現実とフィクションの見分け方
陰謀論と
演技の関連性
「陰謀の日本中世史」呉座勇一著は、ベストセラーの本ですので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
演技をしていると、「ナチュラル(自然)に演技して」と演出家さんから注意されることがあります。
ナチュラルに演じるには、「リアル(現実、写実、あるがまま)とは何か?」を知ることが大切ですね。
ちなみに・・・

厳密にいうと、自然主義とリアリズムは違います。
知らなくても困りませんが「お酒の席で自慢できる」かもしれませんので知っておいた方がいいかもしれません。
「ブレヒト演劇論集 演劇の弁証法 小思考原理」より引用させていただきます。
自然主義【19世紀末にフランスで提唱された文学理論】はあまり長続きはしなかった。政治家たちには平板すぎると、芸術家たちには退屈すぎると言っておこられ、それでリアリズムに転向した。

自然主義がリアリズムよりリアルでないとは言えないが、リアリズムは自然主義より自然ではない。

リアリズムは実在の完全に正確な模写を与えない――つまり、実際に行われているとおりの対話を省略せずに再現することは避けているし、実生活と勘ちがいされることも重んじていない。そのかわり、実在をもっと深くつかまえようとする。

内輪の話、リアリズムというのは、ひどくどっちつかず。ただ不自然な自然主義にすぎない。
話を戻します。
現実と陰謀論を比較して分析し、「演技とは何か?」考えていきましょう。
陰謀の日本中世史
  • 私たちは数々の陰謀論に囲まれて生きている。たとえば東日本大震災に関しても、「アメリカの地震兵器によるもの」との陰謀論が流れた。
  • この珍説を信じる人はさすがに少なかろうが、より巧妙な陰謀論は多数あり、騙されていると思しき(おぼしき)人をしばしば見かける。
  • 陰謀論に引っかからないためにも、何が陰謀で何が陰謀でないかを見極める論理的思考力を身につける必要がある。
文学の泉
ひらたくいうと映画・アニメ・演劇の世界は陰謀論のオンパレードです。主人公以外の人たちが宇宙人にすり替わっていくSF映画などを思い浮かべて下されば納得していただけると思います。
もちろん演劇とは、そもそもそういうものなので「それではいけない」などというつもりは毛頭ありません。
つまり、あまり現実を無視しすぎると、物語や演技がどんどん荒唐無稽、ハチャメチャになってしまい、視聴者から「くだらない、バカバカしい、見るだけムダ」と見放されてしまうことにもつながりかねないんだね。
はい。だからこそ「現実とフィクションの見分け方」を知る作業が大切なんですね。
陰謀の日本中世史
〜本能寺の変に黒幕はいたか〜
本能寺の変。天正十年(1582)年6月2日の未明、織田信長の重臣である明智光秀が、信長が宿泊していた京都本能寺を急襲した事件である。

信長は応戦するも、少数の近習たちだけで明智の大群に勝てるはずもなく、最後は寺に火を放って自害した。

なお「本能寺で信長の死体は発見されなかった」と言って、信長生存説を唱える人もいるが、正確には「多数の焼死体のうち、どれが信長の死体か確認できなかった」ということである。

信長嫡男の信忠も明智軍の攻撃を受けて二条御所で自害し、織田家は司令部を失ってしまった。

全国制覇も時間の問題であった信長と後継者信忠の死によって、日本の歴史の流れは大きく変わった。本能寺の変がなければ、豊臣秀吉の天下統一も江戸幕府の成立もなかっただろうから、日本史上最大の陰謀のひとつと言えよう。

問題となるのは、明智光秀の動機である。光秀は織田家中の新参者であるにもかかわらず、信長の信任を得て急速な出世を遂げ、丹波一国を領する大名にまで登り詰めた。信長に多大な恩義があるはずなのに、光秀はなぜ信長を裏切ったのか。これが巷間言われる「本能寺の変の謎」である。

織田信長嫡男の信忠は既に家督を譲られており、天正五年後半以降は信長に代わって織田軍の総指揮をとる機会が増えていた。天正十年の武田氏討伐も信忠が実質的な総大将であった。仮に信長を殺せたとしても、信忠を中心に諸将が結集して光秀討伐に動くことが予想され、光秀の謀反が成功する確率は低い。

