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雑感13

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(空間認知が崩れて・・)   (ラヂオ深夜便のこと)   (近年の猟奇的事件について)   (社会という密室?)   (和田徹三追悼集と「暗射」をいただいて)   (松尾真由美さんの個人誌「ぷあぞん」も・・・)






2000年2月7日 月曜日

借家住まいのつらいところで、ちょうど父のアルツハイマー症の症状が出始めて2、3年経った頃に、前の家主の都合で、家をひっこさなければならなくなった。ちょうど平成の年号が始まった年だ。ボケはじめて時々勝手を間違えては玄関に落ちて倒れていたりはしても(父の痴呆のことを思い出す時、まずやってくるのが、いろいろな、イタイ!という感覚だ)、それでもなんとか勝手を知っているこの家を出たら、もういままでのようにすぐに手探りで住まいの勝手に慣れることはできないだろうと、父自身どこかで直感していたのだろう、ひっこさなければならないと、言い含めても、なかなか家を出るのをしぶった。「わたしは、ここにいますからね、どうぞ、いさしてくださいね」と、哀願するような口調でいうのを、家族としてもどうしようもなく、なんとかだまして、一山越えた今の家までひっこしてきた。そして、それを前後する時期の一日一日の記憶というのは、僕自身あまりつらくてうまく思い出せそうもない。とにかく、本格的に父が痴呆の坂を転げ落ちるのに、何日もかからなかった。痴呆によって、記憶の統覚がくずれはじめたときに、見知らぬ場所、見知らぬ家に連れてこられて、自分が今何処にいるのかという、生きる上での基本的な空間認知が、一挙に崩れてしまったのだから、せまーい闇の中に閉じ込められるより、つらい状態だったのではないだろうか。その父の状態を想像しては、どうしてやることもできず、毎日泣きはらすことで、自分をごまかしていた。しかし、ほんとは泣いている暇さえなかったのだ。とにかく思いもかけないすったもんだが次から次へと待ちうけていて、それが頭かきむしるような、難問ばかりで、父ともども、進退極まったつらさだったはずだが、その頃の事を思い出そうとしても、感情的な想起が、うまくいかない。とにかく、生きる気力がいっきに失せたように、それまで元気だった父の足が、なえていった。

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2000年2月9日 水曜日

介護で、父の部屋の簡易ベッドの横に寝起きしていた10年近くの間というのは、1晩中、枕元でNHKラヂオの深夜番組「ラヂオ深夜便」が小さく流れていた。それによって、どれだけ落ち着かされたことか。時々、午前一時までで放送終了という日があったりすると、どうしようどうしようと、不安にいたたまれなくなったりしていたのだ。なにをおおげさなと思うだろうが、あたりが静かになったりすると、もう自分がどこに居るのかもわからなくなっている父は、眠るどころではなく、気力をふりしぼるように、「カム! カム! トータス!・・・」と、昔英語塾をしていたとき生徒たちに歌っていた歌を、錯乱的に、大きな声で歌い出すのだ。近所のことがあるので、いろいろなだめすかしてみるものの、なかなかやめようとはしない。一度錯乱的になると、気を紛らわせようと寝る前にいつもやっている百人一首の歌のやりとりをふたたびはじめてみても、おなじようなデカイ、張り上げた声で返してくるので、とてもつづけられない。民放ラヂオの神経を刺激するだけの深夜放送などは、まったくの逆効果で、ますます、錯乱的になるばかり。ところが、痴呆の症状が悪化しはじめてまもなく、天の助けのように、「ラヂオ深夜便」がはじまった。いろいろな事情で夜中に起きている高齢者のために、というのがその放送開始の主旨らしかったが、それまでは、いかにもいかにもといって、小ばかにしていた、あのNHKアナウンサー独特の、会話の間合いというもの。どこか小津安二郎映画の会話を思いおこさせる雰囲気なども、聞き手によって創り出してしまうような、会話の内容よりも会話という形式をのせて流れている時間的風景の方に、限りなく重きをおく、といった風なもの(あれは、なにか、極力自分の存在を消して、相手にとって鏡のようなものになるという、インタビュー術とでもいうのがあるのだろうか。よくわからないが)、それによって聞く方は、ふうーっと記憶の広大なスクリーンが広がっていく感じに浸れるのだ。その雰囲気は、父にも良い効果をもたらして、「そうですよ・・・ほんとに・・・」とか、意味はズレルものの、番組の中の会話に相槌をうったり、むこうが笑うと、自分もその中にいるように、一緒になって笑ってみせたりするので、「いまのおもしろかったねえ」と僕もついうれしくなって、父の肩をかるくゆすぶりながら、そばで一緒に聞いていることを、アッピールしたりしていた。そういう時にきまってポツリと、正気にもどったようにもらす言葉が、「トウディンネサ、デスヨネエ・・・」(こころさびしい限り、ですよねえ・・)だった。

