俳優道を進むにあたって


元禄時代(1688〜1704)に大流行した義太夫節の始祖・竹本義太夫は次の言葉を残した。

「やる気があれば、いつ、どこでも稽古は出来る、日常の稽古をしないヤツに、いくら教えても無駄だ、師匠や先輩に教えてもらうことばかり考えているのは甘すぎる、芸は、元々孤独なのだ、自分でやるっきゃない」と、厳しく戒めている。

一方で、昭和36年に亡くなった下町の有名な芸人(たいこもち)桜川忠七は、こう言っている。

「少しばかり顔がいい、少しばっかり声がいい、少しばっかりトンチが利く、
な〜んてことは、てめぇが勝手にそう思っているだけでして、肝心なのはお客さんがどう思ってるかでござんすよ。
そりゃ〜顔だって声だって悪いより良い方がいい、
しかしお客さんだって好みってものがありまさぁ、どんなのが良い顔でいい声なんでしょうかねぇ、トンチだって受けなきゃ座がしらける。
要はお客さんに感じていただく、受けていただく、これが全てでござんす。
その為には、そんなうわっツラの事じゃ、どうにもなりませんね、お客さんは、正直、ごまかせませんよ。
あっしゃ(私は)お恥ずかしいんですが、いつ何時でも、もったいなくてボ〜ッとなんかしていられません。
電車に乗ってても、揺られて居眠りしている人、つり革にぶら下がってよろけている人、新聞を読んでいる人、話しをしている人、そういった方々を細かく見ております。
また、電車の窓から見える景色、立看板、電信柱、海や山、そういうものをお座敷(舞台・スタジオ)で、どう表したらいいかと、そればっかり考えております。
だって、サラリーマンや商売なさる方々も、新聞をご覧になってて、今度は鉄が下がるとか繊維が上がるとか、まるで株屋さんみたいに、世の中を見つめておいででしょう?
だから世の中を見つめることは、芸でも当たり前の事じゃありませんか」と、遠慮がちに述べている。
ズキンと胸に刺さる言葉である。

「芸」とは、お客さんが嬉々として、見たがり、聞きたがり、欲求を充分満たすものでしかない。

そして、先述の竹本義太夫が、更に言葉を続けている。

「芸には天分(持って生まれた時からの能力)が、はっきり関わり合う。これはどうしようもない。
だから誰でも芸に到達出来るものではないのだ。
おのずと芸の出来る芸人は、選ばれてくる。
しかし、人間の生きがいや人生の喜びは、天分とは関係ない。
天から与えられたものを大切にし、自分に不足しているものを満たしていく努力こそ、一番大切なのである。
・・・だが、しかしである。
この大切なことを、すでに天分を持っている者でさえ、懸命に努力しているのだ。
では、天分を持っていない我々は、どうすればいいのか!
・・・それこそ、文字通り死ぬ気で血と汗を流さなければ、とてもとても芸に到達出来る筈もない」
まさに『名言』である。

大人の年齢になっても、与えられた事だけしかやらない。
それさえもやらない者、または、与えられた事しかやれない者は論外だ。
仮にそうでないとしても、受け身に慣れっこになってしまった人間は、保護を受けたいとギャーギャー泣いている乳幼児と同じであって、乳離れしていない大人なんて、気味が悪く、全く魅力がない。
魅力のない人間が、どうしてお客さんを喜ばせることが出来よう。
不健康な人間も魅力がないのは言うまでもない。

稽古のこともそうだ。
自分にとって今、何を懸命に稽古したらいいか、それを誰かに教えてもらうのではなく自分で見い出す。
第一、誰よりも自分のことは自分が一番知っている筈である。・・・の筈だが、他人の欠陥は分かっても、自分の欠陥はまるで分からないのが人間である。

問題はそこだ。
普通の人はそれで良いが、俳優(芸人)は、それでは済まされないからだ。

『自分という人間を、背後に存在するもう一人の自分が客観的に厳しく見据える』という、決して譲らない、決して甘やかさない、鋭い自問自答の洞察力がなければ俳優には決してなれないのである。
俳優に二重人格者が多いと云われるのも、その厳しい行為を続けている証拠と云えるだろう。もしそれが出来ないとしたら、やはりそれも乳幼児である。

芸は、サーカスと同じである。否、サーカスこそ芸そのものである。
とても不可能な危険な行動を、繰り返し繰り返し稽古することによって可能にしてしまう。
可能に出来ない者は、お客さんの前に立つことはおろか、生命までも落としてしまうのだ。芸は、まさに命がけである。
不可能に思える芸の実現のために、自分をいじめ続けることに熱中出来ない飽きっぽい者。これも、俳優として不適格である。

芸のない者が、芸事が好きで、憧れるだけで、この業界になんとなくいられるなんて事は、絶対に 絶対に あり得ないのだ。


1991年1月末日 記述 千葉耕市


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