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雑感20

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(小林よしのり「「個と公」論」を読みながら) (再び、「「個と公」論」についてちょっと) (詩誌「グッフォー」秋号を水出みどりさんから) (松尾真由美さんの個人誌「ぷあぞん」(11号)について)






2000年10月8日 日曜日

 ああいえば公いうでおなじみの?「大東亜戦争肯定論者」小林よしのり氏の「「個と公」論」(幻冬舎刊)を読んでいるのだが、その中に、たとえばこういう箇所がある。「・・・歴史の中にこそ常識の積み重ねがあるんじゃないか。それが「公」であり、そこに根を下ろさないと日本の中の常識的な感覚というのはどこまでも崩壊していく。オウムも、キレる子供も、援助交際も、ストーカーも、小学生惨殺事件も、少女監禁事件も、インターネットの薬物販売も、みんなそこから出てきているんじゃないかと言っているのがわしの「戦争論」なんだから。/ 官僚制度の行き詰まりにしても同じことで、官僚が国益よりも「省益」を優先させてしまうという状況をどうやって突破していくか、それをわしは「公」という論理で言っている。「公」に根差さない「個人」はエゴイズムに堕するしかない。果たして「私」だの「個人」だのってものをどうやって作るのかっていう話をしているんだよ」と。これなどは、「公」を「ワタシ」と置き換えても、文脈上すこしもおかしくはならないのじゃないだろうか。むしろその方が、現状認識として、僕などにはすっきり腑に落ちる視点となってくるのだが(ただし、「国益」を「公益」に、「戦争論」を「反共同体主義論」とでも書き換えて(^^;)、「公→国家」のすきな小林氏には、もちろんそうはならないようなのだ。氏のいう「私」とか「個人」というのは、むしろ<わたしたち>、小さく小さく噴霧された、あたかも<私のような>、<個人のような>、共同体のことであり、そこからその共同体に支配的であるコマーシャリズム、その「公益」でつくられる「日本国家」へのつながりの回復をどれだけ大事だと説いてみても、ピントはずれであり、そこからは、どうしても<ワタシ>のあらわれてくる場所はみつけようがないのじゃないだろうか、と僕などは読んでいて思ってしまうのだが、なんとしてでも「公→国家」を浮上させたい氏には、そうしたチマチマしたしゃらくさい視点は、どうでもいいことのようなのだ。なにかしら実体となってしまった占い師の黄金の玉のような「公」という塊をつかんでしまって、「わしは」こう思う、だけじゃすまなくて、こう思うことをなせ、とくるような思想を(そうした思想を殲滅せよと、アジってくる思想と同様に)、まずなにより、警戒してしまう、ワタクシメであります。・・・・しかし、ま、それとは別に、小林氏の言葉の解放感、とても啓発させられる「大東亜戦争」についての、イメージ塗り替え感、は、知識のない僕などには、なかなか興味深く、たとえば最新の研究成果などを示して、「南京大虐殺はどう言おうが、数の問題、そしてそれはウソだった」と言い張る視点などには、共感さえ覚えたことも確かである。確かに、「私の「戦争論」」(ぶんか社刊)で吉本隆明などが、「数の問題はどうでもいい、その中国という他国の地でひとが殺されたことが大事で、・・・」と論点をずらしていく語りからしても、じゃあ「あの大虐殺」はなんだったんだという、さんざん喧伝されてきたイメージ問題?の解決にはなっていないのにくらべても、ああそうなのかと、<常識>を揺さぶってくれて、明快だった。「公」の概念が、どこか単に<対幻想>の問題でしかない領域とごっちゃに語られたり、なんで「公」がすぐに「国家」に結びつけられなければならないか、いまひとつもふたつも、はっきりしないにしても、読者としては、やはり<自分の身にしみて語られる>論は、どんどんやってほしいと、嫌悪するどころか、むしろ楽しみになってくる、ことでした。なにしろ、こういう言葉の解放感があってはじめて、読者が試されてくるわけだから、ね。まあ、「忠君愛国」はやはりどうしても、アナクロであり、イヤだけども(^^;。

