「ホームレス」ってどんな人?
 
 

Q.「ホームレス」ってどんな人?


A.そのような呼び名の人がいるわけではありません。ある人がおかれた「状態」を示すに過ぎません。そのおかれた「状態」に着目して一般的には、「路上生活者」とか「野宿者」と呼ばれているようです。とりあえず、その状態が目に付きやすいからでしょう。
 しかし、そうした「路上生活者」と呼ばれる人々の生活は、文字通り路上にだけ終始しているわけではありません。当たり前のことですが、誰しも、生まれながらにして路上生活をしていた人などいるはずもありません。結果的に路上に至るまで、様々な生活の歴史があります。例えば、

・親子や夫婦関係をめぐる「複雑な思い」。地方からの出稼ぎに伴う困難など、「家族」をめぐる葛藤。

肉親であり、近しいがための、複雑なおもい。家族と離れ、関わりを取り戻すきっかけをつかめないままになってしまう人。また、出稼ぎで都市部に来たが、不況などのあおりで生活を崩し、そのまま家族と会えなくなってしまった人など。「家族」への葛藤を抱えながらの単身生活のなかで、不本意に自暴自棄になってしまう人もいます。

・若い年齢世代の方々が、都市部に仕事を求めてくるが、将来の見通しもない不安定な「非正規労働」がほとんど。加齢とともに、社会関係を結べないままに「使い捨て」られる。

 また、若年のうちに、様々な理由で家族のもとを離れて「仕事」をもとめて単身上京してくる方々もいます。そのなかには、直前まで「ひきこもり」や「ニート」などと様々なラベルを貼られて、追い詰められるように逃れ出てくる方もいるようです。
 「好景気」がつづくなか、そうした方々にも、賃金労働自体はなまじ沢山あります。しかしその大半は「パート労働」「派遣労働」などの非正規雇用となっているのが実態です。30代に入る頃から徐々に仕事が減り始めます。様々な職場を転々として、歯車のように補完的な仕事に終始して働かされてきた方々が多く、賃金を得ることは出来ても職場以外の人間関係や暮らしを結ぶための「居場所」を探すゆとりすら見つけられないまま、職場から「使い捨てられる」と同時に、孤独な生活にいたる方々もいました。

・そうしたことが引き金となっての、アルコール依存症や精神疾患、ギャンブル依存などの「見えない病気」。それが潜在的な 引き金となっての、安定就労と「定住」生活の喪失。

 孤独や不安が、神経症・精神病などの「心の不調」を引き起こしたり、それを紛らわすために飲酒やギャンブルに頼らざるを得なくなってしまう(「アディクション」と呼ばれる心の病気)人々もいます。治療や療養を必要とする、深刻な「心の病気」なのですが、多くの場合、傍目には「怠けている」としかみてもらえないようです。当人自身も「自分はダメな人間」と思い込んで、一人きりで悩みを抱え込み、どこにも声を出せなくなってゆく方々もいます。

・不安定ながら、最後のよりどころとなっていた日雇い労働市場(寄せ場)の縮小・崩壊。また、それに変わる「非正規雇用労働」という、あたらた「寄せ場」労働市場。

 一定の安定した収入や居住地を失った人達は、90年代初頭までは「寄せ場」と呼ばれる不安定な労働市場に至る人も多かったようです。建築労働などの日雇いの仕事をみつけて、一日単位、あるいは長くても数ヶ月単位の「日銭」でその日の生計をたてるようになります。住居は、「ドヤ」と呼ばれる日払いの宿泊所や、建築現場に用意される「飯場」と呼ばれる寮を転々とすることが多いようです。
 バブル経済崩壊後、95.6年から徐々に深刻さを増していった不況の影響は、特にこうした方々の生活を直撃しました。仕事を徐々に失ってゆくなかで、日銭の入らなかった日は路上に泊まる、という生活を過ごすうちに徐々に「路上生活」のスタイルが定着してゆきます。
 一方、近年の好景気のもと、企業の求人数自体は確かに爆発的に増加しました。しかし、こうして既に「寄せ場」からも排除された方々は見向きもされないのが実態です。過密・長時間の労働に耐えうる若者世代の労働力を上記のように「非正規雇用」として抱え込み、現代版・新しい「寄せ場」市場のごとく、企業経済にとっては都合のいい「緩衝材」が形成されていきます。

・そして、一旦「路上生活」に至り、「住所」をなくしてしまうと、私たちが日頃生活を保障するために利用している社会保障制度は、ほとんど利用できなくなってしまいます。

・「住所」がなければ、ハローワーク(職業安定所)への登録・利用が出来ません。
     
・老齢年金や障害年金などの受給用件が満たされたとしても、「住所」が定まっていなければ、支給を断られてしまいます。

・「無差別・平等の原則」を謳う生活保護制度でさえ、「住所不定者」については高いハードルが敷かれて、ほとんど適用されないのが現状です。

結果的に、新たな「寄せ場」市場・・・スポーツ新聞の求人、人材派遣会社からの不定期な仕事の打診をひたすら待つしかない・・・など、不安定な日雇い労働市場にたより続けるしかなく、限られた社会関係のなかに閉じこめられてしまいます。収入があったときは簡易宿泊所やサウナ、深夜喫茶やインターネットカフェなどに短期間寝泊まりし、収入のないときは路上生活を送る、という生活を繰り返します。そのうちに、高齢や疾病、また先の生活が見えない「不安」「あきらめ」などのため、完全な路上生活が固定化する、という人はかなりいるようです。

こうした方々の多くに言えることは、

・路上生活に至る過程、あるいは路上生活が長期化する過程において、家族機能の崩壊、景気の波を一部の労働市場で「調整」する構造化でその直撃を被らされる、「貧困」への差別など社会的なストレス、それらを背景としたアルコール・ギャンブル依存症など、目には見えにくいが具体的な、生活困難を抱えるに至っているということ。

・にも関わらず、極めて狭い・限られた社会関係に閉じこめられる結果、必要な「社会関係」を結ぶことが出来ない。もちろんそれぞれの個々人は力強い生活力、人としての力をもっていても、「社会関係の孤立」・・・つまり貨幣価値だけでは計れない、人と人との関係を奪われる「貧困」(現在的な貧困)のもとに、その結果として、住居の喪失、居宅と路上の往復という不安定な生活様式が固定化されていく。

つまり、「ホームレス」という言葉は、屋根のあるなしという単なる生活様式の違いを示すものではありません。「路上生活」に至るような、具体的な生活困難を抱えつつも、それに対応出来るだけの社会関係を喪失してしまっている状態、を示す言葉として、私たちは受けとめています。