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天主堂

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天主という名称は、キリスト教の神デウス(Deus)の訳語として、
1580年ごろから日本では使われましたが定着はしませんでした。

長崎の明治以後の初期天主堂のほとんど全てに、
天主堂という文字が正面入り口に記されています。
天主堂は教会堂の意であり、主としてわが国のカトリック会堂に用いられます。

慶応元年に大浦天主堂で信者さんが発見された時には、
御堂(みどう)とか聖堂と称していました。

その後、横浜や長崎に教会堂が新造された時に、
日本で建てる教会堂なので、Deusの中国語訳である天主をつかって
天主堂という名前を使いました。1862年には、横浜天主堂が、
1865年には大浦天主堂が造られました。




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御堂、お御堂、教会

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日常的には、御堂(みどう)、お御堂、
教会、聖堂など呼んでいます。




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エクレジア

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天主堂も教会も、ラテン語ではエクレジア(Ecclesia)です。
長崎の最初の教会は、大浦天主堂であり、
長崎教区所属のすべての教会堂はエクレジアです。

建築様式は様々でありますが、必ず
祭壇と周囲の内陣と信徒席があります。




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カテドラル(司教座教会)

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カトリックの教階は、教皇、司教、
司祭という階級によって分けられています。

司教座教会をカテドラルと言って、
教会の中では、特殊な地位と義務があります。

大浦天主堂は、1866年(慶応2年)にカテドラルになって、
明治9年、カテドラルは、大阪に移りましたが、
明治13年、また大浦天主堂になりました。
昭和34年、新浦上天主堂がカテドラルになりました。




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巡回教会

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神父様が、巡回して、祭儀を行う所を言います。




参考文献:
長崎の天主堂と九州・山口の西洋館(太田靜六)
長崎の天主堂ーその信仰と美
キリシタンの里をたずねて 長崎の教会
長崎事典