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目次

<冠詞に関する覚え書>
不定冠詞

第29話 不定冠詞の質の含み
(評辞を中心に)




= 覚え書(29) =

質の含み

 定冠詞は「どの?」を念頭においた冠詞であり、不定冠詞は「どんな?」を念頭においた冠詞である、というのが関口存男氏の冠詞に関する基本的説明です。そこで問題となるのは、「どんな」とは何かということになります。これは、不定冠詞に関する「質の含み」と強く関連します。まず、次の文から。

(1a)He's a student.(彼は学生である)
(1b)He's the student.(彼がその学生である)
(2a)This is a window.(これは窓である)
(2b)This is the window.(これがその窓である)

(1b)と(2b)の定冠詞は、この文を述べた人の頭の中に何らかの「学生」あるいは「窓」が既にあり、一方、眼前に「彼」あるいは「これ」があり、その「彼」あるいは「これ」が頭の中にある「学生」あるいは「窓」と一致したこと確認をした印です。つまり、定冠詞の正体は、頭の中に構成されている何らかの観念に眼前の実物(それは者でも物でも事でもよい)が一致していることを確認したことを表す道具(言葉)だということになります。それに対し、不定冠詞は、そのような一致確認(identification)ではなく、眼前にある実物の種類、分類、範疇、特徴、性格、性質、状態、状況などを単に説明したり、形容したりする場合に用いられます。このような説明・形容が「どんな」です。

 定冠詞と不定冠詞の違いはまた、伝達の重さの違いにつながります。(1b)と(2b)の the student, the window は状況によっては、それほど重要ではなくなります。例えば、次のような状況の場合です。

(3)"Which window did you break?" "This is the window."(「どの窓を割ったんだ」「これがその窓です」)

これは次のようにしても伝わります。

(4)"Which window did you break?" "This."(「どの窓を割ったんだ」「これです」)

 しかし、(1a)と(2a)の不定冠詞を使った文は、必ず、a student, a window を述べる必要があります。これが、以前から述べている「達意の主局に立って一際目立つ」という不定冠詞の特徴につながるわけです。不定冠詞と使われている名詞を省略してしまうと、意思の疎通に支障をきたすということです。

では次に、「冠詞に関する覚え書 (11)」で挙げた例をもう一度見ておきましょう。定冠詞と不定冠詞の違いが、日本人には分かりにくい場合です。

(5)I broke the window that my elder brother broke the week before.(私は、兄が前の週に割った窓を割った)『英語のなかの複数と冠詞』(ジャパンタイムズ)
(6)I broke a window that my elder brother broke the week before.(同上)
(7)(日本は湿度が高いので本にかびが生えやすいという話をしているとき)"Look, this is a book I bought two years ago, and this is a book I bought yesterday. Notice the difference."(見ろよ。これは2年前に買った本で、こちらは昨日買った本だ。その違いに注目してくれ)『英語の冠詞がわかる本』(研究社)

(5)と(6)の違いは、上で説明したことに帰着します。(5)は「一致確認」の例です。「私が割った窓」が「兄が前の週に割った窓」と一致していることが意識されている文です。一方、(6)はそのような一致確認よりも、「どんな窓を割ったのか」ということに意識が向いている文です。(7)の a book は、「2年前(あるいは昨日)買った本がこの本だ」という一致確認ではなく、「どのような本」であるか、「どんな本」であるかを述べています。

 次に「習慣は第2の天性である」という文を見てみましょう。

(8)Habit is the second nature.
(9)Habit is a second nature.
(10)Habit is second nature.

英語ではこのように3つの表現が可能です。(8)は序数詞が定冠詞と使われるという規則に従った文ですが、これは、「第1の天性、第2の天性、第3の天性…」という観念が念頭にあり、「習慣」=「第2の天性」という一致確認を行っているという感じになります。(9)は、不定冠詞が持つ含みの中でも「質の含み」が強く感じられる例であり(上記(6)(7)も同様)、「習慣」が「どんなもの」であるか、あるいは「どんな天性」であるかを述べている感じです。(10)の無冠詞の例は、「冠詞に関する覚え書 (6)」でも少し述べたのですが、引用符で括ったように second nature 全体が前面に押し出されている感じがします。つまり、

(11)Habit is "second nature."

