聖フランシスコ・ザビエル その2




 聖フランシスコ・ザビエルは、あまり背が高くなく、やせていて、面長のスマートなお顔をなさっていたそうです。スペインのパンプローナ市の市役所にある肖像画が、1番、聖フランシスコ・ザビエルに似ているそうですが、目が、遠くを見ているようで、とても印象的です。

 1540年、聖フランシスコ・ザビエルが34歳の時に、ポルトガル国王ジョアン3世の要請により、インドへの布教の旅に出る事になります。

 1541年4月7日、聖フランシスコ・ザビエルは、サンチャゴ号で、リスボンから、16800キロの旅に出ます。(4月7日は、聖フランシスコ・ザビエルのお誕生日です。)リスボンから、アフリカの喜望峰を回って、8月末にモザンビークに着き、翌1542年の2月に、モザンビークを発ち、5月6日、リスボンを出てから、1年と1ヶ月後に、インドのゴアに、聖フランシスコ・ザビエルは到着します。

 聖フランシスコ・ザビエルが、日本に来ようと思ったのは、41歳の時に、マラッカで、日本人のアンジローに会ってからだそうです。『海の日本史』によると、日本人の名前は、ヤジローになっています。1549年、43歳の時に、インドのゴアを出発します。

 この頃、日本は戦国時代で、徳川家康は、まだ今川家の人質となった頃です。織田信長が、桶狭間で今川義元を破ったのが、1960年ですので、各地で、戦国大名が、天下統一に向けての戦いをしていた頃です。