☆『アルク先生の支那通史講義』祭祀と呪術に支配された国☆





   三時限目その2

 「ところで殷って具体的にはどんな国だったの?

 「酒の呑み過ぎで滅んだ国

 「ちょい待ち。そんなネタ丸出しな国があるわけないでしょ」

 「体はネタでできている!I am the bone of my NETA.

 「どやかましいっ!

 「だって周の元勲の周公旦しゅうこうたんが発布した『酒誥しゅこう』って文章で、殷が滅亡した理由を過度の飲酒に求めてるもの」

 「あ、前回の講義で孔子がらぶらぶvvちゅっちゅだった政治家だ」

 「千尋の谷から転がり落ちる勢いで孔子のイメージが崩壊していってますね」

 「ときめくぞハート!
 萌え尽きるほどヒート!
 刻むぞ熱愛のビート!

 「ブッ壊すほど……シュートッ!

 「タコス

 「さすがは吸血鬼ハンターといったところか」

 「でも周公旦しゅうこうたんの発言もそんなに間違ったものじゃないでしょ?
 たしか殷代の青銅器の大半は酒器だって聞いたことがあるし」

 「そーいえば酒池肉林をやらかした紂王ちゅうおうはこの王朝の最後の君主だったのよね」

 「ふーん、タイガが聞いたら涙とヨダレをいっしょに流して羨ましがりそうな話ね」

 「む、タイガは飲酒の習慣があったのですか? 毎日のようにシロウの屋敷を襲撃しては私のご飯を掠め取っていくのですが、そのような好みにはついぞ気付きませんでした」

 「違う違う。タイガ=タイガー=トラだもん。あはははは」

 「どこぞの学園(高校でないのは大人の事情というやつか)教師の魂の叫びはさておくとしてだ。
 その『酒誥しゅこう』とやらが周公旦しゅうこうたんの真作であるという証拠はあるのか?
 上古の伝承については今までさんざん否定してきたではないか」

 「おー、よーやく歴史学の講義らしい質問が飛び出してきたわね。
 根拠は金文資料の一つの大盂鼎だいうてい。これは周公旦しゅうこうたんのちょっと後の時代に鋳造されたかなえよ。かなえってのは食べ物を煮るのに使った脚が三本ついている金属製の器のこと。三本脚が転じて、三つの勢力がお互いに並び立っていることを鼎立と呼ぶの。たとえば魏と呉と蜀が共存していた状態を三国鼎立なんて言ったりもするわ。
 で大盂鼎だいうていに戻るけど、そこに刻まれた銘文の文体とか思想内容がさっきいった『酒誥しゅこう』に酷似しているの。100%確実とまでは断言できないかもしれないけど、真作の可能性は極めて高いってわけ

 「歴史学大原則ひとーつ!
 歴史学の資料は可能な限り第一次資料か、それに近い時代のものと比較参照して真贋を判断するものであーる!

 「リューナイトはいささか古すぎると思われますが」

 「よろしいではありませんか。かなりいい感じに勘違いしていますが、とりあえず騎士が主人公のアニメなのですから。
 本家でもネタにされていましたし」

 「いやそれじゃなおさら問題でしょ」

 「殷人の肩を持つわけじゃないけど、彼らにとって飲酒は厳粛な神事だったの。
 文化人類学的な話になるんだけど、古代人にとっての世界観は、“俗”と“聖”の二元論に立脚していたわ。内部/外部、秩序/混沌、あるいは自/他に置き換えることもできるわね。言っとくけど、これは善悪の区別じゃないわよ。共同体の領域で自分たちが把握できるものを“俗”とし、そこからはみ出した森羅万象ありとあらゆる理解しがたいものをひっくるめて“聖”としたわ。彼らは“聖”の領域を忌み、恐れ、しかし同時に敬い、焦がれたわ。
 マレビト信仰も基盤になる思想はこれ。生物学的知識なんてなかったから、自分たちの部族内の顔見知り以外はみんな人間ですらなかったの。“聖”の異力の体現者たる旅人はそのまま神として扱われたのね」

