エスニック
雑感

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(生まれた月に思うこと)(詩の朗読会、雑誌発刊のおしらせなど)(笠井嗣夫さんの「声の在り所」について)(一度だけ朗読会に参加したことが・・・)(台風一過に・・・)(非=敵味方のひとびとが・・・)





1999年9月13日 月曜日

 3日前の9月10日に、僕はこの世に生まれたのだったが、そのときは、家族が寄宿していた加計呂麻島・諸鈍部落の祖父の家の庭では、おりしも、旧暦の八月踊りの季節で、<家回り(ヤーマワリ)>してきた部落民たちが、チヂン(島独得の手持ちの小太鼓)を打ち鳴らして、手踊りが佳境にはいっていたときだったそうだ。生まれたときの情報としては、ただそれだけのことしか、わからないが、もうそれだけで、月のひかりに淡く浮かびあがった庭や垣根や、波の音、空気などが、毛穴からビームされて投影されるホログラムのように、触感できる気になってしまう。南の島の閉じた濃密な回帰的時空。なにか、ミニチュアのような、生の舞台。ま、それが、みなみのしまの、ということなんでしょうが、そうした場所で生まれた僕には、どうしても、今の時代の、空間的な広がり思考、前をむいて、おいちに、おいちに、やすまないであるけ、は、なじむことができない。国際化といい、地球的規模でものを考えよう、といい、ほんとに、それだけでいいことなんだろうか、と、せめて、灰色の脳髄をもった生き物として、閉じるとか、狭いとか、暗いとか、停滞するとか、、等々、まだまだ生きることのプラスに転じる要素が、大事な要素が、いっぱいあるんじゃないかと、思う、今日この頃です。(もちろん、そういう生き方の社会運動とか、もうかる商売のネタとしてじゃないよ)。いじめの問題にしても、犯罪のもんだいにしても、何も今にはじまったことじゃないけど、今の時代、なにがつらいかといって、とにかく、逃げ場がない。逃げて反転するようにひろがる管のような空間がない。なぜなら。灰色の脳髄の中まで、社会がのさばってきているから。(商工会議所が、とまではいうつもりないけどね。)

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1999年9月15日 水曜日

 3日前に生まれたおまえは、いったい、なんなんだよ、と、上の文章のおかしさに、ひとりで突っ込みいれて、にがわらいしているが、あんまり暗いのがどうしたこうしたいいつづけても、根がこっけいにできているんで、文字にしたら、どうしても、真意とずれてしまうが、いいたいことは、つまりは、明るさへと傾きすぎた、バランス崩れ、のことをいいたいのでしょう、この男は。・・・・ところで、やはり4,5日前に送られてきた、沖縄の石川さん「クィクィ通信・号外」は、盗作問題と、地元の詩時評問題(?)についてのふたり対談をのせているが、その内容よりも、添えられた石川さんのお手紙にある、「もう、この件はこれでおしまいです」という、どこか自分にいいきかせるような口調に、やはり意図しないこっけいさを感じてしまった。なにか、こんなことしゃべっている自分に、少々うんざり、と、もう一人の自分がため息ついているような・・・。石川さんへのお礼の返事や、大阪の岡田恵子さんからの、「新雑誌イリプス0号発刊」のおしらせ、詩誌「しけんきゅう」132号(吉川悠子さん)のおれい、ぞくぞくとどく青木栄瞳さんのファクスへのお礼など、みんなまだです。とりあえず先にここで、お礼申し上げます。

ポエトリー・ リーディングinアルカディア(場所・東京都八王子、主催=花祭り舎(天野茂典)x青木栄瞳)の予告を

26回 ・・・・・10月16日(土)7:00〜
「ドン・ジャラジャンの詩人たち」
出演       森原智子、山口真理子、飯田隆昭、中上哲夫、小池昌代、北爪満喜、荒川純子、白糸雅樹、サスケ、  青木栄瞳、天野茂典、他。

27回・・・・・・12月31日(金)7:00〜
「1999年ラスト・ ナイト」
出演者、未定。

28回・・・・・・・3月末
「強者どもの夢の咲き」
出演        石川為丸(交渉中とか)、萩原健次郎、他、遠方よりはるばるの詩人たち。
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第4回天国と極楽展 (主催 =自由ヶ丘もみの木画廊(代表・ 駒田克衛)、連絡・青木栄瞳=Tel・Fax0426−64−0606)日時・ 2000年5月3日〜9日

ポエトリーリーディング フェスティバル(責任者・ 青木)・・・・5月3日(昼2時〜4時、夜5時〜7時)
司会・ 清水鱗造
出演      森原智子、支倉隆子、原成吉、萩原健次郎、野村喜和夫、飯田隆昭、駒田克衛、駿河昌樹、鈴木東海子、日裏まり子、布村浩一、筏丸けい子、岡島弘子、一色真理、青木栄瞳、ほか
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倉橋健一さん責任編集になる、新雑誌「イリプス」0号版発行