に近くなっています(関口氏は「挙示的掲称」と呼んでいます)。このことわざに関しては、現在では、この無冠詞の形がよく使われているようですが、「どんな」を強く意識する不定冠詞も使われています。定冠詞の例は少ないようです。

評辞

 関口氏は、「質の含み」が顕著な場合を「評辞」と呼び、「性質、性格、資格、特徴、形状、その他を品定めするための述語という意味で、何等かの質の評価が含まれていること」を特色とすると説明しています。「質の含み」が明確に現れる場合として、性質や特徴を評価したり、何等かの判定、鑑定、査定などを行うときが特に目立つことから、関口氏はわざわざこのような名称を設けています。

 「評辞」には、例えば、"round(丸い)、square(正方形の)、white(白い)、grammatical(文法上の)" といった客観的な形容詞もありますが、"beautiful(美しい)、wonderful(素晴らしい)、terrific(素晴らしい)、funny(こっけいな)、terrible(ものすごい)、awful(ひどい)" といった主観的判断を含む形容詞がたくさんあります。実は、これらの主観的な形容詞が用いられる場合に、「質の含み」が顕著な不定冠詞が非常に使われ易くなります。逆に言うと、不定冠詞を使うことにより、主観的な形容詞が明確になり、強調されると言えます。形容詞の評価的色彩、つまり、いかにも評価をしました、という点が強調されるのです。

例えば rain という語を見てみましょう。rain は可算名詞としても不可算名詞としても使えますが、特に「…な雨」というように形容詞が付加されたときに不定冠詞と用いられることが多くなります。しかし、無冠詞の例も多く見られます。この違いを説明する一つの方法は、既に述べた「単回遂行相」(「冠詞に関する覚え書 (25))」を参照)という側面に注目し、「1回の雨」が降ったことを意識している場合に不定冠詞が用いられると考えることです。しかし、それ以外に今回説明している「評辞」という側面に着目することもできます。当該の雨が「どんな雨か」を主観的、あるいは感情的に評価し、判断している場合に不定冠詞がよく用いられと考えられます。まず、次の例を見て下さい。

(12a)We had a measurable rain.(測定可能な雨が降った)
(12b)We had measurable rain.(同上)
(13a)We had a freezing rain.(着氷性の雨が降った)
(13b)We had freezing rain.(同上)
(14a)We had a torrential rain.(集中豪雨があった)
(14b)We had torrential rain.(同上)

これらの表現を Google で調べてみると、いずれも無冠詞の b の方が多く見られます。その理由は、用いられている形容詞が、主観的、感情的な判断をした語であるというよりも、客観的で冷静な判断をしているということ、また "freezing rain"、"torrential rain" はこの2語でほとんど1概念を表しており、形容詞の評価的色彩を強調するのにあまりふさわしい表現ではないということだと考えられます。日本語で言えば、「凍りつく雨」、「猛烈な雨」というよりも「氷雨」、「(集中)豪雨」の感触に近いと思えば良いわけです。

次の例を見ましょう。

(15a)We had a heavy rain.(激しい雨が降った)
(15b)We had heavy rain.(同上)
(16a)We had a hard rain.(同上)
(16b)We had hard rain.(同上)

(15)に関しては、(14)ほどではないにしろ、無冠詞の方が多いと言えます。やはり2語で1概念を表す傾向にあり、heavy を不定冠詞で強調するという意識はあまり働かないようです。一方、(16)は不定冠詞が用いられている例が比較的多くなります。hard は主観的評価の色彩がやや強い形容詞であるからだと考えられます。

次の例です。

(17a)We had a very heavy rain.(非常に激しい雨が降った)
(17b)We had very heavy rain.(同上)
(18a)We had a very hard rain.(同上)
(18b)We had very hard rain.(同上)

