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雑感23

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(新年のご挨拶) (あっさりと明けてしまった2001年の空や街並みを眺めながら) (なお今日にも響いてくる観点なきにしもあらず、という期待から・・・) (共感とうさんくささが同時にやってきて・・・)






2001年1月1日 月曜日

 あけましておめでとうございます

 今年も変わりなく、よろしくお願い申し上げます。

 今年こそは、すこし写真のコーナーなど、活気あるものにしたいなあとか、色々抱負は湧いてきますが、それでもやはりこのサイトの中心は言葉、いくら僕がきばっても、言葉がちゃんとでてこなければ、どうにもならないわけで、色々フットワーク、整えながら、持続できたらと、すこし気弱になりながらも(^^;、思ったりしています。皆様にもよいお年でありますように。

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2001年1月9日 火曜日

 あっさりと明けてしまった2001年の初っ端の空や街並みをながめながら、なんというのか、子供の頃から色々な雑誌などでインプットされてきた<21世紀の未来図>というのは、そうか、つまりは風景画だったんだよなあと、それだから、微細で雑多な人間事を捨象してしまえる分、夢のような雰囲気を醸し出していたんだなあと、埒もないといえば埒もない、変な感慨にひとり浸っていた。<21世紀の未来図>がすこしも荒唐無稽ではなくなった、この何十年かの外界の人工的風景の変容ぶりは、確かに習慣的視線を一歩しりぞいて(自分を捨象する立場で)みれば、あらためてすごいとしかいいようのない、驚くばかりのものだが、でもそれは、結局風景優先で見ようとするからで、自分を捨象せずに(こんないい方なつかしい?)、<ワタシ>の場所から普通に眺めるなら、結局なーんにもかわってはいないじゃんかよう、という感慨の方が、すぐにもどってくる。なーんにも変わってはいない。変わる様子もない。あいかわらず、追いまくられている感じ。衣食住に、労働に、セックスに、お金に、そして便利さに(便利さに追いまくられるという、変な事態こそ、今現在の僕たちの皮肉な文明的様相ではないだろうか)。追いまくられること自体がつくりだしている、すごさ、なのだ。僕にとっては、この追いまくられるという感じがすこしでも、文明的に変容していくとき、すこしは、<未来>というものも実感できるようになるんじゃないのかなあ、などと、妄想してもみるのだが、しかしそれはきっと、外界ではなく、<ワタシ>という存在の在り様自体が、今とはずいぶん変わってしまう時なのだろう。・・・おりしも、今日は成人の日とか。色々個性あふれる格好をした成人たちが、おそろいの高そうなスーツや着物に身を包んで、たのしい<イベント会場>をめざしていく姿をみながら、成人式なんかハナから馬鹿にしていた(ハナから成人式に馬鹿にされていた?)かってのワタクシメを思いつつ、埒もなく、そんな<未来>について、思いをはせたり、したことでした。(8日記す)

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2001年1月18日 木曜日

 70年代の半ば頃に名瀬市(奄美大島)の南海日日新聞に時々書かせてもらっていた地元詩人の詩集評(といえるかどうか(^^;)のいくつかが、切りぬいてのこっているので、そのなかから、ひとつを・・・。言及されている詩人については、この当時は、尊敬できる詩人と思っていたのだが、いまでは、ここでいわれている島への「執着と離脱の二重性」といった緊張感もなく、すっかり「島酔い」に酔っぱらって、島のプロモーション詩人?に成り上がっている(なりさがっている?)らしいのが、僕などからすれば、いたましく、期待を裏切られた感じなのだが・・・。しかし、それにしても、時代を感じさせる、古びたつたない文章に、なお今日にも響いてくる観点なきにしもあらず、という期待から、UPさせてもらいます。

「シルエットの島」(思潮社)に内在する柔軟な視線     

涯なく白く長いヒドラの背につっ立つのは、生きまぶりのマネキン。その裸の女の線の脈搏の透明な血潮の鼓動にきざまれ焦点の狂った二つの瞳孔は、ズームして私の網膜にひた迫る。(白日夢十一月)

凝視する/目の中に島がある/その島の中にも目がある/見詰めあう/狂った焦点と焦点/をよぎる影の早春(シルエットの島三月)

