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「中国・瀋陽ー風景の中の記憶ー」 写真リスト

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「中国・瀋陽ー風景の中の記憶ー」

 瀋陽の街、とりわけ瀋陽北駅周辺を歩くと、初めて訪れるのに過去に出会ったことがあるような風景の記憶が蘇り不思議な気持にさせる。

 街角の日当たりのよい路上は、床屋の仕事場だ。白布を首の回りに広げた客を椅子に座らせ、床屋はハサミを動かす。前を横切る馬のひず めの音の高さが、荷 車の上の塩袋の重さを想像させる。羽根をむしった鶏を、自転車に置いただけの板の上に並べ、男は客を待つ。天秤ばかりを持ち上げ、ロバにひかせてきた積ん だ野菜を女は計る。そこには、庶民の空気がある。かつて経験したことがあるような「懐かしい」生活の空間がある。

 その後ろに迫るのは、市街開発の建築ラッシュである。旧市街は瓦礫と化しつつあり、のどかな庶民の生活は、風前の灯火である。「飯店 (ホテル)」をはじめ続々と新しいビルが建設されていく。今、ここにある生活の空気は、明日はない。

 中国清朝の文字通り「最後の皇帝」愛新覚羅・溥儀が登場する映画「ラストエンペラー」の舞台となったのは、北京故宮であるが、北京よ りおよそ850km の、中国東北部の中心地といわれる瀋陽にも故宮がある。規模は北京故宮には遠く及ばないものの、清朝の初代皇帝ヌルハチと二代目ホンタイジによって建てら れたとされ、満州族の威厳と風格に満ちている。ヌルハチが北京へ遷都するまでこの瀋陽が首都だったことはあまり知られていない。

 「40年間住み慣れた愛着のある家をもう一度見ておきたかったから子供たちと来た」と、たたずむ女性の視線は、瓦礫に囲まれ形だけが 残った、わが住居の残骸ひとつひとつに落とされ、記憶をたどる。

 瓦礫の間で、地面にすりつけるように嗅ぎ回る黒犬の鼻は、離ればなれになった主とかつての「住居」の臭いをひたすら探す。

 記憶は、膨れ上がる。中国でありながら中国でない、日本のようで日本ではない。記憶の中の風景は蘇る。


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井 上喜代司