☆『アルク先生の支那通史講義』天命は降り、そして去った☆





   三時限目その3

 「三回に分けた殷周時代の講義もこれで最後ね。
 今回の前置きとして、易姓革命に至るまでの周の歴史をざっと紹介しておくわ。
 まず周王朝の始祖は后稷コウショクと伝えられているわ。で、その母親の姜原キョウゲンは五帝のコクの正妻だったの」

 「いきなりダメじゃん」

 「三皇五帝の系譜が後世のものであることを知っている以上、夫君についての説明を信じることは不可能です」

 「ま、支那神話に組み込むための操作とでも考えといてね。だいたい后稷コウショクの父親ってコクじゃないし。
 その辺の経緯についての説明だけど。はいそこの男二人、これ歌って」

 「どれどれ……」

 「ある〜日〜」

 「ある〜日〜」

 「巨人の〜」

 「巨人の〜」

 「足跡を〜」

 「足跡を〜」

 「見つけた〜」

 「見つけた〜」

 「花咲く野原で〜 足跡を見つけた〜」

 「続いて二番!」

 「ちょっと待ったぁ! じゃすと・あ・もぅるめんとぉ!
 なぜこんな萌えのカケラも無い二人にデュエットさせるのですか!
 ただでさえ少ない読者が光の速さで「戻る」プラウザをマウスクリックしようとしていますよ!」

 「(´・ω・`) ショボーン

 「しょうがないわね。じゃあそこの舞台裏のヒスコハ、お願いするわ」

 「キャー! 翡翠ちゃんとデュエットですー!
 キャーキャーキャー!!

 「姉さんを、落ち着け」

 「洗脳探偵発動?」

 「……そこで非レギュラーの彼女たちをわざわざ友情出演させる理由を教えてもらいましょうか」

 「へ? だって“萌えのカケラも無い”シエルを指名するわけにはいかないじゃない」

 「今日も今日とてこんな扱いですかコンチクショー!!

 「それでは、ミュージックスタート!」

 「ところが〜」

 「ところが〜」

 「姜原は〜」

 「姜原は〜」

 「足跡を〜」

 「足跡を〜」

 「踏んづけた〜」

 「踏んづけた〜」

 「ふみふっみふーみーふーみーとー ふみふっみふーみーふーみーとー」

 「……なんで踏むわけ?」

 「その答えはCMの後で!

 「ずいぶんハイテンションですね」

 「お嬢さん〜」

 「お嬢さん〜」

 「お待ちなさい〜」

 「お待ちなさい〜」

 「ちょおっと〜」

 「ちょおっと〜」

 「身篭った〜」

 「身篭った〜」

 「足跡〜踏んづけて〜孕んだ〜巨人の子〜」

 「はい、ご苦労様」

 「皆様、ご静聴ありがとうございました」

 「お次は参号機さまのコンテンツで児玉源太郎の参謀役ですよ〜」

 「えっ……と、なんで足跡を踏んづけたら妊娠しちゃうわけ?

 「あー、それは感生神話ってゆーか伝染呪術ってやつ。
 そのへんの説明はイリヤの出番ね」

 「はいな。
 古代においては、足跡に限らず髪とか爪とか、ある人物の痕跡を残すものは元の対象と霊的につながっていると考えられていたの。ほら、日本にも丑の刻参りってのがあるじゃない? あれでわら人形に呪詛する人物の髪の毛を入れて五寸釘を打ち付けるのも、物理的には切り離されていても霊的には結ばれているから効果があるわけ。
 そんなわけで姜原が巨人の足跡を踏んづけたってのは、巨人と交わったことと同じ意味なの。簡狄が玄鳥の卵を呑み込んで殷の始祖の契を妊娠したってのも、本質的には姜原の場合と同じ感生神話なわけね。呼び方は違うけど伝染呪術も同じ原理よ」

 「ま、処女懐胎が信じられればこれくらいどうってこともないでしょ」

 「はいきょうしゃめ でていけ!

 「なんでWizardry?」

 「あと足跡に関して西洋での似たよーな話も挙げとくわ。フツーの人間が人狼(ヴェアヴォルフ、英語だとワーウルフ)になるにはいろんな方法があるんだけど、そのうちの一つに“狼の足跡に溜まった雨水を飲む”ってのがあるの。
 たぶんこれも感生神話の一種でしょうね」

 「ふむ。それではソフィア女史の瞳が赤くなった“ある日”とは、犬のように這い蹲り、雨水の溜まった狼の足跡に口をつけ、びちゃびちゃとはしたない音を立てながら、口の中に広がる泥の苦味と狼の魔力に体を火照らせ、みずからの痴態に屈辱と歓喜を覚えた、とある雨上がりの日のことであったか!

