▼03年1月14日 「反戦」のかたち〜『日本に反戦運動はない』のか?〜

 03年1月6日夜11時ごろ、帰宅してテレビをつけた。
 ご存知のように、夜11時から12時ごろにかけては、各局ニュース番組をやっている時間帯だ。
私はこれまでテレビのニュース番組での取材や制作に関わったことはあるが、普段こうしたニュース番組を定期的に見る習慣はない。毎日必ず見るニュース番組もない。その日のテレビの番組表を見て、何か見たい特集やコーナーがあれば、その番組を見るという程度でしかない。よほど大きな事件でもない限り、チャンネルを変えていくつもニュース番組を見るということはしない。
 ちなみに私は、新聞は「はしご」して読む習慣が10年以上前からある。家の近くにある食堂で、その日の新聞をこまめに目を通す。自宅では朝日を購読しているが、その食堂には、うまい具合に朝日以外の新聞が何紙も置いてある。毎日や読売、さらには生理的には読みたくはない産経新聞の記事も「監視」している。

 さて、その6日の夜、ちょうどTBSで「筑紫哲也ニュース23」を放送していた。今年第1回目の放送ということで、各局によく出てくるキャスターやコメンテーターが、「今年の予想」なることをしゃべっていた。その中で、耳を疑うような発言があったので、ここで触れておきたい(「今ごろ何言ってやがる」と思われるかもしれない。もっと早く書くべきだったと少し後悔している)。

「日本では、いま反戦運動(デモ)はないでしょう」

テレビ朝日系列「ザ・スクープ」などで知られるキャスター・鳥越俊太郎氏のコメントである。
現在アメリカ各地でイラク攻撃反対のデモが行われ、盛り上がっているという話の流れを受けて、彼は日本の状況をそう述べたのだった。私は番組を録画したわけではなく、すぐにメモを取ったわけでもなかったので、彼の言葉の正確な言い回しは違ったかもしれない。「反戦運動」か「反戦デモ」と言ったか、どちらだったのかも、失念してしまった。しかし、彼が話した内容としては、それはさほど重要な違いではなく、意味としては、上記の「」部分であると私は受け取った。

しかし、本当にそうなんでしょうか、鳥越さん?

恐らく、この番組には放送中にも放送終了後も、日本で反戦運動に携わっている方から抗議の電話が何件もあったのでないかと思う。抗議を受けても当然だろう。

私も以前、このHP上で書いたことがある(02年12月15日付記事)。
『このところ、日本はもちろん世界各地で「アメリカのイラク攻撃反対集会・デモ」が行われている。先日、東京の渋谷公会堂では2000人以上が集まったようだ。マスメディアの中とは対照的に、一般市民の間では、「反戦運動」が静かに浸透、拡大しつつある』

アメリカでの参加者や動員人数規模を比べると、確かに日本は少ないかもしれないが、いま反戦運動は確実にあちこちで行われているのだ。

同番組中で、田丸美寿々氏は、「アメリカでいま起きている反戦運動だが、アメリカのメディアが取り上げない」
と話していたが、日本も全く同じではないのか。
鳥越氏の言葉を言い換えるなら、

「日本のマスメディアが、反戦運動をほとんど取り上げない」

だけだと、私は認識している。
 先に触れた2000人以上を集めた「イラク攻撃反対集会」でも、私が知る限り、新聞各紙ではベタ記事しか見ていない。
 また、私が一昨年、アフガン取材の現場で会った日本のジャーナリストやカメラマンの人たちの間では、皆「今回の限定的だが…」「今回は例外として…」とは前置きして言うものの、「アメリカの空爆を支持している」人たちがマスメディア、フリーを問わず、何人もいた。当時、私はそうした人たちの声を聞いてかなり驚いた。また、そうした意見や考え方はごく少数の人たちだけだと思っていた。
 が、いまのマスメディアの報道を見ると、どうやら私のその認識は甘かったようだ。
結局当時の「限定的」「例外的」な支持は、マスメディアの中では決して限定的・例外的ではなく、当時もいまも、一見表には見えないが、実は広範囲かつ奥深く、潜在・浸透しているような気がする。そして、「イラク侵略」がもし行われた場合、またしても「限定的・例外的に、アメリカを支持する」ことだって十分ありえるのではないだろうか。

