赤波江教会  聖ヨゼフ
住 所
〒857-4603
南松浦郡新上五島町立串郷字谷ノ坂子1899
交 通
青方から車で約25分
主日ミサ
日9:30(第2,4)
司 祭
ペトロ  本田 靖彦師
主任教会 仲知教会
沿 革
1971年11月14日里脇大司教により祝別さてた。
特 色
 1870年代の赤波江は戸数8戸ばかりの小さなキリシタン集落で、大瀬良宗五郎、赤波江助作という2名の伝道士と赤波江キクという伝道婦がいた。
 大瀬良宗五郎(1845年生まれ〉は浦上出身で、1862年頃から水方の役職について、赤波江、大瀬良、仲知、明松、立串、小串で先祖伝来の信仰を伝えていた。明治5年には長崎へ行き、宣教師から聖教を学び、帰郷後、向じ地域で伝道活動を行なった。
 一方、赤波江助作(1840年生まれ)は野首出身.1860年頃、小串のタシと結婚後、赤波江へ移住したが、彼の洗礼のことが「五島キリシタン史」には記されていない。

 しかし、野首で一番最初に長崎で洗礼を受けた白浜岩助と白浜又五郎とほぼ同じ頃に、長崎で洗礼の恵みを受けている。帰郷後、赤波江を宣教拠点にして本格的に、宣教に励んだ。その活動範囲は水方としても伝道士としても、赤波江、野首、瀬戸脇、大瀬良、明松、大水と広域にまたがっていて、仲知小教区では、第2の森松次郎と呼んでもよいほど活動した人である。彼の導きにより洗礼の恵みを受けた信者は多い。たとえば、大水の開拓者大水安五郎・マシ夫婦の3男大水徳造(1830年生まれ)は彼自身が代父となり、明治6年10月29日、長崎で洗礼を受け信仰を表明している。
このときの授洗者は上五島での最初の宣教師、フレノー師であった。
 赤波江キタ(1856年生まれ)は長崎で洗礼を受け、帰郷後伝道婦となった時はまだ17才というら若い娘だった。
 しかし、どんな迫害にも屈しない母ヤスの強い感化を受けて熱心に伝道活動を行なった。彼女の伝道活動の主な場所は大水であり、大水には彼女の導きでカトリックに復帰した信者は多い。
「仲知小教区変革史」より
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