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雑感28

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(詩誌など紹介お詫びと、コンサートのおしらせ)  (アメリカ本土奇襲テロ事件) (またまた悲惨な、アメリカ主導のテロ制裁攻撃が・・・) (世界を自分の色に染め上げて行こうとする、かぎりない欲望が・・・)  (盗作問題に「通告書」なるものが登場)






2001年9月4日 火曜日

 詩人・中本道代さんからの詩誌「ユルトラ・バルズ」7号をはじめ、松尾真由美さん「ビズ・ライト」誌4号、笠井嗣夫さん「暗射」2001・夏号、などいただいていながら、7月からずーっと紹介さぼりっぱなしで、申し訳ないと思いながら、なかなか果せないでいたところに、「正統派美人でーす」とばかりに、久しぶりの阿賀猥さんからの新詩集「揺るがぬヘソ曲がりの心」(思潮社)がうれしくも舞い込んできて、またまた紹介も忘れて(^^;、読みふけりつつある。ゆっくりとは思いながら、惰性になったような自分の紹介文に嫌気がさしていることもあって(^^;、読んで楽しむばかりであります。おいおいと、書いていきますので、よろしく、です。

 それから、これは、去年「第3回 弦が奏でる心とリズムー青木栄瞳の詩の世界」で青木さんと共演されたという、現在立川アンサンブル代表・企画の此村裕子さんからの、コンサートのおしらせ、です。「11・18西国分寺の大川内弘グランドオーケストラというのは 私が仕事として企画する最初のものです」とおっしゃる此村さんからの、3名様招待状プレゼントの情報もありますので、よろしくです。

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「大川内弘グランドオーケストラ2001年 第1回コンサート」

企画構成・指揮 
大川内弘(日本フィルハーモニーコンサートマスター、日本大学芸術学部教授)

バイオリンソロ(コンサートマスター)
岡田鉄平

ストリングオーケストラ
メンバー 国立音大卒、桐朋卒、東京芸大生、大川内弘関係者20名
 
曲目 フィレンツエの想い出(チャイコフスキー)
    レ の 協奏曲(ストラビンスキー)
    弦楽とバイオリンの為のシャコンヌ (原 博)
    ブエノスアイレスの秋、カフェ130(ピアソラ)
    星に願いを(レハール)
 
時=11月18日(日曜日)開場6:30 開演7:00
場所=西国分寺いずみホール
チケット3500円(全自由席)
チケットのお求めは、チケットぴあ 03−5237−9990
ファミリーマートのお店で p−コード 126−203
後援 立川アンサンブル・岡田鉄平後援会
詳しくは、音楽の友9,10,11月号、ウイークリーぴあをご覧ください。
 
(此村裕子さんから)
=せっかくこのサイトをご覧になっていらっしゃる方へ私からのプレゼントです。 
11・18コンサートのご招待のおはがきを3名さまにさしあげます。
ご遠慮なく私の方までメールでお知らせください。=
 h-konomr@m-net.ne.jp
立川アンサンブルHP= http://www.tachikawa-ensemble-jp.com

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以上。

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2001年9月13日 木曜日

 異空からポッとあらわれたような、正体のしれない<特攻機>によって、いきなり、あっけなく、真赤な風穴あけられて、呆然自失するひとびとのまえに、さながらゴジラのようにも現実感うすく崩折れていった、物質文明世界の象徴、<世界貿易センタービル>。テレビの画面で目の当たりにしながら、民間航空機を利用した、空からの<特攻作戦>の現実感のうすさかげんが、どうしてもあの湾岸戦争時の、ピンポイント攻撃を誇るハイテク兵器の、<ものがなしく凄惨な模倣>のようにも思われてきて、空と地上、敵と味方逆転した、豊かなニューヨークと貧しいバグダッドのどこか似通った報道画面が、想像のなかで、重なってきたりもして、なんとかして<アメリカ>に一矢むくいたい、積年の情念の色濃く匂う、実行者の姿が彷彿とされてもきて、その死を賭した壮大なものがなしさが、善悪(現実感)をこえて、僕(たち)の暗い部分を打たなかったといえば、やはりウソになるだろうと、僕は思った。晴れ渡った21世紀の青い空を背景に、なんか、いろんな場所で人間のタガがはずれていく時代を、巨大な規模でみごとに象徴してみせてくれたような、こんどのアメリカ本土奇襲テロ事件ではあるが、だからといって、原爆投下による、大義ある大虐殺から、ハイテク兵器飛び交う正義のための湾岸戦争へと、<アメリカ>によるその一方的制裁権力志向の大きな流れが、どこかで社会的場面におけるいじめやら、精神崩壊やら、テロやらのタガのはずれ具合に、底流として確実に連関していないと、誰がいえるだろうか。言語道断な無差別テロ作戦に、共感などできるわけのものでは、もちろんないとしても・・・。

