タコ壺への序曲

〜壺にはまりんでいったある男の遍歴と、さらなるブラックホールへの探求への決意〜

 ショスタコーヴィチに出会ったのは、大学オケに入って半年から一年ぐらい(う〜記憶があいまい)たった時だろうか。当時打楽器パートの先輩であったMs氏の下宿に招かれ、そこではじめて『交響曲第7番』を聴かされた。ただこのときは第1楽章の展開部(いわゆる「チチンブイブイ」の部分)がラヴェルの『ボレロ』そっくりだ、ということでその部分だけを聴いただけだったような気がする。そのとき他にもニールセンの交響曲第4番『消しがたきもの』など打楽器が活躍する曲(およびその部分)をいろいろ聴かせてもらったはずだが、もう詳しくは覚えていない。ただショスタコーヴィチという作曲家の名を知り、「ふ〜ん、かわった作曲家だな」という印象をもったのがこのときだったのは間違いない。(余談ながら、まさか今日までMs氏との交友が続くとは当時は夢にも思わなかった。)
 その後、Ms氏や他のショスタコーヴィチ好きな先輩たちから、いろいろCDを貸してもらった。交響曲が中心で第5番をはじめ10番、12番、15番・・・・最初はやはり打楽器が活躍する、という観点から聴いていたような気がする。とりわけ第15番の第4楽章コーダの打楽器アンサンブルは「・・・いったいスコアはどうなっているんだろう?」と思いつつ聴いていた。

 ショスタコーヴィチにはまりこむきっかけの曲は『交響曲第11番<1905年>』だった。これがはじめて自分で買ったショスタコーヴィチのCDだった。中古屋で見つけたハイティンク指揮コンセルトヘボウ管のものだ。まず第2楽章、血の日曜日事件の人民虐殺場面で鳥肌がたった。なんというすさまじい音楽!そして第4楽章、最後の力強く打ち鳴らされる鐘の音(録音だからよく聞こえる)。聴き終えた瞬間、「こんな音楽がクラシックにあっていいのか・・・」と思った。
 現在は多少人気が上がってきているとはいえ、この11番、あまりに描写的であるため彼の作品の中では比較的評価が低いものである。ただ当時、まだ音楽をそれほど聴いていなかった私にとってはまさに衝撃の音楽だった。これほどの力を持った曲を聴いたことはなかった。個人的意見として、「交響曲」としてではなく「歴史的悲劇の描写音楽」としてみれば十分傑作だと思うし、また今後も残っていく、いや残していくべき曲だと思う(ここでは詳しく述べないが)。これからショスタコーヴィチを詳しく聴いてみようと思う人にはまずこの曲を聴いてみることをおすすめする。この曲を聴いて拒否反応を示す人は、おそらく他の大半の作品もダメだと思う。それほどこの曲にはショスタコーヴィチの本音(『権力』に対する反感)が、非常にわかりやすい形で提示されている。

 その後、本格的に彼の作品にのめりこみはじめる。『交響曲第13番<バビ・ヤール>』のような暗い作品から、『第1番、9番』のような明るく皮肉にみちた作品まで彼の作品のとりこになった。いつものマニア心から、彼の作品とあればどんな曲でもCDを買い、聴きまくった。ヴォルコフの『ショスタコーヴィチの証言』も手に入れ読みふけった。Ms氏と彼の音楽を聴きながら、不毛であっても充実した「タコ話」を一晩中やったこともあった。当時名古屋ではショスタコーヴィチがあまり取り上げられなかったこともあり、東京で彼の作品が演奏されるとあれば、少ない金をはたいて聴きにいった(ロジェベンの10番、ゲルギエフの8番は心の宝)。
 そんな中忘れられない思い出は、大学オケで実現した『スケルツォ嬰へ短調』の日本初演だ。オープニングの公募期間中何か良い曲がないかと友人と考えていたとき、Ms氏が買ったソ連出版の作品全集(管弦楽編)にこの曲が入っていたことを思い出した。「よし、出してみよう!」とオープニングの選曲会議に提出。若い(というより子供の)ときの作品なため、比較的技術面もやさしかったことと、またそのとき客演にきていただいた小松一彦先生がこの曲をみて気に入ったこともあり見事オープニングに決定。スコアから各パート譜をおこし、1種類しかなかったCD(ロジェストヴェンスキーのもの)は各パート間を行き来した。本番当日、当時はまだ存在した「日本ショスタコーヴィチ協会」から初演を祝う花束が届いたときには本当に驚き、感動(実は事前に本当に初演かどうか確かめていたのだ)。花束についていた看板(?)は小松先生のサインとともに今でも練習場の壁にかかっている。

 そんなこんなでショスタコーヴィチとの付き合いは10年目に突入している。いまだに飽きもせずこの作曲家の作品を聴きつづけている(今この原稿を書いているBGMは『2台のピアノのための組曲』だったりもする)。HP製作にあたっては、絶対ショスタコーヴィチのページを作ろうと決めていた。しかしその企画を考えているうちにある疑問が生じてきた。

「なんでここまで聴きつづけているのかな?」

 そういえばこの10年、彼の広く深い音楽世界にどっぷりとつかりつつも、ただその世界を歩き回っていただけだった。ひとつひとつの曲については彼の「メッセージ」を自分なりに理解していたとは思うが、作品全体をとおしての彼の「精神(もしくは魅力とでもいうべきもの)」を完全にはつかみきれていなかった。「彼の何を伝えようか・・・」明確に「これだ」というものが正直にいって「まだ」私には答えられない。HPの公開が遅れたのもこのためだった。

 ところが少し前、あるメールが届いた。簡単にいうと「先日BSで放送された『ショスタコーヴィチの抵抗』のドキュメントを見て彼に興味をもち訪問したのだが、このページのショスタコーヴィチの部屋はまだ?」という内容。やばい、と思いつつもこのときは「まだ整理できてないしなぁ」と考えた。しかし、なぜか、ふとここで思いついた。

「どうせまとまってないのなら、HP上でまとめていけばいいじゃないか・・・」

 単なるヤケッパチのつもりだった。しかしこの時、すっと肩の力が抜けた。HPにUPする前になにか立派なこと書いてやろうと思うからいけない、UPしながら成長していけばいいんじゃないのか・・・・・そう考えたら急に頭に企画が浮かんできた。早速メインページから作りはじめた。

 というわけで、このページは私の18歳からのショスタコーヴィチの遍歴を(10年目の記念として)自分なりにまとめていくのを主としていきます。まずは彼の作品の紹介からはじめていく予定(これは自分が聴いてきたものの整理の意味もあります)。その後CD、演奏等いろいろな企画をうめていくうちに、私なりのショスタコーヴィチをつかむのが最終目標です。仕事の片手間の趣味でやっているのでたいしたことは書けないでしょう。しかも果たしてどれだけの時間がかかるのか、また続いていくのか不安ではあります。が、ぶちまけてしまった以上しょうがない。(シベリウスもあるぞ!という心の声におびえつつ)なんとかやっていくつもりです。以後お付き合いのほどよろしくお願いします。

 最後にこのページをみて少しでもショスタコーヴィチファンが増えてくれれば、これに勝る喜びはありません!

(キッカケをくれた○○○○○さんに捧ぐ?  99/9/18)

 

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