アルカナム電脳遊戯研究所 個別解説

投  稿

夜明け前より瑠璃色な:萌えエロゲー路線からの脱却


「夜明け前より瑠璃色な」 (C) オーガスト  発売日: 2005/9/23 機種: Windows98SE以降 レーティング: 18歳未満禁止 恋愛ADV
後にARIAよ りPlaystation2に移植(2006/12/7発売)


 「キャラ萌えゲーム」「萌えエロゲーム」と呼ばれる作品群がある。
 「(キャラ)萌えゲー(ム)」は、個性的でかつ魅力的なヒロイン達を登場させ、シナリオ、 演出などあらゆる構成要素をヒロインの魅力を引き立てる方向に特化した作品である。 シナリオライターの仕事は緻密な世界観を構築したり筋の通った物語を編み出すことではなく、 各場面場面での些細な会話や行動からいかにヒロインを魅せるかにある[*1]。  キャラ萌えゲームが発達した理由として、「エロゲー」がエロゲーたるに不可欠の要素であるHシーンとの親和性が挙げられる。 物語主導の作品の場合、途中にHシーンが入ると物語の進行が妨げられ、話の続きが気になるプレイヤーにとってはさっさと終わって欲しいと思えることすらある。 一方、キャラ萌えゲームの場合、Hシーンはヒロインの魅力を引き出す最大の見せ場であるため、 ここに注力することはそれだけその作品を良くすることとなる。 こうして成立したキャラ主導、エロ重視の作品群は特に「萌えエロゲー(ム)」と呼ばれ、美少女ゲームの純愛系ノベル作品に多く見られるようになった。
 萌えエロゲーは以下のような基本骨格を持つ。魅力的なヒロイン達と出会い、間もなく仲良くなり、恋人となってラブラブな日々を過ごす。 後半に些細な問題が生じるが、ヒロインと主人公の"ラブラブパワー"で解決、そのままハッピーエンドへ。  グラフィックは上手すぎる必要がなく、ある程度個性的で可愛く、かつ肉感的な絵が望ましい。 シナリオ担当は、各シーンを魅せることが最重要で、作品世界や物語の一貫性は軽視されることが多い。 「ご都合主義」が基本である。魅力的でかつ演技の上手い声優にヒロインの声を担当させる[*2]。
 大抵は明るい雰囲気の作品であり、プレイヤーはプレイ中、幸せな気分に浸ることができる。 美少女ゲームはエンターテイメント作品であるため、こういった作品が人気を集めるのは当然である。

[*1] 逆に物語(ストーリー)主導の作品では究極的にはヒロインも含めた登場人物が物語を描く上での配役に過ぎない。 物語主導の作品ではヒロインの魅力を(時にはヒロインの命や存在そのものをも!)犠牲にしてでも物語の上での役割を課すことが多い。
[*2] これもキャラ萌えゲーム、萌えエロゲームの主要な特徴である。 物語主導でプレイヤーにじっくり読ませる作品の場合は、声が無い方が効果的な場合もある。

 オーガストは第1作の「バイナリィ・ポット」(2002年)以降、「Princess Holiday〜転がるりんご亭千夜一夜〜」「月は東に日は西に 〜Operation Sanctuary〜」 と萌えエロゲー路線の作品を制作し、人気ブランドとなっている。

 しかし、萌えエロゲー路線は衰退の兆しが現れ始めた。 市場に多数の作品が溢れてくると、似たような設定・属性のヒロインが多くなる。 人気声優は多数の作品に出演している上、大人しいキャラクターばかり演じる人、 勝ち気なキャラクターばかり演じる人というように、各声優毎に似た役柄に固定化される傾向が強い。 そして、オーガストのように同じ原画家[*3]で作品を作り続けた場合、絵も作品間で似通ったものになってしまう。
 どこかで見たようなキャラクター(属性)、どこかで聞いた声、そして、同じブランド の作品を買い続ける限り、いつもの絵。しかも、物語の比重の低い萌えエロゲーでは、 物語の部分で他作品と差別化を図るのは困難である[*4]。
 これでは良くない。エロゲーに触れたばかりのプレイヤーならまだしも、複数の作品をプレイしていくと直ぐに飽きてしまうだろう。

