□ 漫然読書 □

!注!
ネタバレ上等!なページです。
独断と偏見に満ちています。
お気をつけ下さい。


嶽本野ばら
下妻物語 ヤンキーちゃんとロリーターちゃん

宮部みゆき
模倣犯

畠中恵
しゃばげ / ぬしさまへ

高村薫
黄金を抱いて翔べ
福沢諭吉だったら、やる気はない。金塊だから、やるのさ
暴力と退廃の香りのする大阪の町を舞台に繰り広げられる男6人の強盗劇。狙うは金塊6t。鉄壁の守りを突破し、金塊6tを手にする事はできるのか!?

か、かっこいい・・・(←またかい)

高村薫のデビュー作にして、日本推理サスペンス大賞受賞作。これがデビュー作とは。
くどいほどの情景描写が得意の高村薫作品、もちろんこのデビュー作も情景描写がタンマリと。このテの作品を読みなれていない人には辛かろう。
それでも、1/3を過ぎるころになるとハイスピードで読み続ける事ができます。一度波に乗ってしまったらノンストップで読みきるしかない、手に汗握る作品です。

男性側がどう思うかはわからないけど、女性が男性に夢見る全てのモノがここにあります。
野望・欲望・暴力・仲間等。この点は作者が女性ならではなんだろうなぁと思いますが。
同じ「男性への夢が込められている」作品で塩野七海がいるけれど、ちょっと赴きが違うかな。どちらかと言うと、高村薫のほうが欲望に近い、か。

計画を実行に移すまでが長い長い。実行に至るまでの追いつ追われつの展開。この隙のない展開が情景描写と相まってリアリティを生み出す。ご都合主義はない、むしろ「強盗」に追い込まれていく主人公達。「福沢諭吉だったら、やる気はない。金塊だから、やるのさ」というセリフにあるように、目的にあるものは「達成感」。
仲間も手に手を取るような青春時代の仲間ではなく、向くベクトルがそれぞれ異なるけれど、同じ目的の為に命を預けられる仲間。
最後、荒涼とした世界の霧が晴れたとき、まるで音のない世界のような読後感が待っている・・・かもしれない(笑)

オトコというものに憧れを抱いているアナタにおすすめですぞ。
福井晴敏
終戦のローレライ
ローレライはあなたが望む終戦の為には歌わない
昭和20年。敗戦色の濃くなる日本に、崩壊したドイツから戦利戦艦・イ507がもたらされた。このイ507には世界の戦争を覆す秘密兵器があり、世界がこの戦艦を狙っていた。
巨大な力を持つイ507をめぐる争いは、それぞれの国家の「あるべき形の終戦」を目指す戦いとなる。手に入れた日本軍は− というお話。

か、かっこいい・・・

福井作品は「亡国のイージス」に続いて第二弾。もともと映画化の話が先にあり、その為に書かれた原作。それゆえにちょっとSFチック。
SFというか、なんていうか。潜水艦に女の子は、ないよね・・・。至るところに映画化に向けた
ご都合主義とサービスがあるのでそれだけが難点。それを除いたところは最高に面白いんだけど。最初に言っておくと、歴史ものではないです。過去の「戦争」の事実のみを使用したフィクション。それを踏まえておかないと結構肩透かしを食らいます。

最初、「ローレライ」とか「彼女が歌っている」とか書いてあるのを見て、「あぁ、艦長はお父さんで副長がお母さんで潜水艦は彼女って言われてるしね。歌ってるってのは稼動音かな」と思ってたわけで。 いや〜、まさか文面どおりだったとはね。上記以外のところは最高に良かっただけにガックリなのですわ。

イ507を取り巻く人々の思惑や裏切り、そして動機。登場人物が魅力的なのは脇役に至るまで、人物の描写が細かいから。まるで自分がイ507に乗船してるかのような錯覚に陥ります。物語初期の乗組員が集まってくるところ、それと終盤の船から見上げた空の青さ。この2点の風景はハッキリとイメージできるくらい。あの状況で見上げた空の青さ、というものが読んでいるこちらにも感じられます。海風の吹く中、太陽が眩しいくらいのスコーンと抜けた、悲しいくらいの青空だったんだろうなぁ。暑さは感じないんだけど。
映画版ではヘイリーが「モーツァルトの子守唄」を歌っているらしいけれど、これはピッタリ。

