雑感7

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(笠井嗣夫さんのHPの外国映画論に・・・) (地元新聞の郷土詩誌評について) (笠井さんから御本が・・・) (佐藤文明氏の青木栄瞳詩評が・・・)(パソコンがこわれてしまって・・・)





1999年8月17日 火曜日

 笠井嗣夫さんのホームページ「Poesie Sky」に最近アップしてきた外国映画論は、父親の愛着した映画を介しての、父と子の関係のありようをも語っていて、しんみりと、読ませてくれる。戦前の左翼文学運動にかかわり、挫折の末に放浪していった体験をもつ彼の父上・笠井清氏が愛してやまなかったという、ジュリアン・ デュビビエ監督の「望郷」と「地の果てを行く」という作品をとりあげながら、息子である笠井嗣夫さんが、なぜそれらの作品を父親が生涯愛しつづけたのかを推察していく<まなざし>が、とてもいいのだ。立派で、模範的な、社会的地位のある父親なんて、息子にとっては、どうでもいいことだろう。むしろ、誰からもうかがいしれないような方向へと伸びていく、不可解な視線、生涯を通して執着していく、その視線の行方につきしたがい、息子は、結果として、父親を慕うようになり、又のりこえていくのかもしれない、などと、思ったりした。知的な分析的映画映像論もおもしろいが、僕などは、こういう映画話(?)、にビビッとくるものが多い。

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1999年8月20日 金曜日

 2,3日前の、地元の南日本新聞に、今年上半期の郷土詩誌評がのっていた。杢田瑛二さんという人が書いている。平等主義を重んじるというのか、詩誌評とはいっても、評者の目に適ったいくつかの作品をとりあげて、評者の問題意識にそって、少し立ち入って言及していく、というのではなく、当地で発行されている詩誌すべてを丁寧にとりあげて、その中のいくつかを、流れ作業のように、語り捨てていく、といった感じ。その口調は、少し大袈裟に言えば、プロレスの実況中継に似ている。もちろん、その巧みなパーフォ−マンスからではなく、評するその大仰で空疎な言葉の空騒ぎ、といった点で。<わたしたち>になじまない詩は、平等主義=共生?に反するというのか、いつもは、僕の詩などきれいさっぱり、面白いように、無視してくれているのに、今回は、どういうわけか、しぶしぶといった感じで触れている。「実験めくプールでの映像リピートと、それに添う点景が必ずしも相乗化の効果を出しているとは言い難い」と。相乗化をどういう意味でつかっているのかわからないが、また「プール」をこのようにプールそのものとしてではなく、どう飛躍的にイメージするかがポイントだが、でももちろん、空疎な誉め言葉行列の中に、ポツンとこういう評価いただいたりすると、それだけで、光栄という気もする。でも、それにしても、なぜちょっとみなれない詩の形にであったりすると、「実験」なのだろうか。これは、「天秤宮」11号に書いた「青白くひかる、プールの底で・・・」という作品のことだが、このページにものせてあるので、見てほしいと思う。いい作品とは、僕だっていうつもりはないが、ことさら、実験というほどの作品でもないだろう。実験というなら、詩というのは、まずいつだって、言葉の実験なのじゃなかったっけ。そして、それにもまして、詩というのは、言葉でする、全面的な表現であるのじゃなかったっけ。とくに、現在のように、たとえば彼がほめちぎる詩作品のような、「生の真実」といったもののまわりに集まる生真面目な言葉の意味のふるまいが、よっぽどでないと、僕たちの胸に響いてこないような状況では、手振り身振り言語にも似て、言葉も含めた記号の積極的な動員は、当然のことのように、僕には、思えるのだが。まあ、この郷土詩誌評を読むたびに思うのは、JO5(26号)の阿賀さん的言い方で言うなら、<しがらみ詩評>、つまり、詩の言葉に身一つでむきあうというのではなく、いろいろな詩の人間関係への配慮を第一とする、社交辞令でみちみちている、ということだ。詩よりも、詩の人間関係を重んじない者は、毛嫌いされ、陰湿に排除される。子供のいじめの世界どころではないのだ。

