陸軍山頂遺跡 レーダーではなかった

昭和30年(1955)か或いはその前後1〜2年いずれかの年の記憶。
 群馬県と新潟県の境に七ツ小屋山という海抜1675mの山があって、度々遠望した。双眼鏡も覗いた。
谷川岳など2000m級の山々から見下ろされているけれども日本海側に対しては劣らず眺望が良い。
 山頂にあった陸軍の「気象観測所」と言われていた廃墟は防諜上の名称で対空監視レーダー施設だろう?と思った。
 行ってみたいと思いながら何度も眺めた ・・・ 機会があって、単独登山した。某月某日、残雪はなく晴れた日だった。
遠くからは廃墟らしさは全くなくてスマートなのに、来てみて驚いた! 10年も放置されれば当然か!
 建物と一体の4角4面の望楼があった。正に砦だ、物見櫓を見上げれば厳めしい0!
望楼に上る階段の中ほどで木製の厚い踏板が砕けてびっくり! それから上は肝が冷えての及び腰ながら望楼台まで上った。

 パルスレーダーの廃墟を念頭に調査したのにそれらしい痕跡は発見できなかった。機器・調度品の残骸は一切無かった。
少なくともアンテナ回転台の痕跡くらいは見つかるつもりだったが、期待が外れた!


 階段は、贅沢ではないか? 垂直のはしごで間に合う場所だ! 積雪に対してはどちらが便利とも言えない!
屋内の階段を上り詰めて天井に接した扉があり、その外が階段の屋外部の下端になっていた。
 戦況ひっ迫に従って軍と言えども装飾や塗装(迷彩は別)が施されない以前の建築に相違ない!
天井やドア、手すりが装飾的で、内外共に塗装されていた。これらのことから国力余裕の時節だった戦前の施工と考えた。
塗装は外面が淡緑色、室内は白色。
 炊事、暖房の燃料は何だったのか? 室内のどこも煤けていなかった。炊事の跡(油汚れ)もなかった。
        烹炊所と暖房設備には別棟があったのだろう?!
 望楼、水槽、浴槽も木製。 望楼に鋼管が数本立っていた、観測機器取付用支柱?・避雷針?
                      陶製の便器は新品同様!

レーダー基地ではないかと考えた根拠は、
 ・位置、地勢的に日本海側の監視網構成に適している。
 ・望楼と言われていた台は、アンテナ調整用のプラットホームとして適している。
 ・電波に都市雑音がない。

軍が気象業務を行う必要があったか? 「電波方向探知所」だったのだろう!

  陸軍山頂遺跡 その2

 さきに、
 群馬県と新潟県の境に「七ツ小屋山」の山頂に陸軍の「気象観測所」と言われていた廃墟があって、
「気象観測所」と言われていたけれども防諜上の名称で、レーダー施設だろうと調査したが、その痕跡は発見できなかった。 軍が気象業務を行う必要があったか?
 と書いた。

 朧な記憶を辿ると間違いが介入したがる! 無価値な記憶はとどめない方がよい。回想はこれきりにしよう・・・

  まった!

 今66年振りに改めて考察する。
七ツ小屋山と米本土攻撃風船爆弾の発射地『五浦』、『勿来』位置関係に注目!

七ツ小屋山から東へ東へと同緯度線を辿ると茨城・福島県境『勿来(なこそ)』辺から太平洋に出る。
群馬・新潟県境で内陸の七ツ小屋山から太平洋岸の茨城・福島に隣接する『五浦』、『勿来』は真東に当たる。
風船爆弾発射の条件を決める「気象観測所」だった? 欺瞞のための呼称ではなかった!
七ツ小屋山の上を通った偏西風は遠く太平洋も北アメリカ大陸も吹きぬけて回っている。
この偏西風に『五浦』、『勿来』から風船爆弾を載せて米本土を攻撃した。
 『五浦』、『勿来』が選定されたされたのは、七ツ小屋山から太平洋両岸〜米国内陸の同緯度位置関係である。また七ツ小屋山の環境も好条件であった。 北米大陸での概略の同緯度線を示せば西岸サンフランシスコが北緯38度、東岸バージニアは北緯37度である。