映画版では物足りなかった方、原作をオススメしますぞ。
京極夏彦
どすこい。
地響きがする−−と思って頂きたい。
く、くだらねぇぇぇ!
と思わず脱力して笑ってしまう。今までの京極の作品は何!?京極って作家は2名いるの!?って感じ。これは短編(中篇というべきか)が7編。すべての題名が有名作品のパロディで「すべてがデブになる」、「パラサイト・デブ」などなど。もーう、全編通して「デブ。」
暑っ苦しいわ、汗臭そうだわ、でもユーモラスだわ。
メタ小説が苦手な方にはオススメできないこの作品、でも悪ノリが好きな方にはオススメしちゃうぞ。ツッコミが面白いんだなぁ。
7編すべてに共通するモノがあって、また7編が微妙にリンクしているのがミソ。
しかし京極夏彦の本の最初のレビューがこれとは。
綾辻行人
十角館の殺人
(審判、か。)
「綾辻以前」「綾辻以後」という言葉を生み出した作品がコレ。低迷していた本格ミステリというジャンルを盛り上げるきっかけとなるのがこの作品なのです。時期を前後して島田・有栖川等の新本格作家もデビューしてますね。この作品は本格ミステリ好きにはたまらない設定になっています。閉ざされた空間、殺されていく仲間、そして疑心暗鬼・・・。

ある島に泊りがけで遊びに行く事になったミステリ研のメンバー達。そこは今は無人島になっているが、奇才・中村青司が立てた「十角館」がある。その島へはモーターボートでしか行き来は出来ず、帰りの船も1週間後にしか来ない。そんな島で殺人事件が起きていく。

最初見たときは「ルルウ?ポー?アガサ?大学生なのにそんな呼び合いしてるの!?」と引き気味だった私。しかも登場人物の名前も「守須」「江南」「島田」。なんかギョーカイの内輪受けみたいな雰囲気でちょっとなぁ、と読んでいくと、やられた・・・。江南=コナン・ドイルという紹介があった時に仕掛けられていた罠に見事に引っかかりました。先入観って怖い!「ハサミ男」と同じひっかかりに見事ひっかかりました。

そら、突っ込みどころは無いわけじゃないんですわ。でも、新本格ミステリ復興への足がかりになったこの作品。それこそ、「重箱の隅をつつく評論はやめてくれ」なのです。
藤原伊織
ひまわりの祝祭
もし、それが事実なら世界の美術界が震撼する。伝説が修正される。
神話がもうひとつ誕生することになる。
天才画家ゴッホが残した「ひまわり」。数十億円は下らないだろうと言われている作品は隠された「もう1枚」があった。その「ひまわり」をめぐって争いを起こす者、巻き込まれる者、知らず関わっている者。「ひまわりをめぐる争い」というとハードボイルドっぽいけど、実は本格ミステリーだった作品。伏線もどんでん返しもあります。

この作者の作品はストーリーは当然の事ながら、出てくるキャラクターが素敵。主人公格の冴えない中年男にバイリンガルの女の子以外にも、脇役までが魅力的。とにかくかっこいい原田に新聞配達青年の佐藤君。この作者は何かしらの小物をうまーく取り入れるのだけど、今回はドーナツの模様(笑)。決して親切に描写を描くタイプの作家さんではないけど、効果的に使う小物のおかげで、不思議とその情景が浮かんでしまう。

中年男の秋山も「なんでそんなにいろいろ詳しいんじゃい!」と思えるし原田も「お前は出来杉君か!」と思えちゃうところもあるけど、それでもかっこいい!ハードボイルド風味だからと言って派手なドンパチを期待すると肩透かしかも(いや、撃ち合いはあるけどさ)。ドンパチだけがハードボイルドではありませんぞ!
菅浩江
永遠の森〜博物館惑星
「<ガイア>、覚えてね。こういうのが『綺麗』なの。
この幸せな気分も一緒に覚えてね。」
ハヤカワと言えばSFだろうか。ミステリだろうか。
この作品は月と地球の重力折衷間に作られた人工星「アフロディーテ」を舞台として繰り広げられる。そこは動植物から舞台芸術まで、あらゆる美術品が集められる巨大博物苑であり、「直接接続者」と言われる学芸員が無敵のデータベース「ムネーモシュネー」を駆使して美術品鑑定を行っている。

それぞれの短編が最後にまとまって1つの作品になります。どの作品もガラスのように透明感があり、とても綺麗な作品。分析鑑定により「綺麗」という「感動」を忘れてしまった主人公が最後に「芸術とはこういうものだった」と感動を思い出すシーンにはこちらがハッとしてしまいます。芸術作品対してのウンチクはないので、芸術に親しみのない人でも大丈夫(笑)。
ほとんど設定がないにも関わらず、それでも「こんな場所があったらな」と思ってしまう、そして物語だとわかっていても「その世界は私が生きている間には作られないだろうな」とガッカリしてしまう、妙にリアルな世界観です。

ロマンチックで、ファンタジック。さほど多くない作品設定から、自分で想像で世界を膨らましていくのが好きな人には最適。
東野圭吾
どちらかが彼女を殺した
・  私が彼を殺した
さあ、犯人は誰でしょう。
東野圭吾ならではの作品。ミステリなのに最後まで犯人が明らかになりません。形を変えた「読者への挑戦」です。

