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夏期特別講座・第42回 日時 2016年5月30日(月)午後2時30分 から4時
場所 山梨県立図書館 2階ホール

 
 

−開府500年がやってくるー武田信虎の甲斐統一とその後

   
講師;山梨郷土研究会;堀内 亨氏  
プロフィール 
堀内 亨(ほりうちとおる)
1965年 富士吉田市生まれ。
県立吉田高校、信州大学人文学部卒。
県立上野原高校数論を経て、「山梨県史」編さん室に勤務。中世編(資料編4【7巻、通史編)の刊行に従事する。
その後、県立山梨園芸高校・ひばりが丘高校を経て、
2016年4月より甲府市教育委員会生涯学習文化課に勤務。
 
内容](当日のレジュメより)

武田信虎の甲斐統一とその後          堀内  亨

 4年後の2019年、r甲斐府中開府500年がやってきます。戦国時代の武田氏というと我々の目はどうしても晴信=信玄にばかり向けられます。しかし、甲斐国内を統一し、国内の諸勢力を糾合して他国への進出を開始したのは父信虎です。信玄の発展は、信虎が形作った「基礎」の上に築かれました。また、家が滅んだ時の当主はどうあるべきか。信虎と信玄、その子息勝頼、それぞれの実像を皆さんと共に考えてみたいと思います。

はじめに 〜開府500年〜 

1 信虎の登場
(1)時代背景
  ・自然環境  【向】「国中病風」(1492)‥‥
               【勝】疫病、物価高一飢饉、寒冷、明応大地震(1498)ほか
  ・戦争の実態【勝】天文5年(1536)条ほか

(2)周囲の状況
  ・国内諸氏  【勝】「甲州乱国」(1492)−【王】「兄弟争論」信縄×信恵・信昌
      *武田信昌・信縄の相次ぐ死没 ‥・・信昌:永正2年く1505〉、信縄:同4く07〉
      *国内諸氏の存在:
       栗原(東郡)、大井(西郡)、穴山(河内)、今井〔浦・逸見〕(巨摩郡北部)、小山田(都留郡)
   ・他国大名 【王】「駿河衆乱入」、【向】「駿州勢出張」今川氏:1492〜
        【勝】「伊豆ヨリ伊勢入道甲州へ打入り」北条氏:1495〜
(3)信虎にとっての画期
  @父信縄の死没:永正4年(1507)→14歳で家督を継ぐ
  A永正5年(1508)‥‥叔父信恵とその与党を打倒
  B永正16年(1519)躑躅ヶ崎館の建設
        【高】「同十二月廿日庚辰、信虎公府中江御屋移り」
2 信虎追放 〜晴信(信玄)の登場〜
(1)「追放劇」を見る目
(2)晴信(信玄)による継続
  ・信濃侵攻、善光寺信仰、公家との交わり‥‥
(3)追放後の信虎       駿河で、京都で
(4)晴信(信玄)の実像
3 勝頼への代替わり
(1)    勝頼とは
(2)    新府中の建設
おわりに 

【史料解題】
【勝】勝山記
河口湖南岸に所在する法華寺院常在寺(富士河口湖町小立)およびその末派に属す僧侶の記録。16世紀末ころまとめられたものと考えられる。
【高】高白斎記(甲陽日記)
信虎・晴信(信玄)の近臣駒井高白斎の記録。
【王】王代記
窪八幡神社(山梨市)の別当普賢寺の住僧の記録。
【向】塩山向嶽禅庵小年代記
塩山向嶽寺(臨済宗)の記録。