俳優のための
練習用台本 
<第三夜より>
ベルトルト・ブレヒト作
演技は1つじゃありません。
ブレヒト演劇の特徴である「異化効果」とは、わたしたちが無意識に持っている先入観を打ち壊すところから始まります。
しゃべり方の抑揚を変えることと、解釈の視点を変えることは違います。
あらゆる角度から物事を見つめて、「演技の引き出し」を増やしましょう。
ハムレットあらすじ
デンマークの王子であるハムレットは、父王が新しい国王に暗殺され、母親も かどわかされていたことを知り復讐を誓います。
ブレヒトのハムレットは、ここに新たな視点が加わります。
ハムレットの亡き父親は歴戦の勇者。軍事力で国の勢力を拡大する王様でした。
しかし新しい国王は、貿易で国を繁栄させました。しかもハムレットの父王のときより平和で国の発言権も強くなり、国民の信頼も厚くなっていたのです。
もしも復讐のため新国王を殺したら、ハムレットは悪者?

ブレヒト作「ハムレット」全文掲載しています。
ハムレット
渡船場の場面
(第四幕の第三場と第四場の間に演ずる)
渡船場、ハムレットと渡守。ハムレットの腹心。

ハムレット
あの岸にある建物はなんだね。

渡守
要塞でございます、殿下、沿岸の見張りのために建てられたもので。

ハムレット
海峡のほうに向かって下りているあの木の樋(とい)はなんの役にたつのかね?

渡守
あの樋(とい)から魚を、ノルウェー通(がよ)いの船に積み込みます。

ハムレット
奇妙な要塞もあったもんだな、すると、あの城には魚が住んでいるのか?

渡守
あそこで魚を塩漬けにするのでございます。殿下のお父君、新国王陛下がノルウェーと通商条約をお結びになりましたので。

ハムレット
むかしは兵隊をノルウェーに送ったもんだが、近ごろは塩漬けをつくらせているわけか。奇妙な戦争だよ。

渡守
もう戦争はございません。わが国が譲歩(じょうほ)して沿海地(えんかいち)を放棄(ほうき)いたしましたかわりに、向こうは、こちらの魚を買いとる約束をしたのでございます。それ以来あちら側にたいする発言権は以前よりずうっと強力になりました。これはほんとうでございます、殿下。

ハムレット
すると魚どもも、新王には大賛成ってわけだな。

渡守
みんな、戦争さわぎは腹のたしにはならぬと、申しましてな、殿下。それで新王陛下に賛成しております。

ハムレット
いまの父君である国王とは似ても似つかぬ、おれの最初の父君であられた国王陛下の大使が、ノルウェーの宮廷で横っ面をはられたという話があったな。あのカタはついたのか?

渡守
二度目のお父君であらせられるいまの陛下は、「あの大使は、魚の多すぎる国の大使としては、ほっぺたが大きすぎる」と、のたまわれたとか、うかがっております。

ハムレット
賢明な節度だな。

渡守
私ども沿海地方に住んでおりますものは、半年間というもの、心配でなりませんでした。王様が批准(ひじゅん)を躊躇(ちゅうちょ)なさっておられましたので。

ハムレット
ほんとうか、あの男が躊躇をねえ?

渡守
はい、躊躇なさっておいででした。一度は要塞の守備兵が増強されたこともありましたくらいで。みんないよいよ戦争だ、魚の商売はふいになったと申したものでございます。いやもう、それからはああなったりこうなったり。希望に心をはずませたり、絶望の淵におちこんだり。でも神さまのおみちびきで、良君でいらせられる新王陛下が、とうとう条約を結んでくださいました。

ハムレットの腹心
そして名誉は?

ハムレット
正直な話、そのかぎりでは名誉はきずつかなかったと思うな。これが新しいやり方だよ、君。近ごろではこういうことはどこでもおきている。みんな血のにおいはきらいになったのさ、趣味の転換だ。