 「際限なく他人の誹謗中傷を並べ立てるのは止めなさい!

 「しかし雪だるま式に欠点が増えてゆく彼の大尉にとって、実にふさわしい過去と言えよう」

 「さて、異次元世界でのハトハトの一斉射撃はともかくとして。
 やがて月満ちて男の子が産まれたんだけど、姜原は不吉だとしてこの赤ん坊を捨てることにしたの。ところが路地裏へ捨てれば通り過ぎる牛馬がどれも赤ん坊を避けて通るし、林の中へ移せば山林の中を行き交う人が増えて、また溝の中の氷の上に置けば鳥が飛んできて翼で覆って温めたの。さすがに観念した姜原は息子を引き取って育てることにしたわ。最初は捨てようとしたことから子供にって名づけてね。あ、弃は棄、つまり捨てるって意味よ」

 「ひどい母親もいたものね。
 私が和樹の子供を産んだら絶対に……ごほん」

 「後に王者となる赤子が捨てられるという説話は世界に散見します。普通は精霊や動物たちに育てられるのですが。
 たとえばローマの建国者であるロムルスとレムスの兄弟は生まれてすぐにティベリス河に捨てられるのですが、そこを通りかかった牝狼に育てられるのです。
 といってそれが赤子を捨てる免罪符になるわけはありませんが。
 私がシロウの子供を産んだら絶対に……ごほん」

 「赤ん坊をいったん捨ててまた拾うと、子供が丈夫に育つという風習があることも付け加えておくべきでしょう。
 豊臣秀吉は、五十を越してようやく授かった息子を赤ん坊の頃に形式的に捨ててすぐに拾いました。その子はまず捨丸すてまると名づけられ、そしてすぐにお拾ひろいと改名されました。説明する必要もないでしょうが、彼が後の豊臣秀頼です。
 この話は蒼野青さんの伊勢崎先生の歴史講座 徳川家康編その14・ぼーりんぐ=ふぉー=聚楽第んにも紹介されてましたね
 もちろん非科学的な風習ですから真似しようとも思いませんが。
 私がアキトさんの子供を産んだら絶対に……ごほん」

 「あんたら、揃いも揃って脳内ラブコメやってんじゃないわよ!」

 「さて成人した弃は農事に励み、后稷コウショクと呼ばれるようになったわ。后は王、稷は黍と同じで穀物のキビのことよ。おそらく后稷コウショクは農耕神だったんでしょうね。
 後に五帝の一人の舜に農師(官職の名前)として仕えたとされているけど、ここらは説明しなくてもいいでしょ」

 「周の治世は“郁郁呼として文なる哉”と、孔子や後の儒者に理想的な時代として讃えられています。
 農耕民族の漢民族にとってふさわしい始祖神というべきですね」

 「もっとも周はもともと遊牧民族だったんだけど」

 「ヽ(__ __ヽ)ズコー!!

 「ネタの使い回しは感心できんな、同志セイバー」

 「ネタじゃなくて、どうみても素でしょうに」

 「さて后稷コウショクの息子の代になると、勤め先の夏王朝の政情が不安定になってリストラされたの。そこで后稷コウショクの息子はなぜか戎狄の仲間になっちゃうわ。戎は西戎、狄は北狄というように、遊牧系の異民族のことよ。
 で、后稷コウショクのひ孫の公劉コウリュウは遊牧をやめて農耕を始め、周王朝の基礎を築いたとされるの。
 とりあえず伝承のとおりに列挙しておくわ。

 ま、ツッコミどころはわかると思うけど」

 「うーん、やっぱり后稷コウショクの息子がわざわざ異民族に仲間入りしたでしょうね。
 でもなんでかしら?」

 「もともと周が異民族だったからでしょう。周が戎系だったというのは二時限目の講義でも聞きましたし」

 「そーゆーわけ。
 もともと周族は羌族と同じように、支那大陸から西北のチベットとか東トルキスタンとかからシルクロードを通って、渭水盆地(現在の西安付近)に渡来してきた民族らしいの。
有史以前の民族大移動ってところかしら。そして土着した周族は農耕民族と同化し、祖先神を共有するようになったわけ。
 で、さっきの伝承を歴史的に検証してみると、こんな順序に組み替えられるわね。

 殷人が遺した甲骨文だと、正方形に区画した土地に農作物を栽培する農地の象形として周は表記されているわ。殷にとって周は初めから農耕の民だったのね。
 ついでに言えば地元の農耕神を自分たちの祖先神として祀るのは、羌族が蚩尤を崇拝するのと同じ理屈ね」

 「しかし、周族が先住民族と平和裏に同化できたのでしょうか?」

 「そりゃ戦争したんでしょ。遊牧民族が土着するには、都市を攻略して支配者として君臨するのが常識だから」

 「そのあたりはモンゴル軍が有名でしょうね。他にも、もともと遊牧民族だったユダヤ人がパレスチナに生活するようになったのも、モーゼの後継者であるヨシュアに率いられて都市国家群を征服してからですし。その中には当時、難攻不落を謳われたジェリコも含まれていました」

 「ふむ。
 ふむふむ。
 ふむふむふむ!