 泣き濡れながら、あるいは涙を払い静かな父性の面持ちをとり繕いながら、藤井令一氏が島に視線をむける。するとその視線の中で、島は女<性>のなまめく姿態と息づかいで立ち顕われ湿潤な女の口膣の海と溶解する。「焦点の狂った二つの瞳孔」をもって、これは彼とどうしようもなくすれちがうことを繰り返す女<性>である。すげなくすさろうとする島を、彼はあらゆる手練てくだを駆使しながら追い求める。だが、訪れるのは「影の早春」、すなわち実体のない<影>の恋情だけである。彼はあきらめない。がむしゃらに追い求める。あたかも熱病やみの片思いものが、時のふりおろす無慈悲な斧によって崩れ去る偶像を眺めながら、それでも自らの幻影に必死に取りすがろうとする姿に似て、そこには一抹の悲壮感さえ漂ってくる。悲しい恋情が、ふと僕たちに向って斜視の視線を送ってよこすとき、僕たちは、餓鬼の目にあたったようにはっと立ちすくむ。彼の詩における批評性の質を感得してしまうのだ。
 何ゆえに、彼は島へひたぶるの恋情を燃やしつづけるのだろうか。ちりばめられた絢爛たる詩華の背後でのたうっている、彼の視線の官能的な行動性。そこには、単なる詩情という静観的解釈ですますには、あまりに生々しい視線の肉体化が感じられる。むしろその絢爛たる言葉の綾織りの軌跡こそ、「狂った焦点と焦点」のいらだちから疎外されてくる沈殿物にほかならないだろう。「狂った焦点と焦点」あるいは「「焦点の狂った二つの瞳孔」とは、彼の詩作の方法を暗示している言葉だと思う。彼の詩を評して言及される<執着と離脱の二重性>とも関連したものだ。それは時間と空間、幻想と現象の織りなす、二重にピンぼけした乱視的視界であるだろう。彼自信はといえば、ピントをあわせようと過去へ潜り込み、そこから幻視的に現在を見すかし、かと思うとすぐにそこから躍り出て、こんどは現在の視線で過去の島を思慕する。両眼視できない悲しみは、あまりに島へ近づきすぎたために、彼をおそうのだ。だからといって、僕たちは誤ってはなるまい。彼の詩の方法が、そうした乱視的世界を創り出したのではなく、逆に現在の状況的な現実の島を片時も忘れない彼の視線が、そうした方法を余儀なくさせたのであろう、という点において。つまり彼の詩的態度の中に、現在の状況への対決の自負があることは、確かである。
 生産交通の世界同時的な形態と運動は、島をかっての孤立と孤絶から解放した反面、島に在りながら常に<どこかむこう>の世界への常在感を現実化させ、また欲すれば、気軽にどこへでも空間移動が可能であるという現実も、僕たちをおちつかせない。物質的な繁栄は、僕たちの生活様式、行動様式を類型化させ、<もの>に対する関係の在り方を、極めて外在的に一面化させてきている。そうした日常にどっぷりつかりながら、ある者は、ニヒルな文明否定の呪詛をはいたりもしてみるが、彼らに島はどんな現実性も保証してはくれないのだ。
 島が、過去へ甘いみつをふりかけながら貪り食うための対象であったり、過ぎ去ったものは帰らないと嘆くための場であったりすることはあまりにたやすいことだ。日常は依然として日常の相貌を変えることはなく、やがてそんな浮薄な感傷は、開発とビルディングとアスファルトの増殖する余剰価値と消費によって、けちらされるしかないであろう。
 かって島は、誰のものでもない普遍的な世界として顕われていたことで、それはまた<僕の島>でもありえたのだが、やがていつのまにか、<わたしたちの島>という社会的名分の優位が僕たちの観念を縦糸のように走りはじめてから、<僕の島>という本来的所有の関係の根拠も失われつつある。今日では、大企業の宣伝文句ですらうたっているではないか。自然を守りましょう、と。それは、<わたしたちの自然>を<守る>ことで疎外される<僕の自然>をこそ意味している。<ワキャシマ>(われらが故郷)と<わたしたちの島>の間には、この疎外の通路が介在しているのである。
 僕たちは自然ー島を疎外することで、実は自らを疎外したのであり、現実的には一群の<かわり者>を疎外することになった。詩人藤井令一氏も、こうした種類の人間のひとりであるといえよう。「消されたものたちが沈んでいる重たい色」(シルエットの島五月)であり、「黙契という深み」(同)に安らっている島であるとイメージされる<過去世>が、「亡ぼされる哀しみと同量の重みの裸像」(しがらみの島二月)として自己意識の内部に対象化されていくとき、そしてその島が、<性>的香気をまといつかせて彼にズームしていくとき、島が死ぬこともなくそこに在るということの哀しみは、彼(僕たち)の存在の哀しみに逆像としてダブル・フォーカスされ、そこに現在の社会的な疎外の激しさ悲しさに対応する、心的なしん吟を僕たちは聞くはずだ。「島よ一緒に泣くのはもう止そう/お前はもはやシルエットに過ぎぬのだ」(シルエットの島七月)とうそぶきながら、その後の彼が島を懸命につっぱなす擬態を強いられてくるほどに。
 僕たちは観念によって生きることはできないし、観念によって人生上の不安を超えることも、ほんとうはできない。にもかかわらず、この世界に依るべき何ものも見出さなくなったとき、僕たちは観念を、あたかも物質のように思いなして、それを媒体として心的にも現実的にも世界へ自らを位置づけようと欲するものである。換言するなら、世界が、自らに向って物質のような凝縮を伴って顕われてくる、とでもいおうか。藤井詩における<明と暗>、<光と影>の相互転換されたネガティーブな世界とは、こうした変容に対応しているものと思われる。それは生きるということにおいて、不幸なことではないのか?さもあれ、藤井令一氏の詩が醸し出す<剽軽さ>や、転換と飛躍の激しい視点の運動に幻惑されて、この詩語のあわいにふっとにじみ出る苦哀を受感しない者こそ、幸いであるといえよう。――――

