アルカナム電脳遊戯研究所 個別解説

Alea:純粋なお嬢様学校もの


「Alea -アレア- 紅き月を遙かに望み」 (C) カリギュラ  発売日: 2007/1/26 機種: Windows98SE以降 レーティング: 18歳未満禁止 学園ダークADV


本作品は、陵辱系作品を制作してきたブランドから発表され、「学園ダークADV」と称し、パッケージには黒地に汚されたメインヒロインの絵が描かれている。 これだけを見れば、陵辱系作品と考えるのが普通だろう。しかし、実は本作品は、 お嬢様学校的雰囲気を楽しむことが主眼であり、本質的に純愛系の作品である。 しかも、純愛系作品以上に、このテーマ(お嬢様学校的雰囲気を楽しむこと)を上手く表現した作品である。

お嬢様学校という舞台は陵辱系・純愛系どちらの作品にも結構よく使われる。 ただし、陵辱系の場合には、学校に通うお嬢様が汚されるのと同時にお嬢様学校そのものも汚され、お嬢様学校は魅力的な場所ではなくなってしまう。 そのため、お嬢様学校を魅力的に描きその雰囲気を楽しむ作品は陵辱系ではありえず、 純愛系になるはずである。

では純愛系でならお嬢様学校を楽しむ作品ができるかというと、 今度は平民主人公(お嬢様学校を鑑賞したいと思う平民プレイヤーの代理である)とお嬢様であるヒロインがカップルとして釣り合わない、という問題が生じる。 また、主人公が平民のままでお嬢様学校に入りこむ手段が少ない。例えば、 先生として入る場合には生徒に手を出して良いのかという問題が生じるし、女装して入ったりしようものならもはや作品はお嬢様ものではなく女装ものになってしまう。

だから、純愛系作品でお嬢様学校を舞台とする場合は、主人公=プレイヤーの代理たる平民、舞台=理想のお嬢様学校、ヒロイン=お嬢様、という図式を崩さないといけなくなる。そうなると、作品に別な要素が入り込む。 そして通常、その別な要素の方が作品の本題になる。例えば、主人公をヒロインの補佐役にする→執事ものになる、主人公を警備にする→バトルものになる、主人公をセラピストにする→学校が精神病棟だったことになる、等々。

ここで、お嬢様学校を楽しむ、という目的に戻って考えてみたい。 プレイ中、プレイヤーが舞台であるお嬢様学校の雰囲気を楽しむのはどういう時かと言えば、 それは日常イベントをプレイしている間である(日常イベントの重要性は「雰囲気ゲーム」と呼ばれるような舞台の魅力を全面に出した作品全てに言える)。 ヒロインと主人公との性交渉シーンやエピローグでではない。 だから、ヒロインと主人公が釣り合わないのなら、無理にルートなど設けない方がよいのである。 だが、 純愛系作品での不文律「全ての主要な女性キャラクター(ヒロイン)は主人公とのハッピーエンドを持たなければならない」は強固であり、 作品中多数存在する日常イベントで頻繁に登場する女性キャラクターのルートを設けないわけにはいかない。純愛系作品として売るのであれば。

純愛系作品として売るのであれば。

だから、みかけ純愛系としなかった「Alea」がうまくいく。「Alea」では、 陵辱ルートは設定の説明(主人公がなぜ学園に呼ばれたかなど)を行うなど作品内で補助的な役割であり、バッドエンド寄りの描き方をしている。 これにより誰とも結ばれずに学園を去る展開がバッドエンドと見なされなくなるようにしている。作品的本命ヒロインにはちゃんと純愛ルートを用意した上で、 主人公と共に未来を歩むのが不自然なヒロインには陵辱ルートを用意しルートなしヒロインとなることを避けている。また陵辱ルートに入っても作品の本体である日常イベントや学園の魅力を否定しないよう配慮されている。

「Alea」の本体は、2週間の日常イベントである。基本的に主人公は2週間、客としてきままに学園を動き回ってプレイヤーとともにお嬢様学校を堪能し、 期間が終わると日常へと帰っていく(誰のルートにも入らずに)。 陵辱ルートはこのようなプレイが楽しくなるように(バッドエンドとして否定されないように、 主人公のこの行動が設定上許されるように)作品を調整するのが役目である。

「Alea」は、これこそお嬢様学校ものと言える、目的に特化した優れた作品である。 だが、純愛系で扱うべきテーマなのに純愛系の型に阻まれ、 陵辱系の仮面をかぶらなければ表現できなかったというのであれば、 純愛系をおもにプレイする筆者としては残念な話である。 時には型を破ることも必要である。創り手の挑戦に期待したい。


「アルカナム電脳遊戯研究所」トップへ共通トップへ

last update: 2007/12/29