎというきらいはあるものの、並べられた無生物がそろって何かを待っているようで、あるいは呆然と立ちつくしているようで、「砂漠の家族」とか「岸壁の母」という言葉を思い浮かべてしまった。でも、いちばん印象として近いのは、動物園や水族館でぼーっと立っているペンギンの群れなんだけど。だから、こっちまでぼーっと眺めてしまう。これはあんまり気に入ったので、A4くらいの複製(300円)を買ってしまった。

 てことで、久しぶりの本格的な美術館だった。入るのに1300円も取られたけど、もとは十分とったと思う。


2004年11月9日(火)

▼今朝、ともちゃんがパジャマ姿でパンを食べながら、突然言った。
「なあ、おかあさん、おこれへん?」
 ぎっくう。ともちゃんがこの発言をするときはろくなことがない。
「う、うーん」
 サイが困っていると、ともちゃんはかまわず話し始めた。
「あのな、ゆめみとってん」
 夫婦ともども胸をなでおろした。
「夢の話かいな。夢の話でおこることなんかないよ」と、サイ。
「あのな、おばあちゃんのいえにいっとってん」
 ああ、私の実家で遊んでる夢だったのか。
「ふんふん」
「ほんでな、あそんでてんけど、おしっこしたいなーとおもて、おしっこしたら」
「うんうん」
「ほんまにでてしもてん」
 えー! ほんまに出てしもたて、おまえ。
 これにはサイも驚いたらしい。
「えー、おねしょしたん! そしたら今、パンツ濡れてんのん?」
「たぶん」
 たぶんてー。あわてて確かめると、なるほどじっとり生乾きである。
「布団も濡れた?」
「うーん」
「おねしょではおこれへんけど、すぐ言うてくれやなー、もー」
 サイは二階へ駆け上がって、とほほで布団を干しましたとさ。
 やるな、ともちゃん。
 一瞬でも安心した私たちがバカでした。

▼それで、夜はロンドンハーツ見てたんだけど、眞鍋かをりはやっぱりいい。怒った顔もとても素敵。グラビアアイドルでは現在トップクラスに位置する森下千里も出てたんだけど、もうなんかぜんぜんちがう。話にもなんにもあんた。
 眞鍋かをりは、「メガネ写真」でブログも一気に有名になったけど、普段のブログも「ネタ系」として十分客を呼べるほど面白いし。
 あんな女性が息子の嫁に来てくれればいいのに。<いくらなんでもその感想は年寄りくさ過ぎ。

▼昨日張り切って雑文祭やるぞって書いたけれど、あんなもんぜんぜん雑文祭じゃないよな。どっちかっていうと雑文祭開催告知のパロディ、つか、ただの雑文だよ。
 ひょっとすると私は、雑文祭をやりたかったのではなくて、「自分でお題を決めた雑文祭の告知」をやりたかっただけなのかもしれない。
 でも、いろんな人に参加してほしいな。
 意表をついて、ニュースサイトの人とか、やおい系イラストサイトの人とか。<それはない。
 眞鍋かをりさんとか。<だからそれは絶対ない。


2004年11月8日(月)

「筆先三寸」30万ヒット記念企画 !

「一人ぼっちの雑文祭」開催!


2004年11月7日(日)