 「こっち見ながら含み笑いするのは止めて欲しいんだけど。
 言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうよ」

 「では問おう。同志アスカは第九話『瞬間、心、重ねて』で同志シンジに向かって
“これは決して崩れることのないジェリコの壁。この壁をちょっとでも越えたら死刑よ!”
と念を押したことを覚えているかね?」

 「まーね。てゆーか、なんであんたが知ってんのよ」

 「我々二次元キャラが一堂に会するこの空間を崩壊させるような質問はともかく。
 ジェリコはイスラエル軍によって陥落した。これもいいかね?」

 「まあ、歴史的事実だから」

 「(勝ち誇ったように)ふはははは!
 この二つの事象から導き出される答えはただ一つ!
 ジェリコ市民がイスラエル軍に攻略され、蹂躙され、陵辱されたごとく、同志アスカは同志シンジに攻略され、蹂躙され、陵辱されたいという意図を示した積極的アプローチであったのであーる!

 「ちょちょちょちょちょちょーっと待ったー!
 なによそれ!?
 なんなのよそれ!!??
 どこをどうやったらそんな結論に到達するのよ!!!???

 「なお『旧約聖書』ヨシュア記によれば、和睦を申し出てきた敵は奴隷とし、抵抗する敵は一人残らず息の根を止め、都市を焼け野原にしたという。
 女とはこれほどまでに男に支配されたいと願うものなのか」

 「余計な注釈は入れるな!

 「よーするに、その気になれば突破は簡単だってすぐにわかる壁を作ることで男を誘う高等戦術ってわけね。
 今度志貴に試してみーよおっと」

 「なるほど。それでは私の場合、シロウに対しては常に完全武装状態を崩さないことにしましょうか。もちろんアスカの二の轍を踏まないよう、コトに及ぼうとすれば騎英の手綱ベルレフォーンに統御されたペガサスもヒヅメで逃げ出す勢いで脱ぎ捨てることを匂わせながら……。
 よし! これでリンやサクラに一歩リード!
 私の真名がアルトリア=ペンドラゴン=エミヤになる日もそう遠いことではないでしょう」

 「私の持ってる服は、……テニスウェアに、水着に、『カードマスターピーチ』のコスプレ衣装に……。だめじゃない! 『襲ってもOKよ。っていうか襲え!』って暴露してるような服ばかりじゃない!」

 「私の手持ちは制服、法衣、戦闘服、あと素ワイシャツ。さらに体操服にエプロン姿……。
 戦闘服の下に体操服を着込んでみればそれなりの演出になるかも知れませんね」

 「私はバーサーカーの後ろでブルマにでも着替えてみようかな?
 でもシロウじゃ勝ち目がないし、リンとかサクラとかに出張って来られちゃ本末転倒だし。
 バーサーカーはお払い箱か」

 「ひどい言いようですね。
 ……私は念のために予備の軍服を探しておきますけど」

 「そこのピンク妄想の女六人、シャラーップ!!

 「これで同志アスカの溢れんばかりの思いのたけはしっかりと皆の心に刻まれたわけだ」

 「刻むな! 特に諸悪の根源のあんたは!

 「講義に戻るね。
 公劉コウリュウ九世の孫、古公亶父ココウタンポの時代に周族は薫育クンイクに攻められて岐山キザンのふもとに移ったといわれるわ。
 薫育クンイクってのは戎狄の一派で、モンゴル系の遊牧民族と考えられているの。おそらく漢と大ゲンカをした匈奴キョウドの前身よ」

 「ちなみに岐山キザンは岐阜の元ネタです。織田信長が斎藤氏から強奪した稲葉山を改名するときに、自らを古公亶父ココウタンポになぞらえたわけですね。そして信長は天下布武に邁進するようになりました」

 「そのあと古公亶父ココウタンポはそれまでの夷狄の風俗を卑しいとして撤廃し、初めて城郭や家屋を築いたとされるの。
 もちろん古公亶父ココウタンポの治世で周族がいきなり農耕民族に変革したというよりは、公劉コウリュウから漸次に土着化していったと見るべきでしょうね。古代の伝承だと、部族全体の業績を個人に集中させることがよくあったから。
 ついでに周王朝の系譜も載せておくね。」



