(一)
父・金久正著「増補・奄美に生きる日本古代文化」(1978年・至言社刊)より、第12章「「もの」と「まどひ」を2回に分けて全文収録です。(ルビ文字は( )の中に、ルビ強調は下線で示しました。また文脈上あきらかな校正ミスと思われるところは文意を整えて示しました。)

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(上)
 「もの」(物)という語と、「まどひ」(惑)という語は、この島の方言では、国語と同じい使用法のほかに、いろいろの複合詞を作り、まったく微妙な意味を表わすものが多い。「もの」はムンまたはムヌと転化し、「まどひ」はマデと転化する。
 いま「もの」についての用例をあげてみよう。
 ムンツクリ(物作り、農作物)
 ムヌグメ(物込、心待ちに待つこと、期待)
 ムンダマシ(物魂、物をよく手に入れる才能)
 ムヌメ(物思い、心配すること)
 ところで、この語の本質からして、これが、それとなく霊界の事物・事象を表わすのに用いられるのは、当然であろう。
 国語の「ものいみ」(物忌)「もののけ」(物の気)などを思い合わすべきである。
 ムンタマガリ(物魂消り) 幽霊などを恐しがること。
 ムンマチムン(物まじもの) お化けや毒蛇。
 ムンビ(物火) 怪火。
 ムヌジラシ(物知らせ) 前兆。
 ムヌイリ(物要り) 巫者らを呼んで斎事に費用をかけること。
 ムヌシリ(物知り) (1)識者。(2)巫者。
 「ムン」は通常、人間に災厄をもたらすような邪悪な物象を示すようである。
 ムンヌ憑チュン木(物の憑いている木) ケンモン(化の物)などのような妖怪の憑いている木のこと。
 神ヌカカトン木(神が懸っている木)
 荒れた山中などを歩く時には、「下司(げす)ヌ子(くゎ)ヤ、物(むん)ナ知リョヲラム。肝要(かんよう)ン歩(あっきゃ)チタボレ。トートガナシ」(人間の子は霊界のことは、何も知りません。どうぞ、用心深く歩かせてください。神様よ)と唱えて通るならば、危害はないと信ぜられている。
 山から薪を切ってきたり、枯枝を拾ってくる時など、場合によっては「ムン」(妖怪)が憑いている木を切ったり拾ったりしてくることがある。
 山奥の素性のよい木を切ってはならない。そんな木には神が懸っていると信ぜられている。
 奄美大島では、住用村一帯は、その奥に、この島としては豊富な森林を控え、通常山国(やまぐん)と呼ばれている。
 延(のび)賢助という人は、この山国で、材木を切っていた時、ある素性のよい木に切りあたり、少々心に不安を感じ始めていると、果せるかな、どこからともなく「どら」が鳴り始め、みるみる山神の行列が近づいてくる。先頭では、赤神、白神、青神が何かを争っているのが聞えてくる。赤神は荒神で、許すな!といえば、白神は和(にぎ)神で、許せ!という。青神は、その中庸を得た神で、その間に入って、仲裁の役をしている。この人は、恐れ震えて、地面にひれ伏し「赦免」を願っていたが、そのまま失神してしまった。しばらくして、正気を取り戻し、ほうほうの体でわが家に帰り、しばらくは病気になって寝こみ、それから巫者を呼んで、祓いをなし、かなりの「ものいり」(物要り)をした。
 この山国地方では、どうかすると、山のある区域の草木が、ちょうど大風が過ぎる時のように、全部一方に倒れかかって、裏葉を見せ、時とすると、その根までも現わすことがあるそうである。これは真昼でも、野良で働いている人々の目撃する現象だとのことである。これをマネといっている。
 「ムンタマガリ」をしない人(妖怪を恐れない人)でも、これだけは、不思議でならないといっている。夜猪狩りをして、野宿しているときなど、砂糖黍畑などが一面に倒れてしまうが、また、しばらくすると元通りにもどる。
 通常、これは、山神の通過の際「草木が靡く」ものであると信ぜられている。
 これから推して、「草木もなびく」という表現にも、本来、こうした信仰的なものを含んでいたのではないかと思われる。
 次に、夜、口笛を吹くと「ものまじもの」(妖怪変化)を呼び起こすことになるといわれ、また「縁ヌ先ナンニャ、ムンマチムンナ、立タヌ」(恋路には妖怪変化は姿を現わさない)とも信ぜられている。
 ムンビ(物火)といえば、よくお盆祭りの夜には、海上にムンビ(精霊の火、怪火)が燃えると信ぜられtいる。
 暴風の夜など、人の通らない磯山に、怪火が見えることがあり、これをケンモン火(化の物火)という。
 次に「ものしらせ」(前兆)の実例を示してみる。烏や梟が鳴くのは、人の死ぬ「ものしらせ」であると信ぜられている。これについては、おもしろい神話的説話が残っている。
