「いも」と  「うも」
(上)
 
 今日食用に供せられる芋類には、「さつまいも」 「里芋」 「水いも」 「やまいも」 「じゃがたらいも」などがあるが、単に「いも」というと、誰しもすぐ「さつまいも」の意味に解しがちである。それほど、この芋が、今日では大衆の生活と、密接なつながりを持っているようになってきたのであろう。
 ところで、甘藷(かんしょ)すなわち「さつまいも」が、日本に伝来したのはそう遠いことではなく、徳川時代の初期、慶長年間のことであるから、日本人が、この芋に親しむようになってから、まだ三〇〇年くらいしか経過していない。はじめはおそらく南蛮(なんばん)より南中国を経て琉球に入り、琉球から薩摩を経て、日本全国にはやるようになったのであろう。その後青木昆陽が飢饉に備えて、甘藷(かんしょ)の栽培を奨励したことはあまりにも有名な話である。甘藷(かんしょ)の方言名も、この伝来の経路に順じて、薩摩では、琉球芋といい、江戸にては「さつまいも」と呼ぶと、古いものの本には書いてある。なるほど、今日の標準語では、甘藷は、「さつまいも」といっており、また東京方言では「おさつ」ともいっている。
 しかし、これは為政者側の公的呼称からくるもので、民間の呼称はどうであったろうか。
 今日の九州方言をみると、鹿児島地方では、甘藷(かんしょ)のことを、ふつう「からいも」(唐芋)といっており、大分地方では「トイモ」(唐芋)といい、長崎県のある地方では「はんじゃいも」といっている。
 おそらく、これらの方言名は、甘藷の伝来当初からのものであろう。


 
 しからば、広く南島では、甘藷の伝来当初、これを何と呼びなしたであろうか。ここに興味ある問題が起こってくる。
 一般的にいうならば、南島には今日も、「いも」という語はない。その代わりに「いも」類を表わすのに「うも」という語を用いている。
 いま、試みに、古典に「うも」という語を求めるならば、万葉集に、「意吉麿(おきまろ)が家なるものは、うもの葉にあらし」と出てくる。これからして、古くは、「うも」という語が、「いも」類を表わす語であったろうということがわかる。この点では、南島は今日でも万葉時代を生きているということができる。
 しからば、「うも」と「いも」とは別語であろうか。いや、そうではなくて、これは本来同語でありながら、例の日本語の特徴である「イ」音と「ウ」音の通音現象によって、音韻の交替が行なわれたまでであろう。
 たとえば、「いや」(礼)―「うや」、「いを」(魚)―「うを」、「いろこ」(鱗)―「うろこ」、「いめ」(夢)―「ゆめ」などと同じ現象であろう。
 この場合は、どうやら「うも」が原音で、「いも」は、それより転音したものとみることができる。
 孤島という自然の障壁ゆえに、「いも」語地域に入らず、万葉時代を生き抜いた南島では、甘藷(かんしょ)の伝来当初は、当然これを「うも」のカテゴリーに入れて、呼びなしたことは想像に難くない。
 はじめは、伝来先の名称をそのまま使用し、やがて、それに「うも」をつけて呼ぶようになったであろう。
 甘藷の南中国名は、あるいは、「ハンショ」であったであろう。それで一方この芋のことを「はんしょ」または「はんしょうも」と呼びなし、また一方では、唐(とう)から伝来したというので、「とううも」と呼んだであろうことが推定される。
 方言の慣用として、中国または広く外国から伝来して来たと思われる事物には、唐(とう)という語を頭につけるからである。
 こうみてくると、長崎地方の「ハンジャイモ」も、甘藷(蕃藷)芋のなまりで、「いも」語地域である同地方ではこれを「いも」として受入れたということがわかるであろう。

 
 次に、この推定を確かめ、なお、「うも」という語の推移を知るために、南島の主な島々における芋類一般の呼称を、ここに図示してみることにする。
 しかし、ここでは、煩を避けるために、一部落の方言をもって、ほぼ一つの島を代表させて置くことにする。南島方言は方言差がはなはだしく、一つの島の中でも、少し離れた部落と部落の間には、芋類についても、あるいはその呼称が異なっているかも知れないことを認めなければならない。
 
方言別   種別 さつま芋  里  芋  水  芋  山  芋 
 奄美本島 南部    ハヌス    ウ ム   ムヂ(オムウム   コーシャ
 奄美本島 北部    ト ン    マ ン   ムヂクワリ、ターマン   コーシャマン
 喜 界 島    ハンス    ウ ム   ム ヂ   
 徳 之 島    ハンジン    チンヌン   ム ヂ   ヤマンヂ
 沖 永 良 部 島    ウ ム    サトウム   ターウム   ヤマイム
 与 論 島    ウ ン    ム ヂ   タームヂ   アカヤマン
 沖 縄 島    ウ ム    チンヌク   ムギ(ターム   ヤマウム