 巨人?=姜原=帝コク
    │
  后稷コウショク(弃)
    │
   不窋
    │
    鞠
    │
   公劉コウリュウ
    │
   慶節
    │
   皇僕
    │
   差弗
    │
   毀隃
    │
   公非
    │
   高圉
    │
   亜圉
    │
  公叔祖類
    │ 
  古公亶父ココウタンポ=太姜
      ├───┬───┐  
   太任=季歴キレキ  虞仲グチュウ  太伯タイハク  
     │
   昌(文王)
 ┌─┬─┼─┬─┬──┬─┬─┬───┬───────┐
 載 封 処 武 振鐸 度 旦 鮮 発(武王)=邑姜ユウキョウ 伯邑考ハクユウコウ 
                       │
                     誦(成王)
 「あと古公亶父ココウタンポは農地をいったん公有化し、その一部を国有として残りは農民に分配したから国民の勤労意欲が増したとされるわ」

 「たしかに所有権が認められずに何もかもが皇帝やら国王やらのものにされちゃ、働く気も起きないわよね」

 「アジア諸国が知的所有権を軽視してコピー製品を濫造するだけの現状を維持する限り、知識人や技術者の国外流出を招き、結局のところ中進国レベルを突破できないと思われます」

 「ちなみに周の君主は殷からは周侯、古公亶父ココウタンポの孫の姫昌キショウは西伯と呼ばれていたわ。あ、周の姓は姫だから」

 「侯爵から伯爵だと、ランクが下がるんじゃない?」

 「当時の爵位は現代人が考えるような整然としたものじゃなかったの。公侯伯子男のいわゆる五等爵の構造が成立したのは戦国時代だから。
 公――太公望とか古公亶父ココウタンポとかに見られるように、人名につける敬称のようなものね。君主の意味も持っているわ。
 侯――“諸侯(もろもろの侯)”ともいうように、各国の首長の一般的な呼び名だったの。
 伯――殷に服属している部族のうちで有力なものに与えられた称号よ。
 子――君主の臣下や血族が号した呼び方よ。後には孔子とか孟子とかみたいに敬称になるけど。
 男――伯ほどの勢力を持たない部族で、伯に統率されることになったの。
 で、西伯ってのは文字通り西方の大諸侯なわけだから、祖父の代よりも周の国力は客観的に見て増大してるの。
 だからその地位を授けられた姫昌キショウは西伯昌とも呼ばれるようになるわ。
 まあ周の文王ってのが一番メジャーな呼称だけど」

 「儒者たちが聖王と崇める文王ですね!

 「おぉ、気合い入ってるわねー」

 「いいえ、異とするには足りません。
 洋の東西を問わず、名君の事跡を調べて自らの範とするのが為政者の務めですから」

 「そして堯舜のときのように自爆すると」

 「眼鏡ビーム!!

 「おぷすっ!」

 「セイバーが壊れた!?」

 「いえ、ご心配には及びません。古来から連綿と伝えられる萌えアイテムの眼鏡を装着すればビームの一つや二つはお茶の子さいさい、お茶漬けぺろり。
 なんでもその歴史は半万年に及び、不確定情報によれば9200年にも達するとか」

 「半島ネタをかます時点で、やっぱり壊れてる……」

 「呼んだニダか?

 「呼んでない呼んでない」

 「アイゴー!せっかく来たのに、呼んでないと言われたニダ!ウリの心は東海よりも深く傷ついたニダ!これは・・・広義の強制連行といえるニダ!!

 「・・・勝手に来ていて、何電波飛ばしてるのよ・・・ほら、さっさと帰るわよ!」

 「あいごー!チョッパリは謝罪しる賠償しる〜

 「リューシーさんもなかなかいい壊れ具合ね」

 「汚れ役というものはそれほど心身ともに消耗するものなのですよ。
 ええ、それはもう」

 「体験者は語る!」

 「眼鏡ビーム!

 「なんのちょこざいな、眼鏡バリアー!

 「なんで私ばっかりはじき返されるんですか!
 なんで私にかかると萌えアイテムが効果を発揮してくれないんですか!!
 なんでなんでなんで!!!

 「じゃ、萌えアイテムってコトで私も参加してみよっか。
 ブルマー怪光線!

