(補遺)
父・金久正著「増補・奄美に生きる日本古代文化」(1978年・至言社刊)より、第4章「「はら」(腹)と「はるち」(腹内)」を6回に分けて全文収録です。(ルビ文字は( )の中に、ルビ強調は下線で示しました。また文脈上あきらかな校正ミスと思われるところは文意を整えて示しました。)
 なお、血族団体を意味する諸語につき、語源的想像をめぐらすならば、「はら」(腹・原)には母系的大家族制の片影が認められ、マキ(真木)には父系的大家族制の片鱗がうかがわれ、それに「マキリャ」を「まきはら」の転化とするならば、それには、双系的家族制の名残りが読まれはすまいか。
 次に「まもらし」「まもろ」はどうであろうか。この「ま」はもちろん、真実、本来、丸々の意味から美称として用いられる接頭辞の「ま」(真)であり、「もらし」「もろ」は、同じく「もろ」(諸)の転化であることは明らかである。「もろ」(諸)は、また「むろ」(室)に通じ、「むろ」(室)は広く所在する場所の意からその場所に「一所に」いる一団の人々を表わすようになったものであろう。英語の「All the room laughed](部屋中の者は皆どっと笑った)などを思い合わすべきである。したがって、「むろ」(室)はまた、「むら」(村)「むれ」(群)にも通ずる語であろう。
 いま、「もろ」(諸)という語が、音韻の転化と共に意義の相異を生じつつ、この方言ではどんな発展を生じているかをみてみよう。
 チュモロ(ひとむろ) (名)ひとところ(一所)。一群。
 チュモ(ひともろの下略) (副)一緒に。
 ムル(もろ) (副)全く。とても。「ムルスキ」(とても好き)。
 ムルムン(もろもの) (複合詞)分割されることのできる品物を分割しないで完全なままのもの。
 ムルシ(もろし) (名)人や物のひとかたまり。英語のmassにあたる。
 いま、「マモラシ」の語尾の「シ」について考えると、例えば、東北方言に「ワラシ」(わらべ 童)、「メラシ」(めらべ 娘)などにみられる「シ」と同じく、本来特定(specific)の「人」または「物」を示す接尾辞であったのではあるまいか。
 本来は、「マモロ」(真諸)が血族団体を意味し、それが発展して、「むら」(村)すなわち地域団体へと変わっていったのであろう。
 この島に、「アムロ」(阿室)または「アモロ」などの地名があり、通説には羽衣神話と縁があるとされているが、これも本来は「あもろ」(吾諸)または「あむろ」(吾室)の意であろう。
 「マモロ」には、また、「もろ手」(諸手)などの表現から推測されるように、そこには、双系的大家族制が読まれはすまいか。
 今日では、「マモロ」は、部落の内部の一部の住家の聚落を意味し、「マモラシ」が、血縁関係を示す語となっている。この「マモラシ」という語は、さらに意味が発展して、部落内部の同じ年配の者を一括していう言葉に変わっている。
 これからただちに想像のできることは、「まもらし」は、本来は、一つの氏族ないし血族の世代的階層を表わす言葉であったろうということである。
 ところで、氏族的社会がやがて地域的社会へと推移するにつれて、「まもらし」という語も、漸次、部落内の世代(generation)ないし年配を同じくする男女を総称する呼称となっていったのであろう。
 「世ヤツギツギ」(世代はつぎつぎ)などという俗諺などからもうかがわれるように、この島は、ある特別の事情から、世代階層ともいうべきものが強く打ち立てられ、そのため、「長幼序あり」のカテゴリーに入るべき倫理性が発達し、年長者を敬う風習が特につよくなって行ったものと思われる。
 民謡に「白髪年寄りや、床の前、坐(ゐ)して、吾(わ)ぬや下さがて、拝(をが)で上(うぇ)すろ」(白髪の老人は、床の間の上座に坐っていただいて、自分はずっと下座にさがって、俯し拝み申しましょうの意)など歌われているところからみられるように、老人を敬う風習がつよく、神と人との関係において用いられる「をがむ」(拝)という語や、また「たたる」(祟)という語が人と人との関係において用いられ、一方、年長者は、親疎の関係にかかわりなく年少者の名前を一般に呼び捨てる風習が今日までも根強いのは、そうした事情によるものであろうと思われる。

(了)

                                    論考もくじへ @ A B C D E 

                                   ホームへ            更新日/2002年6月6日   
               

論考もくじへ
(Y)