 高校時代、現代国語のテストは苦手だったが作文は得意だった。現国の教師の好みもあって、読書感想文などはしばしば四、五人分まとめて匿名のままプリントにされた。あるとき、井伏鱒二『黒い雨』の感想文を、「現代、米ソの保有するICBMは、TNT換算で二千メガトン級が一般的であり、広島に投下された原爆が20キロトンであることを考えると」みたいな書き出しで書いたら(おまけにヒバクシャまで国際語ってんでカタカナ)、メガネっ娘のクラスメートに「なんかこの人、自分の知っていることを自慢しているだけみたいです」とか言われて、授業中にもかかわらず、プリントには自分の文章であることなどどこにも書いてないにもかかわらず、「やかましいわ」と怒鳴り返した覚えがある。そのときは教師が、「新聞読んでればこの程度は常識の範囲内ですよ」と、とりなしてくれたけど。
 いや、あの、自分が昔からいやな奴だったということを書きたいわけではなく(ほっとけ)、こんな話って、大人になってもよくあるよなと思うことが多い。
 こないだもネットで、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』の感想文を見てたら、「ペダントリイが鼻につく」みたいなことを書いてる奴がいたし。あんなの必要最小限の説明&伏線でしかないのに。世間ではいい年をした大人でも、その事実や知見のポピュラリティは問わずに、平気で「(わしの)知らんことは許さん」みたいな人間は少なくない。ナベツネだって、堀江社長の件では、「わしの知らん人が入ってくるのは……」みたいなこと言ってたし。ものを知らない方がいばってどうする。先日も仕事で(以下自粛)

 お前ら、アホが自慢か。……と、(先週のうちに)ここまで書いておきながら、今朝見たら半茶さんと微妙にネタがかぶっていてびっくり。時事ネタってわけでもないのに。

 というわけで、無理やり昔話を続けることにする
 高校時代ということでいえば、こんなサイトを始めるきっかけみたいなのもそのころにさかのぼる。
 2年生だったか、授業中のひまつぶしに「真説・舞姫」という話(エリスが、ドイツ軍情報部の差し金で、日本のエリートである主人公をひっかけて自分の家に引っ張り込む話。結末ではエリスが、謀略を察知した日本側のスパイに神経毒を盛られて精神を破壊される)をルーズリーフ3枚に裏表びっしりと書いて前の席の奴に見せたら、教室中に回されたことがある。女子にまで回ったので顔から火が出たが(きわどいセリフもあったりした)、帰ってきたノートを見ると、みんな欄外に感想を書き込んでくれていて、とてもうれしかったことを覚えている。今にして思えば、これは、今やってる「テキストサイト+掲示板」遊びと同じである。
 同じく3年生のころ、これも授業で漱石の「こころ」をやってるときに、ひまにあかせて「真説・こころ」という話(超兵器の秘密を握る「奥さん」を、「K」と「先生」とで奪い合う話。「私」は軍部のスパイで、「K」を殺してまで手に入れたその秘密を握りつぶそうとする「先生」から、それを奪い返す。なんかそんな話ばっかり)を書いて友人に見せた。これは先のときとは違う奴だったが、こいつもクラス中に回しやがった。止めようにも、みんな「今どこにあるかわからん」とか言いやがって、結局返ってくるのに3日ほどかかった。
 このときも、けっこうな数のクラスメイトがコメントを寄せてくれてうれしかったのだが、たったひとつ署名入りのコメントがあった。「とてもよく書けていると思います。小説にすればどうですか」というコメントの署名は、そのとき「こころ」を講じていた現国の教師の名前だったのである。どいつじゃー、そんなとこまで回したんはー、と叫んでもすでに手遅れ。あとで、「ほかの先生もおもしろがってたよ」って耳打ちまでされた。あんたもかー。
 両方とも、卒業してからも手元においてたんだけど、いつのまにかなくなってしまった。ちょっと残念。

 そんなこんなで今はこんなサイトをやっている。栴檀は双葉より芳し、といってよいと思う(やっぱりそれはいけないと思う)。三つ子の魂百まで、というべきか。ていうか、馬鹿は死ななきゃ直らない、というべきかも知れない。だからほっとけ。


2004年11月6日(土)