腹心
まさに無気力の時代、弱虫どもの世代と申すほかはありませんな。

ハムレット
どうして無気力だい。いまではきっと魚たちが戦争をしてくれてるのさ。おもしろい考えだよ、兵隊を塩漬けにしちまうってのはね。ちょっと情けなくもあるが、とても名誉なことじゃないか。大使のほっぺたをなぐった奴が、魚を買わざるを得ない破目になるか、恥辱がそいつの墓穴を掘り、名誉はよろこんで魚を食うか。それと同じに、近ごろでは、人殺しが一人で悦にいって、ほっぺたをなでながら、楽しい思い出にふけっているかと思うと、一方じゃ、そいつが魚を売って溜めこんだ金を、けしからん息子が感心してながめている。殺された者に対する疑惑より、人殺しに対する疑惑が、あの人殺しを尊敬したいような気持にさせる。臆病なところがあいつの取柄ではないのか。あっちが悪党でないとすれば、こっちが悪党ってことになる。云々しかじか、とどのつまりは、魚とりのじゃまにならないように、寝ているより仕方がないというわけか。
(独白)
貿易は栄え、英雄の墓はくずれ去る。
ああ、くずれながらも声だかに訴えている。
この方の取り引きはまだすんでいないのだ、と。
だがそのけりをつけるのは、もう一方をせっかちに
抹消することだ。後からでもおそすぎはしまい。
だが奴はほっとしよう。善人にさえなろう。
そう見えるばかりか、そうなる。だからといってお前は
せっかく築き上げられたものをまたこわす気か。
要塞をまた屠殺者でみたし、草木がしげり実を結んでいるのを
廃墟にもどし、血なまぐさい行為をするつもりか
それを始めたのがあいつだからという理由で。
ああ、あいつも躊躇していたら、あいつも。

最後の報告
こうして偶然聞いた太鼓の音を慎重に利用し
見知らぬ屠殺者たちの雄たけびを受け入れ
こうした偶然によって、ついにかれは
あんなに人間的で理性的だった抑制を捨て
一瞬の恐ろしい殺人発作に身をまかせて
国王と母と自分自身を屠殺した。
かれの後継者が主張しているように、もし
かれが王位についたら、きっとこの上もなく
国王らしく振舞ったろうに。
ロミオとジュリエット概要
ロミオはジュリエットと知りあう前に、ロザラインという娘に恋をしてました。
ブレヒトの「ロミオとジュリエット」では、ロザラインと別れるために手切れ金が必要になったロミオが、使用人を追い出して、その土地を売り払い、ロザラインへの手切れ金にしてしまおうとする場面が挿入されます。
・・・ひどい。
ロミオとジュリエット

召使たち
(第二幕の第一場と第二場の間に演ずる)

1――
ロミオとその小作人の一人。

ロミオ
さっきもいったじゃないか、爺や、金がいるんだって、別に悪いことに使うわけではないんだ。

小作人
でも、わしらどこへ行ったらいいだよ、若様に急に地所売るなんていい出されたっても。うちは五人家族だもんな。

ロミオ
どこかほかで雇ってもらえないのかね。お前はとても働き者だし、僕からとびきりの推薦状を書いてあげてもいい。僕には金がいるんだ。いろいろ義務もあるしね。こんなこといってもお前にはわからんだろうが、ちょっと説明をすると、おれにすべてをささげたレディーと、贈り物ひとつしないでどうして別れられるんだ。「さようなら、あなたに、贈れるのはこの愛情だけ、ほかにはなにもありません」なんて。そんな卑劣なことをおれにさせようと思ってるんだったら、お前はやくざな悪党だぞ。がりがり亡者だぞ。それに別れの贈り物ってものは金がかかるんだ。それになんの下心もなしに贈らねばならないものだからね。それくらいはお前だってわかるだろう。お返しをもらおうなんてものじゃない。そうだろう。いじわる爺さんみたいなことをするのはやめてくれよ。お前じゃないか、おれをひざに抱いてゆすぶってくれたり、はじめて弓をつくってくれたりしたのは。そのお前が、「ゴッボーさえ俺を理解してくれないのだ、おれをつめたく見捨てたんだ、おれをやくざあつかいにするんだ」なんておれにいわせる気かい。おい、おれは恋をしてるんだぜ。そのためにならなんでも犠牲にするつもりなんだ。おれの愛しているあの女のためなら、どんな悪いことだってやるつもりなんだ。人殺しだってかまうもんか。むしろ誇りに思ってるくらいだ。お前にはわからんだろうがね。お前は年をとりすぎたんだ、ゴッボー爺や、ひからびちまったんだ。わかるかい、そのために、もうひとりの女と別れなければならないんだよ。それでお前を信用して聞いているんじゃないか、お前はまだ、昔通りのゴッボー爺やかって?返事をしろよ。