 「ちにゅ!」

 「世界が崩壊していくわ……」

 「キ モ チ ワ ル イ」

 「まーそんなことは気にせずにアルクェイドさん、講義を続けちゃってください。そうすれば世界なんて勝手に修復されていきますから」

 「そのクールさが今はありがたいわ」

 「それでは前回の汚名返上のためにも、私に説明させていただきます。
 周の文王の父君は、古公亶父ココウタンポの末子の季歴キレキでした。本来なら長男ではない季歴キレキが後継者になれるはずもなかったのですが、季歴キレキの息子である文王が産まれたときに瑞兆めでたいしるしが現れたため、古公亶父ココウタンポはその赤子に総領の地位を継がせたいと願うようになりました。
 そこで長男の太伯タイハクと次男の虞仲グチュウは生まれ育った周を後にし、南方の呉へ移ったのです。
 父親である古公亶父ココウタンポの願いは無碍には出来ない。しかし祖法である長子相続も曲げられない。そもそも周侯の地位を辞退しようにも、聖王の父である季歴キレキが承知するはずもない。だからこそ二人は当時は南蛮と呼ばれた辺境へと身を投じたのです。
 身を殺して仁を為したこの二人こそ、義人として讃えられるべきでしょう

 「よく知ってるわね。  ほとんどが後世に捏造された美談を」

 「ヽ(__ __ヽ)ズコー!!

 「懲りないわねぇ」

 「まず文王が生まれたときの瑞兆めでたいしるしだけど、これは文王の息子の武王が殷を滅ぼしたことを知っている後世の人間だからこそ言えることね。それと末っ子の季歴キレキ古公亶父ココウタンポの跡を継いだ点についても、末子相続は殷代じゃ別に珍しくもなかったから。
 といって長子相続が原則の後世支那じゃ具合が悪いものから“聖王の父である季歴キレキは遠慮したけれど”“二人の兄が父親の意を酌んで南方に逃れたから”“仕方なく跡を継いだ”……と、お膳立てしてやる必要があったんでしょ」

 「それでは、周の国人が季歴キレキを当主に仰いだ本当の理由は明らかではないのですか?」

 「そぉねぇ。季歴キレキの妻の太壬タイジンは殷王の娘とも、殷の有力諸侯の娘とも伝えられているからね。そっち方面を考慮に入れる必要があるでしょ。あと季歴キレキ個人の器量もね。
 季歴キレキはけっこう軍事的才能に恵まれていたらしく、近隣の部族を片端から切り従えていったわ。まず殷の第27代国王の武乙の35年に鬼方キホウを征伐して族長を二十人捕虜にしたわ。鬼方キホウってのは古公亶父ココウタンポを敗走させた薫育クンイクの別称だから、子供の代でリベンジを果たしたわけね。ちなみに鬼方キホウは殷とも昔から飽きもせずに殺しあってたわ。
 殷が代替わりして武乙の息子の太丁(甲骨文の表記だと文武丁)の二年には燕京エンケイの戎を討伐したけど、この外征は失敗に終わったわ。といって戦争狂の季歴キレキがこの敗戦で懲りることもなく、二年後には余無ヨムの戎と戦争したの。こっちは勝てて、殷から牧師に任命されたわ」

 「古代の君主をナチスの残党の指揮官と同一視するような説明はともかく。
 我々カトリックの神父に相当する異端どもの指導者がなぜ三千年以上も昔に登場するのですか?」

 「プロテスタントなわけないでしょ。師ってのは先生のほかに軍隊の意味も持つから、牧師はたぶん軍事に関係する職でしょ。
 さてその功績を殷から認められた季歴キレキはさらに異民族討伐に精を出すようになり、太丁七年に始呼シコの戎に勝利し、太丁十一年には翳徒エイトの戎の三人の大物を捕虜にしたわ」

 「張り切ってますね」

 「張り切りすぎたおかげで、殷王に疑われて謀殺されちゃったけど」

 「マジ?」

 「ジマ」

 「出る杭は打たれる」

 「後世の支那人たちは勘違いしてるんだけど、周侯が殷王の臣下っていう認識はかなり不正確なものなの。
 周と殷は歴史も文化も宗教もまるっきり違う異民族同士で、周は単に殷の宗主権を認めただけだから。梁の武帝が倭王の武を征東将軍に任命したり、明の太祖が足利義満を日本国王と認めたりしたようなものね。つまり、殷と周の関係は後代の册封さくほう体制と似たようなものだったわけ。
 季歴キレキがうっかりしてたとまでは言わないけど、少しばかり保身能力に欠けてたと断定されても仕方がないわね」

 「でもさ、文王が季歴キレキの息子ってことは、母親が殷の関係者なわけでしょ?
 よく父親の跡を継げたわね」

 「このへんの事情はわかりづらいんだけど、殷と周の力関係を考えれば周人の腹積もりは以下のようなものだったんじゃないかな」

 「なんでマスター?」

 「この馬鹿弟子がぁ〜! がやりたかったから。
 そんなこんなのやりとりがあったかどうかはともかく、周侯の姫昌キショウが誕生したわけ」

 「ところでセイバーはまだ復活しないの?」

 「今やっと上半身を起こしたところ。
 あ、肩を震わせてる」

 「涙目になってますが」

 「もう私が信じられるのはシロウのご飯だけですー!!

