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雑感9

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(戦艦大和の深海探査番組をみながら)(電子文字について・・・)(東海村臨界事故で感じること)(どこか桃太郎ばなしをほうふつとさせて)(福島次郎「三島由紀夫―剣と寒紅」に判決)(高橋秀明さん詩集「言葉の河」をいただいて)





1999年10月4日 月曜日

 屈託ない笑いをうかべながら、帽子を振る基地隊員たちに「いってきます」というように敬礼を送り、往路だけの不思議な時間の大空一杯に、孤独な機影を浮かばせていく、あの場面、あのかすれた白黒フィルムの特攻機出撃の場面を見るたびに、自分の意志とは関係なく、不可抗的な感情のつきあげがおこってきて、目頭があつくなるのを防ぎ得たためしがない。戦争世代ではない僕などでも、こうだから、<死>と盟約したような戦争世代というのは、口にできない、どれだけの思いでみることだろうと、いつも思ってしまうが、2日前のテレビで、そうしたフィルムを交えながら、終戦直前、無謀な洋上特攻作戦で撃沈された「戦艦大和」の深海探査の模様を伝える番組があった。深海探査艇「ジュール」が映し出す、東シナ海深く無残な姿を晒す「戦艦大和」を、当時のいろいろな建造秘話など折り込みながら、スタジオのゲストと話をすすめていくというものだが、戦争当時の実写フィルムに混じって、東宝映画「戦艦大和」の場面などもはいっていて、そのなかに、大和の巨大な主砲をバックにして、整列する海軍兵士の群影に、特攻前の艦上訓話をする連合艦隊司令長官、というシーンが映って、いきなり、わけもなく、毛穴がむずむずするような、いてもたってもいられず浮き立つような、感情にとらわれた。こりゃいかん、とか思いながら、なんとなくその感じが、あの特攻フィルムを見た時の感情のつきあげとにているなと、思ったりしながら、次々と進行していく番組をみていたが、最後ちかくになって、ゲストできていた、評論家の立花隆氏が、ぜひこの箇所を読んで聞かせたくてと、故吉田満の「戦艦大和の最期」という本を手にして読み出した時、またまたあのつきあげるような、こみあげるような、ほのぐらい感情にとらわれて、投影するように、立花さんもこりゃなくな、と思ったとたん、僕にはテレビの画面で始めてみる、立花隆氏の声を詰まらせた、涙顔に接することになってしまった。彼が読んだのは、次の箇所。「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた」「俺たちはその先導になるのだ。日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃないか」。いま手元に本がないので、ちょうど同じ箇所を、20年ちかく前、「死者は握手をしてくれない」という詩に引用している、清水昶氏の作品から、書き写してみた。ひとり、こうして、書き写しながら、立花氏が泣いた後のコマーシャルの時、別の番組では、みんなおんなじ顔黒(ガングロ)の分厚く白い口紅をぬった、制服姿の女子高生の集団が、スタジオでなにか悟ったような、どうでもいいじゃん、といった雰囲気を晒していて、その落差に、思わず笑ってしまったのを思い出した。ゆったりとしていて重々しく、壮大な言葉が感動的に響きわたる、いわば共同体的な<死のエロチシズム>の世界と、こなごなに砕かれていく共同体の破片に、あぶくのような笑いで自己防衛を果たしながら、しがみつこうとしている女子高生たちの姿の落差、といったらいいのだろうか。僕には、分裂し、拡大していくような気がするこの落差にこそ、陰陰とした、現在の不安のようなものが、あるような気がしたり、したことでした。。

※清水昶「死者は握手をしてくれない」=雑誌「海」(中央公論社)1980年5月号、特集・ 現代詩1980年掲載。

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1999年10月6日 水曜日

 たとえば、紙に書くなりワープロで印刷するなりした原稿は、いったん発行者を通じて公表されてしまえば、それを後で訂正するにせよ、削除するにせよ、たいていの場合記録として残ってしまうので、その過程は原則としてごまかしがきかない。ところが、このインターネットにあらわれる原稿文字即公表文字のような感じに近いメディアの場合、いったん公表した文章でも、読者の知らぬ間に、きれいさっぱり消してしまうことも、都合の悪いところは、部分的に、こっそり、訂正して、知らん顔していることもできてしまう、そんな電子文字の世界である。これはとても便利な面もあり、また、使い方によっては、陰険で、怖い面もある。この「雑感」コーナーでも、いくつか、公表したあとに、あわてて、あるいは、ちょっと考えて、断りなく削除したり、訂正したりした箇所が、2,3ある。まあ、みんな、文章の推敲的な、読みやすさを考えての、訂正あるいは削除で、少し文章を加えて文意を補ってみたいときは、註のかたちで、付記の日付をつけて、後書きすることにした。その2度目として、今日も気になっていた、「非=敵味方のひとびとが・・・」(9月29日)に、註をつけたばかりであるが、やはり、それは、そういう形にしないと、いくら僕のホームページのように、訪れるひともすくないところとはいえ、書く側として、いい気持ちではないのだ。思い出したのは、こないだ読んだ関富士子さんのHPでの「掲示板というものについていろいろ考えた」という文章のなかに、詩の掲示版上での、詩人同士の中傷などのトラブルのことが書いてあって、まだそういう現場に遭遇したことのない僕などは、ついミーハーになって、誰かなうふっ うふっと、面白がるのがさきにたってしまうのでございますが、それは、ま、さておき、、そのなかに、ある掲示板の運営者が、関さんとの掲示板での不利なやりとりを、後日きれいに削除してしまっていたという記事があったことだ。「つまり二人のいろいろ考えてのやりとりは表面上はまったくなかったことになってしまうのだ。実に不思議なことである。これまでウン十年、紙テキストで数少ない部数とはいえ二度と取り消せない覚悟でものを書いて発表して来た者からみれば、掲示板というものは実に奇々怪々である」−と関さんは書かれている。掲示板という、他人がみているまえでのマジック芸には、どこか笑える要素もなきにしもあらず、だが、インターネットの文字がはびこるところ、掲示板ばかりではないだろう。電子文字の世界にも生きようとしている者として、自戒しなくてはならないところだと思う。