謀反を成功させるには信長と信忠を同時に抹殺する必要があるが、それは至難の業なのだ。

明智光秀は本能寺の変後、細川藤孝を味方につけるために書状を送っているが、その中で謀反の動機について、光秀の娘婿である藤孝の嫡男である細川忠興を取り立てるために謀反を起こしたというのである。

これは細川藤孝を勧誘するためのリップサービスであり、額面通りに受け取ることはできない。だが、政変後にわざわざ謀反の動機を説明しているということは、光秀は最も親しい武将である細川藤孝にも事前にクーデター計画を漏らしていなかったことを示している。

当然、他勢力に「謀反を起こそうかと考えている」などと打ち明けるはずがない。光秀の謀反計画が発覚してしまったら万事休すである。陰謀の事前連絡は危険すぎる。

光秀は情報の秘匿を最優先し、協力者を募ることを控えたのである。

光秀の葛藤は小説やドラマでもしばしば描かれている。

仮に光秀が信長に不満を持っていたとしても、5月17日以前には、事態打開のための現実的な選択肢として謀反を思い浮かべることすらできなかっただろう。

安土で織田信長の歓待を受けた徳川家康は、信長に畿内見物を勧められ、5月21日に上洛し、27日に堺に移った。家康の接待役として共に堺へ赴くつもりだった信忠は予定を変更して、父信長を迎えるため京都に留まることにした。この時点で光秀が挙兵できる状況が初めて整った。

ルイス・フロイスがイエズス会に提出した報告書に見えるように「彼(光秀)は信長ならびに世子(信忠)が共に都に在り、兵を多く随えていないのを見て、これを殺す好機会と考え、その計画を実行せんと決心した」のである。
しかもこの状況は光秀や「黒幕」とやらの力で創り出せるものではなく、幸運、強いて言えば織田信長の油断によって条件が満たされた。したがって、突然訪れた好機を逃さず決起したという突発的な単独犯行と見るべきであろう。

そもそも織田信長・信忠の京都滞在は一時的なものである。信長は中国出陣に向かう途中に京都に寄ったにすぎない。

信長が京都を去れば、信忠も去るだろう。そうなれば光秀が二人を討つ機会は永遠に失われる。二人が京都に滞在している間に討たなければならない以上、光秀に誰かと相談する時間的余裕はない。黒幕説論者は光秀が水も漏らさぬ完璧な計画を立てたはずと考えるが、この場合は巧遅より拙速が求められるのだ。よって、光秀が将軍足利義昭や全国の大名、公家衆などと連絡を取り合っていたとは考えにくい。

ちなみに光秀が「敵は本能寺にあり!」と叫んだという逸話は後世の創作である。

陰謀論の見分け方

陰謀実行の最大の難点は、秘密裏に遂行しなければならないため、参加者を限定せざるを得ないことにある。陰謀の成功率を上げようとして協力者を募れば募るほど、情報漏れのリスクは高まり、かえって陰謀を頓挫させかねない。

クーデターというものは、誰にも知られぬうちに迅速に行わなければ成功しない。

最終的な勝者がすべてを予測して状況をコントロールしていたと考えるのは陰謀論の特徴である。

平清盛が躍進した原因は平治の乱であるから、清盛が仕組んだという考え方は、結果から逆算した陰謀論にすぎない。

事件によって最大の利益を得たものが真犯人である、という推理テクニックも陰謀論。

平家滅亡後に成立した「平家物語」や「吾妻鏡」は平氏と源氏の宿命的な対立を強調する傾向がみられ、記述を軽々に信じることはできない。

太平記に見える逸話は、目くばせなど作り話めいた要素が多く、全面的に信じることは難しい。

加害者【攻撃側】と被害者【防御側】の立場が実際は逆である可能性を探るのは、陰謀研究の基本である。だが単純なテクニックなので「私は検察、警察にはめられた被害者だ。国家権力の陰謀だ」と訴える光景がしばしば見られるが大多数がウソである。

ミッドウェー海戦前の作戦検討時、連合艦隊司令部の宇垣纏参謀長が「ミッドウェー島攻撃の際に、米海軍から側面攻撃された場合はどうするのか(周知のとおりこの懸念は現実化し、連合艦隊は空母四隻を失った)」と第一航空艦隊の草鹿龍之介参謀長に尋ねたところ、草鹿は「そういうことがないよう処理する」と答えたという。黒幕説論者の主張はこの草鹿の答えと変わらない。ただの空論である。

