アルカナム電脳遊戯研究所 一般コラム

三作目問題
ウィザードリィからTYPE-MOONまで

今回は、コンピューターゲーム全般に適用される内容である。
シリーズ物(典型的には、数字が作品名の後ろに付く)において、「3」が名作と呼ばれることは非常に少ない。 もちろん例外もある(後述の「ドラゴンクエスト」シリーズなど)が、 名作と呼ばれる「2」の多さに比べれば圧倒的に少ないとみてよい。 しかしそれは、「3」が手抜き作品ばかりだ、というわけでは決してない。 「3」は、シリーズ過去作のファンによる相当の売り上げが保証されており、予算に余裕がある。 手抜きどころか、シリーズ過去作以上の制作資源が投入されていることの方が多い。 それにもかかわらず成功しにくいのは何か理由があるはずである。

まず、作品の企画段階からみてみよう。 そもそも、「3」が作られるということは、「2」が成功しているはずである。 そのため、「3」の購入者は、「2」までの評判を聞いて新規に購入を検討したプレイヤー、成功した「2」からのプレイヤー、「1」からのプレイヤーの3グループに分けられる。そのうち、 数としては「3」からと「2」からのプレイヤーが多くなる。 しかし、「1」からのプレイヤーは熱心なファンであり、数は少なくても影響力は大きいので無視できない。 「3」は、シリーズ過去作に関する知識に大きな差のあるこの3つのプレイヤー層を同時に相手しなければならない。

特に問題なのは、「1」からのプレイヤーへの配慮である[*1]。 「1」からのプレイヤーは、「1」と「2」で共通の良さだった箇所が「3」でもシリーズの伝統として残ることを期待する。 しかしこれは制作上縛りである。「2」では、「1」の特徴をどこまで残すかは全く制作側の自由であり、「1」の良い点のうち「2」のテーマにぴったり合致する点のみを残せばよかった。実際、「1」「2」でテーマが異なる場合には、 「1」 の作品内容のうち「2」に受け継がれるのはごく一部である。同様に考えると、「1」と「2」の共通点のうち「3」に無理なく受け継げる部分というのは、 本来その中の一部だけである。だから、「1」と「2」の共通点の多くをシリーズの伝統として受け継がせつつ、独立した新作を作ろうとすれば、作品に無理がかかるのが当然である。[*2] 

以上のように、「3」が、「1」や「2」と違うテーマ設定の作品の場合は「3」であることが縛りになり、制作が困難になる。 それでは、「3」が「1」や「2」と同じテーマである場合はどうだろうか。 この場合には、単純に「3」が「1」や「2」より優れた作品であればよい。 しかしこれも困難である。なぜなら、「2」が「1」を踏まえて制作されている以上、「2」の時点ですでにそのテーマの作品として完成度がきわめて高くなっているはずだからである。

ただ、以上の問題は本来作品を破綻させるほど大きいものではない。 前者(「3」で方向性を変える)の場合では、伝統を受け継ぐことにより作品がゆがむが、それが作品の破綻に至るようならさすがに制作側も伝統を捨てることを選ぶはずである。 そして、「1」からの熱心なファン以外、つまりプレイヤーの多くは「1」からの伝統が捨てられたことを問題視しない。 後者(これまでと同じ方向性で作る)では、「2」を大きく上回ることは困難としても、制作資源が充実しているからそんなに悪い出来にはならないはずである。

しかしそれでも「3」は評価が低くなりがちである。これはすなわちプレイヤー側の期待が高すぎるからである。「1」、「2」と発展を見てきたプレイヤーは、「3」でさらなる発展を期待する。「2」からのプレイヤーも、「3」が「2」と同等以上になることを期待する。 しかし実際は、「3」の出来はたいてい「2」を下回る。 このギャップはプレイヤーの失望を呼び、作品、シリーズ、時にはブランドへの悪評に結びつく。