「どちらかが彼女を殺した」では容疑者は2人。
「私が彼を殺した」では容疑者は3人。

いわゆる犯人を明らかにしないリドルストーリー。物語の最後になっても明確に犯人の名前は書かれません。袋とじを開けても書いてません(笑)。でも一応理詰めで「それらしい」犯人を見つけることは可能です。サスペンスクイズですね。ドラマとかでできそう(笑)。
難易度的には「どちらかが彼女を〜」>「私が彼を〜」かと。

当時、姉と私の間では推理合戦が勃発。しかし姉よ。「だって怪しい」で犯人を決めないでくれぃ(笑)。
頭の中で登場人物の動きを映像化してみると「あれ!?もしかしてここか!?」と思うシーンがあります。クイズ好き、サスペンス好きの方におすすめ!

ちなみに、「どちらかが彼女を〜」の方はハードカバーと文庫で一部変わったところがあります。ハードカバーでは書かれていた事が文庫では書かれていない。その分文庫の方が難易度が上がっています(笑)。
浅田次郎
壬生義士伝
「わしらは城下も焼かれず、御城も攻められずに負け申した。
 おもさげなござんす。どうかどうか、お許しえって下んせ。」
京の人々から壬生浪と呼ばれ恐れられた新撰組。その新撰組の隊員、吉村貫一郎を主人公にした話。
妻子を十分に養えないという理由から脱藩を決意し、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった新撰組に入隊。文武両道に優れた彼は、時に守銭奴のようになりながらも妻子を養う。

時が流れ、一時は「向かうところ敵無し」であった情勢も変わり、鳥羽・伏見の乱で大敗した新撰組を抜け、吉村は大怪我を負いながら脱藩元へ戻る。
吉村が頼ったのが幼馴染の大野次郎右衛門。しかし立場の差から、大野次郎右衛門は吉村に切腹を命じなくてはならなかった。そして吉村貫一郎の死後、父親に反発しつつも父の辿った道を歩もうとする息子−

ここからが泣き所!もう、涙なくしては読めません。公共の場で読むのは危険!
吉村の回想と、吉村を知る人による回想が交互に入り「吉村貫一郎」の人となりを浮かび上がらせ、苦しいまでの一本気な気性と、脱藩により捨てた故郷と妻子を思う過剰なくらいの優しさが読んでいる人の涙を誘います。また、それに拍車をかけるのが方言。方言という純朴さにヤラれます。

血湧き肉躍るような時代劇ではなく、しみじみとした感動作でもなく、どちらかというと「ガッ!!」と揺さぶられるタイプの感動作。上下巻ですがイッキに読めます。
泣かされる事がわかっていながらも、その手法にまんまと乗せられて泣かされたのにそれが心地よい。泣かせのポイントをあざとく感じさせないのが浅田マジック。再読してもまた同じ箇所で泣けてしまう。本当に人物を書かせたら天下一品!
福井晴敏
亡国のイージス
「よく見ろ、日本人。これが戦争だ」
義兄から借りていた福井晴敏著「亡国のイージス」。上巻から時間が空いてしまったのでテンションが下がりまくりだが意を決して下巻も読む。

日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞受賞のこの作品は「祖国とは何だ。そこに生きる人々は何だ。そしてお前は何をするのだ。」とストレートに訴えかけてくる。しかし暑っ苦しいだけじゃなく、時に淡々と書かれる文章に余計に凄みが感じられる。だからこそ、作品半ばで登場人物が言うセリフ、「よく見ろ、日本人。これが戦争だ」が迫力を持つ。

戦争を放棄した日本は軍隊の保持を否定。しかし国を守る為の「自衛隊」の保持する。しかしその力は戦力となるのではないか−。自衛隊が抱える矛盾、そしてその矛盾に対して従わざる得ない人・矛盾を正す為に立ち上がる人・そして行動を起こせない日本国。
自衛隊を、守る対象を失った「亡国の盾(イージス)」と言いきった、重いテーマの本作品、それなのに読後感がいい。よくよく考えれば国の問題なんて何も解決されてない。全て個人の幸せで全てが払拭されているが、それでもどうして後味がいいのだ。

上巻の途中まではなかなか物語が進まない。思わせぶりぶり、布石(ひっかけ)が続くので、読書慣れしてない人はこの辺りで落ちる可能性大。
でも、後半に入ると止まらない止まらない。「あ、やっぱりそうなる?」から「あ、そう来たか!」と
ひっくり返される事が続くのがとても気持ちいい。
もちろん「そ、そんな偶然が何回も起っていいわけ!?」とも思うんだけど。でもでも、それらを拭っても面白い!

*この作者の「終戦のローレライ」が映画化されるらしい。この作者の持つ緊張感が表現できるかどうかが問題じゃないかな。
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