 「このあたりは私のテリトリーか。
 “聖”の体現者である神のニュアンスを一番うまく伝えているのが江戸時代の国学者、本居宣長の『古事記伝』三之巻の文章よ。

 さて凡て迦微かみとは、古御典等いにしへのみふみどもに見えたる天地のもろもろの神たちを始めて、まつれる社にいま御霊みたまをも申し、又人はさらにも云ず、鳥獣とりけもの木草のたぐひ海山など、其余そのほか何にまれ、尋常よのつねならずすぐれたることのありて、可畏かしこき物を迦微かみとは云なり。
(すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたることのみを云に非ず、悪きもの奇しきものなども、よにすぐれて可畏かしこききをば、神と云なり)

 この場合の神は『旧約』のGodとは根本的に違う存在だし、同列に論ずるのはきわめて危険なことよ。ホント、なに考えて神なんて訳語を充てたのかしら明治の知識人は。
 これは日本神道に限らず、普遍的に言えることよ。もちろん古代社会の話なんだけど、日本だと特に森羅万象を畏れる傾向が色濃く残っているの。外来の一神教が土着の多神教に取って代わって、思想のバックボーンになった欧米諸国に較べるとね。
 森元首相の神の国発言も、そーゆー意味ではむしろ当然の表現だったんだけど」

 「あの人ももう少し言葉を選んでほしかったよね」

 「せめて神々の国とでも言っておけばそれほど波風も立たなかったでしょう」

 「さて、“聖”と“俗”の二つの世界の物理的な境界線としてはだいたいムラの垣根とか壁とかを設置したわ。まあ概念的なものだから地面に丸を描いてその中に入るだけで一つの世界を構築することもできたんだけど。
 で、精神的な境界線を突破して“聖”の領域に到達する、ぶっちゃけトリップする手段として、殷人は過剰にアルコールを摂取したってわけ。日本でもお神酒とかいって神事にはお酒が付き物でしょ。  だいたい周だって、祭祀のときにはちゃんと酒を飲んでたのよ。あくまでも殷に較べれば量も機会も少ないってだけで。
 世界を見渡してみると麻薬でトリップしたり、音楽でトリップしたり、激痛でトリップしたり、断食でトリップしたり・・・といろんなやり方があったわ。アルコールでブッ飛ぶなんて、まだしも洗練された手法じゃなかったかな?
 酒池肉林のエピソードも、本人たちにとっては常軌を逸した贅沢というよりは厳粛な神事だったんでしょうね」

 「ちなみにシャーマンに女性が多いのはこのせいだよ。男性に較べると精神が不安定で、ヒステリーも多いし。
 支那だとシャーマンを巫覡ふげきって呼ぶの。巫は女シャーマン、覡は男シャーマンのことだよ。女性を男性の先に位置付けているのが興味深いわね。男尊女卑の総本山の支那でさえこの点に関しては女性のほうが優れているって認めざるを得なかったってわけ。
 付け加えるなら女性は、魔力の根源である月の影響を強く受けてるし」

 「月の影響?」

 「あー、アレね……」

 「詳しいコメントは控えさせていただきます」

 「私の場合、ちゃんと来てくれないと不安なのよね」

 「……私にもそんな心配をする日が来るんでしょうか? 見当もつきません」

 「んー、アレって私にもあるのかな?
 限りなく不死に近い真祖には必要がなさそうな気がするんだけど。
 でもアレがなかったら志貴の子供が産めないんだよね」

 「前半のメタな質問は奈須御大にしてください。
 後半のダメな寝言は眠ってからも起きてからもほざきやがらないでください」

 「女性陣にはすぐさまピンと来るのに我々には何のことやらとんと見当がつかぬ」

 「来るのはピンでもキリでもなくて月のもの。
 つまり月経月経

 「……」

 「……」

 「ホホを染めるなっ! 気色悪い!