陰謀は「完全犯罪」ではできない。現実の犯罪と、推理小説の犯罪は違う。著名な三億円事件など、あれが実在の犯罪ではなく、作家が小説に架空の犯罪として描いたら、「こんな穴だらけの犯罪計画が上手くいくはずがない」と批判されるだろう。

犯人が「完全犯罪」を行い、名探偵が「完全犯罪」のわずかな綻(ほころ)びを突いて事件を解決するのは、フィクションの世界だけである。三億円事件を見ても分かるように、死角のない完璧な犯罪計画など存在しない。必ず不安要素は残る。だから犯罪にしろ、謀反にしろ、どこかでリスクに目をつぶって決心しなければ、実行することはできない。

関ケ原合戦についても同様のことが指摘できる。石田三成が挙兵前に相談した大名は大谷吉継や安国寺恵瓊など、ごく少数であった。言うまでもなく、事前に多くの大名を味方に引き入れておいた方が確実性は増すが、挙兵の企てが露見する恐れが高まる。陰謀に100%はない。どこかで腹をくくって見切り発車するしかないのである。

光秀が単独で謀反を起こすことなど無謀であり得ないというのなら、秀吉の中国大返しこそが無謀でありえない決断だろう。もし毛利氏が追撃してきたら、秀吉軍は算を乱し戦わずして崩壊する公算が大である。そんな危険を冒して秀吉が反転するはずがない、と判断したからこそ、光秀は毛利氏と事前に交渉しなかったのである。

けれども、光秀の戦略を根底から覆したのは、秀吉の「理外の理」であった。このまま手をこまねいていては光秀の天下になってしまうと危機感を抱いた秀吉は、一擲乾坤を賭した。(いってきけんこんを とした)確実に成功するという安全で“合理的”な策を実行すれば勝てるほど、戦国時代は甘くない。

後世の人間は結果を知っているから、「勝者は明確な目標を設定しており、その目標を実現するために全てを計算しており、事前に立てた作戦通りに行動していたにちがいない!」と考えがちである。
しかし、当時を生きていた人は未来を知らないので、試行錯誤するのが普通である。

第一次世界大戦末期のドイツは継戦能力を失っていたが、まだドイツ領に連合軍が侵攻してくる状況ではなかった。
しかも連合国の一角であるロシアで革命が起こり、ソ連が成立すると、レーニンは早期終戦を望み、1918年3月にドイツと講和条約を結んだ。このブレスト=リトフスク条約では、ソ連はドイツに領土を割譲しており、この時点では自国の勝利を信じるドイツ国民は少なくなかったのである。

ところが、同年十一月にドイツのキールで水兵らが反乱を起こすと、各地で暴動が相次いだ(ドイツ革命)。ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世はオランダに亡命し、新たに発足したワイマール共和国が連合軍と休戦協定を結び終戦となった。
勝っていると思っていたら、突然敗者の位置に立たされたドイツ国民は敗戦の理由を探し始めた。
結果、行きついたのが「ユダヤ人や共産主義者が革命を扇動したからドイツは負けたのだ」という単純明快な陰謀論である(「背後の一突き」)。そして、この陰謀論がナチス台頭の土壌となったのである。

「自分の情報収集能力や知的能力に自信のある人ほど、初めて聞く話や、考えもしなかったような話が出てくる本を過大評価してしまう傾向がある」
ユダヤ陰謀論、フリーメイソン陰謀論、日ユ同祖論、それから「源義経=ジンギスカン」説など、有名な陰謀論・トンデモ説は戦前の段階で既に出揃っている。オカルト・偽史マニアならば、「ああ、またそのネタか」と一笑に付す。
だが、こういった荒唐無稽な説は、インテリが普段読むようなまともな本には出てこない。だから、たまたま目にすると、とても斬新で画期的な説に映り、コロッと騙されてしまうのである。
オカルト色の強い教義を持つオウム真理教に多くの高学歴者が引き寄せられたのも、このためだろう。

「なんで演技の練習をしてるんですか…。ここは声優の教室ですよね?」
10年くらい前にワークショップのレッスンを見学された女性からの質問【実話】です。
おそらくこの女性は、「マイクの前でかわいい声をだすのが声優の練習だ」と思っていたのかもしれませんね。
だけど、この女性のことは笑えません。本質をキチンとわかってないと同じことをしてしまう可能性は誰にでもあるからです。
知らないと、迷ったり・惑わされたり・騙(だま)されたりしちゃう。そうならないためにも、いろんなことをハッキリ知ろうと努力するのは大切なんだね。
はい、そうです。
それでは、コミック「挑戦者たち」に収録されている「映画人たち」より紹介させていただきます。
映画人たち
昭和30年代の10年間で映画産業は急速に下火になったが、TV時代劇が続々とつくられるようになる。

