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「皆さんの意見」

「努力とは」

aniyannさん>・<さあやさん>・<時間さん
羽田さん>・<HKDさん>・MEさん
アシュタロスさん>・<AL-01さん>・<あいさん

2009/3/7
<aniyannさん 海外 31歳 男性>
「努力とは」
 「僕が思う努力とは個人の感じる心の探究であり相対目標に対してあらゆる角度から物事を考え分析しプロセスを立て修正しながらやり続け自分が納得いけば良いと思う。
他人の才能に刺激を受けるのはとても良いことだが決して比較にならない。
何故なら個々の人生をエンジョイする価値観の違いからだと思う。」


  <永久>ご意見ありがとうございます。掲載が遅れまして申し訳ありません。

2008/11/1
<さあやさん 千葉県 11歳 女性>
「努力とは」
 「見てもらう事?」


  <永久>ご意見ありがとうございます。

2008/8/22
<時間さん 男性>
「努力とは」
 「努力とは・・・・
自分がしたいと思える物事に対して
上手になろう 強くなりたい 勝ちたい 
などを常に思い それを叶えるために精進し続けることだと思います」


  <永久>沢山のご意見ありがとうございます。

2008/5/16
<羽田さん 神奈川県 43歳 男性>
「努力とは」
 「 こういう考え方もあるのか、と思って聞いて下さい。
 努力とは、エネルギーの浪費である。
 努力の変わりに、願う、選択すると考えてみてはどうですか?
 例えば、私は回答しようと努力しているのでなく、それを願ってそうする事を選んだのです。」


  <永久>そうですね、とても共感します。
 「〜したくない」「〜しなければならない」等と捉えるから、無駄な抑圧やプレッシャーを背負い込むようにも思えます。すべてを主体的・能動的に「〜したい」「〜を好む」と捉え直すのも、ひとつの方法のように思えます。「〜したくない」は「〜しないことを、したい」とも言い換えられるのでしょうね。

2008/3/20
<HKDさん 愛媛県 61歳 男性>
「努力とは」
 「努力のようなあいまいで具体性がなく建設的でない無責任な二文字の単語に答えはあるのか。

私は、努力とは何かを明確にかつ具体的にどうすればよいかの答えを持っている
実に簡単で誰もが感動し完成されたシステムに驚嘆する」


  <永久>ご意見ありがとうございます。

2006/10/9
<MEさん 大分県 14\歳 女性>
「努力とは」
 「努力とは、才能よりはるかに超えるものであり、努力なしではなにもできない。
努力とは、魔法の杖であり、魔法の杖を使えば、できないことはない。
努力とは、向上心のことであり、できない、無理などと嘆いているのでは努力はぜったいに実らない。」


  <永久>ご意見ありがとうございます。

2005/5/8
<アシュタロスさん 北海道 男性>
「努力とは」
 「才能がある人というのは最初から十の力を持っているものであり、努力とはそれに加算・乗算していくものである。普通の人とは一の力を思っている人のことであり、決して、努力は無駄にはならない。一の力だからといっても才能のある人の倍以上の努力を積めば必ず超えられる。そして倍以上の努力は必ずその後に更なる力を与えてくれるのだから。」


  <永久>ご意見ありがとうございます。

2003/3/26
<AL-01さん>
「努力とは」
「努力とはそれ自身才能でありそれこそどの才能にも変えることのできる最大の
才能だと思います。
天才と呼ばれる人々もその過程では少なからず努力があるはずです。
器用か不器用かの違いはありますがそれ自体努力しだいです。
そして努力という最大の才能を妨げるものは「駄目だ。」「できない。」とい
う考えです。
自分を信じてやり遂げれば努力こそ最大の才能になり得ると思います。」


  <永久>ご意見ありがとうございます。

2001/8/4
 <あいさん 福岡県 17歳>
「努力とは」
 「努力をいくらしても天才にはおいつけないんでしょうか?
私の学校にも天才といわれる人がいます音楽の学校なのですが私たち凡人がいくら努力してもその天才にはかないません
もちろんその子も努力はしています
けれど音楽の世界では才能は予想以上に重視されます
才能をもっている人が努力すると努力だけの人はかなわないんでしょうか?

 私の考えは努力できることが才能だという人がいますけれどやっぱりそれだけじゃないと思います」

  <永久>お題プラスご自分の考えありがとうございます。
 これに関する私の考えは、すでに「才能とは」で少し語っているかもしれませんね。
 自分にとって不快なことを(何らかの目標の為に)し続けられることを「努力」とするなら、それも個人の資質として評価されるという意味では才能と言えると個人的には思います。ただ、才能というのは一般的にすでに評価されているものだけではなく、様々な可能性があるのだと私は思っています。
 音楽ということで言えば、楽器の演奏技術とか声の質や発声技術などの現在資質的に持っている才能(どこまでが先天的でどこまでが後天的才能かの判断は難しいと思いますが。)という限定した方向でみれば、それの劣る(とされている)ものが天才(と言われているもの)を追い越すのは現実的には簡単だとは言えないだろうとは思います。そういう意味では、自分のしたいことと、それを行うのに一般的に認められる自分の才能が同じである人というのは幸福であるかもしれませんね。
 ただし、そのような限られた方向だけが評価の方向(才能)ではないはずだと思います。音楽を芸術として捉えるならば、(「芸術とは」でも書きましたが)芸術とはコミュニケーションの一種だと個人的には思いますので、例えば、自分が何を伝えたいのか、そしてそれをどのように伝えるのかというところにオリジナル性を持ち、それが評価されるならば、それもまた別の才能に(天才にも)なり得るのではないかと思います。素人考えですみません。
 他のことにしても、才能のもとは他人との違いだと思いますので、より他人と違う自分の部分(一般的に悪いとされているものも含めて)というのは、その捉え方と評価によっては才能になり得るのではないかと思います。まあ、評価(才能)だけが全てではない(自分の目標(意志)というのも重要ではないか)とも思いますが。
 それでは、これからもいろいろなご意見を頂けるとうれしいです。よろしくお願いします。 

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