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(新年のご挨拶)  (52回H氏賞に松尾真由美さん)  (なかなかの政治的成果?) (元(はじめ)ちとせと嘉徳) 






2002年1月1日 火曜日

 あけましておめでとうございます

 このサイトをはじめて3度目の新年をむかえることになりますが、なかなか進歩のない内容に、ふりかえるのも恥ずかしくなってしまいます。加えて、映画のコーナー、写真のコーナーと、寂しい限りですが、すこしづつ追い上げていきますので、よろしく、です。このサイトを訪れてくれる皆様、このひっそりしたサイトにリンクを張ってもらっているこころやさしい皆様(^^;、今年もよろしくお願い致します。異様な<越境>と不穏な空気ばかりが吹き上がりつつある21世紀のスタートでしたが、ひとはどう生きるのが一番いいのか、ますます差し迫って、誰もが身近に、色々と考えなければならなくなっていくような、気もします。そうした意味では、おもしろいといえば、おもしろい、予感に満ちた気配も、僕などは感じられてきます。皆様の幸せを祈りつつ・・・

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2002年3月4日 月曜日

 北海道の詩人・松尾真由美さんの「密約―オブリガート」(思潮社)が、第52回H氏賞に輝きました。この雑感コーナーなどでもなんども言及させてもらっている詩人ですが、もらうにふさわしい詩人がもらったということで、松尾さん、ほんとにおめでとうございました。ウツ状態をマッタして(^^;、とり急ぎお祝いもうしあげます。

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2002年5月10日 金曜日

 盗聴法、国旗国歌法と着々と布石を打ちながらの、こんどの有事法、メディア規制、情報管理のための法と、あれよあれよという間に、次々にうちだされて来る、いわば国家体制強化法案。それも差し迫っての国家の必要というより、どうもチョメチョメのため、差し迫っての国民ひとりひとりのためというより、どうもチョメチョメのため、という疑い濃厚の、色目づかい法案。あんなに法案成立を急ぐのは実は小泉さん個人の真意ではないのだとかいった、お門違いの擁護発言をする解説者がいまだにいたりするが、真意がどうあろうが、間違いなく小泉内閣のもとに、小泉総理の一言の反対もなく、待ってましたとばかりに、ばたばたとしゃしゃりでてきていることこそ、ほんとは注目し、銘記すべきことなのだろうに。そのことこそ、あのええかっこしいの正義の味方、辻元清美氏の大うその表情とともに、銘記しておきましょう、と、言うべきでしょうに?(^^;。「国民」に人気を呼んだ、守るも攻めるもくろがねのお〜、のおふたり、信念の人、ええかっこしいの正義の人の対極に、たとえばあの神の国失言やらなにやらであっちゃーばかりやっていた森総理や、利得工作、虚偽発言が次々にあかるみにでてものらりくらり議員センセイやっているムネオちゃん(おさな友達の名前といっしょで、変に親しめてしまうのでありますが(^^;)のたよりない政治家、悪徳政治家のイメージがあるとして、たとえば、ムネオちゃんのうそと、ええかっこしいの正義の味方のウソと、どっちの公罪?がおおきいかといわれたら、問題なく僕はええかっこしいの方だと、思う。ムネオちゃんは悪いのだから、ただそれだけのことだ(^^;。しかし権力をにぎったええかっこしいの正義の味方が、自己保身の為につくウソくらい、主観的善悪を超えて弊害をもたらしていく台風の目は、ないのではないだろうか。ついでにいえば、ムネオちゃんが悪いというのであれば、利権のためにあんなかわいい?(^^;、政治家ひとりのいうなりになっていた官僚や企業家、選挙民などは、その何倍も何十倍もわりいにきまっているのだ。このところの一連の政治的ごたごたが、辻元氏的反転喜劇の露呈にまでいたりついたことは、残念とかいうよりも、むしろ不穏な空気のなか、なかなかの政治的成果?だったように、僕には思えてくる(その成果の大方は、いうまでもなく、週刊誌メディアのおかげではあるけれど)。守るも攻めるもくろがねのお〜の二項対立的ここちよさ、警戒しなければならないのは、なによりも、そうした雰囲気に溺れていくことの、<あやしさ>、だろう。