そのころ私は高校で演劇部などをやっていたが、知り合いのコネである日

「太秦(うずまさ)に「仕出し」のバイトがあるからやってみない?」

「仕出し?」

仕出しとは撮影所用語でチョイ役のことを言うのだった。

仕出しの仕事はあり余る時間との戦いであり、ヒマな私はもっぱら撮影所内を見学して歩いた。

私が大変なことに気づいたのは、この時である。
オープンセットの江戸の町のあっちとこっちで別々の作品を作っているのだが

たとえば片方が「忠臣蔵」だとすると、もう片方は幕末モノだったりするのである。

「江戸時代ってそんなに風景が変わんないものなのか・・・」

この二つに200年くらいの時代差があるのは、さすがに当時の私も知っていたから

そのころ少し仲良くなっていた撮影所の主(ぬし)みたなオッサンに訊(き)いてみた。

「この時代考証はどっちが正しいんでしょう?」

「あほかお前。時代劇に『なに時代』というのはないのじゃ。あるのは『時代劇時代』というものだけじゃ」

平安時代かて400年くらい続いてるんやで。衣装かて建物かてめっちゃくちゃ変わってるはずや。

それでも平安時代いうたら「源氏物語」の絵巻きで全部すませるんじゃ。

平安時代、鎌倉時代、室町時代、戦国時代。

めったに撮らんこの四つの他は、ぜーんぶ映画の中の江戸時代じゃ。

考えてみい。水戸黄門いうたら元禄時代のごく初期やぞ。なんで江戸時代末期の町娘やら戦国時代の忍者が出てくるんじゃ。

大岡越前守と遠山の金さんは100年以上の開きがある。せやけど、おんなじセットで撮影するんじゃ。

一心太助は三代将軍の時代。吉良の仁吉は十五代将軍の時代じゃ。そやけど町の風景はおんなじや。

映画の中の江戸時代は、いつでも無い どこでも無い、映画の中だけの「時代劇」時代なんじゃ。

アメリカの西部劇かて中世の騎士物語かて、承知のうえで時代考証はめちゃくちゃやってるらしいど。

それでええんちゃうかなあ。

それが文化ちゅうもんやろ。クソリアリズムだけが正しいわけやないと思うで…。

わたしも、この意見に賛成です。
1.演技とは結局は、制作する側、演じる側が「いいと思うか」どうか。

2.次に、演じる側が「いい」と思った演技を、お客さんたちが受け入れてくれるかどうか、つまり「受けるかどうか」。そのバランスをとっていく作業なんだと思います。

3.そして「受ける」という現象は、時代も大きく影響します。

永遠の名作と称される作品がある一方で、封切り当時はヒットしたらしいけど、今見ると…という作品も存在します。

反対に「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」のように最初はヒットしなくても、再放送で人気に火がつくケースもあるんですね。
さらに忘れてならないのは海外での評価。日本ではあまり注目されてなかったのに、海外で評価されるや否や、日本国内でもいきなり知名度がUPすることがありますね。
それでは最後に「映画人たち」とは真逆の意見、ウタ・ハーゲンのメソッド演技をご紹介します。
今の時代、ヘタな演技のせいで、古典劇は絶滅寸前です。

女官といったら、どうして皆、バレリーナみたいに動くのか。槍兵といったら、なぜ段ボールみたいに角ばった姿勢で立つのか。王や女王は、なぜ誰もが下手なオペラ歌手のように抑揚をつけてしゃべるのか。

リアルな人物の姿は、劇のどこをさがしてもいない。型にはまった演技に隠れ、失われているのです。

王様は尊大で、宮廷に仕える人は上品で、道化師はコミカルで、槍兵は直立不動。こんなありきたりのイメージや、他の俳優の演技を参考にしても、人物のリアリティはつかめません。

その逆にも要注意。いわゆる「現実的」な俳優がいうところの「リアリティ」です。

現代の人物を演じる時も、私たちは単純な見方をしてしまうようです。ありきたりなセルフ・イメージに落ち着いてしまう。「この人物は何々っぽい感じで」と決めてしまうように、自分のことを見てしまう。

