父・金久正著「増補・奄美に生きる日本古代文化」(1978年・至言社刊)より、第11章「をなり神」を4回に分けて全文収録です。(ルビ文字は( )の中に、ルビ強調は下線で示しました。また文脈上あきらかな校正ミスと思われるところは文意を整えて示しました。)

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(T)
 今はもう耳遠くなってきたが、ひろく南島では、ちょうど英語のスィスタ―とブラザーにあたるものに、「ヲナリ」「エケリ」という語がある。これは一組みの親から生まれた子供らの間で、男の子が女の子を指していう場合、姉、妹にかかわらずこれをヲナリといい、女の子が男の子を指していう場合、これを「エケリ」という。
 奄美方言では、カ行音は、ハ行音とよく通音をなすもので、エケリがヰヒリとなまっている。「アレヤ、ワヲナリ、ダリョル」といえば、あれは、私の女のきょうだいであるとの意味である。語源的には、エケリのエは、えと(兄)のエであろう。ヲナリは「をみな」と関係づけられる。「リ」は人を表わす語であろう。
 伊波氏は、昔田植祭の炊事や食物を運び、田の神のいけにえとなった女、すなわち「うない」が、このヲナリと同じ語ではないか、といっておられる。
 ヲナリという語は比喩的に用いられると、意味が分化して、国語のいも(妹)という語と同じく、愛人とか一般に女性を親しんで呼ぶ意味になる。これは主として民謡にみられる。
  池浮けて見欲(みぶ)しゃや、おしどりのとりめとり
  舞立てて見欲(みぶ)しゃや、黄金をなりゃ。
 (池に浮かせて眺めたいのは、おしどりのめおとである。
 舞立てて眺めたいのは、いとしい愛人のあなたである)
 コガネ(黄金)は、自分にとって貴重な大切な、愛くるしく目にも入れたい、という意味を表わす接頭語に用いられる。
  思(うめ)をなりかねが、なま、うもちゃることや、おしかえしもどしをがみ欲(ぶ)しゃ。
 (いとしいあなたが、今来て下さったことは、ほんとうに三拝九拝したい気持だ)
 ウメ(思)はコガネ(黄金)と同じくいとしい、こいしい、愛ぐるしいという意味の接頭語に用いられる。
 打ちゃに打ち欲(ぶ)しゃや、夜(ゆ)鳴りしゅる小鼓(つづみ)、あそで愛(め)ずらしゃや、黄金をなりゃ。
 (打ちに打ちたいのは、夜がふけるにつれて、いよいよ音がでてくるつづみである。歌舞いして興のつきないのは、あなた方のような美しい女の方々とともに歌い舞いする時である)。