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2001年10月8日 月曜日

 こんどのテロの実行組織が確定されたとして、その組織と彼らをどこまでもかくまう国家アフガニスタン・タリバン政権への、アメリカ主導の軍事的制裁攻撃が、またまたはじまってしまった。マフィアかなんかのような紳士ぶった脅し文句の口調で、声明を発表しつづけるアメリカ・ブッシュ大統領の姿を連日見ながら、これは正義と悪(魔?)との戦争だという、どこか向かう敵と合わせ鏡のような発想の自己正当化の論理に、うんざりしてしまう。戦争に正義も真実もクソもあるもんか、あるのはどこまでも政治のリアリズムだけだと思う僕などは、テロの犠牲者の数どころではない、ただでさえ悲惨な生をいきのびているようなアフガン難民の方たちの、運命を呪うばかりだ。テントもない大地に力なく横たわって、日除け埃よけの襤褸のような毛布の陰から、しずかに寄り添っている娘さん(だろうか)の目をみあげながら、気弱になつかしげになにかつぶやいている年寄りの方の姿がチラっとテレビに映って、まなうらからきえない。<難民>という、ロング・ショットの風景から、クローズアップされたひとりひとりの方たちのこの世のあかるみを想像してみるなら、テレビで報道されるような、空爆もするかわりに難民支援もとかいって、飛行機からミサイルと支援物資を同時に投げつけるだけのようなアメリカの行為に、あまりにひとを軽くみてと、怒りばかりがわいてきてしまう。同じことをニューヨークの市民に対してやったら、どんな気持ちになるだろうか。そんな正義と悪(魔?)との戦争に加担して、憲法の制約があるから、「主体的判断」により(小泉首相)後方支援で出来るだけのことをやるという、その実の日本政府の一もニもないアメリカ追随ぶりも、もう、うんざり。憲法の制約とは、中心にあるのはいうまでもなく、武器による威嚇や行使によって、国際紛争を解決することを永久に放棄するというものだが、だから、武器の威嚇や行使をおおっぴらに行なってはばからないアメリカの親分さんのうしろで、自分は手を下さないけど親分さんの威嚇や行使には大賛成ですよと、腰ぎんちゃくのようにくっついていくというのは、憲法とそれを「主体的に」制定する政府という関係においても、どうにもおかしなものではないだろうか。武器の威嚇や行使をしたくてたまらないけど、憲法の制約が、というのでは、そんな憲法はとっとと改正すればいいわけで(それでも小泉首相支持率が高いというのであれば、それはそういう国になってしまっているということだ。国民も、ある意味、すっきりするのじゃないだろうか)、憲法の意をつらぬくというのであれば、武器による威嚇や行使は国際紛争の解決にはならないですよと、親分さんやその周りに説いていくことにこだわる姿勢こそ、憲法との<関係>として、自然なものじゃないだろうか。そこらあたりが、どうにも偽善、欺瞞の匂いぷんぷんの、アメリカ占領後遺症濃厚の、日本の現状ということなのだろうか。そんななかでの小泉首相の「主体性」発言など、なんか照れ隠し(^^;のようにしかきこえてこなくて、ひいては、靖国参拝とかも、この照れ隠しの意味くらいにしか、僕には写ってこなくて、そこから軍事大国への道なんて、かいかぶりすぎ、別の意図での美辞麗句?のようにしか、響いてこないのが、なんともさびしい(ウソだけど(^^;)限りだ。