陸軍気象観測所

この〈砦〉は気象の専門家を招いて、命中率の確保のために刻々の上空の偏西風の様子を知る特殊な観測をしていた? と新たな想像が湧いた。
 贅沢な階段も納得できる。流石の陸軍も佐官待遇、将官待遇の先生たちに登山はさせても梯子登りはさせられない!
  いわば、風船攻撃の照準配置だ!  『風船爆弾』についてはネットに数多公開されているので・・・・。

  参照・引用図書    

偏西風試算

ここで『距離』は同緯度上の地表に於ける弧の長さ[ 90°等角航路]で、大圏距離より長い。近距離では差がわずかだが大陸間では無視できない!
風速は季節によって違う、夏季は弱くて適しない。
冬は速い、高度によっても変わる 
モデルを仮設 ・・・ 季節3月、高度17000m(12000m) 風速35m/s(40m/s)
いま、七ツ小屋山〜勿来167q(緯線弧長)に上記モデルを採用する(感覚による中間値)と、 偏西風到達所要時間 ≒ 1時間20分(1時間10分)、これは
観測結果から発射を決定するまでに、長過ぎず短か過ぎず適した時間ではなかったか!
 【往年学習した統計学手法を忘れた。今更復習の時間も気力もなく、感覚的表現で足りる!】


同一緯線上の3地点
1) 七ツ小屋山36°53′37" (36.89°)  東経138°56′(138.93°)
2) 勿来   ------同上------------   東経140°48′(140.80°)いわき市錦町 蛭田川河口/菊多浦
              経度差     ( 1.87°)

 緯線弧長/秒(角度) = 24.74m/秒(角度)
   【比例分割】 36.89 - 35.00 = 1.89  1.637 × 1.89 / 5 ≒ 0.618  25.358 - 0.618 = 24.74 [m/秒(角度)]
 緯線弧長 = 24.74m/秒(角度)× 1.87(°) × 60 × 60 ≒ 167(q)

3) 米国本土中央部(西経105°)〜勿来、経度差114°
       緯線長 = 24.74m/秒(角度)× 114 × 60 × 60 ≒ 10153(q)
別方法で検算 緯線長 = 20000 × 114 / 180 × cos36.89°≒ 10131 (21qは地球が球でない等からの差 因みに大圏距離約8600km)
           【大圏距離の計算式、無線工学ポケットブック など】
  以降 10150kmとする。∵ 100km以下無効数字【的はとほうもなく大きい!】
飛翔時間 = 10150km ÷ 35m ÷ 60 ÷ 60 ÷ 24 ≒ 3日 8時間 気球から見れば4昼夜+
     (10150km ÷ 40m ÷ 60 ÷ 60 ÷ 24 ≒ 2日22時間 気球から見れば4昼夜−)

ラジオゾンデと無線方向探知

周波数はHF帯、真空管(例えば?)UX30

高層の風向風速を知るにはラジオゾンデを追跡する。当時はHF帯以下なので専らアドコックアンテナが使用された。
             仰角は測れない!

  縦、横、幅何れも概略20メートル規模。
   基礎などそれらしい跡はあちこちにあった! 目測でスケッチしておけばよかった!
 麓のどこか に補給基地を置いただろう?上越線利用可能場所に! 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった の あたり !

  水源は? 山頂だから不便!? 天水濾過か?
 電源は? 【想像】麓から通信用と共に電纜で引いた。受信専用で電力規模小! 予備発電機は小型(1kVA程度)。

 追記、腑に落ちないこと、ドアや天井などが装飾的だったり塗装が施されたりで造作が昭和18年以降ではない! 開戦より前ではないか?
 陸軍は戦前からこの山頂で高層気象観測をしていたのかもしれない。
 ゾンデは添付指示書によって、発見者→警防団→警察→憲兵隊等の経路で、諸事項記入の上、回収された。
山地での回収率は少ないが茨城・福島県境の人口の多い海側で複数発見された?!
やがて陸軍は波長を合わせ上空を越えてゆくゾンデを追うことを試した? そして風船爆弾の発想が湧いた?!

昭和34年(1959)から遠隔に生活が移ったため廃墟のその後は知らない。

  追記

 風船攻撃を中止した理由を「米国の情報秘匿作戦によって戦果が認められなくて無駄な攻撃と決まった」など
挙げられているのを見聞きしたが、 ここで、もう1つの理由を加えたい! 【2022 05 12】

偏西風に季節変化があって夏季には風力が弱く風向は乱れがちで命中率を確保できない、依って秋まで中止した!