( 関さんからメールいただき、上の掲示板の件は、関さんの文章を読まれた運営者の方が、その後再掲示をされた模様です。一言つけくわえておきます。・・・・7日付記)

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1999年10月8日 金曜日

 先日の、東海村での臨界事故のことを聞いたとき、すぐに感じたのは、なぜか、自動車免許とりたてのころの、車を運転しながら、いつも不安におもっていたこと、つまり、なににもぶつからずに、とにかく、物との接触を<すりぬけながら>、どこまでも通り抜けていかなければならないという、あたりまえといえば、あたりまえなのだが、ひとやものに接触し、ぶつかり、擦過しながら歩いていた今までの道というものに慣れた身体感覚から、そう簡単に、器用に抜けられない僕などには、とても不安で、苦痛でさえあった、道路走行時の感覚のことだ。何度、意識的、半意識的、無意識的に、走り抜ける車をわざと側面の壁なら壁に、ズズーッとこすりつけてみたいと、あぶない欲求をおさえるのに、苦労したことか。映画などでぼろぼろになるまでのカーチェイスをみて、スカッとするのも、あるいは、そういう不安の解消になっているのかもしれないが、なんか、僕だけの感覚かなあ、とも思ったりするので、いいにくい面もある。でも、そういう、<どこまでも、すりぬけて、いかなければ、ならない>という、慣れてしまえば、ふだんはあまり意識しなくてもいいことながら、ある日ふっとみわたすと、この文明社会というのは、かゆい背中をかきたくても、かいたら、それは重大な事故に直結してしまうので、だからといって、がまんするのもなんだから、瞬間的にそんなことはなかったことにして、感覚停止して、別のところに意識発散してくらしている、という面が、ずいぶんあるのじゃないかなあと、思ったりする。コンピューター制御社会の弊害もだが、あるいは、それ以上に、かゆい背中を無意識に制御している、人間の<一瞬先の闇>のほうが、もっとこわい場合もあるということだ。それにしても、核燃料製造という、かゆさ一杯の作業過程を、あれだけいいかげんな感覚停止でやっていたとは、どーゆーことなのだろうね。

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1999年10月16日 土曜日

 よくテレビなどで、かってはたいへんなワルだった者が、見違えるような立派な家庭のパパになって登場して、みんなが感嘆の声をあげる、という番組をやっていたりするが、ワルというのは、もともとが、りっぱないい人の裏返しのようなもので、別に驚くには当たらないと、僕などは思ってしまって、しらけてしまうのが、つらいところである。そういうわかりやすい例を引き延ばしてみると、いまのバラエティーを中心とした、テレビのドンチャン騒ぎというのは、何人かの狂的な外部を潜ませたような迫力をのぞいて、どこかあの昔話の「桃太郎」の場面をほうふつとさせる、あくまでも共同体内部的な<異人>の懐柔=怪獣的な狂騒を思わせて、それなりに面白いわりには、ただそれだけで、皮膚の闇に食込んでくるような、なにかがたりない、という感じがして、別にそれはそれでいいんだろうが、たとえば、あの殺意を秘めた三浦和義ービートたけしの線の延長上に、あるいは、さんまのあの神経症的おしゃべりの欲望、しゃべる快楽の延長上に、なにか、誰かもっとどぎつく登場しないものかなあと、つい期待してしまうのであります。テレビ局という、桃太郎のような圧倒的秩序の視線のもとで、せめてその横っ面はったくような、はなかなかむつかしいことなのだろうなあ、とか、気弱く思ったりしながら。ま、それまでは、さんまのしゃべくりに、痙攣的にわらいころげているしかないのでしょう、ね。それにしても、いまにあきてしまうとおもっているのに、やっぱりおもしろいもんねえ、さんまは。ぎゃははは。