 なおちゃんが学校で流行っているといって、へんなジャンケンを教えてくれた。なんか「伊東家の食卓」あたりでやってそうだけど(調べなーい)。
 だいたいはこんな感じ。

《動作1「ため」》両肘を張って胸の前で手のひらを上下に合わせるようにして、両手を握り合わせる感じで指をフックする。
《動作2「はっ」》両手の“かかと”部分を合わせて、開いた手のひらを相手に向ける。“かめはめ波”のポーズ。
《動作3「バリア」》前腕を胸の前でクロスして、両の手のひらを肩に当てる。「大きな栗の木下で」における“なかよくあそびましょ”のポーズ。

《ルール1》手拍子を2回して、「トン、トン、パッ」のタイミングで上記動作のいずれかを行う。
《ルール2》攻撃は、「はっ」のみで行う。ただし、「はっ」1回につき、1回の「ため」が必要。
《ルール3》防御は、「バリア」で行う。「ため」は必要ない。
《ルール4》勝敗は、「ため」に対する「はっ」が行われたときに決する(「はっ」側の勝ち)。
《ルール5》両者が同じ動作の場合は、当然「あいこ」で勝負は決しないが、「ため」の場合はカウントされるし、「はっ」の場合は双方とも1回分の「ため」を消費する。

《特別ルール》10回分「ため」ると、「ダイナマイト」が撃てる(上に向けた左掌に親指を立てた右拳を乗せる)。「ダイナマイト」は「バリア」にも勝利する。(ほかにも、「ため」と「バリア」の回数に応じたローカルルールがいろいろあるみたいなのだが、そのへんはみんなで試行錯誤中らしい。)

 これだけであるが、なかなか奥が深い。
 従来のあらゆるジャンケンは、「3すくみ」を基本とする1回限りの勝負であり、「あっちむいてホイ」やなどの「同じ動作禁止」系のジャンケンでもそれは変わらない(“くせ”を読む必要はあるにしても)。
 しかしこれは、1ターンごとに、それまでの経過と、それに立脚した記憶と読みを要求されるのである。
 たとえば、第1ターン。ここでは攻撃はありえないので、両者とも必ず「ため」を行う。つぎに、第2ターンでの負けを回避するためには、攻撃を受ける可能性があるので、「バリア」を行うか、相手が「ため」を続けると読んで、自分が「はっ」を行うかの選択が求められる(もちろん敗北のリスクを覚悟で、自分が「ため」ることもありうる)。「バリア」をとって、相手に「ため」られると、相手に「ため」1回分のアドバンテージがいく。「はっ」で攻撃して、「バリア」で防がれると、相手には最初に行った「ため」が残るし、自分の「ため」は失われるので、第3ターンは「ため」か「バリア」しかなくなる。だから相手は悠然と「ため」られる(もしくは攻撃)。そのまま相手に「ため」が重なると、続けて攻撃される可能性があるので(n回「ため」ると、n回続けて「はっ」ができる)、結果どんどん追い込まれることになる。
 そんな感じで勝負がつかないままターンが進むと、常に自分と相手の「ため」をカウントして覚えておかないといけない。

 ともちゃんでもさっくりわかるルールだし、やってみればちょっと燃えるのだが、酔ってたら絶対できないよ。


2004年11月5日(金)

▼「 NO SMOKING 」って、「横綱お断り」という意味じゃないよ。

▼「サブネットマスク」は、悪魔超人とは関係ないんだ。だから、「DOS アタック」は、必殺技とかじゃないんだ。

▼「おサイフケータイ」というものがある。まだ使えるところは少ないようだが、けっこう受け入れられているらしい。意外と、というと失礼な気もするが、高齢者への普及が予想を大きく上回るという。しかも小銭程度しかチャージしない若者に比して、大金を入れておく人が多いと聞く。
 以下は、そういうことだったのか、という話なのだが、先日スーパーのレジ前でひとりのおじいさんを見た。
 そのおじいさんは、レジのそばで、足元の空いた所にかごを置いて、これも陳列棚の空いた所に財布を置いて、右手一本で懸命に小銭を出そうと苦労していた。左手は何かの後遺症なのか拘縮がみられて、ひじを曲げたまま肩口のあたりで固まっている。
 当然その間、おじいさんはどんどんレジの順番を抜かされていく。
 そういえば、切符の自販機の前でも、小銭を出すのに苦労している高齢者をよく見かける。年をとると目や耳だけでなく、指先の機能もずいぶん衰えると聞いたことがある。