 「魔力の強い巫女たちは戦争にも動員されたわ。
 殷の戦争は魔術合戦でもあったわ。巫女たちは軍の陣頭で軍鼓を打ち鳴らし、敵陣に向かってその魔眼を向けて圧伏しようと努めたわ。彼女たちは媚女と呼ばれて、眉の字は目元に顔料でくまどりのような呪飾を描いた象形よ。ほらシエル、あんたも完全武装の時には魔力を高めるために体中にペイントするでしょ? あれと同じよ。化粧を施した女性がその魅力を戦争から商売に移すようになって、媚がこびるって意味に変化したわけ。
 ま、そんなこんなで今回の講義の副題である呪術と祭祀につながっていくの。
 殷はよく知られているように、祭政一致の神権政治だったわ。だいたい甲骨に刻まれた文章の99%までが祭祀に関係する内容だもの。
 殷代、神の代弁者として尊敬されていた占い師は貞人ていじんと呼ばれていたわ。貞ってのは、問うとか占うとかいう意味よ。神々に対して質問する人ってことね。そしてこの貞人ていじんたちの大親玉を殷王は兼任していたの。つまり、殷王はいわゆる祭祀王プリースト・キングだったってこと。
 そしてまた殷王は現人神でもあったわ。これは彼らの称号からわかるの。たとえば初代殷王の湯王とうおうは別名を大乙たいいつっていうし、紂王ちゅうおうの場合は帝辛ていしん
 勘のいい読者ならわかっただろうけど、その称号に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十個の太陽のうちのどれかがつけられているの。二時間目でも講義したように、殷王朝の伝説上の始祖であるこく=俊は十個の太陽の父親だったでしょ? つまり殷王は太陽神の末裔ってわけ。ついでに言えば湯王とうおうの名前も、旭日が昇る意味の「よう」や陽とかと同音で関係があるって言われてるし。  殷王は形容や美称とかじゃなくて、ストレートに太陽王だったの」

 「朕は国家なり、とでもほざいていたのかね」

 「わが祖国の自意識過剰なカツラ親父をネタにしないでください」

 「カツラ?」

 「そうです。肖像画を見てくださいよ。あんなぶっちゃけありえない大量の髪が自前でできるわけがないでしょう。  ちなみにフランスの宮廷でカツラが流行るようになったのはルイ13世の時代からです。アン王妃に浮気されたあの王様、悲惨なのは結婚生活だけじゃありませんでした。十万もの長いつきあいの友達とは一方的に絶好され、御年22歳にしてその頭の環境破壊はもはや取り返しのつかないレベルにまで達していました。そこで最後の手段、カツラの使用なのですが、それを見た廷臣たちは気まずくてしょうがなくなったのです」

 「そりゃそーでしょーね。はっきり言ってリアクションに困るわ」

 「CMの中だけで存在を許された、スプーン一杯で驚きの白さになる漂白剤でもそのドス黒さを落とせなくなったアンリマユ女が“私、今日から清純派路線で行きます!”とか宣言したようなものだから」

 「25を過ぎた女がなにをトチ狂ったのか女子高生のコスプレをするようなものだから」

 「ぬあーっ!!

 「暴走して全方位360度に黒鍵を乱射しているシエルさんはさておき、宮廷の人たちはその気まずさを解消するために自分たちもカツラを被るようになりました。そしてフランス革命でルイ16世が断頭台の露と消えるまで、フランスの宮廷では老若男女を問わず人間の妄想力の限界に挑戦するが如き奇妙奇天烈なカツラと髪型が跳梁跋扈するようになったのです」

 「カツラはさておき、外道ロリの言ってることは別の意味で真実よ。
 古代社会において、王はそのまま世界の象徴、神の受肉だったの。
 この辺の研究に先鞭をつけたのがフレーザーの『金枝篇』よ」

