― 夢を見ていた。
― とても仲の良い姉妹の夢。
― 姉は、誰よりも妹のことを可愛がっていた。
― 妹は、そんな姉が大好きだった。
― 一緒に制服に身を包んで…
― 同じ学校に通って…
― 暖かい中庭でお弁当を広げて…
― そして、楽しそうに話をしながら、同じ家に帰る。
― そんな些細な幸せが、ずっとずっと続くという…
― …悲しい…夢だった。
Kanon ―― (C) Key/Visualarts
兄弟姉妹というのはそれを持たぬ人にとってうらやましいものです。どれだけ多くの子供が、友達がその妹や弟と大変仲良くしているのを見てうらやましく思い、親に「僕(私)にも弟(妹)をちょうだい」とせがんだことでしょう。親の方としては、そんな願いには苦笑を持って返すしか仕方がありません。もちろん、その後本当に弟や妹が生まれることもあるのですが、年齢が大きく離れた兄弟は年齢差が小さい兄弟に比べちょっと違うものになってしまいます。
何にしても、一人っ子にとって、年が近くて仲の良い兄弟姉妹というのは決して得ることのできない、夢の中の存在です。でも、多くの子供が夢見ているものが何でも本当に存在している世界があります。夢の世界――Dreamingです。ある子供に仲の良い兄弟がいなくても、Dreamingの中でなら本当はいないはずの兄弟と仲良く過ごすこともできるでしょう。もちろん、ほとんどの子供は文字通り夢を見るしか方法は無いのですけれど、Changelingは違います。彼らは現実世界に夢の中の存在を持ち込むことができるのです。この町に住む、美坂 香里という一人の女の子はそんなChangelingの一人でした。
美坂 香里はこの町で生まれ育ったChangelingで、一人っ子です。彼女はこの町にある唯一の高校に通っており、1999年1月現在で二年生です。香里は非常に強力な力を持ったChangelingでしたが、その強力な力ゆえ周りの子供とうまくとけ込めなかったのか、はたまた彼女が頭がよく成績がよかったことが周りの子供との関係に微妙な影を落としたのか、彼女は周りの子供と楽しい時を過ごしていませんでした。しかも彼女は一人っ子です。そんな彼女が、周りの子供がその妹と大変仲良く過ごしているのを見て、自分にも妹がいれば、と感じたのも無理からぬことかも知れません。そんなわけで、香里は自らの強力な夢の力(夢素; Glamour)を使い、Dreamingの中から妹を欲しがる子供の夢を実体化して1体のSentient Chimeraを作り出しました。作り出されたChimeraに香里は「栞(しおり)」と名付け、「美坂 栞」という名前で自分の妹にしたのです。
通常ChimeraはWyrdの力を用いない限りChangelingやEnchantedにしか見えません。しかし香里は自らの夢の力を注ぎ込んで*1栞を常に現実界に影響を及ぼせるようにすることに成功しました。こうして、栞と香里は晴れて周りの人々から姉妹と見なされるようになったのです。
*1 ― Permanent Glamourを消費して。
そこまでは何も問題はありませんでした。しかし、現在のChangelingのほとんどが避け得ぬ運命、Banalityの影は香里の夢の力をじわじわと蝕んでいきます。本来彼女の持つ堅い意志の力と強力な夢の力はそうそうBanalityに負けてしまうようなものではなかったのですが、夢の力を栞の創造に使ってしまった今はそうではありません。香里が高校に上がる頃、彼女の夢の力は栞の存在を維持するのが精一杯の状態になってしまいました。彼女は自分の夢の内外の幸せのために栞を作り出したのですが、栞を作り出したことによって一番大事な夢そのものを削り取り、夢を早く失わせてしまう結果となったのです。
栞は病気になりました。香里が夢の力を取り戻さなければ病気が直ることはありません。しかし現代のChangelingが、年が経つにつれて夢の力がBanalityの浸食により失われることはあれ、回復することなどあるのでしょうか?
