アルカナム電脳遊戯研究所 個別解説

七彩かなた:ループ物の完成形


「七彩(なないろ)かなた −夏休み! ドキラブバカンス夢冒険−」 (C) 千世  発売日: 2006/5/26 機種: Windows98以降 レーティング: 18歳未満禁止 


この作品はループ物である。ループ物というのは、ノベルタイプの作品において時間が循環する世界観を持つ作品で、典型的には1回のプレイの中である程度ゲーム内時間が経過すると時間が巻き戻り(ループ発生)、 何度も同じゲーム内時刻を繰り返しつつ少しずつ世界が変化していき、最後に主人公(達)がループを脱出して通常の時間の流れに戻って物語が終了する、という構造を持つ。この作りの最大のポイントは、 通常のノベル作品ではゲームスタートするごとに全く同じ序盤を繰り返し見ることになるのに対し、ループ物ではその「繰り返される序盤」を世界観の中に取り込んでいる点である。そのため、ループ物という作品群は、通常のノベル作品あっての作品群で、メタ・ゲーム(=ゲームをネタにしたゲーム)である。

ループ物の作品は、筆者がプレイした範囲で今回を含めて7作品目、最も古い作品は1999年発売(「Prismaticallization」(Arc System Works)および「かぜおと、ちりん」(シーズウエア))である。 筆者が把握していない作品もあると思われるので、全部で10作品前後と推測される。マイナージャンルであるが、ジャンルとして成立するには十分な数と言えよう。そして、「七彩かなた」はその最新作であり、最も優れた作品である。 どこが優れているのかは、ループ物がどういう特徴を持つ作品になるかを考えることで明らかになる。ループ物は、メタ・ゲームである、 強烈な世界観を持つ、といった点から、制作上大きな縛りがある。それでもその縛りの中で最大限「楽しめる作品」を作ろうとして完成したのが「七彩かなた」である。 将来的にもループ物である限りはこれ以上楽しめる出来の作品は望めない。

詳細は以下に述べる。

作品の本題

「七彩かなた」は、ループ物ではあるが、作品を楽しむ上での本題はやはり普通の美少女ゲームと同じく魅力的なヒロインと仲良くなる部分である。 タイムループはきわめて強烈な超常現象のため、ループ物はループ現象の描写が作品の中で大きな比重を占める。 しかし、ループ現象を堪能するだけの作品は娯楽作品として問題がある。というのも、通常タイムループは主人公達を閉じこめる檻として描かれる。檻が主人公達を閉じこめる様を堪能する作品が楽しいだろうか?  (描き方次第で「面白い」と感じさせることは可能だが) また、ループ物は「普通の」美少女ゲームを念頭においた作りである。そのため、作品の本題が普通の美少女ゲームから遠く外れるのは良くない。「七彩かなた」の方向性は、正しい。

ルートの設計

ループ物には、各ルートの内部でループを繰り返すタイプと、各ルート終了時に時間移動が起きてゲーム全体でループを形成するタイプの2通りがある。 ループ物の意義である「繰り返される序盤を世界観に取り込む」という意味では後者の方が洗練されているので、 前者のタイプは初期の作品(「Prismaticallization」、「Never7」(KID))に見られるだけで最近は作られない。「七彩かなた」も後者のタイプである。

こちらのタイプでは、ループが進むにつれての世界の変化を描写していくためにルート順番指定が導入され、最後にトゥルーエンドが用意される。 ヒロインと仲良くなる個別ルートは、トゥルーエンドより前におかれる(別項「複数ルートの組み立て方」参照) 。 しかしこの形式だと、ヒロインと仲良くなった個別ルートはループの発動とともになかったことにされてしまう。 そのため、個別ルートはハッピーエンドにはできず、バッドエンド寄りの内容にせざるを得ない。実際これまでのループ物では、 途中の個別エンドでヒロインや主人公が死んで終わることすら珍しくなかった。これでは、せっかくのヒロイン個別ルートもヒロインの魅力をアピールするのが困難である。そして何よりも、 プレイヤーが見て楽しくない。来るルート来るルート皆バッドエンドでは、プレイヤーがつらい。

だからやはり、個別ルートはハッピーエンドが望ましい。とはいえ物語全体から見ればループの発動により否定されるのでバッドエンドである。 この「ハッピーエンドであり、かつバッドエンドでもある」という難しいバランスに挑戦したのが今作である。そしてこの難しい個別エンドを4種類も用意したのだから大したものだ。

そして、個別ルートを終えて迎えるトゥルーエンド。トゥルーエンドでは事件の完全な解決が行われる。ループ物は、明らかに異常な事象であるタイムループに主人公達が閉じこめられる、という話なので、トゥルーエンドでは主人公達を閉じこめていたループは壊れ、主人公達は晴れて自由の身となる、はずだ。 だがちょっと待ってほしい。タイムループが可能な世界ならば、時間旅行も可能のはずである。時間旅行は人の見果てぬ夢だ。だから、ループを壊すと同時に時間旅行の可能性を捨ててしまってはもったいない。今作の示した結末は、正しい。

登場人物の配置

「七彩かなた」は、通常の美少女ゲームと同じく魅力的なヒロインと仲良くなる作品であると同時に、ルート順番指定でトゥルーエンドを持つ物語重視の作品でもある。 作品中の各イベントで魅力的に描ける設計と同時に、物語上での役割に合った設計が必要である。 今作の登場人物設計でのキーワードは、「役割の分割」と「カップルセットの運用」である。