リアリティに対する、感受性の幅が狭いのです。すぐに、ぱっと思いつくものしか演技に使わない。
すごいこと、意外なことが現実に起こっても、「わあ!これを舞台で見たら、きっと信じられないよ」と思って捨ててしまう。
また、あなた自身が変わった行動をした時も、「私が演技で同じことをしたら、信じてもらえないだろうな」と考えて、忘れてしまう。

道端で、トラックの運転手さん同士が大ゲンカしているのを見たことがありませんか?その勢いたるや、マクダフとマクベスの対決シーンよりすごかったりするのに、やっぱり私たちはリアリティを使おうとはしない。

何も起こらない、何もしない「自然な演技」をしようとしてしまうのです。
ウタ・ハーゲンのメソッド「ありきたりの現実ではなく【本当におもしろい現実】を探そう」という意見に賛成します。
トラックの運転手のケンカは僕も見たことないけど、それは本当の現実を知らないってことだもんね。自分の知ってることだけが現実のすべてだ、と思っちゃうのは危険だね。
おっしゃるとおりです。
昔の外国映画では主人公を演じられるのは美男美女の白人に限られていました。
それが現在では変わりました。黒人やアジア系でも主役クラスの役を演じるのが当たり前になりました。
ストーリーもリアルになりました。人間の顔をした月にロケットが突き刺さる場面で知られる『月世界旅行』(1902年)と、近年のSF映画を比べてみると解りやすいと思います。
ウタ・ハーゲンが言うように、ありきたりの現実しか知らないと進歩がなくなりマンネリ化します。しかし「映画人たち」の【映画のなかの時代劇】にもすてがたいものを感じます。
近松門左衛門は「芸というものは実と虚との皮膜の間にあるものなり」真実味を表すのは写実だけではない、虚構もまた真実を語るものである【虚実皮膜論】として知られる演技論を説きました。
つまり「現実とファンタジー」のバランスを常に考えて「いい演技とは何か?」を追究していく姿勢を忘れてはならないんだと思うのです。

要するにヘーゲルが主張する弁証法じゃな。
  • 弁証法とは?
    ある主張と、それに矛盾する主張を合わせて、どちらの主張も切り捨てずに、より高いレベルの結論に導くこと
「ヘーゲルが主張する弁証法」ブログで詳しく説明しています。【無料です】

私たちは、演技とは本物そっくりではなく、本物よりもいい「ハイパーリアル」を目指すことが大切だと思っています。
「陰謀の日本中世史」著者の呉座勇一氏は、そのあとがきで「本書では私の仮説もいくつか提示したが、それらが絶対に正しく他の学者の説は絶対に間違っていると主張する気はない」と述べています。
演技も同じです。演技も考え方はひとつではありません。いろんな演技があっていいんです。

その、それぞれ違う演技が、お互いに切磋琢磨して高め合っていければ最高だね。
知らないで演じるのではなく、しっかり知ってフィクションを演じましょう。そして「本物よりもいい」ハイパーリアルをめざしましょう。
本当かどうかは二の次?演劇の役割【無料です】
【ブログ】アイドル声優から学ぶ、演技の深掘りと、あがり克服法【無料です】
【ブログ】哲学者・ルソーは、文学と現実の区別がつかなかった?「猫の大虐殺」岩波書店より【無料】
実践編
アフレコ現場では、どうするの?
説明してきましたとおり、演技の解釈は人それぞれ違っているのが当たり前です。
アフレコのおおまかな流れ
  1. テスト
  2. ラステス<最終テスト>
  3. 本番
本当に大切なのは「いい作品」を作ること。
そのためには、
  1. まず最初のテストでは、自分の考えてきた役の解釈を演じましょう。
  2. 次のラステスでは、監督さんや周りの人たちの意見を聞き入れて演技を修正して…
  3. 作品づくりに一番貢献できる最高の演技を、本番で披露しましょう。
いい作品を作るには、自分の考えを押し通そうとするのではなく、さまざまな意見を受け入れて、自分にできる最高の演技を披露するのが声優の役割なんだと思いますよ。
参考文献
陰謀の日本中世史 角川新書
挑戦者たち 少年画報社
“役を生きる”演技レッスン フィルムアート社

ワークショップ 声優演技研究所