小作人
若旦那さま、おら口下手だけんどもな。どうしてもわからねえだよ、あんた様の御領地からおんだされちまったら、家族をつれてどこへ行ったらいいだか。

ロミオ
なさけないじいさんだなあ。もうなんにもわからないんだ。おれはもう絶体絶命なんだっていっても、領地のことばかりぶつぶついってやがる。あの領地はおれのものだろう?わからなくなってきたよ。いや、おれは領地なんてもってやしない、それとも、もってるのかな、そんなら売らなくちゃならない。領地なんて、もうどうだっていい。おれはもう絶体絶命なんだ。

小作人
でも、わしら飢えちまうだよ、若旦那さま。

ロミオ
ばか、お前とはまともに口もきけない。お前たちけだものには感情ってものがないのか!出て行け、いますぐ目の前から。

小作人
へい、出ていくだよ、そんじゃ、おらの着物も欲しいだな。(着物をぬぐ)かぶり物も、はき物も?おらたちゃけだものだべ?そんでもやっぱし餌はいるだよ。

ロミオ
そうか、おれにたてをつく気だな。とうとう本性をあらわしやがって。斑点をかくすみたいに、二十五年もかくしていた本性をな。人間なみにあつかってやった報いがこれだ。さあ、出てうせろ!さもないと容赦しないぞ、このけだもの!

(かれは小作人を追い立てる。だが恋愛場面の間も、小作人はまだ、その辺をうろうろしている)

ロミオ
他人の傷を笑うもんだ、自分で傷を受けたことのない奴にかぎって。

最後のロミオの台詞「他人の傷を笑うもんだ…」は、シェイクスピアの作品にもありますね。
そのころジュリエットは恋愛経験豊富な侍女から

いろんなことを聞いていました。
ところが、侍女の味方だったジュリエットは、ロミオが来たと知ったとたん豹変するのです。
<笑うものあれば泣くものあり>

ブレヒト「ロミオとジュリエット」全文掲載!

2――

ジュリエットとその侍女。

ジュリエット
じゃお前、トゥリオを愛しているのね、どんなふうに愛してるの?

侍女
夜のお祈りがすんで、お乳母さんがいびきをかきはじめると、あら、ごめんあそばせ、もう一度起きて、はだしで窓の方へ行きますの。

ジュリエット
もしかすると、その人が下に来てるかもしれないからでしょ。

侍女
いいえ、前にも窓の下に来ていたからですわ。

ジュリエット
ああ、よくわかるわ、あたしにも。あたし月を見るのがすきだけど、それはあの方と一緒に見たことがあるからだわ。そんなことより、もっともっと話してちょうだい。どんなふうにその人を愛しているのか。もしその人があぶない目にあったら・・・
この場面は、ジュリエットが仮面舞踏会でロミオと初めて知り合った晩の出来事として書かれています。ということは、ジュリエットのいう「あの方」はロミオではない人物という解釈もできますね。
侍女
あの人が首にでもなったらということですか?そしたらすぐあの人のご主人のとこへ飛んでまいりますわ。

ジュリエット
ちがうのよ、もしその人の生命があぶなくなったら・・・

侍女
ああ、戦争が起きたらですね?そしたらあの人を説きふせて、病気のふりをさせて、ベッドからおきないようにしますわ。

ジュリエット
でもそんなこと、卑怯(ひきょう)じゃない?

侍女
なんとしてでも、あの人が卑怯になってくれるようにしますわ、あたしがそばに寝てやれば、あの人だってベッドからはなれませんもの。

???ねえ、どういう意味?
ふたりとも、とっても愛し合っていて片時(かたとき)もお互いのそばを離(はな)れたくないという意味ですよ。

ナイス!やるじゃない、その説明。

ジュリエット
ちがうの、あたしのいうのはね、その人が危険な目にあったらお前、命を投げ出しても、その人を助けるかってこと。

侍女
あの人がペストにでもかかったらっておっしゃるんですのね。そしたら、布にお酢をしみこませたのを口にくわえて、あの人を看病しますわ、もちろん。

ジュリエット
よくそんな布のことなんか考えるゆとりがあるわねえ。

侍女
どういう意味でございます?

ジュリエット
それに布なんてくわえたってなんの役にもたたないわ。

侍女
たいした役にはたたなくても、すこしは。

ジュリエット
でも、ともかくお前、その人に命をささげる気なんだわね。あたしだってロミオ様のためならそうするわ。でも、もうひとつだけ、ききたいことがあるの。もしその人がね、戦争に行って帰ってきたとき、なにかがなくなっていたら?

侍女
なにがですの?

ジュリエット
それは口ではいえないわ。

侍女
ああ、あれですの。そしたら、あいつの目の玉をひんむいてやりますわ。

ジュリエット
なぜ?