 「鬼械神「レガシー・オブ・ゴールド」を召喚するための魔道書だな

 「機神咆哮で地球皇帝を僭称したアウグストゥスのステキすぎる変態ファッションは一見の価値ありね。絵師さん、絶対に狙ってるもの」

 「現在でこそ『金枝篇』は民俗学研究の古典的名著として確固たる地位を築いていますが、発表された当時はむしろオカルト方面で有名だったらしいです」

 「脱線はそこまで。私が目立たないでしょまったく。
 一時間目で講義したバアルとかアッティスみたいな豊穣神とはまた別のベクトルだけど、こっちは“殺される王”、“王殺し”として知られているわ。
 かつて、天地自然の運行は王の生命力とイコールで結ばれていると考えられていたの。で、もし国内に旱魃やら疫病やらが起きた場合はそのまま王の怠慢や罪悪に帰せられて、王は鞭打たれたり牢に繋がれたり、ひどいのになると王位を追われて処刑されたの。
 その逆のパターンでも王が悲惨なことに変わりはないの。もし王が怪我を負ったり病気を患ったりしたら、王=世界なんだからそれに影響されて飢饉や疫病に満ち溢れることになるでしょ? それを防ぐためには臭いものにふたをするってことで、世界に災厄をもたらす前に王は殺されなくちゃいけなくなるの」

 「む。それでは殷王も犠牲になったというのですか?」

 「未遂ならね。
 秦の呂不韋りょふいが抱えていた三千人の食客に編纂させた支那最古の百科辞典、『呂氏春秋』に収められた説話よ。初代殷王の湯王とうおうの治世で旱魃が5年も続いて、神々と祖霊を静めるために人間を犠牲にする必要があったの。そこで湯王とうおうは自分がその生贄となり、
 「もし朕一人が罪を犯したのなら民を罰したもうな。もし民が罪を犯したのなら朕一人を罰したまえ」
って祈願して髪と爪を切り、手を合わせて水を浴びたの。今まさに焚殺されようとしたちょうどそのとき、どしゃ降りの雨が降ってきて日照りは終わったって伝説があるのよ。
 もっともこんなときに犠牲になるのはむしろ古代の王の職責だったから、実際には嫌がる湯王とうおうを縛り付けてスケープゴートにしようとしたらたまたま雨が降ってきたってところでしょうね」

 「よかったねーセイバー、あなたが治めてた時代のイングランドがそこまで未開の地じゃなくて。
 ちなみに半島では3世紀頃まで王殺しの習慣が残っていたわ。『三國志』魏書・東夷伝の夫餘ふよ国の条に

夫餘ふよの俗,水旱調わず,五穀熟せざれば,すなわとがを王に歸し,或はまさに易ふべしと言ひ,或はまさに殺すべしと言ふ」

ってそのまんまのが載っているの」

 「なるほどなるほど。自称半万年の歴史のうち、半分以上でこれほど野蛮な風俗が行われていたわけだ」

 「あ、ちなみに王と世界の関係は時代が下ってずいぶん薄められたけど、完全に忘れ去られることもなかったわ。支那には災異思想さいいしそうって考えがあるの。

 引用はどっちも平凡社の『世界大百科事典』よ。
 さすがに皇帝が焚き殺されるようなことはなくなったけどね」

 「為政者の出来が悪いからって、実際に被害をこうむるのが一般国民っていうのはちょっと納得がいかない思想なんだけど」

 「ふむ、それでは「大躍進」の時期に起こったすさまじい飢饉と、2000万から4300万といわれる地獄などという形容すら生ぬるい大量餓死は、毛沢東の不徳を戒めるために天が下した災異というわけか。そして毛沢東はめでたく失脚した。
 この場合に限れば、天は正しかった」

 「しかし本人はちっとも懲りていませんでした。自業自得で失った権力を取り戻すためだけに(てゆーか、ほかの理由が思い浮かびません)文化大革命などという人類史上最大級の愚行をやらかして再び中国共産党の頂点に返り咲きました。権力への執着心は天意さえも捻じ曲げちゃいます。
 こんな存在自体が悪夢のような人を礼賛する方々の気が知れません」