 それで高齢者がおサイフケータイを持つのか。携帯電話を差し出すだけで、コインをつまむ必要なんてなくなるもんな。そういう説明をする記事を見た覚えはあるが、私は初めて実感した。
「携帯電話に現金決済機能が」という文字をはじめて見たときは、「けっ」としか思わなかったが、印象が一気に180度転換した。
 そりゃいるだろう「おサイフケータイ」。がんばれ「おサイフケータイ」。セキュリティと普及・啓発のターゲットを高齢者や障害者に絞るんだ。それでこそ若年層や中年層にも使いやすいものとなるだろう。それがユニバーサルデザインだ。政府はなんとかして、コンビニやスーパーでの普及にはずみをつけろ。

 ただし、わしはまだでんわもつかいかたがよくわからんしむずかしそうなのでそんなもんいらんのじゃがの。


2004年11月4日(木)

▼ライブドアが敗れ、香田さんの斬首映像は流れ、ブッシュが勝ち、中越は氷雨の中で余震に襲われている。私はそのそれぞれに貧弱な怒りと悲しみと恐れとやりきれなさを感じながら、明日の仕事を気にかけている。それが愚かであるのかむしろ健全であるのかさえ考えようともせずに。(というようなことが31字×2首ぐらいで書ければ現代歌人になれるのに)

▼突然ながら、「美空ひばりは歌がうまい」。なにを当たり前のことを、と思うだろうが、私の身の回りの信頼できる音楽ファンが、口を揃えて同じことを言うので、本当にうまいんだろうと思う。ぜんぜん違う場所で、個々別々のシチュエーションで会ってるのに。それに、彼らは私の知人であるというだけで、なんのつながりもなく、筋金入りのマニアとして聴く音楽さえ、ジャズやR&B、クラシック、インディーズ系ロックなど千差万別なのである。もちろん演歌など嫌いであるといって憚らない。その彼らがみな同じように言うのである。
 そういえば、ミッシェル・ポルナレフが来日した折、プライベートな場で美空ひばりの「りんご追分」を間近にアカペラで聞いて、日本語もわからないのに泣き出したという話を聞いたことがある。
 私は残念ながら音楽には暗いので、美空ひばりはさすがにうまいとは思うものの、それが五木ひろしや小林幸子なんかとどの程度の距離があるのかは測りがたい。
 世にロック好き、ポップス好きで、しかも演歌嫌いという人間は多いが、(好き嫌いは別にして)美空ひばりの評価を聞いてみれば音楽好きの程度(そして音楽というものに対する理解力と感受性)がわかるんじゃないだろうか、と感じた今日この頃。


2004年11月3日(水)

▼「アフロ軍曹」のストラップがほしかったので、「月刊少年エース」をはじめて買った。もちろん読むのもはじめてである。
 誌名に「少年」とついているので、なおちゃんも喜ぶだろうと思ったら、なんだこりゃー。
 ぜんぜん「少年」向けちゃうし。バリバリ「大きいお友だち」向けやし。ある意味ヤンマガよりこわいし。
 いっぺん読ませてみたが(結局読ませるのかよ)、さすがに「ケロロ軍曹」以外はピンと来なかったらしい。
 親として心からほっとしましたよ。