 「昔神様が、不老長寿の妙薬を人間にふりかけてくるようにと烏に命じた。
 ところが、チンチン鳥ッ子(ぐゎ)(雲雀のこと)の出しゃばりやさんが、体の小さいくせに、自分がそのご用を務めようといい出し、烏から、その妙薬の入っている瓶を受け取り、飛立つことになった。何しろ体の割には、瓶が重いのでよろめきながら上がったり下がったりして、何とか河原のワカブラ木(若茂木)という木の所まではやって来たが、ここで、もう力尽きて、この木に一休みしようとしたとたんに、この瓶をこぼし、この妙薬を全部この木にかけてしまった。それで、このワカブラ木だけは、年々歳々若返って繁茂するが、人間は死を免れなくなった。このことがあってから、烏は人間が死ぬ前には鳴いて、この瓶を自分が持って行って、その妙薬を人間にかけなかったことを悔み、雲雀は、そのときの遺習として今日でも飛ぶ時は、上がったり下がったりするとのことである。
 人が死ぬ時などは、また、その「ものしらせ」(前兆)として、「シカタ」(仕象)がある、と信ぜられている。
 「シカタ」の語源は、はっきりしないが、このカタは明らかに、ウラカタ(占象)のカタであろう。
 聴覚、視覚に訴えてくる仮幻的行為現象を「シカタ」といっているようである。
 人が死ぬ前には、その人の葬られるべき墓場所で、イケ(墓穴)を掘る音などがするのが聞こえる。これは普通人にも体験されることであるが、特に「コウマブリ」と称する霊能の発達した人には、葬式の行列の旗が見えたり、または、墓掘り人衆の姿まで見えるといわれる。
 ここでおもしろいのは「コウマブリ」という語である。平安時代にできた栄花物語に「かうなぎ」(巫者のこと)という語があるからには、このコウマブリは、これと同系の語であろう。「かう」は、「かむ」(神)の音便であろうから、コウマブリは、「かむまもり」(神守)が、その語源であろう。
 コウマブリというのは、かならずしも専門の巫者ではなく、特別の霊能が発達していて、すべての仮幻的現象が見えたり、聞えたりする人で、巫者となるならば誂向きの人である。いわば、霊媒的存在である。第六感の発達した人とでもいうべきもので、大体こうした人は、血統を引くものらしい。栄花物語の「かうなぎ」も、実は、こうしたものではなかったかと思われる。
 次に「ものしり」という語について一考してみる。英語のワイズマン、すなわち、村の智者、村夫子とでもいった意味もあり、また「大雑書」という易典に明るく、日柄などを調べてくれる人をも「ものしり」といっているが、ふつうは、巫者のことを「ものしり」と呼んでいる。
 「お枕節」という民謡に、
 太陽(てだ)ぬ落(う)てまぐれ、
 鳴きゅる烏や、
 加那が上か、吾(わ)上か、
 ときや物知りに、
 占(うら)ねしめたっと、
 加那が上もあらぬ、
 吾(わ)上もあらぬ
 (太陽の沈むころ鳴いている烏は、愛人の身辺の不吉を予告するのか、それとも、自分のそれを予告するのであろうか。ときや物識りに占いをさせたが、愛人の身の上についてでもなく、また自分の身の上についてでもないらしい)
 この民謡からして「モノシリ」は易者、予言者と同意義に解される。つまりは、霊界の事象に通じ、これを左右することができて、将来をよく卜(ぼく)する人の意から、広く巫者の意になったのであろう。
 なお、巫者を表わす言葉に「ユタ」「フドン」などがある。ユタは語源的には、東北地方の「イタコ」と同系の語であろう。
 イ音とウ音とが音韻交替(通音)をなすのは、よく見受けられる現象である。
 たとえば
 夢、イメ―ユメ
 小便、イバリ―ユバリ
 祝、イワイ―ユワイ
 これからして、ユタとイタコとは、ただ音韻の変化による差異であることは明らかである。ユタは斎人の意であろう。
 ユタン口(くち)(口よせ)ユタクギュル(ユタこぐ)という表現からして、霊媒的存在であろう。神霊が乗り移ろうとするころには、盛んにあくびがでる。体を左右にふる。これをユタこぐという。それから、そろそろ死人の口を開き始める。マブリわかし、マブリよせ、の時には、ユタの口を開くのである。
 フドンはホットン(はふり殿)のなまりである。フド ンは本来「はらい」などを行なうものであったろう。

(つづく)

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更新日/2002年6月8日
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