 「本当に彼の存在が夢だったらどれほど救われたことでしょう」

 「毛沢東の才能とは謀略に関するものだ。一つの勢力を崩壊させるには無くてはならないスキルだが、政治にはまったく向いていない。革命の元勲が国家のトップに居座るとたいていろくでもない結果に終わるのはそのせいだ。
 日本で言えば高杉晋作だな。彼のような人物が結核でさっさとくたばってくれたのは、明治日本にとって計り知れない幸福だった。
 ま、さすがに粛清などはしなかったと思うが」

 「ひっどいこというわね」

 「殷代にまつられていた神々は、山や河などの自然神や王家の祖先神とかだったの。いわゆる八百万の神々ね。
 で、その中の最高神は「てい」と呼ばれていたわ。神話も性格も持たない、高度に抽象化された神格よ。ていの字は花のがくをかたどったとか、祭器だとか、薪を束ねたものの象形だとか、いろんな説があるの。具体的にはまだよくわかってないわけ。
 ていの機能は自然現象と人事の二つに分かれているわ。
 自然現象としては降雨や旱魃を支配し、その歳の収穫を左右する力を持っていたの。
 人事面ではまつろわぬ部族を討伐する際に王に神佑を与えたり、新しく殖民都市を建設するときにその可否を決定したり、すでに住民が暮らしている都市を滅亡させたり災厄をもたらしたりすることもできたの。
 ちなみに王朝後期には祖霊をていと同一視するようになって、お仕舞いには王自身がていと称するようになったわ。これは紂王ちゅうおうの父親の第29代国王の帝乙からよ。太陽神と最高神を兼任してるあたり、王権の強大化が推測されるわね。
 で、このころの雨乞いや疫病治癒祈願などの祭祀では犠牲が用いられていたの。犠や牲の字に含まれていることからもわかるように牛がね。他にも殷の遺跡からわかるように馬とか羊とか犬とか、あと人間とか

 「うわっ

 「人牲キター!

 「王朝の初期なら湯王とうおうみたく王自身が犠牲になってたんでしょーけど、時代が下って国王が政治のシステムにより強く組み込まれるようになると、祭祀をするたびに王を殺してちゃ効率が悪くなっていったの。
 そこで殷が採った手段が人狩り

 「うわうわっ

 「狩猟は貴族のたしなみとかいわないの、セイバー? 絶滅の危機に瀕しているのに「伝統だから」って理由で狐狩りが止められないイギリス人としては」

 「あなたは私をどんな眼で見ているのですか! イリヤスフィール!!

 「主に狩られる標的になったのは、一時間目でも講義したチベット系の羌族よ。彼らは捕獲されると奴隷として使役されて、祭祀のたびに生贄として首をはねられていたわ。
 その恨みが積もり積もって、殷周革命の時には周と同盟を組むんだけど」

