旧日本海軍大将 井上成美氏ゆかりの地 (下記)
 
  私の大好きな建物<第1巻> 

  (12月11日公開)私の大好きな建物<第2巻・門司港編> 


 
旧日本海軍大将 井上成美氏ゆかりの地

 旧日本海軍の大将でいらした井上成美氏ゆかりの地へ行って参りました。
 神奈川県三浦半島の西、荒崎海岸の上にその建物はひっそりと建っていました。
 井上閣下は米内光政閣下、山本五十六閣下らと共に三国同盟、日米開戦を強硬
 に反対され、海軍兵学校長時代には英語教育を廃止しようという案を否定して、
 軍事学よりも普通学に重きをおいた教育を施すなど、決して時代の潮流に流され
 ない確固たる信念を貫く方で、旧海軍最後の大将としても知られておりましたが、
 戦後は蟄居され表に出ず寡黙に生涯を終えられました。
 この建物は井上成美記念館という旧邸を改築されたものでありましたが、先の大
 震災の影響等により 閉館となってしまいましたので、外側からしか井上氏には触
 れることができませんでした。

京急三崎口駅からバスで向かいました。
ソレイユの丘停留所から地図を見ながら歩くこと約10分。
とうとう到着しました。
傾いた門柱がありました。恐らく旧邸から建っていたものでしょう。
門柱の向こうに建物があって、「井上成美記念館」と書かれた
看板が掲げられていました。
その下には「海軍」と彫られた石柱がありました。
何だかよくわかりませんが、とっても強い力を感じました。
これがお玄関です。屋根の上に煙突も見えます。
ドアの右に張り紙があって、現在は閉館した旨が書かれていました。
これが記念館の裏側になります。
ここには程よい広さのお庭があって芝生が植えられておりました。
そしてそのお庭の向こうには雄大な相模湾がひろがっておりました。
井上閣下はよくこの海を眺めておられたそうで、お亡くなりになる
数時間前もテラスからじっと眺めておられたそうです。
佃嵐崎もすぐそこに望むことができました。
閣下はよくこのお庭のテラスに出ておられたそうです。
この石柱は恐らく旧邸のものと思われます。
この窓もひょっとしたら旧邸のものかも知れません。
閉館されていて中には入ることが出来なかったので窓から中を
伺いました。
室内に置かれているお写真やら絵画が見えました。
う〜ん、もったいない。。。
閣下のお写真や閣下のお気に入りのマントルピースも
見ることができました。
阿川弘之著「井上成美」の中に、戦後井上閣下がある方におっしゃったことが書かれています。
「ちゃんとした教養と知性を備えたジェントルマンなら戦士としても、それだけで立派に戦うのです。
西欧だけでなく日本にもその例はありました。大東亜戦争の学徒出身の士官がそうです。
あの人たちの多くは、あの戦いに疑問も不信の念も持ちながら祖国への義務感、エリートとしての
責任感から、身を挺して立派に戦って命を捨てました。その責任感を支えたものは大学で学んだ
教養ではないですか。私はそう思います。
あの人たちの死を思うと今でも私は身を切られるような感じがするのです。」

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