今月に入って非常に大きな話題になっている著作権問題が発生しました。
そう、皆さんもご存知のNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の一件
ですね。私自身は、NHK大河ドラマ好きな母親が観ていたのに付き合った
ことがある程度で、実はほとんど観たことがなかったので、どこがどうだっ
たのかサッパリ知りません。。
それはこの際ご勘弁頂いて、問題は「武蔵 MUSASHI」の第1話に
黒澤明監督の『七人の侍』と酷似したシーンが11ヶ所もあったとのこと。
そこで、黒澤監督の遺族側は、これが『七人の侍』の盗作行為だとして、N
HKと脚本家に対して1億5400万円の損害賠償と再放送の差し止めや謝
罪放送、DVDでの販売禁止などを求めている、ということですね。
これに対してNHK側は20日に行われた第1回口頭弁論で「著作権侵害
には当たらない」と、請求の棄却を求めたとのこと。さらには、訴えの前に
双方で話し合いをした際、著作権を侵害したことを認める発言をしたとか、
放送後に謝罪をしたとかしないとか・・言った言わない論争にまで発展して
いるようです。
黒澤作品は、やはり「世界のクロサワ」と呼ばれるほど、日本のみならず
世界の映画に影響を与え続けています。黒澤作品を巡っては、「荒野の用心
棒」というイタリア映画が、これも有名な黒澤作品の『用心棒』の盗作だと
して訴訟を起して勝ったことがありました。
これまた有名な米国映画で「荒野の七人」というのを皆さんはご存知です
か?私は実は『七人の侍』を全編を観たことがないのでなんとも言えません
が、「七人」もさることながら、そのストーリーがほとんど同じ、『七人の
侍』の西部劇版と周知されています。私も子供の頃何度か観ましたが、ワク
ワク&スカーッとする大好きな作品の1つです。
これはパクリじゃないか?というとそうではなくて、正式なリメイク作品
なんですね。「荒野の七人」の主演の1人であるユル・ブリンナーが『七人
の侍』に惚れ込んで、その翻案権(リメイク権)を自ら買い取って、舞台を
メキシコに設定して制作したという、この話も有名ですね。
ここで「翻案権(ほんあんけん)」とは?
⇒著作物を翻訳、編曲、変形、脚色、映画化するなどして、二次的著作物
を創作する権利
これを今回の「荒野の七人」に当てはめて説明してみますと、
⇒『七人の侍』の脚本や映画そのもの、という<著作物>を
原作の「時代劇」を「西部劇」に<変形>して<映画化>した
「荒野の七人」という映画<二次的著作物>を創作する権利
をいいます。ユル・ブリンナーはこの権利を買い取ったので、堂々とリメイ
クできたわけですね。
因みに、黒澤さんの遺族は、黒澤監督の著作権を相続している(財産的な
著作権は相続できるのです!)ので、黒澤監督の原作品『七人の侍』の著作
権を引き継いでいます。つまり著作権者となります。著作権者は、著作権を
他人に売るなどして譲渡しても、その二次的著作物の利用権などを持つ、と
いう仕組みになっています。
つまり、『七人の侍』の著作権を持つ黒澤さんの遺族は、二次的著作物で
ある「荒野の七人」の利用権をも持つ、といえます。少しややこしいですね。
原作者は、そのコピーの扱い方についても口出しできる!ということです。
従って、「荒野の七人」をビデオやDVDにしたり上映したり、さらに翻
案したりするためには、「荒野の七人」の著作権者(映画制作者など)と共
に黒澤さんの遺族にも許諾を受けることが必要になります。
話が「武蔵」からかなり横に外れました(汗)。今回はどのくらい似かよ
っていたのか定かではありませんが、色んな報道等を見ていると、基本的な
あらすじから個々のシーンなど11項目が酷似していた、とのことです。
あるTV番組で弁護士さんがこんなコメントしていました。
「『アイデアが似ている』というのは著作権侵害にはならないが、『表現
が似ている』と著作権侵害になる」
学問的、通説で言うと『アイデア』は著作権ではなく、発明などの特許権
の部類になります。一方の『表現』は著作権による保護を受けることになり
ます。ですから今回の場合、たぶん・・ですけど、農民が侍を雇って野武士
を撃退するという『アイデア』(ストーリー)は似ていてもいいけれど、各
シーンの描写内容、例えばよく言われていたのが、「豪雨の中で戦うシーン」
や「武蔵が地面に突き立てた刀を抜くシーン」などの『表現』方法が違って
いれば、こんな事件になっていなかったかもしれませんね。
また、同じ番組で黒澤監督の遺族(息子)である黒澤久雄さんが、次のよ
うなことをおっしゃっていたと思います。
「何でもかんでも著作権で縛るつもりはないが、今回はこれほど内容が酷
似しているのに、NHKはそれを認めようとしないからだ。お金の問題
ではなく、これまでの『日本の著作権に対する意識の低さ』に一石を投
じたい」(聞きながらの走り書きで曖昧ですが・・)
今回の件に対して裁判所がどういった判断を下すのか、その結果を待つし
かありません。どちらかというとアメリカ的「契約」論と日本的「感情」論
に行き違いが生じてしまったのかな、と個人的には考えなくもないですが。。
Copyright© 2004 Kiyohiko Tazuke. All Right Reserved.
|