[*3] オーガストの全作品の原画を担当しているべっかんこう氏は毎作品同じ絵を描く“判子絵”原画家として五本の指に入る程名高い。 しかし、別の見方をすれば絵が安定していることでもある。同一人物が絵毎で別人と間違えるほど絵の安定しない作品も少なくない事から見ればはるかにましではある。
[*4] 物語の部分があまりに酷いために他と差別化されてしまう作品も中にはある。 オーガストについても「バイナリィ・ポット」、「Princess Holiday〜転がるりんご亭千夜一夜〜」では最終ルートで作品を締めるために余計な設定を持ち出し、作品世界を最後の最後で台無しにしてしまった。 「ワールド展開」または単に「ワールド」とはこの二作における物語上の問題箇所を示す言葉で、オーガスト作品が物語の部分で出来の悪い萌えエロゲーであることの証明でもある。 なお、「単に甘ったるい話より刺激になって良い」というワールド愛好家も中には存在するようである。

 ではどうやって他作品と差別化を図るか? キャラ主導でエロ重視な作品が萌えエロゲーであるため、この2点をより押し進めるのは至極当然の対応である。 キャラクターで差別化を図る場合、特殊な設定、属性をヒロインに与えた、「イロモノキャラ」で押すことになるが、 特殊な設定はきちんとしたシナリオでのサポート無しでは作品のリアリティを著しく下げることになる上、特殊な属性はプレイヤーの好みと乖離する危険が増大する。 その結果、姉ばかり登場する作品、巫女さんばかり登場する作品等々、特定の属性に特化し、対象プレイヤーを絞った作品に進化しつつあり、多数のプレイヤーを対象とした大作は作り難くなっている。 エロ重視の方向を選択するのはより困難で、ヒロインの数を増やしても、回数を増やしても、基本的に同じ事の繰り返しになってしまう。 そこで、コスプレや、同時に複数のヒロインを相手にすることで変化を付けるか(通称丼物)、その他の特殊性癖に走るくらいしか選択肢が無い。 こちらもより対象プレイヤーが絞られ、大作には向かない。

 そして、「夜明け前より瑠璃色な」

 この作品は、 メインヒロインであるフィーナ姫を前面に押し出し、フィーナ姫の魅力を楽しむ作品として発表され、宣伝され、販売された。 そして、オーガストは萌えエロゲー専門のブランドとして認知されているので、今回の作品は魅力的なフィーナ姫様とラブラブ・エロエロな展開を満喫する萌えエロゲーになると多くのプレイヤーは期待していた。

 しかし、実際にプレイしてみると、大分様相の異なる作品だった。「最初は誰から先 にしようか[*5]」などとと考えつつ開始したプレイヤー[*6]に示されたのは、フィーナ姫のルートへの強制。 それも、ラブラブ・エロエロな展開ではなく、お互いの想いを確認しあった後も身分・立場の差に悩む2人。 その先の各ヒロインルートも、物理的/心理的な距離または障壁にヒロインと主人公二人がもがく展開が続く。これらは萌えエロゲーにはない展開である。

[*5] 萌えエロゲーではヒロイン間にあまり格差を付けず、プレイヤーはどのヒロインから開始しても構わないし、 好きなヒロインのルートだけプレイして後は放棄しても構わないように作るのが一般的。
[*6] とある積みゲーマー(地雷突撃系)の言によると、
「ゲームで最も楽しいのは発売前にどの作品を買うかあれこれ迷う時。  次が購入を決めた新作の発売前にどんな内容か色々妄想している時。  購入した後も積み続けてさえいればこの幸せな時間が長く続く。  プレイ始めてしまえば幸せな妄想は消失し、現実(地雷)のみが残る。」
これは極めて極端な話としても、「最初は誰から〜」とあれこれ考える時間は無視できないほど楽しい時間であるはずだ。