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1999年8月24日 火曜日

 上の笠井さんのところの映画論について書いたほんの印象文を、笠井さん本人が読んでくださったらしくて、8年前に亡くなられたという父上・笠井清氏の「笠井清全詩集」(沖積舎刊)をさっそくいただいたのには、ビックリ。うれしくも、恐縮してしまいました。笠井清氏没後7周忌に記念として編まれたものとか。熱く、こげくさく、直線的な、プロレタリア詩の連弾にたじろぎつつも、僕などには想像もつかない、北国の当時の具体的な生活記録風の描写に出会ったりして、すこしまた、意識の枠がひろがるのをおぼえたりした。見当違いかもしれないが、かって安東次男氏が民衆詩派について書いた、「かれらがもった”饒舌”の積極的意味について」、それが「記録的な現実認識につながってゆく点について」(安東次男「現代詩の展開」1958年)、チラッと思ったりした。八子政信氏による詳細な年譜と、小田切秀雄氏の「全集に寄せて」の文章ものっている。ところで、作品には「青春のたたかいは美しく/うたげは傷だらけであった。」(翔ぶ雪の日の幻想)という詩句もみえるが、こんど新しく笠井さんのHPにアップされてきた外国映画論の下(僕の書いた印象文は、上を読んでのものでした。)には、デュビビエ監督の戦前作品(「望郷」や「地の果てを行く」)に執着する父親から離れていくようにして、戦後(いくさののち)世界を象徴的に描いたとされる、「埋もれた青春」「自殺への契約書」という作品が対比的に取り上げられ、「父は青春ということばが好きだった。青春という甘いことばによって若き日の左翼体験とその挫折をロマンチックな雰囲気へと封じ込めること、そこには<戦後>をどうとらえるかという視点が、なぜか欠落しているのだ。」と、「デュヴィヴィエ的戦後とは、青春が終わってしまったことを、つまり幻滅を凝視することである。」と、息子としての、批判の立場へと転じていく経緯がつづられている。僕はデュビビエ監督作品ひとつも見ていないので、感情移入のしようのないのが、もどかしいが、対独レジスタンス、レッドパージ、学園闘争、等々、<戦後>という語を軸にして、いわば、あらゆる理念というものの現実化の戦いが、日常という次元に必然的に収束していく時にみえてくる、敵味方無しの、醜悪さ、それを、どうみつめ、解決するのかといった問題が、提出されているように受け取った。それをしも、理念の修正、理念の戦いといった形で、一般化=正義実現化しようとする、たとえばシドニー・ルメットの映画『十二人の怒れる男』を批判しながら。それにしても、青春といい、青春の幻滅といい、猶予された青春を金魚の糞のようにくっつけながら、生きざるを得ない僕などには、キラキラした、高嶺の花という気がしないでもないですが。でも、興味深く、共感するところ大でした。御本ありがとうございました。