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2000年2月11日 金曜日

近年頻発する、まさにバーチャルな社会を夢遊しているような猟奇的事件には、かっては世間をさわがせるような事件には幾分なりとあった、犯人に対して感情移入できる部分、それによって共感したりできる部分というのが、どうにも見つからないというのが、特徴といえば、特徴のような気がする。それはなぜかというのを、少ない情報で、わかりもしない犯人像を憶測するよりも、全体的なあらわれとして直感的にとらえた場合、奇妙に聞こえるかもしれないが、どうも犯行そのものが、現実社会の行動様式、心的様式べったりで、<反>とか、<脱>とかではなく、ちょうどネガとポジの関係をしかもちえていないからではないか、それが、<猟奇殺人>というシンボリックな形態にもあらわれているんじゃないかと、僕には思えてくる。・・・なにかをやり遂げたという達成感の表明。ガッツポーズ。自分に課すノルマ。次の目標のための計画性。なにかに(他人に?)遅れないための情報収集。気合。やる気。「俺はやるんだ」という思いこみの激しさ。次のステップへの移動、等々、等々。いまでは生活意欲のプロパガンダのように機能しているテレビをはじめとして、この社会を覆う心的な風景の、どこか異様な積極性(の煽動)には、個々として見た場合、それ自体は悪いことではないようなヤル気の言葉も、どうにも全体主義的で単一な皮膜にすっぽりくるまれた、逃れようのない、息苦しいあえぎの声のようにも響いてきて、どこか、あの「アキレスと亀」の、デジタルな思考に取りつかれたがゆえの不可能性と、不可能性にむかっての、絶えざる達成感を想像させて、やりきれなくなるばかりだ。風景は単一ではなく、アキレスと亀の風景は基本的に別であるということ、多様性を認めあう社会とかいいだしても、「風景は単一である、そのなかで選択せよ」というデジタルな思考を、同時に密かに認めあわなければ?にっちもさっちも行かない、現実。<猟奇的>犯行の現われとしてのやりきれなさは、ちょうど、そうしたやりきれなさと対応している感じがする。これらの犯罪がおこるたびに、犯人像の生い立ち、人間関係などがとりざたされるが、いまでは、それこそちょっとしたことで誰でも犯人になりえることしか語らない、そんなことよりも、いっそのこと(吉本隆明流に?)、ますます露出的になっていく時代の無意識の、弱い部分での個々のあらわれと捉えたほうが、大事なところに手がとどく気もする。

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2000年2月14日 月曜日

上の記事をすこし補足するなら、たとえば、こんどの新潟県柏崎市での女性監禁飼育事件(いわば一生のなかで最も思い出に満ち溢れるはずの長い長い心的時間の育成期を、ひとりの見知らぬ若い男に監禁されてすごすという、おぞましい、一種の殺人事件)、については、案の定、異常な家庭環境とか、社会病理として潜在している<ひきこもり>とかの因果関係、動機の詮索が支配的だが、もっと大事なことは、たとえば、あの腎臓売れ! 目ン玉売れ! と<やくざまがい>のおどしで、他人を自殺にまで追い込んでいる、金融会社の立派な社会人による立派な<猟奇的事件>の病理と同床の場で、ならべて語る視点をもつことなんじゃないだろうか、ということだ。具体的な部屋ばかりでなく、どこへいこうが、この社会そのものが、巨大な密室と化しているのかもしれないのだから。そのなかで、お客さまは神様ですのなれの果て、殺意を秘めた笑顔が、他人は目的のための道具として、人を人とは思わない人間を、次から次へと生み出しているのかもしれないのだから。家庭なんて、どう壊れたって、ある意味では、たかがしれている。そこに社会状況との相関さえなければ。あるいはむしろ、社会状況との相関によってこそ、家庭というものは、こわれていく、といったほうがいいぐらいだ。いずれにしても、問題は特定の家庭にだけ負わせられるものではないだろう。爛熟した圧倒的な商業主義社会の影響力のもとに、学校や家庭が力も無くあえいでいる、といった図柄こそ、実感的なものじゃないだろうか。そこを問うのはほどほどにして、なるべくなら避けないと、そこを問いだしたら、あるいは、あぶなくなる? そういうことなのだろうか・・・・・

