あざやかに反転するその風景が・・・


「天秤宮」13号 2000年7月








ちょうど外野 の守備につこうとして 歩き出した ところだったように

思う。 背後に迫った山腹に轟音が響いて、ふりむくと、間髪をおか

ず、 どすぐろい巨体が、 山頂を覆うようにして顕われ、晴れ渡った

夕方の校庭 におしかぶさるようにも、 不気味な影をひいてゆっくり

通過し、手を伸ばせば届くような頭の上を、ふかみどり色の金属の

はらわたが威圧して、そのまま港の方へと、飛び去っていく。 言葉

もなく、 操られるように そのゆくえだけを目線 で追う形になった 僕

たちは、 校庭の隅まで走り寄り、野球もそっちのけでその航跡を見

守ったのだった。 海は凪いでいて、きらきらと夕日が散乱する、夏

のなごりいっぱいの静かで輪郭あざやかな 亜熱帯の深い入り江を、

ゆるやかに左旋回 しながら、それは飛んでいく。 そして、 あんなに

真近の、 みたこともない 低空飛行に子どもらしい興奮を 共有しあっ

ていた僕たちは、 次の瞬間に起こった事態に、 さらに唖然としたの

だった。大きな弧を描き終えたそれが、対岸の小高い山の頂上辺り

を湾奥の町の方へ向かう態勢になったとたん、 ボボッーンと赤黒い

おおきな炎でもえあがったのだ。・・・・あ、 墜落した、・・・・と誰とも

なくいうのに、 どれくらいかかったろう。 記憶のなかでは、 山腹に

転がり落ちた機首が見え、そのなかで坐ったまま燃えている、人影

も見えていた。 とてもおだやかで、 絵のようなゆうぐれの入り江に、

一瞬にしてあらわれた、 まっ赤な火の柱。・・・・それで、 UFOはど

うなったかって? ま、残念ながら UFOじゃなくて、 燃え上がった

のは、自衛隊の対潜哨戒機なんだけどね。町の病院で不足した、緊

急に必要な輸血用の血液を運んできて、それを安全に投下するため、

あまりに降下しすぎての惨事だったわけ。 山の木の枝に翼をひっか

けてね。 12名か、 13名の搭乗員全員死亡。 あと、 吹き飛んだエ

ンジンの破片であごを抉り取られたとか、 山の下の民家にも、 被害

が。・・・・ しかしそれらは後で知ったことで、 その時は、 一瞬なにが

起こったか わからない僕たちは、 言葉にならないささやきを かわし

ながら立ち尽くして、 あとは子どもの頃 誰にでも経験のある、 好奇

心いっぱいの行動が、 放課後の野球など忘れさせて、 さっそく現場

へとかりたてたというわけ、 なんだけどね。 でも、 あの、 特撮映画

のセットの中にいるような、 あの日の港を見晴らす 校庭からの 光景

は、 惨事というものの、 一瞬ののちの出現、 その反転ぶりを、 あざ

やかに刻みつけた事件だったなあ。 なんのまえぶれもない、 平和な

日常から戦争への反転とか、 想像しながら。 ・・・・ その墜落した「ら

んかん山 」 には、 殉職した隊員たちのために、 「 くれないの塔 」 と

いう、 慰霊のモニュメントが立って、 いまでも 名瀬 の港 をみおろし

ているはずだ。昭和37年のできごと。




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