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 第16回 浦上天主堂 



 ただ、その時にあったお金では、前のように煉瓦を張るだけの余裕はありませんでした。コンクリートの打ちっぱなしで造るのがやっとでした。またこの時に長崎では初めての黄色い安全帽を現場でかぶりました。大変高い所での作業が多かったので、工事をなさった方も、危険がそれだけ多かったのです。


 天主堂が完成した時に、大司教様や神父様が
『これで皆さんにおミサをしてあげられる。』
と大変喜んで下さったのが、祖父も与八郎もとても嬉しかったと、よく申しておりました。実際には、旧浦上天主堂より大きな天主堂を建てる事ができたようです。


 再建された浦上天主堂は昭和37年に司教座聖堂に指定され、その後、昭和55年にヨハネ・パウロ教皇様がいらっしゃった時に、煉瓦を張ったり、内装をしたりして、現在の姿になりました。現在の浦上天主堂は、浦上天主堂のHPでご覧頂ければ、たくさんの写真があります。また「浦上天主堂」のHPの「浦上小教区変革史」の原爆後の復興期、浦上天主堂の再建に詳しくお話が書いてあります。そちらの方も読んで頂けたらと思います。