ループ物は強烈な現象のため、ループの謎に関わるヒロインは物語上重要な役目を担い、謎に関わらない他のヒロインに比べ突出した存在になる。 しかし、突出したヒロインが一人いるのは、他のヒロインの印象(魅力)が弱くなり作品が小さくなって望ましくない。 また、だからといってループの謎に関わる役割を男性キャラクター(主人公も含む)やサブキャラクターに回すのは損である。 物語上の活躍によってヒロインの魅力を増す機会をみすみす逃すことになるからだ。 今作では、ループの謎に関わる役割をヒロイン二人に分割した(情報を握るヒロインと解決能力を持つヒロイン)。 これにより、ループの解決という物語上の活躍をヒロインの魅力につなげると同時に、トゥルーヒロインの突出を抑えることに成功している。

また、今作は、主人公グループが男女関係抜きでも仲良く過ごす話のため、グループ内に主人公以外の男性キャラクターが必要である。しかも、グループ全員が最後までまとまって行動するために、男友達をおざなりに扱うことができない。 今作では、別項「男友達の傾向と対策」で「最も安定した方法」として述べた、 彼女役キャラクターとセットで運用する「カップルセット型」を用いている。そして「役割の分割」はここにも及ぶ。今作は視点の変更が多く、 特にメインヒロイン(若月ひまわり)と男友達(金田国丸)の視点の場面は多めになっている。これにより、この二人もある程度プレイヤーの共感を受けることになる(プレイヤーの共感を受ける、という主人公の役割の一部がこの二人に分割されている)。カップルセット型の運用の問題は、 それなりに魅力的に描かれる男友達の彼女役が主人公のものにならないため、 時にプレイヤーが不満に思う点だが、その問題を今作は男友達に主人公性を分割することで解決している。

以下に登場人物についてまとめる。

西乃木 涼一
主人公。一行の中で最も常識人であり、一行のリーダー。 最もプレイヤーに近く、とっつきやすい主人公である。
若月 ひまわり
メインヒロイン。ループの謎を握る。 ひまわり視点の場面が数多く与えられており、ひまわりは攻略する相手というよりもサブ主人公に近い。これには、ひまわりが主人公・涼一の実妹であるという点も大きく作用している。 (なので、ひまわりが攻略対象ヒロインとして魅力的に感じられないプレイヤーは、ひまわりを涼一に並ぶ二人目の主人公だと考えてプレイするとよいだろう)
火立 九菜
現代っ子代表の攻略対象キャラクター。今時の価値観を象徴する。
菫姫
平安側主ヒロイン。ループの謎を握る。時代を超越した魅力を持つ攻略対象キャラクターである。
夕日
平安側副ヒロイン。菫姫が平安時代に収まりきらない人物なので、 平安の雰囲気を出すには、より平安時代的な人物が必要である。 攻略対象キャラクターであるが、菫姫の引き立て役の側面が強い。
金田 国丸
男友達。常識にとらわれない変人だが、要所で涼一と息のあったところを見せ一行を導く。ひまわりが主人公がループを解決する際のサブ主人公なら、 国丸は主人公が一行を率いる際のサブ主人公である。
出水 祭
国丸の彼女役。古風な人物で、その古風さで平安と現代を繋ぐ。 (ちなみに、国丸は常識にとらわれない人物で、その非常識さで時代を超える)
園城 フジ/ハギ
途中退場する主人公達の友人で、もう一組のカップルセット。 非攻略サブキャラクターの出し方としてカップルセットは有効である。

作品の演出

「七彩かなた」の演出面での特徴は、視点の変更と、あえて描かない部分の多さである。視点の変更は、主人公がその場にいない状況での登場人物達の行動を描く、上で述べた主人公性の分割、ヒロインの心の動きを描く、といった目的に使われ、 演出上有効に機能している。ただし、視点の変更はシナリオライターの腕が要求される手法である。能力の高い複数のシナリオライターと統括に長けたディレクターが在籍するこのブランドだから可能なのかもしれない。

あえて描かない、という方もきわどい演出手法である。この手法は、 物語中で起きたことを完璧に漏らさず書いてしまうよりも、ある程度描かれていない部分が残っていた方がプレイヤーの想像力を刺激して好印象になる、という理屈に基づく。 大きな物語・作品を制作する上で制作資源の節約にもなる。 だが、単なる手抜きや描写力不足と見た目に大きな差がないため、やりすぎれば著しく逆効果となってしまう。 今作では、あえて描かない部分がかなり多いので、プレイヤーによって多少印象に差があるかもしれないが、総合的に成功していると見てよいだろう。 特に、プレイヤーを嫌な気分にさせる可能性のある場面を大胆に省いているのが楽しい作品を作るという点で効果的に働いている。 具体的には、ループ初動の輝石破壊の原因、「酷いことになっちゃった」というゲーム開始前の周回の出来事、過去に九菜に涼一が言い放った返答の内容など。これらはろくでもない内容に間違いなく、詳細を描かれて見せられても良い気分にはならない。が、 描かれていなかった部分をあれこれ想像を巡らせてみる分には悪くない。


まとめると、「七彩かなた」は、ループ物という面白いけれどもやっかいなジャンルの中で、最大限楽しめるように緻密に計算されて作られた作品である。ネタとしての面白さでは他にも良い作品はあるし、まだやりようはあるだろう。 しかし、プレイしている間、特に個別ルートをプレイしている間を楽しめるループ物の作品は他にはなく(プレイしていて段々つらくなることが多い)、これからも望めない。 ループ物の娯楽作品として完成形である。


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last update: 2006/6/11