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目次

<冠詞に関する覚え書>
不定冠詞

第30話 不定冠詞の質の含み
(強調的な場合)




= 覚え書(30) =

 今回も不定冠詞の「質の含み」を見ていきます。「質の含み」とは、要するに「どの、どれ」ではなく「どんなものか、どのようなものか」を述べる場合に現れるわけですが、通例定冠詞と使われる表現が、不定冠詞と用いられる場合に質の含みが強く感じられます。前回、「第2の天性」という表現を見ましたが、それ以外の例を挙げておきます。

質の含み(最上級・序数詞と共に)

 「覚え書 (6)」でも挙げた例です。

(1)I am an only child.(私は一人っ子です)『ロイヤル英文法』(旺文社)
(2)Jack is a most clever man.(ジャックはとても利口な男だ)『ロイヤル英文法』(旺文社)
(3)She has a most likable personality.(彼女はとても好感の持てる性格です)『英文法解説』
(4)Is this dress too much for a first date?(最初のデートにこのドレスはあんまりかしら)『英辞郎』
(5)The enterprise was a first step toward mapping the universe.(その企ては宇宙を計測するための第一歩だった)『新編英和活用大辞典』
(6)Because it was a first offense, his misdemeanor was pardoned.(初犯だったので彼の軽罪は釈免された)『同上』
(7)I'm going to become the kind of man girls turn around to get a second look at.(私は、女の子が思わずエッと振り向くような男になります)『英辞郎』
(8)Next time−if there is a next time−be more polite.(この次には−そんな機会があればのことだが−失礼にならないようにしなさい)『同上』
(9)The prisoner is asked by the officer in charge if he wants to smoke a last cigarette.(囚人は担当官から最後のタバコを吸いたいかどうか尋ねられる)(入試問題)

以上は最上級および序数を表す形容詞であり、普通は定冠詞と用いられますが、「どんな」ということを強く意識した「評辞」の場合、不定冠詞と用いられることもある、ということです。こういった使い方が慣用化すると、定冠詞と使うという意識がほとんど、あるいは完全になくなってしまい、「形容詞+名詞」で1つの概念を表している、と言った方がふさわしくなります。

(10)It was no idle boast; he really had written a best seller.(それは根も葉もないほら話ではなかった。彼は実際にベストセラーを1冊書いていた)『新編英和活用大辞典』
(11)I heard it through a third person.(第三者を通してそのことを聞いた)『新編英和活用大辞典』

"best seller"、"third person" は「最も優れた売り手」や「3番目の人」ではなく(それなら定冠詞と使う)、「ベストセラー」、「第三者」という別概念になっています。"best seller" は "bestseller" とも書けますから、1概念であるということは明らかでしょう。これは極端な例ですが、前回述べた "have heavy rain" と "have a hard rain" の差も同種のものです。heavy rain の方が慣用化がやや進んでいると言えます。

形容詞間のコンマ

 以上の点は、次のようなコンマあるいは and の使用とも関連しますが、冠詞の問題とは直接関係がありませんから、簡単な例だけを挙げておきます。

○ a tall Japanese man(背の高い日本人)
× a tall, Japanese man
× a tall and Japanese man

"a charming little town(魅力的な小さな町)", "a handsome young man(ハンサムな若者)", "a sentimental old lady(涙もろい老婦人)", "a short little finger(短い小指)" なども同じであり、コンマや and でつなぐと不自然です。いずれも前の形容詞(tall, charming など)は「評辞」ですが、後の Japanese, little, young, old は「評辞」ではなく、名詞との2語でほとんど1概念を表しており、前の形容詞とは重みが異なるのです。従って、同等のものをつなぐ働きをするコンマや and を入れると不自然になるというわけです。

質の含み(同格の that と共に)

 では話を先に進めて、今度は、同格の接続詞 that を用いた例を挙げます。いずれも a の例が一致確認の定冠詞であり、b が質の含みが顕著な不定冠詞です。「覚え書 (12)」で挙げた例です。

(12a)The notion that he would be angry did not occur to me.(彼が怒るだろうという考えは私には思い浮かばなかった)『新編英和活用大辞典』(研究社)
(12b)She has a strange notion that there will be an earthquake here before long.(彼女は当地に近いうちに地震があるという妙な考えをいだいている)『同上』
(13a)First, I think that the longer the back-swing you can make, the greater the likelihood that your club-shaft will naturally cross the target line.(まず、私が思うに、あなたができるバックスイングが長くなればなるほど、クラブシャフトが自然に目標線とクロスする可能性が高くなる)『Collins Cobuild on CD-ROM』
(13b)There is a growing likelihood that the firm will be bought out.(その会社が買収される可能性が強まっている)『新編英和活用大辞典』(研究社)
(14a)They were allowed to plow up the footpaths on the understanding that they restored them afterward.(彼らは後で元どおりにするという条件でその歩道を掘り返すことを許された)『同上』
(14b)I have an understanding with him that I can use his car once a week.(私は週に1度車を使わせてもらうという取り決めを彼としている)『ジーニアス英和辞典』

(12b)や(13b)のように名詞の前に(特に「評辞」としての)形容詞が用いられている場合は、不定冠詞を使う方が普通でしょうが、(14)のような場合には、定冠詞と不定冠詞の違いは微妙になることが多いと言えるでしょう。不定冠詞の場合、「どんな」という形容の意識、「(それは)1つの取り決めである」という意識、あるいは「紹介導入」の意識がほんの少し強いだけです。