侍女
戦争なんかに行ったからですよ。

ジュリエット
じゃ、それっきしお前たちの仲はおしまいになってしまうの?

侍女
ええ、だってもうおしまいじゃございませんか?
戦争に行ったからおしまいなのか、なにかがなくなったからおしまいなのか、ブレヒトらしい笑える戦争反対のメッセージです。
ジュリエット
じゃ、お前はその人を愛してなんぞいないんだわ。

侍女
なぜですの、あたしあの人と一緒にいると嬉しいんですもの、これが愛じゃないっておっしゃるんですの?

ジュリエット
でもそんなのは地上の愛だわ。
そんなのエッチなだけだわ。
侍女
地上の愛だからこそ、すばらしいんじゃございません?

ジュリエット
それはそう。でもあたしはもっともっとロミオを愛しているわ、うまく説明できないけど。
たしかにそうだけど・・・。あたしの愛はもっと純粋で崇高で気高いと思う・・・。
侍女
ではお嬢さまは、あたしがトゥリオと年中一緒にいたいのは、あの人をそれほど愛していないからだって、おっしゃいますの?でも、たとえさっきおっしゃったようなことになっても、あたしたぶんあの人をゆるしてやりますわ、かならず。だってあたし、あの人を愛しておりますもの。

ジュリエット
でも一度は躊躇(ちゅうちょ)したじゃないの。

侍女
それも好きだからこそですわ。

ジュリエット
(彼女を抱き)その通りだわ。お前今夜もきっと好きな人のところへ行くのね。
その通りだわ。「好きだからこそ」いろいろ思い悩み、気持ちも混乱するのね。
侍女
ええ、あの女のことがありますでしょう。お許しがいただけてほんとうにうれしゅうございますわ。あの人があの女に会ったら、もうなにもかもおしまいですもの。

ジュリエット
だいじょうぶ、あの塀の裏門のところで、その人をつかまえられるかしら。

侍女
ええ、きっと、あそこへ来ますわ、十一時にあの女にあうそうですから。

ジュリエット
いますぐ行けばきっとまにあうわ。さあ、この頭巾をあげましょう、とてもかわいらしいわ。靴下もすてきだし。

侍女
いちばんいいのをはきましたの。やさしく笑いかけて、いままでより、もっと親切にしてやりますわ。だってあたしあの人が好きでしかたないんですもの。

ジュリエット
どこかで、枝がぼきっていいやしなかった?

侍女
だれかが、塀からとび下りたようでございますね。見てまいりましょう。

ジュリエット
でもトゥリオのとこへ行くのがおくれないようになさいよ。

侍女
(窓辺で)どなただとお思いになります。いま塀からとび下りて、庭に立っていらっしゃる方。

ジュリエット
ロミオよ!ああネリーダ、バルコニーからあの方とお話しなくっては。
となると、「あなたはなぜロミオなの」の有名な台詞は、ロミオがいるのを知っていて・・・。
侍女
でも門番がこの下の部屋に寝ておりますわよ、お嬢さま、みんなきこえてしまいますわ。急にこの部屋の足音がしなくなって、バルコニーと外で話し声がきこえたら。

ジュリエット
じゃあお前、この部屋のなかを歩き回っていてちょうだい。それからあたしがからだを洗っているみたいに、水さしの音をたてたり。

侍女
でも、そうしたら私、トゥリオにあえなくなって、なにもかもだめになってしまいますわ。

ジュリエット
今夜はあの人もきっと、用事で引きとめられているわよ、あの人だって召使だもの。さあ、行ったり来たりして、水さしで音をたてておくれ。ああ、大好きなネリーダ。あたしを見捨てないでちょうだい。どうしてもあの方とお話しなければならないんだから。

侍女
ながくかかるんじゃございません?なるたけお早くお願いしますよ。

ジュリエット
すぐよ、ネリーダ、すぐ。さあ部屋のなかを、行ったり来たりしてちょうだい。(彼女はバルコニーに出る。バルコニーでの恋愛場面の間、侍女は部屋のなかを行ったり来たり、時どき水さしで、音をたてる。十一時がなると、彼女は気絶する)
1940年にヴァイゲル(ブレヒトの妻)が俳優学校で教えることになり、ブレヒトは教材として「俳優用練習台本」をつくりました。有名な古典作品を新しい視点で見るための小場面です。
この練習用台本を使ってやった授業について、ブレヒトはつぎのように書いています。
「生徒たちはX効果【異化的効果】の技法に力強く反応しているようにみえた」

みなさまの幸運をお祈りいたします