アルカナム電脳遊戯研究所 一般コラム

敵役は誰?

物語の最終段階で、強大な敵を倒す必要があるように設計してあることは非常に多い。 RPGをはじめとしたゲームではこのスタイルはきわめて一般的であり、最後の敵は「ラスボス」、最後の戦いは「ラスボス戦」と呼ばれている。 ゲームにおいては、ラスボス戦に勝つことがゲームの主な目的として扱われている。 この場合、ラスボスはそのゲーム上の強さがどの程度なのかが最も重要である。 極端な話、ラスボスが誰かなどどうでもよい。 ラスボス戦に向けたゲーム途中段階、そしてラスボス戦そのものを、プレイヤーが適度に楽しんでがんばって勝てるように設計してあればよい。

しかし、ゲーム性を失ったADVでは全くこれは成立しない。 プレイヤーは、ラスボス戦の最中も、ラスボス戦に向けた準備段階でも、何も苦労せず見ているだけである。 そのため、ADVでのラスボスは、その他ゲームでのラスボスと作品内の役割は全く異なる。

作品の方向性によりラスボスの果たす役割は変わってくる。 物語を重視する作品の場合、物語のクライマックスに位置するラスボス戦は最重要のイベントとなる。 ラスボス戦に向けて物語をだんだんと盛り上げていく必要があり、作中ラスボスがどんな存在なのかを示しながら物語は進んでいく。 この場合、ラスボスが誰か、は重要なポイントである。

一方、ヒロインと仲良く過ごすことを重視するキャラクター主導の作品の場合、ラスボス戦は物語を終了させる役割である。 現在の美少女ゲームのキャラクター主導作品は、ヒロインと仲良くする(性的な意味も含む)描写が作品の本体であるため、作中早期にヒロインと主人公の仲は深まってしまう。 そのため、舞台に時間制限(たとえば、1週間の予定の旅行の最中の話である、など)がないと、話が終わらない、といったことが起こりうる。 このとき、外敵の登場と撃退、というのは話を終えるちょうどよいきっかけである。 この場合、ラスボス戦といっても作中の役割は小さい。 ヒロインと主人公が霞んでしまわないように引き立て役にとどまることが望ましく、ゲームとも物語重視作品とも異なる設計になる。

では、以上を踏まえた上で、キャラクタータイプ別にラスボスへの適性を見てみよう。


男性キャラクター編

主人公達と無関係の男性

物語の途中段階では男性サブキャラクターとの位置づけとなる。 このタイプのキャラクターは、ヒロインや主人公のキャラ立てに全く関与しない。 そのため、美少女ゲームでは最もどうでもよい立場である。 ヒロインを喰うことがないのでキャラクター主導作品に最も向いている。 一方、物語の側からみると、どうでもよい立場のキャラクターによって話が動かされることになるため、話の盛り上げが難しい。 物語主導作品にとって最も不向きの敵役である。

ヒロインの身内

ヒロインの兄弟や父親が最後の障害として立ちはだかるケースである。 敵役の描写がその家族であるヒロインの造形に寄与するため、うまく描写すればヒロインの魅力をアップさせつつ強力な敵を描くことができる。 しかし、ヒロインの身内を敵対視する権利があるのはヒロインだけで、本来主人公はヒロインの身内とは友好しなければいけない。 そのため、ラスボス戦に向けた物語を主人公視点のプレイヤーにとって面白いものにするのはなかなか困難である。 この手法では、キャラクター主導型のヒロインの魅力と物語主導型の盛り上がりの両立を目指せるが、実現には高いシナリオ技術が要求される。

男友達

序盤に主人公を造形する役目を担った男友達を敵役として再利用する形態である。 別コラム男友達全般の解説で解説した通り、主人公の非日常性が強調され、物語の悲劇性が強くなる。 明らかにキャラクター主導作品には向かないし、物語主導としても主人公がプレイヤーから遠くなるのでたいていは好ましくない。 しかし、キャラクターの使い回し、という手抜き精神が感じられる形態のため、雑な作りの作品では本来不向きであっても使ってしまうかもしれない。 一般的にはあまりよい形態ではない。