これは、お金を出して買うプレイヤーにとっても、時には通常の作品以上の制作資源を投入して制作する制作側にとっても大変不幸なことである。 ただ、この不幸(以下、「三作目問題」と呼ぶ)の原因の相当部分は、高すぎる期待をかけたプレイヤー側にある。 だから、プレイヤーの意識次第で三作目問題はある程度回避可能である。

プレイヤー側の対処を考えるにあたって、まず過去作がどのような場合に特に問題が発生しやすいかを挙げておく。

では次に「3」が発表されたときのプレイヤー側の対処法である。

なお、以上の内容は作品名に数字が付くなどの明確なシリーズ物に対して述べたものだが、同一ブランドで方向性の近い人気作品が2つ続き、そして新しい方の作品の人気がより高い場合にも、これらが事実上の「1」と「2」になって、次の作品で三作目問題が発生する可能性がある。


[*1] 制作側自身も「1」と「2」に愛着があるため、割と「1」からのファンに近い立場で制作しがちである。

[*2] シリーズが数を重ねれば、引き継がなければならない伝統の数は減り、伝統を残すことによる制作上の縛りは小さくなる。また、プレイヤー層も、新規プレイヤーの比率が下がるとともに、シリーズ全てをプレイしたプレイヤーの比率も低下する。 その結果、シリーズの新作を制作するにあたっては、わずかに残るシリーズの伝統さえ踏まえておけば新しい試みを全面的に展開しても問題なく、逆にこれまでの作品で取り上げた内容を組み合わせて作品を作っても大きな問題にならない。つまり、三作目問題が致命傷にならなければ、その先は安定してシリーズを続けることが可能である。

[*3] 極端な場合には、「3」が「1」と「2」を双方プレイしていることを前提とした完全続編であることもある。 この場合は、プレイヤーが絞られているためプレイヤーが新作に何を期待するかの幅が狭いので、それに沿った作品を制作できれば成功する。 このときは三作目問題は発生しない。 ただ、対象プレイヤーが限られているためあまり売れないし、新規プレイヤーが間違って買ってしまった場合は悲惨である。


Case Studies

「ウィザードリィ(Wizardry)」シリーズ(Sir-tech Software, Inc;原版)

コンピューターRPGの原点(の一つ)である「ウィザードリィ」。このシリーズの三作目問題はPC版とファミコン版で対照的な結果をもたらした。

ウィザードリィはPC版がオリジナルで、ファミコン版は移植である。 PC版は、「1」が "Proving Grounds of the Mad Overlord"、「2」が "Knight of Diamonds"、「3」が "Legacy of Llylgamyn" の順番で発表された。 「2」は「1」の完全続編で、パワーゲームの楽しみがある。 「3」は、ウィザードリィの楽しみのはずのキャラクター成長とアイテム集めの双方の要素で問題を抱え(経験値入手が悪く、かつ貴重アイテムがほとんどない)、低評価となってしまった作品である。 これは、「2」が「1」と共通性が高くかつ発展形であり、「3」で「1」「2」と共通性を高くしたら「2」を超えられなかったという典型的な三作目問題である。 結果、三作目で失敗したPC版のウィザードリィは低落傾向が止まらず、「5」(Heart of the Maelstrom) でシリーズは終了した。 (一応、"Wizardry" の名を冠する "Bane of the Cosmic Forge" "Crusader of the Dark Savant" 等もその後に作られたが、もはや似て非なる作品である) 結局、PC版プレイヤーにとって「ウィザードリィ」と言えば「1」を指す。これが実態である。

これに対しファミコン移植版では、あまり評判の良くなかった「3」の方を修正・改良して「2・リルガミンの遺産」とし、パワーゲームとしてのシリーズの発展形である「2」を「3・ダイヤモンドの騎士」として発表した。 (つまり、PC版とは「2」と「3」が逆)  その結果三作目を成功させた「ウィザードリィ」はその後も作品を重ね、家庭用ゲーム機・携帯ゲーム機の人気シリーズとして定着した。