 「そりゃ当然でしょ」

 「北朝鮮だって30年くらい前まで日本で人間狩りをしていましたが」

 「早く戦争になぁれ

 「参号機さま申し訳ありません」

 「さて、これからは歴代の王の事跡に移るよ。あ、以下の系譜は甲骨文に準拠したものだから。

 こくは前もやったように五帝の一人ね。その息子のせつは、母親の簡狄かんてき玄鳥つばめの卵を呑み込んで産まれたとされているわ。東アジアに分布している玄鳥つばめ説話ってやつよ。  成人したせつは禹の治水事業を助けた功績で帝舜に河南の商の地に封ぜられたっていうけど、やっぱり五帝の系譜に組み込むことを目的とした後代の偽作でしょうね。あ、殷ってのは後代の呼び方で、当の本人たちは「商」を自称していたの。日本だと殷が一般的だけど、支那じゃ商のほうが通りはいいわね。
 とりあえずこくから王亥までは神話的な祖先神ね。で、そのあとの上甲から示癸までの六人を六示っていって、神話と歴史を結ぶ伝説的な祖先よ。日本神話だと初代の神武天皇から第九代の開化天皇に相当するわ。
 そんで何度か話してた湯王とうおうね。この人は殷王朝の創始者なんだけど、日本の崇神天皇にあたるかな。今から1600年も前の人物だからその事跡もかなり脚色されていると見たほうがいいけどね。夏王朝を滅ぼしたことで知られているけど、その夏の実在がまだ確認されていないんだから。
 ちなみにこの人のブレーンが伊尹いいんって人。イーンなんて下っ端戦闘員の掛け声みたいな安っぽい名前だけど、殷王朝建国の最大の功労者よ。たぶん後世の偽作だけど。その頭脳をもって湯王とうおうに仕え、宰相として辣腕を振るったことになっているわ」

 「こっ これはああ〜〜〜っ  この主従わあぁ〜〜っ
 カリスマに満ちた湯王とうおう伊尹いいんの頭脳がむすびつくコンビだ!!
 湯王とうおう伊尹いいんを! 伊尹いいん湯王とうおうをひき立てるッ!
「ハーモニー」っつーんですか〜〜〜〜〜〜
「能力の調和」っつーんですか〜っ
 たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット!
 ウッチャンに対するナンチャン!
 高森朝雄の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」!
 …………つう――っ感じっスよお〜〜っ

 「ここんとこジョジョネタばっかね」

 「実のところ、尹って字は巫祝がその手に神杖を持つ象形なのよ。
 だいたい伊尹いいんの出生譚からしてバリバリの神話なのよ。伊尹いいんの母親が懐妊したとき、神女が臼やかまどに蛙が出たら洪水の前兆なので、すぐに立ち去って振り返ってはいけないって夢を見たの。そーこーするうちにホントに臼やかまどに蛙が現れたから飛んで逃げたんだけど、読者の期待を裏切らずに振り返って故郷を見たわ。すると母親は空桑の木となってしまったとさ」

 「なんか石化した禹の奥さんに似てるかな」

 「『旧約』のロトの妻もそんな末路だったわね」

 「あっちは塩の柱ですが」

 「伊尹いいんはその桑の木に引っ掛かってたおかげで洪水に飲み込まれずにすみ、他人に引き取られて養われることになったの。そこから伊尹いいんは古代の洪水神だったんじゃないかって説もあるわけ」

 「桑の木は神木だし、洪水神話は盛り込まれてるし。神話のダブルコンボじゃん。
 これを事実と受け止められれば、縮地の法や分身の術が歴史の教科書に登場する北朝鮮の中学生もやってけるわね

 「さらにいえば伊尹いいんの容姿は色黒でチビで髯面で頭でっかちで顎がとがってせむしで声が低かったといわれてるわ。古代の巫覡ふげきはたいていが廃疾者だったから、ますます歴史的事実とはかけ離れた人物に思われてくるの。
 それはさておき、阿衡あこうつまり公平な人物って尊称された伊尹いいんは5代の殷王に仕えたわ。そのうちの4代目の太甲は暴君だったから追放して、彼の頭が冷えるまで摂政として代わったとされるの」

 「やるじゃん」

 「でも『竹書紀年』って歴史書だと太甲を追放したあと王を僭称して、その7年後に太甲に討たれるの」

 「だめじゃん」

 「すんごく胡散臭い人ですね」

 「やがて第19代の盤庚ばんこうが殷墟に遷都したの。湯王とうおう以前は8回、湯王とうおうから盤庚ばんこうまでは5回遷都したとされているけど、これは小都市国家の併合の歴史と見るべきでしょうね。
 これから10代の後、暴君の典型と知られる紂王ちゅうおうを主軸にすえた殷周革命が幕を開けるんだけど、これは次回の周についての講義「三時限目その3・天命は降り、そして去った」に譲るわ」

 「まだ続くのですか!?



まだまだ続く→


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