聖コルベ記念館


〒850-0012
長崎市本河内2-2-1
рO95−824−2079、2080


  聖コルベ師の列聖を記念して、昭和 61年(1986)8月14日建てられた。
聖マキシミリアノ・コルベ師は、昭和5年(1930)4月24日ゼノ修道士等と共に来崎、大浦天主堂下の洋館を寓居として、時の長崎教区長早坂司教の要請を受けて教区神学生に哲学を教えるかたわら、来日一ケ月後には日本語による『無原罪の聖母の騎士』誌を発行した。

  昭和6年(1931)5月現在の本河内に修道院用地を求め、聖母の騎士修道院の基礎を築くかたわら、出版物による布教、邦人司祭の養成に力を注ぎ、昭和11年(1936)故国ポーランドに帰国するまで精力的に活動し、帰国後ナチス・ドイツの強制収容所アウシュビッツに収容され、妻子ある一人の囚人の身代わりとなって餓死刑を受け、毒殺されたことはあまりにも有名。     

 聖師は、昭和46年(1971)10月17日列福、昭和57年(1982)10月10日ヨハネ・パウロ二世によって聖人の位に挙げられた。聖師のゆかりの地に建てられた聖コルベ記念館は、1階は資料室として聖師にかかわりのある品々や、昭和44年(1969)まで『聖母の騎士』誌発行のために使用されていた、聖師時代からの折り機、トジ機、宛名書き機、活字及び、聖師とともに来日し戦災孤児の救済に努めたゼノ修道士の遺品等が展示され、2階から5階まではコンベンツアル聖フランシスコ会志願院として小神学生の生活の場に利用されている

聖コルベ記念館
聖コルベ館の全景

聖コルベ記念館
アウシュビッツでのコルベ神父とマリア様の絵画が迎えてくれる