 「呼んだかセイバー?」

 「シ、シロウ! なぜここへ?
 しかし考えてみればちょうどいい。
 私はシロウが欲しい!!

 「淫逸!!

 「ま、間違えました! いえ本音としてはこれ以上ないほどに正確な主張であっていつでもどこでもどのようにでもカムヒヤー! ダイターンシロウなわけなのですが建て前として否定しておかないとレディとしての慎みを忘れられたように思われて殿方に嫌われるかも知れないとイリヤスフィールに忠告されたので私が言いたかったのはシロウのご飯が欲しいということにしておきます!

 「なんかすごいな、お前の彼女」

 「今は否定できない……」

 「遠野君まで!」

 「あ、私が呼んだの。
 これから先は取り上げる人物も多くなるから、他の世界史コンテンツに倣って演劇形式で進めていこうと思ってね」

 「人それをパクリという!

 「そんなものは見えやしね―――――!!
 魅了の魔眼にうつるものはただ一つ!!
 破壊―――(デストロ―――イ)!!!

 「ブレーメ――――ン!

 「梅澤春人風断末魔?」

 「おはようガッデム

 「蘇生早過ぎ」

 「おやすみガッデム

 「付き合い良過ぎ」

 「おはようからおやすみまで暮らしを見つめるガッデム

 「アタマ悪過ぎ」

 

 

〜第一幕・殷周革命〜

 

 

紂王 「我は殷の帝辛テイシン。名はジュだ。音が似ているからといってチュウなどと呼ぶ輩もおる。
 我は知勇兼備の英雄王。
猛獣を素手で殴り殺すことが出来るほど膂力に優れ、
家来の諫めを反対に言いくるめられるほど弁舌も巧みだ。
我の溢れんばかりの才能には天下広しといえども誰一人として及ぶものはおらんぞ。
 税金を吊り上げて鹿台ロクダイに収めよ!
 鉅橋キョキョウの倉庫を穀物で満たせ!
 珍品名物を宮中に集めよ!
 酒池肉林じゃあ!
 なに、諸侯で我に背くものが出ておる?
 大逆の罪を犯したものは何人たりとも容赦はせん。炮烙の刑を受けるがいいわ!
 なになに、“炮烙とは銅柱に油を塗って橋代わりにし、炭火を下で焚いて罪人を渡らせ、焚殺する刑でちゅ”か。
 おまけに宮中の女どももやかましいな。
蠆盆タイボンの刑に処してくれよう!
 ふむ、“蠆盆タイボンとは地面に穴を掘り、その中に毒蛇を入れて女を放り込み、蛇に噛み殺させる刑でちゅ”とな。
どうでもいいが、この語尾はなんだ?

 なんか知らんがとにかく我は王者なり!!

 ……なんなのだこの馬鹿君主は。生前の我でさえこれほどの無理無茶無謀の三拍子は敢行せなんだぞ」

伯邑考 「気にするな。ものすごく似合ってるから。
 あ、ちなみに俺は周の文王の長男の伯邑考ハクユウコウの役」

 「黙れ雑種!」

妲己 「私は妲己ダッキ。『キャンディ・キャンディ』の歌に合わせて自己紹介します。

悪評なんて〜気にしないわ♪

怨念だって〜だって〜だって〜お気に入り♪

残虐・淫蕩、大好き♪

炮烙・蠆盆タイボン、大好き♪

わたしは〜わたしは〜わたしは妲己ダッキ〜♪

ひとりぼっちでいると〜ちょっぴりさみしい♪

そんなとき〜こう言うの〜紂王チュウオウ見つめて♪

殺して〜殺して〜殺して愚民♪

退屈なんて〜サヨナラ、ね♪

妲己ダッキ妲己ダッキ

 「……だいたい想像はついていましたけど、なんでこんな役なんですか!」

周の文王 「あら桜、謙遜することはないわよ。まるで前世か分身かって見まがうくらいのハマり役だから。
 それと私は周の文王ね」

 「姉さん、赤い便利屋のくせにうるさいです。淫虫を百ダースばかり寄生させて、残酷淫欲黙示録のオーディションに満場一致で主役に抜擢されるくらいの淫乱牝奴隷にしちゃいますよ?
 そしてもちろんそんなヨゴレに先輩は相応しくないから、私がしっかりじっくりねっとり保護させてもらいます」

