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 第2回 青砂ケ浦天主堂 






 長崎県の南松浦郡上五島町にあります。長崎にお住まいの方は、もちろんご存知でしょうが、五島列島は長崎県の西にあり、大きな島が5つあります。上五島町は、その1番北の大きな中通島にあり、天主堂はその北の方です。2001年10月19日に、国の重要文化財に指定されました。  


 青砂ケ浦天主堂は祖父が生まれて、今眠っている丸尾から、1番近い天主堂です。山1つ超えた所にあります。孫が10年程前に造った、信徒さんの会館が隣にあります。 


 五島で、教会の写真を撮り続けている「ともさん」によると
『堂々とした煉瓦造りの風格のある教会で、ちょうど湾を見下ろすように建っていて,遠くからも良く見えます。ここのステンドは,午後ちょうど正面から陽が差し込みますので、きれいに下の紅い絨毯に映えます。』 
だそうです。


 [近代日本の異色建築家]を書いた土田充義先生によると、
『五島に住む人々は特に信仰が篤く、信者数の割には教会堂の建物が立派で大きい。 食べる物を半分にしても教会堂建設に努力したという。そこには篤い信仰が根強く生きている。』


 外海地方からのがれて来た信者さん達が集まっている所です。信者さん達がとても大事にして下さっているので、とても綺麗です。 明治12年(1879年)ごろ、青砂ケ浦海岸に、最初の小さな集会所風の教会が建てられ、2つ目は場所を変えて、少し規模を大きくした木造の教会が建てられ、今の教会は3つ目です。


 青砂ケ浦天主堂は明治43年に献堂されました。当時の信者さんは、50戸だったそうです。祖父が初めて天主堂の建設に参加した、明治32年の曽根天主堂から、10年程後、初めて設計施工した冷水天主堂から3年後でした。鉄製の鐘楼は、イタリア製で、大正の終わり頃に建てられたそうです。


 天主堂は、ゴシック造りの最後で、ロマネスク様式への転換期の建物です。白い十字架とマリア像と、煉瓦の色との対比が綺麗で、教会の正面に大きく『天主堂』という文字があります。入り口の両側に、ぶどうをデザインした柱頭を持つ石造の円柱があります。煉瓦造りで、屋根も二層になって、高く大きくなりました。天井が高くなりましたので、内部の装飾も綺麗になりました。バジリカ方式です。日本瓦葺きで、リブ・ヴォールト天井(柳天井)です。煉瓦は『イギリス積み』と言われる積み方で、小口面と、長手面が交互に表われていて、切り口が少ないので経済的な積み方です。 


 木材は、平戸島から、八丁櫓(ろ)の船をこいで運んだそうです。石材は頭ケ島、煉瓦は佐世保の早岐から取り寄せたそうです。その当時の写真を見ますと、地元の人の言う「えい」という背中に背負う道具を使って、港に着いた建築の材料を運びました。煉瓦は男の人で、1度に20枚くらい、力自慢の方は30枚も運んだそうです。女の人も8枚くらい、子供も総出で運んだそうです。 


 ステンドグラスの色は、黄色が大地、赤が太陽、青が天、緑が草木を表すそうです。教会の正面にステンドグラスの円形の薔薇窓があります。教会の所在地の地図はこちらで、教会の写真は、こちらにもあります。