このように very を付加すると、(17b)も用いられますが、(17a)の例が増えてきます。hard を使った方は(18a)の例が非常に多くなります。不定冠詞を使った方が、「どんな雨」であるかをいかにも主観的判断として述べている感じがするのと同時に、very heavy (or hard) rain よりも、a very heavy (or hard) rain の方が very heavy (or hard) が鮮やかに浮かび上がっている感じがすることを実感して下さい。

 「激しい雨」のようなよくある表現ではなく、「良い雨」のように用いられることが比較的少ない表現では、そのときの主観的な気持ちが強く表れ、評価的色彩が強くなっているはずですから、不定冠詞を使うのが普通になります。

(19)We had a nice rain.(恵みの雨が降った)
(20)We had a beautiful rain.(素晴らしい雨が降った)

 以上のように、不定冠詞には、名詞の前にある形容詞を目立たせる働きがあると言えます。イメージとしては次のような感じになります。2語で1概念を表しているような場合(21)と、形容詞が主観的な評辞として用いられている場合(22)の違いです。

(21)We had "freezing rain."
(22)We had a "nice" rain.

「形容詞」と「不定冠詞+形容詞+名詞」

 さらに話を進めます。次の例をご覧下さい。

(23a)She is beautiful.(彼女は美しい)
(23b)She is a beautiful woman.(彼女は美しい人だ)
(23c)She is a beauty.(彼女は美人だ)
(24a)This is impossible.(これは不可能だ)
(24b)This is an impossible thing.(これは不可能なことだ)
(24c)This is an impossibility.(同上)
(25a)This is surprising.(これは驚くべきことだ)
(25b)This is a surprising thing.(同上)
(25c)This is a surprise.(同上)

a は形容詞、b は "a 形容詞 名詞"、c は名詞を用いた例です。いずれも「評辞」ですが、b や c のように名詞を用いた方が、評辞としての重みが増しています。例えば(23a)は「他のときはともかく今は美しい」という意味にもなり得ますが、(23b)の名詞を用いた表現は「彼女の恒常的性質」を表します。関口氏の言葉を借りるなら、「評辞の輪郭が明確になり、評価が評価として概念的にまとまった形を成し、何かの意味で語感に完全な充足感を与える」ということになります。このような評価的色彩を伴う名詞が用いられるのは、主として、嫌悪、侮蔑、驚き、喜び、感心、快感など感情が強く加わった評価を行う場合です。

 次のような表現も「評辞」に含まれます。いずれも不定冠詞が使われることに注意して下さい。

(26)She is something of a musician.(彼女の音楽の才はかなりのものです)『ジーニアス英和辞典』
(27)Life has always been something of a puzzle.(人生は常にちょっとした謎であった)『同上』
(28)He is not anything of a gentleman.(彼は紳士らしいところが全くない)『同上』
(29)He is nothing of a gentleman.(同上)

 最後にときどき論点となる表現ですが、例えば「私は日本人です」と言うような場合に、名詞を使うのか、形容詞を使うのかという問題があります。

(30)I'm a Japanese.
(31)I'm Japanese.

一般的には形容詞を使った(31)の表現が用いられています。『ジーニアス英和辞典』では、国籍を強調するときは(30)の表現が通例用いられる、と述べられています。これは、名詞を用いることにより、どこの国の「人」であるかを明確に「語感に完全な充足感」を持つ形で述べているからですが、状況によって、単に客観的な「国籍の強調」になったり、今回述べている「評価的色彩の強調」になったりするようです。客観的な「国籍の強調」は次のような例に似ていると考えられます。

(32)This is a square.(これは正方形である)
(33)This is square.(これは正方形である)

これは特に感情的な色彩はありません。単に客観的な評価、判定をしているだけです。しかし、特に Jew のような言葉は歴史的にもいろいろと経緯がありますから、「感情を伴った評価的色彩」が強く出ることがあります。(34)は侮蔑的に響く恐れがありますから、避けた方が無難だと思われます。

(34)He is a Jew.(彼はユダヤ人である)
(35)He is Jewish.(同上)

 次回も不定冠詞の「質の含み」を扱う予定です。

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