 「言ってくれるわね、凌辱闇市場の片隅に転がってる公衆肉便器の分際で。
 人の彼氏に手を出す奴は、馬に蹴られて三途の川ってことを教育してあげようかしら」

 「(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル

 「どうでもいいが貴様ら、我より目立つな。
 というわけでさっさと劇を始めるぞ。
 九侯キュウコウよ、貴様の娘は美しいそうだな。我によこせ」

九侯 「ええどうぞどうぞ、ふつつかな娘ですが宮中の末席にお加えいただければ無上の喜びと存じます」

九侯の娘 「今上、えっちなのはいけないと思います」

 「なんだこの娘は! 貞淑にして淫を好まぬ、まるでつまらん女ではないか! ええい目障りだ、処刑してしまえ!
 しかし返す返すも腹立たしい。娘も娘なら父も父だ。九侯キュウコウもついでに処刑して、死体を塩漬け肉にしてしまえ!」

顎侯 「おいおいアンタ、無茶もたいがいにしとけよな」

 「なにぃ、顎侯ガクコウ貴様、我を誹謗するつもりか? こ奴も処刑せよ! その死体は今度は干し肉だ!」

 「やれやれね」

 「あー、紂王チュウオウ紂王チュウオウ。周侯の姫昌キショウが今度の一件に溜め息をついてたよ」

 「一国の主に対してなんという口のききようだ!? まあそれはともかくとしてだ。周侯を捕えて羑里ユウリに幽閉せよ!」

 

 

 

 「おのれ天下万民に仇なす悪逆非道の君主、我が剣の錆となれ!

 「だから我じゃないー!

 「ちなみに周の文王が幽閉中に八卦(易者が自己弁護のためによく口にする「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ってやつね)を研究し、後に孔子が『易経エキキョウ』を大成させたと伝えられているけど・・・もちろん嘘♪
 『易経エキキョウ』の成立は戦国時代中期だからね」

 

 

 

 「親父が殷の虜囚になってはや七年。爺さんの季歴キレキみたく謀殺されたらコトだ。
 というわけで、身代金として美女や駿馬や宝物を殷に献上しますから親父を解放してください」

 「ウホッ! いい男……」

 「これは見事なものばかり。この一つでも姫昌キショウを赦すのに充分であるのに、ましてこれほどたくさんあっては……
 む? 妲己ダッキはどこへ行った?」

 「ねぇ先輩、じゃなかった伯邑考ハクユウコウさま。お婆ちゃんになっても発展途上体型だって言い張るナイチチ三人娘(セイバー・凛・イリヤ)のことなんか忘れて、私と一緒に悦楽と肉欲の泥濘に沈んでいきましょう」

 「いや、お婆ちゃんになっても言い張るってそりゃ邪推だろ? まあその光景はこの上なくヴィヴィッドかつリアルに想像できるけどさ。
 第一それだとライダーはどうなるんだよ」

 「眼鏡なんですね!
 やっぱり眼鏡なんですね!

 セイバーなんてゲーム本編じゃ眼鏡なんて未使用なのに特別にアイコンを作られて……えこひいきです!
 でも姉さんには眼鏡をかけてるアイコンがないからざまーみろですー!」

 「おーい、イリヤも眼鏡はかけてないぞー。
 あーあ、行っちゃった」

 「妲己ダッキか。どうした?」

 「ああ紂王チュウオウさま!
 百二十歳のお爺ちゃんも前屈みになってしまう私の色香に惑乱して、あの伯邑考ハクユウコウが私を押し倒そうとしたのです。
 どうかあの不埒者にきつい罰をお与えください!」

 「そんな年齢のじじいが腰を曲げずにいられるほうが珍しいと思うが。
 それはともかく、我の所有物に手を出そうとしたのは許せん。伯邑考ハクユウコウを処刑せよ!」

 「滅茶苦茶だぁ」

 「ええい、まだ腹立ちが収まらんわ。よし、伯邑考ハクユウコウの屍肉を姫昌キショウの食膳に出してやれ!
 なに? 姫昌キショウめ、自分の息子の肉とも知らずにきれいに平らげおったと?
 ふはははは、これは傑作だ! だれが姫昌キショウを聖人といった? 息子と牛馬の区別もつかずにその肉を食らった明き盲ではないか!」

 「ふふふ、先輩が悪いんですよ? せっかく私が誘惑したのに、先輩は萌えアイテムなんかに心を奪われて……
 眼鏡なんて飾りですよ。先輩にはそれがわからなかったんです」

 

 

 

 「人肉食キター!!