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2000年10月13日 金曜日

 小林よしのり「「個と公」論」を読んでいて不思議なのは、「公」を問題にするときに、まずどうしたって最初にみすえるべき、この現在の、消費社会的におだてられ、ぐじゃぐじゃになった「お客様」共同体の在り様については、一言も言及していないということだ。逆に、そうした消費社会をつくりあげた、戦後の高度経済成長を、あの戦争時の特攻精神、愛国の気概あったればこそと、もちあげるばかり。つまりそのあたりから、彼が口にする、成功とか、勝ち負けとか、ひとの幸福や不幸というのが、どうも僕などの思いえがくものとは全然異ったものであるらしいことがみえてくるのだが、それは別にそれで一応はいいとしても、ひとそれぞれに異うそうした生のイメージ=展望を、<彼の場所>から一色に<まきこむ>ように語リ出される、言葉の出所の根拠が、実は<国家>であるらしいことを感じる時(危急存亡の小さなボートに乗り合わせたわれわれという、ハリウッド映画的な単純なメタファーでおどしつけながら?)、やはりなんともあぶなっかしい、本人が意図するしないにかかわらずほのみえてくる、<動員体制>志向=嗜好?が、やはり、「戦争論」の問題の核心にあるように、僕などは感じてしまうのだ。福沢諭吉の「痩我慢の説」という国家観を解釈しながら、病弱だった子供のころ、「負けるとわかっているのに、すもう大会に出ていって大恥をか」いた体験を、「戦争論」の最初にエピソードとしてのせたのは、それこそが「戦争論」を書くモチーフであり、死を覚悟で守るべきものがあるとき、ひとは負けることを承知で闘わなければならないことがあると、それが「大東亜戦争肯定」につながっていくのだと述べたりしている小林氏の言葉を読んでいると、どこかカルト宗教的な教祖にもにて、自己の情念にのっぺりと表情を消された<大衆=その他大勢>をまきこんではばからない、ある種の思いこみのはげしさが、彼を突き動かしているとしか僕などには感じられない。人生訓としてはりっぱで、あんたはそれでいいだろうが、ぜんぜん異った生のイメージ=展望をもった<他人>を、お願いだからまきこむなよなあ、という感じ。この本の中で、「父性」を軟弱な「父権」と混同したりして語っているのも、同じ志向=嗜好性からくる、「父」という言葉への思いこみの偏りのようにしか、僕にはうつらない。ぐうたらな、甲斐性のない、たよりのない「父」が、競争、戦争社会を生きぬく「戦士」をつくりだすのには不適当だとしても、「父」が「父」たる所以のものたちにとっては、そんなことはどうでもいいという見方だってあるわけで、「父性」と「父権」の重視には、「存在価値」自体の違いがあるかもしれないのに・・・。いま大事なのは、やはり「父権」的な制度をいじくることより、「父性」、つまりは、ひととひととの<関係>こそ、みすえていかなければならない<危急存亡>の事柄、なのかもしれないのに・・・。