 この図表を一見して、まず注意を引くことは、甘藷(かんしょ)のことを、沖永良部、与論、沖縄の諸島では、「ウム」または「ウン」と呼んでいることである。これは二つながら、「うも」の転訛したものであって、甘藷(かんしょ)の伝来当初は「トーウム」(とううも、唐芋)といっていたのが、この芋が民衆の生活と最も深いつながりを持つにつれて、やがて、「とう(唐)」が略され、後には、この語が、もっぱら甘藷を意味するようになったものと思われる。今日の標準語の「いも」が単独では、甘藷(かんしょ)を意味するのと似ているが、南島では、なお極端で、本来の「うも」のお株を全部奪った形である。
 しからば、かく推定する根拠がどこにあるか、それは取りも直さず奄美本島北部の「トン(ton)」という語のなまりをほぐしてみれば、もう一目瞭然である。
 私は本来、奄美本島南部に生まれたので、どうも名瀬あたりで甘藷(かんしょ)の名を「トン」と呼ぶのを聞くと、何だか滑稽にひびき、芋を軽蔑的に呼びなして、ああ呼ぶのだろうくらいにあっさり考えていたが、今回偶然にも、芋のことを調べてみることになって、何ぞ図らん、「トン」は、そんな、いい加減な言葉ではなく、その示す実物のみならず、その語自身まことに真面目な言葉で、南島に一つの光明をもたらすものであるという一大発見をなし、一驚したしだいである。
 実は、私は、「トン」は、「とうのうも」(唐芋)の下略語であろうと思い込んでいたが、奄美本島北部方言をよく検討してみると、何ぞ知らん、「トン」は、ずばり、「とううも」(唐芋)の転訛語であることが明らかである。
 奄美本島北部方言の特色の一つは、長母音が短母音化する傾向があり、また鼻音の前後で、母音「ウ」が、これと同化脱落する傾向がある。それで「とううも」(唐芋)のなまりである「トーウム」が、「トーム」となり、やがて「トム」、「トン」と変わっていったのである。
「トーウム>トーム>トム>トン」
(to:umu>to:mu>tom>ton)
 これとまったく同じい傾向が大分地方の「といも」すなわち「とういも」(唐芋)である。
 次に、奄美本島南部の「ハヌス」、喜界島の「ハンス」は、甘藷(蕃藷)の伝来先名と思われる「ハンショ」がなまったものであり、徳之島の「ハンジン」は、これに「うも」をつけた「ハンショウモ」のなまりであろう。この語尾の「ン」は「トン」から推して、「ウム」(うも)のなまりであることは明らかである。
 かくて、「ハンジン」は、長崎地方の「ハンジャイモ」とまったく同じ傾向の表現である。

 次に、この図表で、里芋の名称を見てみると、奄美本島南部および喜界島では、「ウム」(うも)という語が単独で里芋の意味をもっていることが注意を引く。これからすぐ推定されることは、今から三〇〇年前、甘藷(かんしょ)がこの島の生活を支配する前には、主として里芋が芋類中では珍重がられ、これを単に「うも」といっていたのを、甘藷の伝来後、後者が支配的となるにつれ、沖永良部、与論、沖縄の諸島方言におけるように、その単独で呼称される権利を奪われたものであろうということである。
 これを裏書しているのは、また奄美本島北部の「マン」という語である。この「ン」が、複合するときの「ウム」(うも)のなまりであることがわかれば、「マン」はすぐほぐすことができる。
 「マン」は、「マウム」(真うも)のなまりにちがいない。「マ」(真)という語は、真実、純粋、本来の意を表わし、また美称の接頭語ともなる。
 他に例を求めるならば、広く南島では、北を忌む習俗から、北(きた)という語が亡び、北をも西(にし)と一般に呼んでいるが、これと本来の西とを区別する時には、後者を真西(マニシ)と呼ぶ。
 その他、真夏、マミキ(真酒)、マシュ(ましほ、真塩)などがある。
 これからして、「マン」は、「トン」に対し、本来の「うも」という意味を持っていることが知られる。
 他の島々でも、甘藷伝来前は、「うも」といえば、単独では里芋を意味したのであろうが、甘藷の伝来後「うも」という語がこれにお株を奪われ、その呼称に苦心したであろう形跡は、沖永良部島の「サトウム」与論島の「ムヂ」という呼称に見出される。
 もっとも、この沖永良部島の芋類の呼称は、報告者が若い女性であったので、何だか標準語の影響が加わっているように思われる。もっと古い呼称があるのではあるまいか。

(つづく)

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更新日/2019年6月25日
                                   ホームへ                    
父・金久正著「増補・奄美に生きる日本古代文化」(1978年・至言社刊)より、第17章「いも」と「うも」を2回に分けて全文収録です。(ルビ文字は( )の中に、ルビ強調は下線で示しました。また文脈上あきらかな校正ミスと思れるところは文意を整えて示しました。)
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