美坂姉妹にとって運のよいことに、香里は高校生になってこの町に住む別のChangeling、水瀬 名雪と同じクラスに通うことになりました。名雪がもたらしてくれる夢の力はすぐに消えて無くなってしまいそうな残りの香里の夢の力を何とか一年支えました。しかしBanalityの浸食は最早止めようがありません。香里が二年生に上がったとき、同じ高校に入学した栞は倒れます。以後、栞はBanalityの色濃い家の外に出ることもままならなくなりました。そのまま半年以上何とか維持し続けたのですが、その年(1998年)の冬、ついに香里は栞の維持の停止を決断、今度の栞の「誕生日」である翌年2月1日をもって栞は消滅すると香里は栞に告げたのです。これがクリスマスでの出来事でした。そして香里はまるで自分に言い聞かせるように、栞が存在しないように振る舞い始めました。家にいても顔を合わせず、口も聞かず、周りには自分は一人っ子だと言い…。栞は、自分で自分の夢にふたをしようとしている姉を近くで遠くから見つつも、何もできませんでした。
そして、年が明けて、新学期が始まります。新学期が始まり、栞が存在できるのは後3週間です。香里は絶望を胸に学校に通います。栞は残された時間を、大好きな姉はもういないとして過ごさなければなりません。
以後どうなるでしょうか? 香里が何とか夢の力を一時的に回復したとしても、現実世界に主に暮らす現代のChangelingがいつまでも夢の力を保持し続けることはできず、いずれBanalityに飲まれてしまいます。ですから、栞をずっと現実世界に存在させるのは無理で、いずれは栞は消滅しなければならないのです。ですが、Dreamingの中でなら存在し続けることができるでしょう。そのために必要なものは栞が存在し続けて欲しいという、強い願いです。絶望し目を背けてしまった香里には無理かもしれませんが、誰かが残された3週間の間に栞を見出して彼女が存在し続けて欲しいと願うならば、栞はその人の夢の中で存在し続けることができるでしょう。それだけの強い願いを持ち続けることのできるChangelingなりDreamerなりに栞は出会えるでしょうか。
―「例えば…今、自分が誰かの夢の中にいるって、考えたことはないですか?」
―「何だ、それ?」
―「ですから、たとえ話ですよ。祐一さん、退屈そうでしたから」
―(自分が、誰かの夢の中にいる…)
―「俺は、ないな」
―「私も、なかったです」
―「でも、今は違うのか」
―「そうですね」
―「なかった…ってことは、今は違うのか?」
―「そうですね」
―「そうかもしれません」
―「曖昧すぎて俺には分からないけど…」
―「私にもよく分からないです」
―「でも、私はこう考えているんです」
―「私の、私たちの夢を見ている誰かは、たったひとつだけ、どんな願い事でも叶えることができるんです」
―「もちろん、夢の中だけですけど」
Kanon ―― (C) Key/Visualarts
もともと愉快で快活な性格です。今回の出来事では、心の傷を表に出さないよう、あらゆることに対して感情を表に出さないように務めています。今回の出来事の後、彼女はどのような性格になるのかまだ分かりません。
香里に作り出されたChimeraです。自分の運命は一応は受け入れあきらめていますが、これは自分ではどうしようもないためです。
彼女はアイスクリームが好物です。
街に住むChangelingです。Freeholdでもある自宅に長時間滞在しているため、かなりDreamingぼけしています。
香里は栞を紹介しなかったため、彼女は栞のことを知りません。
名雪の母親で、Freeholdである自宅の家主です。彼女は典型的なGrumpで、どこか茶目っ気のある大人の女性であり、年若い者たちを懐かしげに見守る存在です。彼女はBogganらしく、あらゆる来客を歓迎します。
秋子の甥であり、名雪とはいとこの関係です。もともと別の場所に暮らしていて、長い休みにこの街に遊びに来て、名雪らと接していました。ただし、7年前に失恋し、今になって家の都合で引っ越してくるまでこの街からは遠ざかっています。
なぜか彼と接した女の子たちは皆ろくな目に会いませんでしたが、今回はどうなるでしょうか。