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2000年10月17日 火曜日

 水出みどりさんから詩誌「グッフォー」(34号 2000秋)をいただき、あとがきにある「今年の夏は北海道とも思えない猛暑でした・・・」という言葉に、まだ一度もいったことのない北海道の夏に思いをはせながら、そのずらっと多彩に並んだ13篇の作品群を楽しませてもらっている。たとえば、猫と朽ちた板塀の節穴が広大無辺に内通する、童話めいた吉田正代さんの「め」という作品や、「喇不爺」という不思議な存在との関係を通じて、<死のなつかしいバリア>が、風景を奇妙にも魅力的にデフォルメしていく、天野暢子さんの「夏をいくつ」など、なんというか、<うつらうつらの迫力>?とでもいいたい、独特の夢ごこちの<力>があって、ひきこまれてしまう。「あるいは終わらない問いへの告発」、これは松尾真由美さん。広大な夢うつつの空間に、絶えず流れつづける(よどみつづける?)、なんだろう、この延々、エンエンとした言葉の群れは。「変貌する互いをたずね/それは自らの変貌をうつし/豊穣な亀裂を収穫として/省記の惑乱を歩むしかない」、この言葉の群れは。「どこかで死者が自律の息をふきかえす」、詩の希望の、しかし、それはいったい、どこまでの? その言葉の腱力に、僕などは魅入るばかり・・・。あるいは、「草がぼうぼう生えている」ではじまる、橋場仁奈さんの「夏のあと」という作品。ページをひらいた瞬間言葉が全体としてつぶだち、意味をつげるまえに、絵のようにうごめいて、きらきらと点滅する雰囲気が、まさに、遠い日本の夏が「飛び去っても 塊となってうごけないもの/そこにいたかも知れない名も知れぬ生きものの/ゆきくれた影」のように感受されて、印象にのこる。他に、体言止めの多用がすこし読む意欲をそいでしまう気味の、土屋一彦さんの「何かが蠢くT」や、<こえ>をみつめ、耳をすます水出みどりさんの「未生」なども、読ませてくれました。水出さん、ありがとうございました。それから、「パーマネント・プレス」への松尾さん、水出さんからのうれしい感想、この場を借りてお礼もうしあげます。松尾さんの感想など、石川為丸さんにそのうちお送りしようかと(^^;思っています。――

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2000年10月26日 木曜日

 「追記 晴れやかな不在に」、「ゆらぐだけの夏の方途」の2篇の詩が浮かぶ、黒ずくめの装丁が美しい個人誌「ぷあぞん」(11号 2000年10月発行)をいただいた。詩を生きることの現在における流儀を、懸命なしぐさで書きつけていく、北海道の詩人・松尾真由美さんの、詩の空間とのさらなるくんずほぐれつの厳かなすったもんだ劇?が、いつ終わるともなく持続している。進行する、隔靴掻痒的な心的時空のほつれ、あらわになってしまった、決して満たされることのない<現前>、その、まなざしの囲む無辺の白面に、「まるで恋しい死者達の眼差しの/さざめく痛覚」(「追記 晴れやかな不在に」)のようにも、漂うもの。それ、その領域を、言葉によって誘惑し、交わり、突き放し、突き放され、かなたへの答えのない問いを発しながら、つまりは溺れていくかなしい恋にも似て、「きっと受けとるあなたの/やさしい唇はふかい傷口であり/穢れることの意味にそって私たちは戯れる」(「ゆらぐだけの夏の方途」)のだ、と。それは、決して詩への愛ではなく、どこまでも、詩との恋のようなものであり、完結し、充足しそうな詩語の、「散骨の時空に漂う/しろい灰の放物線に/照らしだされる/あなたとの黙約を」(「追記 晴れやかな不在に」)、絶えず破棄し、すりぬけることをくりかえしながら・・・。

 「まばゆい/陽射しのもと/これら不安な肉体の/ひそやかな鉱石よ/額の汗 背の汗 胸の汗に滑り/蝋となってとどまるまえに/汗をつたって/消える愉悦の花であれ!/だとすればいったんは免れる/規範の強度を眺めることができるかもしれない/埋もれた周縁を探ることができるかもしれない」(ゆらぐだけの夏の方途)

 と。ゆらっと立ちあがる詩の1行が、次の1行を呼び込むときの、あやうく、ぎこちないしぐさが随所にあり、それがかえって松尾さんの詩の魅力になっているとも感じられた。松尾さん、ありがとうございました。(なんか、僕の文章こそギコチナクなってしまい(^^;、うまく書けなくてすみません、です。)

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