目次・ interview <鈴木義孝> 三島由紀夫「金閣寺」の虚と実、<長谷川龍生>現代詩、「列島」以前、
haiku<宇多喜代子> poem <藤井貞和>、<岩成達也>、<安水稔和>、<三井葉子>、<たかとう匡子><関富士子>他。serial story <倉橋健一>つぶてのようなわれなりー少年たちの親鸞。他。essay <松原新一>「問題」の解体。他。その他、木曜夜話(1)バタイユ「マダム・ エドワルダ」をめぐって。などなど・・もりだくさんのないようです。

一号以降の原稿投稿、可。
◆第一号原稿締め切り、99年11月30日。
◆発行予定日=2000年2月1日。(2号以降は季刊とする)
◆定価=一部960円(送料込、1200円)、3号分2880円(送料込、3600円)
郵便振替=0900−8−141130

「イリプス」編集室住所・・・・・・・・・〒542−0063 大阪市中央区東平2−1−22−908出口善子方、電話・ ファクス=06ー6766−6418

それでは。
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                        (註・ 上に「盗作問題」とあるのは、盗作問題への、詩学誌上での「雑貨屋のオヤジ的な反論」(海坂)に対する言及、ということです。このホームページのことにもだいぶ触れてもらっているので、ちょっとテレてしまって、舌たらずになってしまいました・・・・17日記)

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1999年9月19日 日曜日

 「声の在り処」(暗射叢書1)という論考を、笠井さんからまたまたいただいてしまった。このホームページにも丹念に目を通してくださっているということが、添え書きからもうかがえて、感謝感激なのでございます。副題には、反=朗読論の試み、とある。詩の衰退とか言われる中で、現在活況を呈している感のあるさまざまな朗読会の動きをふまえての、タイミングよい発行とみてとれる。といっても、別に巷で行われているすべての朗読の催しにアンチをとなえているわけではなさそうで、いわゆる、朗読イデオローグ、僕などもよく耳にする、言葉の肉声による、詩の復活、とか、活字に閉じこもった詩の言葉からの脱出とか、いろんなこといいながら、書かれた詩より、生身の肉体から発せられる詩のほうに、言葉の優位を見出そうと欲求する者たち、彼らの無意識の志向性が、どんなにあやうく、時として危険なものかということを、太平洋戦争へと突入する前後の時期に盛り上がった、朗読詩運動の状況から語りおこして、詩を読み上げる者とそれを聴く者との関係性について、精緻に、興味深い文献の引用によって、考察をすすめている。そして、「詩にかぎらず、どんな文字を読んだときにも耳に響いてくるもの。そうした<声>の存在をまったく否定してしまう人はいないだろう。朗読されたときに聴こえてくる肉声つまり鼓膜に響く物理的な音声と、想像力にはたらきかけイメージとしてしか補足できない声、このふたつの声を区別すること。」(第7章 中性化)と書きつけて、<原初的な肉声>、そのめくるめく時空をただよい、絶えず予感のようにたちあがってくる<うしなわれた声たち>、それを迎えとる言葉のふるえ、それは、<現在においては>書かれた詩の言葉においてこそ、つねに作動しているのであり、もし感動的なすばらしい朗読というものがあるとすれば、むしろそれは、こうした詩のエクリチュ−ルへの限りない接近によってこそ、実現されるものだろう、と、僕なりの解釈をまじえていえば、笠井さんは、そう語っておられように思われる。いわば、人口知能が、脳にちかづくように?病としての、幻聴や、多重人格などの、はしりまわる<内声>たちの、壮大な奥深さ?いろんなこと、思いながら、楽しませてもらいました。ある種の詩人たちを思うとき、僕には、なにか世間人よりも率先した、前衛的な世間人(?)というイメージをもってしまうのですが、これも、朗読(そのものではなく、催し)の活況と関係があるんでしょうか?笠井さん、ありがとうございました。

「声の在り処」−反=朗読論の試み
1999年9月15日初版発行。
発行所=虚数情報資料室(函館市鍛冶1−18−11 佐々木方)
頒価=1000円

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1999年9月21日 火曜日

 これまでに一度だけ、朗読会というものに参加したことがある。20年近く前のこと。奄美大島の名瀬市にある、ライブハウスで。その時の「南海日々新聞」にのせてもらった何人かの報告文のなかに、僕のもあるので、書き写してみる。