「あなた自身を奴隷にかりたてるのはあなた自身なのだ。ほかにはだれも―あなた自身の奴隷化の責任をもつ人はほかにはだれもいない。これは初耳ではないだろうか?あなたの解放者たちは、あなたに告げる。あなたを圧迫してきたのは、ウィルヘルム、ニコライ、グレゴリオ二八世法王、モーガン、クルップやフォードだ。そしてあなたの「解放者たち」はムッソリーニ、ナポレオン、ヒトラー、スターリンとよばれる。
 わたしはあなたにいおう、あなたを解放できるのはあなただけしかない!」(W・ライヒ「きけ、小人物よ!」片桐ユズル訳、太平出版社)

 なんちゃって(^^;。

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2002年6月10日 月曜日

 先日の「情熱大陸」という全国向けのテレビ番組では、いましずかなブームを呼んでいるという、ひとりの若い女性歌手について、ドキュメントしていた。デビュー曲「ワダツミの木」(昔好きだったボブ・マーリイ―的ここちよさと、山崎ハコ(なつかしい!(^^;)的情感をあわせもったような?曲が、なんといっても最高!)についての人々の新鮮なおどろきの反響や、彼女の声にほれこんだ外国人音楽プロデュ―サ―の「ヨーロッパでも聞いたことがない」という、その声の独特の魅力について語るのを聞きながら、僕はといえば、うんうんと、我が事のように、涙ぐんでいた(^^;。その<なてぃかしゃん、杳かなひろがり>をもったひびきの、声の音色の奥深ぃふるえ、と僕には思えるもの、変な言い方だが、それがなにか僕のプライベートな記憶の底にひっそり眠っていると思っていた闇から、いきなり奇妙な距離をもってあちら側に浮かび上がったような、なんかそんな感じに、じーんと、胸打たれていた、とでも言おうか。女性の名は、元(はじめ)ちとせ。奄美大島出身。もっといえば、奄美大島の南部、瀬戸内町の出身。でも、もっといえば(^^;、瀬戸内町は、嘉徳、出身。つまりは、僕の母方のいなかで(^^;、嘉徳ナベ加那節という民謡で知られ、昔から戸数もすくなく(おそらく、ちとせちゃんとは遠い親せきにはなるかも、とか(^^;)、古代村落的風貌を長いあいだたもってきた、奄美のなかでもさらに陸の孤島のような集落だ。その雰囲気は僕の体にも染み込んでいるのでよくわかるのだが、あの声の魅力は、僕にはどうしてもあの太平洋の潮鳴りにつつまれた独特の<閉域>からしぼりだされてくる、じんわりとして抗し難い魅力のように思えてくる。もともと奄美の歌が(たとえば沖縄の歌ともちがって)、そうしたものなのだが、いまはすべてがひらけて、のっぺりと明るくきらきらしてしまった時代に、のこされた<希少な声の空間の閉域>、それが、いわば誰もが<プライベートな記憶の底にひっそり眠っていると思っていた闇から、いきなり奇妙な距離をもってあちら側に浮かび上がったような、なんかそんな感じに、じーんと、胸打たれてい>るという、そんな感動の共鳴がおこっているのじゃないだろうか、と、ひそかに思ったりしている。コマーシャリズムに乗せられていってしまうのが気がかりではありますが、声の根と時代をみつめつつ、流されないように、頑張ってほしいと、思うばかりだ。そういえば、新曲「君ヲ想フ」には、そうした感慨も含ませているような・・・。どう変容していくのか、デージ、いやそうじゃなく(^^;、ムル(とても)楽しみッチョ(^^;。

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