主人公の身内:兄弟

主人公の兄弟は男友達以上に主人公の造形に影響する強烈なキャラクターである。 主人公の兄弟は魅力的にしなければ主人公の魅力に大きく響いてしまうが、主人公に近い位置の魅力的な男性キャラクターは主人公にとってライバルであり、ヒロインが主人公を選ぶ理由が必要になってしまう。 また、そもそも制作者に男の兄弟がいないと、最も自分に近く信頼できる身内でありながらライバル、という複雑な感情を描くのは難しいだろう。 そのため、主人公の男の兄弟は登場すること自体まれである。 ただし、存在自体がライバルである男兄弟は、登場するとなれば、物語主導作品における魅力的な敵役にはふさわしいキャラクターである。 男性キャラクター優位の変な作品になってしまうが。

主人公の身内:父親

父親を打倒する、というのは違うメディアではままある話であるが、美少女ゲームとしては一般的ではない。 父親が家長として強い影響力を持った時代だったり、子供の反抗期での話ならともかく、現代の日本の18〜30代の年齢のプレイヤーにとって父親が打ち克つべき対象になっているとはとても思えない。 むしろ、父親が見えない裏でいかに子のために働いていた(る)かを認識し、将来父親になるための心の準備をするのが現代のこの年代の多くの男性にとっての望ましい対父親関係に思える。 美少女ゲームはそこまで道徳的ではないので、父親の扱いは、理由は別にしてとりあえず登場させない、のが作品の方向性によらず最も一般的である。 この傾向は今後も変わらないだろう。

女性キャラクター編

最重視ヒロイン(パッケージで最も大きく扱われるヒロイン、または最終トゥルールートのヒロイン)

物語で活躍するキャラクターは魅力がアップする。 そのため、物語中心の作品でラスボスありの形式であれば、ラスボスが最も物語で活躍するキャラクターであり、魅力を引き出しやすいキャラクターである。 そのため、ラスボスに作品で最も重視するヒロインをおくのは物語主導作品であれば自然な形である。 ただし問題は、裏切りヒロインでもなければ物語途中で主人公と共に過ごすイベントを起こしづらく、物語のパターンが限られている点である。 とはいえラスボスを最重視ヒロインに置くのは物語から引き出される魅力の利用の点で最も有利である。制作者には工夫して活用してもらいたいものである。

その他のヒロインまたは女性サブキャラクター

作品で最重視のヒロインにしなかったとしても、敵役の物語上の活躍による魅力を無駄にするのはもったいない。 とりあえず敵役を美貌の女性キャラクターにしておけば、魅力的なキャラクターが一人増えることになる。 ただし、ルートに乗った攻略対象ヒロインを喰ってしまうので、特にキャラクター主導作品では作品がゆがみやすい。 とはいえ魅力的な女性キャラクターが居るのはよいことであり、作品の流れ的にヒロインとして扱えなかったとしてもファンディスクで格上げさせることができるなど、作品を大きくできる要素である。

幼なじみ

幼なじみが敵役となる場合、その存在の大きさゆえにほぼ自動的に最重視ヒロインとなる。 そうなったらもうそういう話なので、あとは物語の出来次第である。

姉は本質的に味方として描かれるが、道ならぬ恋を扱う物語ではその恋が道ならぬことを主人公達につきつける人物として、恋の最大の障害として機能する。 姉本人のルートも道ならぬ恋ということで、作品全体がそういう話になる。 作品の一つのパターンである。

現状、妹ヒロインは永続的な主人公上位のカップルを描くのに使われている。 妹を敵役に使うのは主人公との上下関係を揺るがすことになり、プレイヤーが求めている内容と異なる状況を生み出す。 とりあえず現状では好まれないものと思われる。 せいぜいがキャラクター主導作品で話を終わらせるための悪戯レベルのイベントで使われる程度だろう。

母親

母親が子供の味方であることは社会的に前提となっている。 制作者にも母親がいるわけで、あえてこれを覆そうとする必然性は感じられないし、プレイヤーも喜ばない。 母親を敵役にするのは今後も無いだろう。


以上まとめると、キャラクター主導作品の場合、ルートに乗ったヒロインを喰わないためには主人公から遠い男性を敵役とするのが自然な形であるが、女性の魅力的な敵役を出すのも作品が広がるので悪くはない。 一方、物語主導作品の場合、物語へのプレイヤーの注目を高める点でも、物語上の活躍による魅力を活用する点でも、ラスボスはヒロイン性を持った女性であるべきである。


「アルカナム電脳遊戯研究所」トップへ共通トップへ

last update: 2010/12/3