フセイン元大統領拘束 綿井健陽氏に聞く 抵抗運動激化の可能性

【信濃毎日新聞 2003年12月16日 朝刊掲載記事】

 フセイン元大統領の拘束をイラクの人々はどうとらえ、今後の情勢はどう動くか。今月初め、今年三度目のイラク取材から帰国したばかりのフリージャーナリスト・綿井健陽さん(32)に語ってもらった。
 (聞き手は共同通信編集委員 石山永一郎)

<「暗黒の時代…終幕」ではない>
 拘束されたフセイン氏の表情に、彼自身の「安ど感」のようなものを垣間見た気がする。額に刻まれた深いしわ、定まらない視線など、逃亡生活に疲れ果てた様子がうかがえた。政権崩壊後は、おそらく、逃げ回るだけで精いっぱいだったのだろう。
 その姿からは、一連の米軍など占領軍への攻撃を指揮していた様子はうかがえなかった。指揮をしていたのであれば、もっと早く拘束されていたと思われる。おそらくは、ごく限られた側近が接触するだけの生活を最近は送っていたのではないか。傍受などを警戒し、通信機器も持てなかったと思われる。
 喜びにわくイラク市民の姿が繰り返し映像で流されているが、それほど単純にすべての人がフセイン氏拘束を喜んでいるとも思えない。ブッシュ米大統領が言うように「暗黒の時代が終わった」わけでもない。
 フセイン氏を心から支持する人自体が、そもそもイラクには少なかった。
 今年三月、空爆が続くバグダッドで、市民は表向きはフセイン支持を表明していた。しかし、あるタクシー運転手が「フセインのためだけに戦うことはできない」「兵士も市民も、最後はフセインを見放すだろう」と人目を気にしながら小声で話していたのを、今でもはっきり覚えている。
 こうした経緯を考えると、フセイン氏が拘束されたことで、占領軍に対する襲撃事件や、さまざまな標的への爆弾テロ事件が終息に向かうとは考えにくい。
 七月二十二日にフセイン氏の息子のウダイ、クサイ両氏が殺害された際も、バグダッドの市民は小銃を空に向けて撃つなど祝砲とともに大歓迎の意を示した。その際に「これを機に占領軍への攻撃はさらに激しくなる」と予測するイラク人の声があった。
 実際、両氏殺害を一つのきっかけとしたように、もっぱら米英軍だった襲撃対象が、その後、各国大使館や国連などに拡大した。
 一連の動きを見ても「フセインのために」戦ってきた勢力はごく一部であって、外国の武装勢力を含めて、反米抵抗運動はむしろ形を変えて激化する可能性が高い。派遣が決まった日本の自衛隊が安全になったわけでもない。イラクの人々は民族の尊厳をかけて占領政策そのものと戦っている。
 連合軍暫定当局(CPA)やブッシュ政権が拘束を「勝利」として誇らしげに大宣伝すればするほど、アルカイダなど国際的な組織による抵抗運動を刺激する恐れもある。
 これで戦争が終わったわけではないことを一番よく実感しているのは、イラクに駐留する米軍兵士だろう。米兵たちが「見えない敵」への恐怖におびえる状況は今後も続くと思う。

 [わたい・たけはる]
 アジアプレス所属。空爆下のバグダッドにとどまり、フセイン政権崩壊を取材。共著に「アジアの傷、アジアの癒やし」など。