おわり。読んでいて恥ずかしくなるところもおありでしょうが(^^;、ご容赦をば。

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2001年1月24日 水曜日

 奄美大島の二つのゴルフ場開発をめぐって、<絶滅に瀕したワタシたちの環境をこれ以上荒らす権利はあなたたちにはありません!>という、そこに棲息するとみられる希少になった奄美固有の生物たち(アマミノクロウサギ、ルリカケスなど)の声を前面に押し出した(彼等を原告としたり、それが却下されると、原告となった人間を彼等の代弁者とみたてての)、土地資本と開発技術の拡大進歩にともなう、理不尽な自然破壊への苦肉の策ともいうべき、いわゆる「自然の権利」訴訟というのが、地元では話題になっていたのだが、その裁判の判決が、22日、鹿児島地裁で出ている。ま、ゴルフ場開発そのものは、訴訟をおこした自然保護団体「環境ネットワーク奄美」の活動もあってか、その後自然頓挫や消滅してしまっているので、(その問題提起を評価しつつも)訴訟に現憲法上は「原告適格」がないとするこんどの判決いかんにかかわらず、よかったよかったと思うばかりだが、ただ、よかったよかったという気持ちを前提にしていうなら、僕には、この訴訟の在り様全体の雰囲気そのものには、どうもいまひとつ共感しにくい、わだかまりが残ってしまうのだ。なぜだろう。僕なりの印象でいうと、結局のところ、快適なリゾート施設としての<わたしたちの自然>をあてこもうとしていたものに対して、選別された、天然記念物、かわいくて、うつくしくて、おとなしい、自分では意志表示できない、奄美を代表する生物とその生活環境を<守る>ために、その共生感によろこびを感じる別の<わたしたちの自然>が対立しただけ、という一面をどうしてもぬぐえない気がするのだ。夜陰に乗じて捕獲され、身売り?されては殺され、<絶滅や消滅が願望されている>ハブやマングース、彼らの声も自然の声だとしたら、アマミノクロウサギなどの固有種とその生活環境の保護から、<自然の保護>という抽象的領域がイコールで結ばれるには、そう簡単にはいかないややこしい思考の地形が、ぐちゃぐちゃとひかえているのではないだろうか。動物を擬人化するのはいいとして、そこには必ず、しみでてくる人生観なり世界観なりが、人間社会を反映して、時として、偽善と差別の火種が、チロチロ静かに燃え盛っていないと、誰がいえるだろうか。などと、自然保護運動というのは、僕にはいつも、共感とうさんくささが同時にやってきて、こまってしまう(^^;。

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