 なぜこうなったのだろうか。
「夜明け前より瑠璃色な」のメインヒロインであるフィーナ姫は臣民に対する義務感が強く、良き女王となるべく日々努力し、高い知性と体力、気品を身につけた理想的なプリンセスとして描かれている。 この理想的なプリンセスを描くのが本作の主眼である。プリンセス物を名乗るなら理想的なプリンセスを描くのが当然である。 だが、「お姫様はブームとなりうるか?」の頁にも書かれているように、 そしてオーガストの前の作品「Princess Holiday〜転がるりんご亭千夜一夜〜」[*7]が示すように、萌えエロゲーで理想的なプリンセスを扱うのはかなり難しい。 まず、プリンセスヒロインが強すぎるためにヒロイン間のバランスが崩れてしまう。 さらに、強すぎるヒロインと主人公との格差が問題となる。

[*7] この作品は典型的な萌えエロゲーであり、物語の上で姫をきちんと扱わなかった。その結果、萌えエロゲーとしては成功したが、王族としての誇りも臣民に対する義務感も欠けた、設定のみの姫になってしまい、 プリンセス物としては失敗している。

 本作はこれらの問題を以下のように解決した。まず、ヒロイン間のバランスの崩れについては、そのまま作品の中に取り込んだ。 すなわち、ルートの順番に指定を設け、 フィーナ姫が最初の導入編と最後の完結編のヒロインとした。他のヒロインルートでもフィーナ姫は途中退場することなく、 重要な場面での助言役を担わせ、完全にフィーナ姫をメインヒロインとして据えた。
ヒロインと主人公との格差の問題についても、作品の中に取り込んで正面から向き合った。 あえて主人公を普通の学生とし、姫との格差を姫と主人公との仲の障害として物語の重要な要素に据えた。 そして、作品全体の流れ、そして全体の雰囲気の統一のため、作品全体もヒロインと主人公との仲の障害を乗り越える話となった。
 本作が典型的な萌えエロゲーから外れた作品となったのは、プリンセスの抱える問題に対し作品全体の物語指向を強める解決法をとったためである。

 困難を乗り越え、主人公には勿体ないほど有能かつ魅力的なヒロインと最終的に結ばれる物語は(陳腐かもしれないが)悪くないし、 従来の萌えエロゲー路線で定評のあるHシーンの充実度は本作も変わらず、それ目当てのプレイヤーも納得できると思われる出来である。 細かく見ると欠点もあり、また、萌えエロゲーを期待したプレイヤーに期待とは違う作品を提供したという問題もあるが、全体的には良い出来である。 極端な特殊属性を使っていないので対象プレイヤーが広く、また物語要素の強化により従来の萌えエロゲーのプレイヤー以外でも楽しめるものと思われる。

 本作の成功は、限界が見えつつある萌えエロゲーの今後の動向に一つの方向性を与えてくれる。 今回、物語要素を強化することで、物語を軽視した萌えエロゲーでは出せなかった、魅力的なプリンセスを出すことに成功した。
物語の比重が低いことは萌えエロゲーの特徴であるが、最大の弱点でもあった。萌えエロゲーが向かう袋小路から逃れるには、物語の比重を上げることが根本的な解決になる。

 今後の萌えエロゲーは様々な属性に細分化し、幅広い人気を集める大作は生まれなくなると予想される。 予算も制作スタッフも限られた弱小ブランドが、少ない制作資源でより魅力的な作品を制作しようとした場合、 今後も萌えエロゲーは有力な選択肢となる[*8]だろうが、人気ブランドに成長したオーガストがより幅広い支持を集めるよう制作に注力するのであれば、萌えエロゲー路線から脱却し、従来より物語の要素を強化するのは必然であったのだろう。 今作においてはまだ移行期としての問題、欠陥も散見されるが、今後の発展に期待したい。

[*8] 最も制作資源が少なくても成立するのは物語重視の作品であるが、この場合、シナリオライターに負担が集中する。 実際、人気の高いシナリオライターは制作間隔が非常に長いか、直ぐに燃え尽きてしまう傾向がある。


主要登場キャラクターおよび各ルートへの補足はこちら(ネタバレ有)

written by kakashi

※この記事に関する問い合わせは
管理人(S.N.)が受け付けます。


「アルカナム電脳遊戯研究所」トップへ共通トップへ

Received: 2005/10/12; Update: 2005/10/13; Revised: 2006/12/8(#1)

#1: 家庭用ゲーム機版の情報を追加