「現代詩朗読会を終えて」(昭和53年12月8日南海日々新聞)
時が白く沈殿して・・・・・・海坂昇

 詩を書く行為の困難さ、という一般的状況もなんのその、自作詩を朗読する二回目の催しとして、先月、ライブハウス「乃亜」で「現代詩朗読会」を実現することができました。まあ、参加するにあたっては、それほどの思い入れが僕自身にあった訳ではなく、内心では、やはり僕が書いたものは、生身を離れた活字の閉じた空間の中で、孤立的に思いをひそめた未知の読者に出会っていてくれたらいい、という気持ちも否定できません。それに、生身嫌いの言葉の側の姿勢もあって、タダではコミュニケートする機能を拒否する、といった頑固な態度をかえる気もないらしいのです。/でも、だから詩を詩として鑑賞してもらうことに対しては、不如意なとも言える照れくささがあったことは確かですが、反面では、僕と彼らとの間で反転した闇と明るみの奇妙な時間の中で、あの不確かな異和として息をひそめる闇の中へ向かって、僕のささやかな詩語の世界が生白く晒されていく、手のほどこしようもなく解体していく、といった空虚感は、一種の秘密な快感をもよおさせるテイの、ひとつの実感となって反応されたことも見のがすことができません。/僕はといえば、朗読の始まるまえに勢いをつけようと飲んだ水割り三、四杯の効果も見えず、気がつくと、およそ朗読という力強い調子からは疎外された処で、ぶつぶつと何やらつぶやいていたらしいのです。ツマリハシヲデハナク、アルクウカンヘムケテ、カレラノニチジョウトボクノカタクナナセカイガ、ドウジニカイタイシテイク、ジカンガモテタラ、イッシュンデモソレガカンジラレタラ・・・・・。/変に頭の後ろへ沈んでいくアルコールのしこりの中で、重い時の流れだけが、脈打っていたのが印象的でした。

 以上。たいした詩人きどりの屈折した自信のにおいがお笑いですが、若かったのでしょう。でも、朗読にかんしては、いまもかわらない印象しか持てないと思うので、のこすことにする。

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1999年9月25日 土曜日

 ねらい定めるようにゆっくり北上してきた大型台風18号が、一晩吹き荒れて、去っていったが、いまは、台風一過という言葉にともなう、あのカラッとした青空、大気のふだん目に見えない汚れなどがきれいさっぱり洗い流された感じの、磨かれたレンズのような空気のあざやかさ、そういったものが、どうも感じられない。去った後も、ジクジク雨はふったりやんだり、なんか、後味の悪いけんかのようだ。そんな台風の余韻などにかまっている暇はない世の中なんだろうが、それなら、自然のほうだって、つっけんどんに、ならざるを得ないのは、道理だよね。つまり、自然の有機的一部としての人間の都合は、確実に、自然にも反映するというのは、なにも大気汚染とか、生態系とかばかりでなく、なにか心理的な面でも、微妙な関係連鎖によって、反応されているという気がしてならない。いまの世の中、明るいわりには、いろんな思惑がからんで、どこか、じっとりと、じめじめしているのだろう。ま、そんな妄想はおくとしても、昔台風銀座とよばれた(いまでいえば、台風渋谷?台風新宿?ぜんぜん語呂がダメだが)琉球弧で生まれ育ったので、台風の思い出は、たくさんある。その中でも、時々ふっと思い出すのは、たとえば窓のガラスのことごとく割れてしまった車を、得意そうに乗り回していた友人がいて、そいつと台風の中を、助手席で水を汲み出し汲み出し、びしょぬれになりながら、海岸の道路を船のように走りぬけたりしたことだ。そいつの人生も、いってみれば、生まれたときから、台風にふきまくられたような、ものがなしいものだったけどね。失うものがすくない島のくらしは、そんなもの、どこ吹く風で、バカばっかりやってたなあ。僕のまわりの何人かの友人、知人たちと同じように、うわさでは、精神がおかしくなって、入院しているとか聞いたが。ま、僕だって、いつもその危うさの中に、あるわけで、野田正彰氏の「狂気の起源をもとめてーパプア・ ニューギニア紀行」などを愛読するものでありますが、台風一過、ちょっと、思い出してしまった、ことでした。

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1999年9月29日 水曜日

 東ティモールの独立問題で、大きな騒ぎになっているが、あれほど血なまぐさくせっぱつまってなくても、たとえば沖縄には、日本からの独立論というのが、根強くいきている。かって琉球王国としての一国を構えていた歴史を踏まえての、国としての独立論と、文化的、宗教的な本源性として、日本本土を相対化できる思想的な領土としての、幻想的独立論、などの違いはあるにせよ、どっちつかずの奄美生まれの僕などには、やはりいろいろな場所で起こっている、民族問題同様、どうかんがえても、どちらの側に味方することもできない、単純でむっつかしい、<共同体の力学>であるようにしか思えない。やはり、未来というのがあるとしたら、ほんとは、適味方同時にくたばってくれるのが、いちばんいいのだ。東ティモールにしても、逃げ惑う、なんのことやらわからない、非=敵味方のひとびとが、一番かわいそうだ。もちろん、論としては、いつだって、自分たちは、そうしたことを見据えているんだ、というかもしれないが、かえっていく、なにげない日常、というのは、共同体が作動している思考のなかでは、不可能にちかい死角になってしまうというのは、おおげさにいえば、僕たちが、20世紀において、いたいほど体得した唯一の遺産、といってしまいたいほどだ。

(註・ もちろん誤解はないとおもうが、あくまで独立論にかんしてであって、現実の問題、たとえば、沖縄基地の問題をどう考えるか、とか、文化的宗教的な本源性としての沖縄(ひいては琉球弧)の重要性とかいったこととは、僕にとって、別のもんだいである。・・・・・・10月6日付記)

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