▼「ゆうべさ、隣にきれいな女性が座ったんで、そのままカウンターで口説いたんだ」
「へえ。カウンターの大きさは?」
「そんなこと関係あるのか? 広い店だからカウンターも大きかったけど」
「店の広さは関係ないじゃん。でも、大きなカウンターなら有利だったろう」
「そりゃまあ、夜景が広がってて、相手もこちらの出方次第みたいなとこもあったしな」
「夜景ステージだったんだ。ま、初対面じゃ相手のタイプもわからないしね。PKってとこか」
「反則取られるようなことはしてないぜ」
「向こうは一瞬固まったんだろ。肘?」
「さすがに胸に肘が当たったときは、ちょっとびっくりしたみたいだけどね。こっちもドキッとしたけど」
「やっぱり肘か。よろけた?」
「それぐらいじゃよろけないよ」
「ガードが固かったんだ。そこでよろけてくれりゃ、しめたもんなのに」
「そうだな。はじめは緊張してたのか、ガチガチだった。こっちもそんなチャンスはめったにないんで緊張したけど」
「初対面の女が乱入じゃ、仕方ないよ」
「乱入? まあ、ほか空いてたのに隣に座ったんだからな」
「今は対面式の方が多いのに」
「だからカウンターだったって」
「ガード固かったんだろ。それでカウンターなら大技狙わないと。おれなら最初のうちは、つかみからプッシュして相手の迷いを誘って出方を見るね」
「だろ。だからプッシュしたって」
「したんだ。ダウンさせた?」
「いきなり聞くか。ま、そこはうまくいったということで」
「勝ったのか。よかったな」
「勝ち負けじゃないけど、勝ったって言えるかな。口説けたんだしな」
「でさ、その“クドク”って技知らないんだけど、コマンド教えて」

 という、まったくかみ合わない会話を思いついたのだがどうか。どうかって。


2004年11月1日(月)

講談社現代新書のデザインが変わった。

 あやまれ! 杉浦康平さんに、手をついてあやまれ! (リンク先は先日終わった展覧会の紹介ページ)

 昭和20年代かっちゅうねん。題字のフォントも古臭いし。そのへん狙ってるのはわかるけど、はずしまくりやっちゅうねん。アイキャッチの矩形も、21世紀にもなってまだミニマリズムか貴様。それに、カラフルな背の並んだ棚って、シンプルな色合いの棚に比べて小汚くなるってのは中公文庫の失敗を見てたらわかるだろうに。
 中島英樹が悪いとはいわないが、後発部隊の新書でも気合の入っている、文春新書(坂田正則)のシック、ちくま新書(間村俊一)と新潮新書(自社)のモダン、集英社新書(原研哉)や光文社新書(アラン・チャン)のスマートに比べて、差異化を図ろうとしたのだろうが、なんともはやである。
 しかしみんなビッグネーム使うよなあ。講談社も、文芸文庫があれだけかっこいいんだから、菊池信義にもっかい頼めばよかったのに。

▼自分的にはすっごくがんばった10月の更新なのだが、これには大きな理由がある。
 なおちゃんの、長年続いた「いっしょにねてーやー」攻撃が、ここにきてとうとう終息したのである。
 これまでは、毎日9時ごろには、ほぼ必ず添い寝をさせられていたのだが(しかもたいてい私が先に眠ってしまう)、いよいよ必要なくなったらしい。
 このごろは9時になると、自分で歯を磨いてトイレを済ませ、「おやすみー」とあっさり言い残して布団を敷いてある二階へ上がっていく(ともちゃんもいっしょに上がるが、これはサイにくっついて寝るので、もともと私に添い寝を求めない)。
 したがって、私は9時半には階下に一人取り残されることになる。
 だから、更新の時間を余裕を持って取れるようになった、ということなのだが、なーんか、やっぱり、ちょっと、さみしいよなー。たまにはなおちゃんの布団にもぐりこみにいこうかなー。「なおちゃん、いっしょにねてーやー」とか言いながら。攻守交替である。それでも、もうしばらくは大丈夫だろう。
 これが声変わりする時分になると、「あほかー、出て行けー、くそおやじー」とか言われちゃうんだろうけど。


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