アルカナム電脳遊戯研究所 一般コラム

猫の法則

猫の第一法則: 猫は死なない。

猫の第二法則: 猫は悪くない。

猫は相当数の作品に登場する。それなりの役目を果たすこともあれば、 ほとんど役目がないこともある。能力的にもただの猫から、化け猫や魔法生物まで様々である。明るい作品に登場することが多いとはいえ、暗めの作品で登場しないかというとそんなことはない。

そんな中にも共通点はある。それが上に挙げた猫の法則だ。まず第一法則。 これは犬と比較してみると顕著である。 犬はよく寿命で死に、ペットとの死別というイベントとして(特に回想シーンで)頻繁に使われる。 しかし、同種のイベントは猫で描かれることはない。 ただ、猫は死に関係したイベントとして、車にはねられかける、という場面は比較的多い。これは現実世界で猫が車にひかれることが珍しくない、という事実に基づく。 しかし、作品中の猫は主人公やヒロインによって助けられ、(怪我はしても)死にはしない。あまり平和でない世界で人が殺される世界でも、なかなか猫は死なない。 使い魔の猫よりも主人の方が命の危険が多い。 続いて第二法則。これはただの猫にはどうでもよいことだが、 超常ありの作品では猫が使い魔だったり化け猫だったりで力を持つことが多い。 それでも、猫が悪として描かれることはない。もし悪として描かれるとすれば、 何かに憑かれている場合である。猫本体は悪くない。

猫の法則が成立する理由

まずその前に、なぜ作品中に猫が登場するのか、という理由を考えてみたい。 そもそも、猫は扱いやすいキャラクターではない。なぜなら、プレイヤー(世の人々)には猫好きが相当数いるが、そうでない人も多数いる。 猫に対するプレイヤーのイメージに幅がありすぎるので、猫を登場させた時プレイヤーに与える印象が狙ったように定まらないからである。 また、猫を可愛く描ける絵師が少ない、鳴き声に声優をあてるとコストがかかり、しかも上手い鳴き声が出せていないことが多い、 といったように演出面で不利に働きやすい。 ではなぜ登場するのか。簡単である。制作者が猫好きだからである。 そしてこれこそが、猫の法則が成立する最大の理由である。

さらに、猫の法則を補強する要因がある。まず、「猫は死に姿を見せない」という猫の性質(俗説?)。猫は寿命を迎えると飼い主から離れ、目につかないところで死ぬ、と言われている。これがどの程度本当かは別にして、 制作者はあえて反する描写をする必要はない。ペットの寿命イベントは犬でやればよいのだから。さらに、猫を気ままな自由の象徴とみなす社会通念があり、 これも死や悪から猫を引き離す。(自由にふるまった結果死がもたらされる展開は、 自由を否定したに等しい。悪人には自由を与えるわけにはいかないので、 自由の象徴たる存在が悪だとまずい。)

法則の現状と将来

猫の法則は、制作者の好みと社会通念を基盤とした強固なものなので、そうそう崩れるものではない。しかし、法則が法則として認識されるようになると、 法則を逆手にとって物語を作ろうとする制作者も現れるようになる。 実際、そういう作品も最近現れており、いずれもプレイヤーに大きな印象を与えることに成功している(多分に負の方向の印象だが)。ただ、 だからといって猫の法則は崩れたとするのは早計である。今のところの猫に危害を加える作品は、プレイヤーは「猫は無害で可愛く、愛される存在である」と見なしていることを前提とし、その上でそれを覆してプレイヤーに大きな印象を与えようとしている。 だから、作品を制作者の意図通りに楽しむには、 今まで通り猫は可愛いもの、という立場でプレイすべきである。

とはいえ、猫の法則を利用してあえて崩す作品の存在は、法則を弱める。 将来的にも猫の法則が有効かどうかは、法則を利用する作品がどれだけ作られ、 どれだけ有名になってしまうかで決まるだろう。

まとめ

作品中で猫が登場するのは、制作者が猫好きだからである。もしくは、猫の法則を利用してプレイヤーに大きな印象を与えるイベントを用意するためである。 いずれにしても、プレイヤーは猫好きの気分でプレイするのが制作者の意図に沿い、より作品を楽しむことができるはずである。


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last update: 2006/7/16