「ドラゴンクエスト」シリーズ(エニックス;当時)

このシリーズは「3」が傑作という例外的なシリーズである。 この「3」は、「2」と同じ方向性で「2」を上回った作品である。 「2」の時点でも傑作とされていたのだが、「3」はハードウェアの限界の限界まで内容を詰め込み、その分量を最大の武器として「2」を上回ることに成功した。 この結果、三作目問題をクリアした「ドラゴンクエスト」シリーズは、その後も方向性のぶれの少ない安定したシリーズとしてゲーム機用作品市場に君臨することになる。 ただ、「3」の成功の代償として、当時傑作だったはずの「2」が全くその後顧みられなくなった。

「ドラゴンクエストIII」の成功は、「3」を成功させることの難しさを逆に教えてくれる。 同じ方向性で「3」を作るなら、「2」を完全に上書きできるほどの内容を用意しなければならない、ということである。 制作資源が限られ、ハードウェアの発展が遅い美少女ゲームで同じことが可能なのだろうか。 また、「2」を犠牲に払う作り方を制作側は果たしてとれるのだろうか。

「同級生」と「下級生」(エルフ)

「同級生」「同級生2」は、NEC-PC9801シリーズ時代後期の名作である。 そして、この2作品は、三作目問題が発生しやすい条件をほぼ完璧に満たしていた。
エルフは、この2作品の後、「同級生3」の制作を開始、キャラクターデザインまで公表した。しかし、その後その制作は停止し、メインスタッフは同じのままで「同級生」シリーズとは少し方向性を変えた作品「下級生」を発表した。 この「下級生」は、「同級生3」を作っていたら発生したであろう過去作のしがらみを脱し、見事に名作として人気を博した。

「同級生3」をやめて「下級生」にして三作目問題を回避したのはエルフの見識である。さすがは当時の王者ブランド、ということだろう。

「とらいあんぐるハート」シリーズ(JANIS/ivory)

美少女ゲームで典型的な三作目問題が発生した代表例である。

「1」「2」はいずれも人気作で、テーマ(ヒロインが比較的強く、主人公は彼女を支える話)と演出やゲームシステム、それに世界が全て高い共通性を持ち、かつ「2」の方が売れて人気が高い、という三作目問題の発生条件が完璧にそろっている状況下、「3」が制作された。 結果は、新たに設定したテーマ(『守りたいもの、ありますか?』)が過去作からの伝統とかみ合わず、伝統が足かせになるという典型的な三作目問題が発生、投入した制作資源の割にいまいちな作品となってしまった。

当然評価も前2作に比べ低めとなり(とはいえ、制作資源や作り込みの点で過去作に勝っているおかげで酷いことにはならなかったが)、シリーズ次回作を続けることはできなかった。 結局、このシリーズはその後のDVD版(「とらいあんぐるハート1・2・3」)で完結編が追加され終了した。

ブランド「TYPE-MOON」

共通の世界観を有する2つの人気作品を発表し、特に2作目の人気がきわめて高いという、今後の新作で三作目問題を発生させる可能性のあるブランドである。 一応、既存の2作品は完全なシリーズ物ではなく別テーマを持った別作品であって、三作目問題が発生しやすい条件に完全に一致しているわけではない。 なので、失敗作に陥るほどの三作目問題は発生しないと思われる。 しかし、たとえ失望感を感じるプレイヤーが比率として少なかったとしても、母体が大きいだけに大変な数だ。

このブランドの次回作については、制作側、プレイヤー側ともに慎重な対応(前作に引きずられすぎない;過大な期待をしない)を望みたい。


※ この記事は、同人誌サークル「有給幻想局」で筆者執筆により発行した「フォー・エバー・インフィニティ」内「4.1.3. シリーズ3作目の困難さ」(p. 120) の記事をベースにしています。 なお、この本は現在有給幻想局webページ内にてpdf版を無料公開しています。


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last update: 2006/4/12