質の含み(関係詞節と共に)

 次は関係詞の例です。「冠詞に関する覚え書 (11))」でも挙げた例です。

(15)He greeted me with the warmth that I was accustomed to.(彼は、私が慣れ親しんだ暖かさで私を出迎えた)『新英文法選書 第6巻 名詞句の限定表現』(大修館書店)
(16)He greeted me with the warmth that I expected.(彼は、私が予想したとおりの暖かさで私を出迎えた)『同上』
(17)He greeted me with a warmth that I had not expected.(彼は、私が予想していなかった暖かさで私を出迎えた)『同上』
(18)He greeted me with a warmth that was surprising.(彼は、驚くべき暖かさで私を出迎えた)『同上』

これらの例も同格の場合と同じです。(15)と(16)は「一致確認」であり、(17)と(18)は「評辞」であると同時に「紹介導入」です。

熟語的な評辞表現

 前回、"something of a …"(かなりの…、相当の…)という表現が不定冠詞と使われて、評辞を表すということを指摘しましたが、他にも必ず不定冠詞が用いられる熟語的な評辞表現があります。(19)から(22)はいずれも質の含みが顕著な例ですが、文体の点では堅苦しい表現です。「so (or as, too, how) + 形容詞 + a + 名詞」という語順で、不定冠詞が形容詞の後に位置するのが特徴(本来、詩作などで「弱強弱強」のリズムを作るためだったと考えられます)で、不定冠詞がない場合(不可算名詞や名詞の複数形の場合)には用いられません。

(19)There has never been so happy a time as those days.(あの当時ほど幸せなときはなかった)『ルミナス英和辞典』(研究社)
(20)She has as good a voice as you.(彼女はあなたと同じくらい良い声をしている)『同上』
(21)He didn't read too sympathetic a report about the officer.(彼はその士官について同情的すぎる報告書は読まなかった)『ロイヤル英文法』(旺文社)
(22)How big an apartment do you want?(どのくらいの大きさのアパートがほしいのですか)『同上』

much of a を使った次の例も質の含みが顕著であり、something of a と同類です。

(23)He's not much of a pianist.(彼は大したピアニストではない)『ルミナス英和辞典』
(24)He's too much of a coward to tell the truth.(彼は非常に臆病で本当のことは言えまい)『同上』
(25)He's quite a nuisance.(彼はかなりいやなやつだ)『ジーニアス英和辞典』

質の含み(固有名詞と共に)

(25)は別にして、それ以外の上記例は全て何らかの修飾語句があり、それが「どんな名詞」であるかを説明している例ですが、そのような修飾語句がなく、不定冠詞だけで質の含みが強く感じられる場合があります。(25)の "quite a" はその一歩手前の段階ですが、不定冠詞だけの典型的な例が「不定冠詞+固有名詞」の、ある種の場合です。これは既に「冠詞に関する覚え書 (27)」でも説明しましたが、「〜のような偉大な…」、「〜のような悪名高い…」というような意味になる場合です。

(26)He thinks he is an Edison.(彼は自分をエジソンのような発明家だと思っている)『ジーニアス英和辞典』
(27)He is a Cicero in speech.(彼は弁舌にかけてはキケロのような雄弁家だ)『ロイヤル英文法』
(28)A Jesus makes a Judas inevitable.((ことわざ)キリストあればユダあり)『ランダムハウス英和大辞典』

質の含み(強調的な表現)

 固有名詞以外の例もあります。以下のような不定冠詞が、質の含みが最も明確に感じられる場合であり、逆に言うと、このような例が、不定冠詞に質の含みがあることの明白な証拠です。

(29)She has a leg.(彼女は実にダンスがうまい)『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)
(30)She has a voice.(彼女は実に歌がうまい)『同上』
(31)That's an idea.(それは良い考えだ)『新グローバル英和辞典』(三省堂)
(32)Be a man!(男らしく(しっかり)しろ)『ジーニアス英和辞典』
(33)The army will make a man (out) of you.(軍隊がお前を一人前の男にしてくれるだろう)『ランダムハウス英和大辞典』
(34)She made a face when she was told the work wasn't finished.(彼女は仕事が終わっていないと言われてしかめっ面をした)『同上』
(35)His wife is a one, isn't she?(彼の細君は変わっているな)『同上』
(36)He's a doctor of a kind.(彼はあれでも一応は医者なんだ)『ジーニアス英和辞典』

不定冠詞と類似する this

 では最後に、不定冠詞の代わりに this が用いられる例に触れておきます。

(37)I was walking down the street when I heard this explosion.(私が通りを歩いているときドカンという爆発音が聞こえた)『ランダムハウス英和大辞典』
(38)Doctor, I have this growth on my back I'd like you to look at.(先生、背中に腫れ物ができているのですが、診てもらえません)『同上』
(39)There was this kid who always played with me.(いつも私と一緒に遊んだ仲良しが1人いた)『新グローバル英和辞典』
(40)He comes across as this nice old man.(彼は好々爺という感じがする)『同上』

この this は、本来、聞き手が知らないにもかかわらず、話し手が心の中にあるものを指して this と言ってしまったものだと考えられますが、それが習慣化して許容された表現になっています。普通なら不定冠詞を使うべき場合ですが、聞き手に親しみや臨場感を与える口語的な表現としてこの this が使われます。この this も、質の含みが顕著であり、質の含みの不定冠詞と類似しています。

 次回も不定冠詞の質の含みを中心に扱う予定です。

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