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1999年10月19日 火曜日

 去年出版禁止などの仮処分のでた福島次郎氏の小説「三島由紀夫−剣と寒紅」に対して、あらためて、無断公表された手紙の著作権侵害を認めるなどの、東京地裁の判決がでている。たしかに、あれだけ作家の極秘的な暗部を、無断でまるごと採用した作品を読む遺族の心境たるや、察してあまりあるとおもわれる。でも、一人の読者としてみれば、三島由紀夫という作品と、三島由紀夫の作品は、別ではなくても、一応切り離されてこそ、三島文学は僕たちの前に存在しているわけで、福島氏もそれは充分承知の上で、「三島由紀夫という作品」に接した生々しい体験を、それはまた独立した作品として、文学の世界に投げ出しているわけだろう。で、それはそれで、衝撃的で、おもしろかったし、文章がなかなかうまくて、できのいい暴露本めいた面なきにしもあらずだが、<性>の人間的なものがなしさも、それなりの文学的な深みにおいて、伝わってくるようで、この本が世に出た意味は、やはりあったように、僕などは感じてしまうのですが、惜しむべきは、あまりに三島由紀夫と言う現実の像に、イメージが支えられすぎて、ながいながい随想のようにも、思えてしまうことだ。つまり、虚構的な構築性として自立していない点。無断暴露の重さにつりあうだけの、作品的<はるけさ>、自立性があるかどうか、それは、法律的な判断とはまた別の判断の目が、きっと必要になるのでしょう、ね。柳美里問題のときも新聞などで読んで感じたのだが、なんでも許される文学的聖域なんて、先験的にあるはずもないわけで、それは、書く側も、書かれる側も、緊張した<場>の闘いによってこそ、<あらわれる>わけのものだろう。

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1999年10月22日 金曜日

 「言葉の河」(共同文化社刊)という、北国からの詩の送り物をいただいた。北海道は小樽市の高橋秀明さんの詩集。このホームページに立ち寄られたことが添え書きしてあって、うれしく光栄の限り。この夏に発行された、第四詩集になるのでしょうか。評論も編まれている実力ある詩人のご様子。どうやら僕と同い年のようで、しかし精神年齢からすると、やはりそうとうにうえええ、と言う感じで、ま、犬にさえ時として引け目を感じてしまう僕などとくらべても、しかたがありませんが、巻き箱入りのすばらしい装丁に負けない、精神性の高い詩の世界がおさまっている。(おさまりきれないで、かろうじて、装丁のマンホールの蓋でおさえている?)「遠くぼんやりと宇宙船の汽笛がきこえるが/ 姿は見えない  見たことがない / 無人の煙草屋でたばこを買って駅のベンチにもどってから / わたしは   ずいぶん長く独語し続けている / 誰も迎えに来ないのだ」という、なにか詩の栄光と悲惨をイメージさせる「月駅」と言う作品にはじまり、硬質な死語を死語のままにたちあげながら、かっての闘争の時代の影を色濃くにじませつつ、にがい断念と、それでも疼くように染み出てくる<対岸への思い>を、表題作「言葉の河」を軸にして、さまざまな詩法を駆使して、展開している。「希望の大陸への迷妄なわたしの思いは屑にほかならず、しかもしぶきを浴びて少し濡れていたが、言葉ではないものだった。わたしは屑をかきいだいて風波の衝撃をこらえていた。屑はもう言葉ではなく思いとしてわたしに属するものだったから。」(言葉の河)とあるように、こことむこう、此岸と彼岸という、空間的な思念が、<希望の大陸>(「「言葉の河」の流れにとりのこされた単に大きな中州でしかないかもしれない」もの)と、そこへの<思い>という意識を呼び寄せて、目の前を流れていく「言葉の河」と対置させていくのだが、僕には、同じ風景を、時間変容、というか、時空変容的に、この世の<この世性>、その現象学的な感受、として身体意識を置きなおした場合、また違った風景として、どこまでも「言葉の河」に浸透的である<思い>として、見えてくることもあるんじゃないかなあ、と、見当違いの読みかもしれないが、思ったりした。僕にとっては、この詩集のなかでいちばん精彩を放って、その場の火のはぜる音まできこえてきそうで、いきいきと全体を照らしているように思えた詩句は、「愛恋頌ーYへ」と言う作品だった。とくにはじめの部分、「うけた使命はおもかった/とぎれとぎれのほそい人道をまよいあるいて/ひくい木立にかこまれた小さな沼にでた/生臭いガスがたちこめていたさ/でもそこだけがわたしの休息場所だとおもった/露営のために/使命の柴束を背からおろし わたしは/ いっぽん いっぽん それを火にくべていった/いつわりは 火にくべると / とてもよくもえて暖かかったな //いらい わたしへの指令はずっととだえたままだ」・・・・・。全篇にわたる北国の物象、地形、生き物たちの影動と化したような思念のダイナミズムも魅力的だが、僕には、この真性の火の匂い、ぬくもり、解放感が、なによりの贈り物でした。高橋さん、ありがとうございました。

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