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1999年8月29日 日曜日

 青木栄瞳さんから、おもしろいファクスが届いた。こんどの詩誌「ガレージランド」に掲載予定という、佐藤文明氏による青木詩の世界の「あたらしさの秘密」とでもいった、かなりまとまった詩評である。題して、「言語秩序からの解放ー栄瞳流フリル言語の生成」。批評意識を持ってなかなか正面きってはいりこんでいきにくい彼女の詩の言葉の猫的挙動性を、<フリル>というキーワードを投げ入れて、共同体験化させようと試みている。フリルとは、「余計な飾り」と訳せば、わかりやすいだろう。つまり、従来の詩の制作にあっては、イメージ形成の過程で、削り落とされていくべき、価値のない、言葉にまとわりつく雑多なイメージの群れ。青木詩は、削り落とされて中心の詩的イメージとなった言葉よりも、むしろ、このまとわりつく雑多なイメージの群れのほうに、言葉の解放感を見出していくのであり、「栄瞳が操る単語はみんな、大きなフリルに飾られている。核がどこにあるのかも定かではない水母やオーロラのようなものである」と。「彼女のイメージは単語が持つ広大なフリルを、デリケートなセンスで次の単語のフリルと縫い合わせる。フリルとフリルの接点(ぬいしろ)は極めて小さい。そして縫い目はさらに細かい。このトレースには張り詰めた神経が必要なのだ」と。そして、言葉のフリル性へと傾くかぎり、そこには、あらゆる言語、概念用語から、時事用語、パンフやコマーシャル言語、などなど、が等質な詩語の地平として登場するのは必然であり、「彼女は新語を積極的に採りいれる。」その新語と戯れるために。それらが、その純粋なフリル性のために、彼女をどこかへ連れ出していってくれるために。はらはら、どきどきしながら。絶えず、言葉に、はらはら、どきどきしながら。「もしかしたら、彼女のようなイメージの詩人や言葉の巫女が時々出現してくれることがなければ、ぼくらはとっくに言葉殺しの共犯者になっていたのかもしれない」と。・・・・・あっという、新鮮な解釈ではなく、僕たち<エーメ詩>ファンの喉のあたりにでかかったまま、気持ちよく滞留させている了解の感じを、言語論や文明論などをまじえながら、「彼女の幼なじみ」でもある者の深いおもいやりで、輪郭鮮やかに語ってみせたという感じがして、音のない拍手を、ひとりの部屋で送ったことでした。発話する人間の現場性、浮遊する言葉の選択の現場的なすったもんだ性、そのなんともこっけいであったかな、前詩的なひろがりを、絶えず詩の言葉で捕まえようとする青木詩の果敢さに、僕などは、妙ななつかしさをおぼえてしまうのですが、<フリル>という言葉のひびきは、そのなつかしさに、ぴったりという感じ、でしょうか。

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1999年9月9日 木曜日

 いやあ、まいった。8月の始めごろから調子の悪かったパソコンが、ついに、動かなくなってしまった。スイッチを押しても、、ディスクが回りきらないで、なんとか回ろうとがんばっている音だけが2,3回して、画面には製品会社のロゴのあとに、「insert system diskette and press Enter key to reboot」というメッセージがでて、おしまい。それでも、はじめのうちは、電源を切ってはしばらくしてスイッチを強く押すという動作を繰り返して、なんとか起動していたのだが、そして、起動するとなにごともなかったかのように、スキャンかけても、エラーひとつなく、従順な器械然としていたのだが、それもだんだんと、起動してくれる時間がながくなり、29日の雑感更新を最後に、いくらがんばっても、あのチッチッ、ボア−ンという、システム全体に神経の行き渡る最初の音に、見放されてしまった。こうして自分のホームページが手の届かないどこかの闇で浮遊しているような状態になってみると、なにも、誰に義務を負ってはじめたものでもないのに、闇をすうーっと行き交う他人にさらされた、ひりひりする分身の皮膚のような、あるいは、遠くで行き迷っている自分の肉親のような感じが(ちょっとだけ)してきて、はやく連絡をとりたいと、あせってしまった。この雑感もそうだが、やはり、どうしても、紙にむかってひとりだけの世界で、という性格のものとは、趣を異にしていることが、実感される。幻想であるとも、幻想でないともいえない、闇をすう-っと行き交う気配だけの人の目にさらされた、インターネット独特の、ワタシの言葉たち。それは、何も、新しい世界ではなく、どこかで、とても古く懐かしく、こわーい言葉のありように触れているような、実感だ。パソコンは、結局ディスクがこわれているとのことで、中身はオジャン。大事なメールなども霧のかなたへ。パソコン暦1年の大失敗とは相成りました。はやく映画の更新など、急がなくちゃ。

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