 ところで、私は「反戦運動」とは、単にデモや集会の形でなくても、その意思表示や表現形態、立場や参加方法は多種多様だと考えている。
「戦争中毒〜アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由」(合同出版)というアメリカの漫画の日本語訳版が発売され、最近売れ行きを伸ばしている。この日本語訳の出版に携わった方たちの活動は、「反戦出版」「反戦翻訳」であろう。ベトナム戦争当時、焼身自殺をして政府に抗議したベトナム人の仏教僧が何人もいた。この抗議方法の是非は別にして、これも究極の反戦運動、「反戦死」であることは間違いない。

 普段、私は新聞の社説を読むことはほとんどないのだが、投書欄は割合読むように心がけている。ときに、記者たちが書く記事より、よほど切実で的確な意見や訴えを発見することが多々あるからだ。先日も朝日新聞の投書欄で、関原和佳子さんという女性が、「戦争させない報道を考えて」というタイトルでこう述べている(03年1月13日付け)。こうした意見も反戦への意思表示、「反戦投書」であると私は思っている。

「最近の新聞、雑誌、テレビのほとんどはどうも『戦争が始まるぞ』と旗を振っているように感じます」

マスメディアのみならず、自らを省みても、グサリと突き刺さる指摘だ。

昨年11月に都内で開かれた小さな会合では、作家の小田実さんが冒頭に語気を強めてこう話した。いや、「真剣に怒っていた」と言った方がいいかもしれない。

「いまちゃんと、もの言っておかないと、えらい事になるぞ!」

同氏の最近の著書「戦争か、平和か〜『9月11日』以後の世界を考える」(大月書店)は、アメリカの「戦争主義」に対して、日本が取るべき道を明快に述べている。論旨は極めてシンプルだが、多様な可能性を示唆する内容だ。かつて「ベトナムに平和を!市民連合」(べ平連)を率いた小田さんだが、前述の2000人を集めたという集会も、同氏らが中心になって呼びかけた催しだった(02年12月13日)。
 ちなみに、その同じ日には、都内で新聞労連が開いた、イラク情勢と報道を考えるシンポジウムが開かれていた。私も出席したのだが、会場は閑古鳥が鳴いていた。日本の新聞記者たちの労組主催のシンポなのに、肝心の新聞記者がほとんど参加していない。これを見ても、いまのメディアの中のムードや空気が読み取れる。

1月13日付けの朝日新聞によると、イラク攻撃が始まるかもしれない1月末から2月にかけて、日本のいくつかのNGOがイラクに乗り込むという。戦争を起こさせないために、現地で「人間の盾」になるというグループもあるという。活動内容は医療や食糧支援でも、これらは「反戦NGO」と呼ぶべきだろうか。

イラク情勢がヤマ場を迎える1月下旬にかけては、国内でも様々な反戦運動が各地で展開される。
さしずめ、1月18日(土)には、東京で「WORLD PEACE NOW 1.18 」が行われる。同時にワシントンでも開催されるようだが、どちらも多数の参加者が押し寄せることは間違いない。同主催者は、もしアメリカのイラク攻撃が始まった場合、その日の午後6時30分に国内のアメリカ大使館前に集結するように呼びかけている(関連HP)。

翌19日には、前回私も映像報告した「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」の「第2回公聴会」が大阪で開かれる。
アフガンで起きたことは、決して過去のもう終わったことではない。この「法廷」は、イラクに、世界に、過去・現在・未来、すべてにつながる告発であり、検証であり、これも間違いなく反戦運動の一つだ。

 鳥越さん、たとえ番組で取り上げなくても、こうした反戦運動の会場を、ちょっとでもいいからのぞいて見てはいかがでしょうか?
 鳥越さん、反戦の雰囲気やムードは、日本のマスメディアの中には確かにないかもしれません。日本のマスメディアはこれからも取り上げないかもしれません。
 でも、「日本の市民の中に、さまざまなかたちで、反戦運動は以前からちゃんとあります」。
 

「商業メディアを信じるな」という紙を掲げて、アメリカの軍事行動に反対する「ダイ・イン」を行う人たち(02年9月11日 ニューヨーク) ※関連記事はこちら