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2001年10月18日 木曜日

 湾岸戦争にしてもそうだったが、連日つづくこんどのタリバン制裁攻撃にしても、さながらアメリカの新兵器実戦応用会場とでもいった趣があって、圧倒的優勢の新兵器の下で、どれだけのすさまじい破壊と殺人が行なわれているのかは、巧妙に隠されて、みえてはこない。軍に関わる主要拠点をタタイテイルといっても、なにかそれは、市民や難民とは別の種類の生き物が叩かれているのではないのに・・・・。終って見れば累々と横たわる屍、それがいつかまた、雑誌のグラビアなどをこれみよがしに荘重に飾ったりするのだろうか。・・・・一方では、反撃するように、これまたみえない相手からのみえない兵器「炭そ菌」によるテロ攻撃が、にわかにアメリカ本土を中心とする西欧的世界をさわがせているが、こうしたテロを<やりかたがきたない>というのなら、圧倒的に優勢な兵器による、容赦のない一方的な破壊と殺戮は、<きたなくない>のだろうか。<絶えず優勢な位置にたって、世界を自分の色に染め上げて行こうとする、かぎりない欲望>、その点においては、どっちもどっち、さながら最近みた映画「アンブレイカブル」を思い出してしまうような、永遠の相互もたれあい、さえ僕などは想像してしまうのだが・・・。いわば、冷戦的理念のもやもや?が晴れて、どうしようもなく鮮明になっていく、ウロボロス的苦いこっけいさ(正義と悪との?、抑圧と自由との?、神と悪魔との?)、今おこっている事態の進行は、なんか、そんなことの赤裸々で巨大な露呈をこそ、予感させないだろうか。資本主義という美しい銀河宇宙を、最終的に奥の奥でささえていた、あられもなく、うらさびしいブラックホール。その巨大な飛散、のように。

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2001年11月25日 日曜日

 沖縄の岸本マチ子氏盗作問題に関して、ついに、というか、いっきにというか、「通告書」なるものが登場して、結局そこへいくかあと、あまりに硬直した権力的ふるまいに、またまたげっそりしている。先に、盗作問題の当事者・岸本マチ子氏への公開質問状については、この雑感コーナーでも触れたが、その質問状を出し岸本氏の回答とともに雑誌「俳句」(角川書店)誌に掲載した島田牙城氏と、島田氏の意向もあってそれをHP「クィクィ」上で回答への反論・疑問点とともに詳細にとりあげた石川為丸氏に対して、今月半ばに、岸本氏の代理弁護士からの「通告書」なるものがつきつけられたというのだ。「クィクィ」掲示板での石川さんの報告では、「「ホームページに掲示した岸本氏に関する具体的事実が名誉毀損に該当するので、『今後右行為のようなことがないよう』警告する」。で、「『今後、右行為のようなこと』をしたなら、刑事及び民事ともに法的手続きをとる」という通告」(掲示板より)らしいが、くわしいことはわからない。わからないながら、こんな法権力に訴えるまえに、あんた、モノ書きとしての自負があるのなら、やることあるでしょうがと、ほんと、その猛々しさに、あきれてしまう。興味の湧いた方は、ぜひ石川さんサイトへアクセスしてみてください。とりあえず、応援の意味もこめて、石川さんに送ったメールを、ここに再録しておきます。

(いっきに通告書とはまた、猛々しい(^^;)2001年11月24日 10時37分
石川さん、掲示板拝見しました。
ちょっと油断している間に、こんどは通告書問題ですか。相手も自分の存在かかっているわけですから(^^;、簡単には、わたしは○○ですとはいわない(言えない)でしょうし、やっかいなことですね。岸本氏の公の行為に対する批判、批評を逸脱しているわけでもないのに、名誉毀損とは、これいかに、です。
 
つまりは、岸本氏も石川さんのHPのぞいておられるということですよね。それで、ボディーブローがじわりときいたと。(女のひとにこんなたとえ、イメージがよくないですが(^^;)それにしても、告訴留保の通告書、つまりは、掲示板で「秋魚」様も書いておられるように、問題の所在を詳細に展開されている石川さんの記事はそのままに、こんどやったらというのは、なんのことか、おかしな話ですよね。僕などには、こんどはこれくらいにしておくが・・・という、こっけいな(吉本新喜劇みたいな?)すてぜりふにしか、聞えてこないというのが、どうにもナンギナことで(^^;。
 
じっとして、石川さんは記事を公開しつづければ、いいわけですから、問題はないのではないでしょうか。塞いだり、気弱くなったりする石川さんの気持ち、よくわかる気もしますが、それでは相手の意にのってしまうことになるのではと、ここはひとつ、なにを、すっとぐれえ(こんちきしょう、の奄美方言(^^;)と、たとえば通告書も公開してしまうとか(^^;、やってほしいと、希望したりなんか、しています。
 
先の公開質問状の答えといい、こんどの通告書といい、どうみたって、社会的地位を笠にきた、権力的で、非文学的で、おかしなのは、むこうのほうなのですから。僕などが言うのもなんですが、テキトウニ、がんばってください(^^;。
 
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