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2000年2月19日 土曜日

「和田徹三追悼」と銘打たれた、灣の会発行による「灣詩集」(沖積舎)と、「暗射」冬号を笠井嗣夫さんからいただいた。貴重な本、わざわざ僕などにまでと、いつも恐縮することしきりです。でも、ふたつとも、興味深く、拝見させていただきました。「灣詩集」の方は、去年なくなられたという「形而上詩人」和田徹三氏を悼んで、氏が長年主宰してきた詩誌「灣」の同人たちを中心に、笠井さんはじめ、大岡信氏や粟津則雄氏、城戸朱理氏、沖積舎の冲山隆久氏などが、氏の思い出や作品感想を心をこめて綴っている。全39冊にのぼるという氏の著作のなかからの詩作品の抜粋や、同人によるリキの入った送る詩なども。読みながら、西脇順三郎氏なども拠っていたという、その歴史的詩誌の存在感を、あらためて感じることのできる「追悼集」になっている。学のない僕などには、いまひとつ、その形而上詩論的な意味での思想性とか、高踏的なベールに隔ったったような詩語の世界が、うまくからだに浸透してこない、といううしろめたいような敷居の高さは感じるが、それは「形而上詩」の問題というより、僕自身の能力の問題なのだろう。加えて、僕の偏見の中に、神話や聖書、知的世界に仮託された事象を隠れ蓑として、いくらでも観念的思弁を垂れ流すような、ある種の壮大ぶった安直な詩への、蓄積された辟易感もわざわいしているのだが、つまりは、ほとんど読んでないに等しい僕の形而上詩への偏見を、この「追悼号」が、少しは解消してくれそうな気もしている。何年か前に縁あっていただいた、「亀の歌」という詩集と僕の第2詩集への和田氏の丁寧な感想のお葉書のことを思い浮かべつつ、ご冥福をお祈り申し上げます。

それから「暗射」、これがまたおもしろかった。はじめ追悼集に折り込まれた栞かと思ったほどの、ジグザグ折り畳まれた、はがきより少し小さ目のいわゆるミニコミ紙。そこに、詩や書評や映画論果ては日記までが詰め込まれていて、それがいずれも充実、たのしく読ませてもらいました。今村仁司の「近代の労働観」(岩波新書)を紹介している上谷真司氏の「労働の狂気」という文章も、最近ちらちらと見かける論のひとつで、<聖なる労働>という、どうにも幻想にすぎない、マルクス主義のみならず現在でも一種のタブーのような感じのする問題を、なんかやっと語り始める気運が生れつつあるのかなと、こころづよくなってくる。深謝深謝でございます。

「暗射」=発行所・虚数情報資料室(北海道函館市鍛冶1−18−11 佐々木気付)
             頒価・ 300円+送料(予約購読3号分、1000円送料込みで)

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2000年2月20日 日曜日

これも北の国からの瀟洒な、黒づくめのゾクゾクする個人詩誌「ぷあぞん」をいただいた。北海道の詩人松尾真由美さん発行になるもの。たとえが物騒だが、なにか手のひらにピタッとなじんだ拳銃を、そっと見せられたような、とてもカッコよく凝った装丁がまず気に入ってしまった。ひとりで発行することの快感ここにあり、といった感じが伝わってくるような。そこに2篇の詩、「往還のゆたかな乖離」と「漂白のための夜の記録」が、載っている。いずれも、夜のひとりの部屋という、脳が脳を考える、言葉が言葉を考える、といった裏返っていく自己言及的な世界に親しみやすい状況にピタッと寄り添うように、<詩>で<詩>を考える、というより、思慕する、詩となっている。その語り口は、いわゆる難解な現代詩の典型みたいなものだが、「硬質な裸体でただようまぼろしの/おそらくは意味の角度の/固有なねじれ」(往還のゆたかな乖離)から展開していく、つねに/すでに亡失された言葉(=生)への希求、「いちじるしい/単独の行為をまもり/いまは見えないあなたへと/不具の要約を捧げている」(漂白のための夜の記録)、どこまでも待機する生(=言葉)の不穏なひろがり、なども確かに感じられて、夜の底で、じっとこの世界と向き合っている<詩>のふるえが、その生理学的な? 移動や変化、変容や消滅が、なんども読みこむうちに、しんしんと伝わってくるような作品となっている。はじめは、多用される概念用語などの、ごつごつしたそっけなさが、もうすこしなんとかならないもんじゃろかい、と思ってしまうが、読んでいるうちには、そのごつごつしたそっけなさも、この詩の生理として、執拗に? 必要とされているようにも、感じられてきたりして。・・・・立ち止まらせる、充実したひとときでした。松尾さん、ありがとうございました。

「ぷあぞん」=発行所・松尾真由美(北海道札幌市中央区北2条西25丁目2−1−1003)
                   頒価・ 1000円

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