 さて、次に南島では、をなり神の俗信があり、をなり神はとても神高い神だといい伝えられている。
 民謡に、
  舟の高ともに坐(い)ちゅる白鳥っぐゎ、
  白鳥やあらぬ、をなり神がなし。
 というのがあるが、この民謡は舟の高艫(とも)節、奄美本島上方では、舟の外艫節と呼び、また「ヨイソラ、ヨイソラ」という囃(はやし)が入るので「ヨイソラ節」とも呼ばれ、今日でもよく歌われているが、今日の島の人で、この歌の真味を味わいながら歌っている人が何人いるだろうか。
 世相のうつり変わりというものは、実にめまぐるしいといわざるを得ない。別章に解説を試みた「嘉徳ナベカナ節」などは特にそうであるが、この民謡も、たくさん出ている「民謡集」などの解釈はどうも不得要領である。
 奄美民謡集で一番よいものは文英吉氏の「奄美民謡大観」であるが、いまその中からこの歌の解説を、ここに引用してみる。
 (解)舟の外艫で啼いている白鳥は、あれは白鳥ではない。自分の姉(又は妹)の神がなし、すなわち生
    魂である。昔から大島では「をなり神」は非常に高いものであり、常にそのをなりの生魂が自分を
    守護してくれるとの信仰がある。「をなり」は骨肉の姉妹のことである。
 いまこの歌の真義を解く上に、カミ(神)という語について一考してみよう。宗教史的には、人類は、呪物崇拝すなわち物体や草木に、超人間的な力のあることを信じた時代から、トーテミズム((動物崇拝)すなわち人間外の動物に超人間的な力のあることを信じ、これを畏敬し、その守護を求めた時代を経て、人間の霊魂(まぶり)の発見から、人間自体に、超人間的な力を認めるようになり、それから遠離した遍在する霊的人格的な神の観念に到達した。
 これは一回性の段階ではなく、文化の程度により、民族的にも個人的にも随時随所に繰り返される段階である。
 したがって、仮顕的神の概念は複雑多様な要素を包含することになる。今、仮顕的観念の発展を右の発達段階に合させるならば、
 たましひ―まぶり―かみ。
となる。
(まぶり・たましひについては別章民間信仰まぶり・たましひの項参照)
 かくて、神なる概念には、たましひ、まぶりの観念も含まれて、また新しい要素が加わってくる。をなり神とは、つまりは、をなりの「いきまぶり」すなわち生霊を意味する。この島では、白鳥は生霊を、白蝶は死霊を象徴する場合が多いようである。
 さて南島では、をなりの神は、神高く、よくその「えけり」(男の兄弟)を守護するものであると信ぜられた。男は、したがって、遠方へ旅をする場合は、そのをなりすなわち肉親の姉または妹にあたる者から「神さじ」をもらって旅すれば、危険な目に会っても、かならず助けられると信ぜられた。「神さじ」とはいわば、お守札で、現代語に直せば手拭またはリボンみたいなものであったらしい。特に暴風雨に見舞われがちなこの島では、帆船での舟旅は、全く命がけのわざであった。旅をする「えけり」らが、そのをなり神の守護を信じ、ひるむ心を励まして旅の壮途についたであろうことは、想像に難くない。いまこの心して、右の民謡をみるならば、おのずから釈然たるものがあるだろう。民謡というものは、閑人のうそぶきではない。大衆の生活の中からほとばしり出るヒューマン・ドキュメントである。
 この民謡にしても、懐手して舟の出入りを眺めている傍観者のうそぶきであるはずがなく、雲行きのはげしい日にともづなを解く舟子または乗客の中から生まれでたものでなければならない。
 この民謡の真意は、「あら、皆の衆、見てごらん。この舟のともには、白い鳥が、羽毛を風に逆吹きされてとまっているよ。いや、どうもあれは、ただの白鳥じゃないな。きっと皆の中の誰かのをなりの生霊に違いない。やあ、皆の衆、守護がいただけるぞ。幸先のよい舟旅のモノシラセ(前兆)だ。ああ順風に帆がはらむよ。トートガナシ(尊加那志)」となるだろう。
 しからば、なぜに、をなり神がかく神高く、「えけり」を守る、つよい神となったであろうか。ここに一考してみよう。
 人間はその家族制の発展過程において、まず親子の「まぐわひ」(性的結び)をタブー化し、次に兄弟、姉妹の「まぐわひ」をタブー化して血縁の結びを排除して、種族の保存をはかり、今日に及んだものと、家族史は教えている。その第二の段階は、プナルァ家族と呼ばれるものである。
 ここに古事記の一節を引用してみる。
 「あが汝兄の命の上り来ます由(ゆゑ)は必ず美(うるは)しき心ならじ」(中略)「何故(など)上り来ませる」と問ひ給ひき。爾(ここ)に速須佐之男の命の答(まを)し給はく「僕(あ)は邪心なし、唯大御神の御言以ちて、僕(あ)が哭きいさちる事を問ひ給ひし故に、白しつらく、僕は妣(はは)の国に往(まか)らんと思ひて哭くと申ししかば、大御神、汝(みま)は此の国にはな住みそと詔(の)り給ひて神逐らひやらひ給う故に、罷り往なんとする状を申さんと思ひてこそ参上(まゐ)りつれ、けしき心なし」と申し給へば、天照大神、「然らば汝の心の清明(あか)きことは何(いか)にして知らまし」と詔り給ひき、是に速須佐之男命「各々誓(おのもおのもうけ)ひて御子生まな」と答し給ふ。(中略)「是後に生れ坐せる五柱の男子は物実我がものに因りて成りませり。故自ら吾が御子なり。先に生れませる三柱の女子(ひめみこ)は物実汝の物に由りて成りませり。故乃ち汝の御子なり」如此詔り別け給ひき。・・・・・
 この古事記中の名文とされている記事の中には、プナルァ家族制のタブー化の過程がうかがわれはすまいか。
 これを傍証として、私は、南島のをなり神の信仰に、プナルァ家族制の片影を認めようとするものである。
 をなり、えけりの性的結びのタブー化は、やがては、をなり、えけりの関係を神聖化し、えけりの守護神としてのをなり神の出現をみたものと思われる。

(つづく)

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