 「喜ぶなっ!

 「なにを無粋なことを言っておる。汚職と人肉食と大量虐殺こそが支那史を貫く醍醐味であるだろうに」

 「どういう醍醐味ですか」

 「自分の悪趣味を満足させるためだけに歴史を学ぶな!」

 「もっとも伯邑考ハクユウコウの肉を文王が食べたってのはまずフィクションよ。
 てゆーか、伯邑考ハクユウコウが実在したかどうかさえ怪しいんだけど」

 「舞台から降りてきた途端に疲労が倍加するようなことを言うなぁ」

 「まず同時代の資料は伯邑考ハクユウコウについて一切が沈黙しているわ。
 ようやく伯邑考ハクユウコウの名前が登場するようになるのは、殷周革命から千年近く経った漢代の『礼記ライキ』。それは死因についての記述さえなくて、単に文王が伯邑考ハクユウコウじゃなく次男の姫発キハツ(武王)に位を譲ったってだけ。同じく漢代の『史記』には「文王の子供のうち、発(武王)と旦(周公旦)だけが賢明だったから、伯邑考ハクユウコウではなく発に位を譲った」とあるわ。
 文王が伯邑考ハクユウコウの肉を食べたって説話が最初に見られるのは『帝王世紀』って書物なんだけど、この本の著者の皇甫謐コウホヒツは西晋、つまり『史記』よりさらに四百年は後の人物なの」

 「そりゃさすがに信じられないわね」

 「むしろ問題は、聖王の悲劇と暴君の無道を演出するために息子の肉を食べさせるような非人道的なエピソードを思いついた後世の漢民族でしょう

 「このへんは国民性でしょうけど」

 「未来永劫理解できない、というよりも理解したくない国民性ですね」

 「素晴らしくボロクソな評価なり」

 「これに限らず、紂王チュウオウの悪行ってのはたいていが周を正当化するためにデッチ上げられたフィクションの可能性が高いの。たとえば同時資料の甲骨文を見ると、紂王チュウオウの治世では祖先への祭祀が歴代でも一番秩序正しく行われてるんだけど、後世の紂王チュウオウの悪口には“祖先への祭祀をないがしろにして自分の楽しみだけを追求した”ってのがあるのよ。あと、功績のあった家来はちゃんと行賞したりしてるし。
 ま、極端にステレオタイプな人物や説話については眉に唾をつけて読んでいくことね」

 

 

 

姫発 「俺、周の太子の姫発キハツ。後の武王だな」

姫旦 「そして私はその妹、ではなくて弟の姫旦キタンです。孔子が尊敬した周公旦ですね。
 ところで兄さん、お父様がようやく解放されて周へご帰還されました。
 ……まだお怒りは静まりませんか?」

 「いや。これ以上軽々しく親父のことを幽閉するようなら、殷とは敵になるしかないと思っただけだ」

文王 「あーもー紂王チュウオウ妲己ダッキもムカツクー!
 こうなったら殷を征伐するわよ!!」

太公望 「遠坂さん、アドリブで劇の進行を崩壊させるのは止めてください。
 あ、私は周の太公望です。実際の彼はおそらく羌族の部族長で、よく知られている軍師像は後世のフィクションと推測されています。
 ちなみに羌族は以前にも講義したように、殷にとっては人牲の供給源でした。殷への恨みは骨髄に達しています。
 そんなわけで私の心は真っ赤に燃えて復讐はたせと轟き叫んじゃってます。もーバリバリに。英語でいうとBARIBARIですね」

 「いやそれ英語と違うし」

 「さらにさらに私のチュクチュクしちゃうハートのときめきはそれこそ殷の関係者なら親類縁者一族郎党子々孫々に至るまで宗教裁判ちっくに死刑判決を下して返す刀で脳へ回るべき栄養が全部カラダに逝っちゃってるフェロモン放射娘を闇へと葬り去った後に天然自然の法則にして天地運行の摂理たる因果律の定めに従ってサガラさんとめでたくゴールインのハッピーエンドで全米を感動の渦に巻き込んで歴代興行収入のNo.1記録を塗り替えちゃうくらい

 「なんか本家に匹敵する電波っぷりね……。
 えーと、

紂王チュウオウさま、洛西ラクセイの土地を献上しますから炮烙の刑をお止めください”

……あの、いくらなんでもここまでくると偽善くさく感じるんだけど」

 「ぼやかないぼやかない。
 はい、紂王チュウオウの出番ですよ」

 「我は寛大であるから姫昌キショウの言を容れてやろう。ついでに西方の軍事権とその象徴の斧鉞もくれてやる。
 これからは西伯昌を名乗るがいい」

 「ははーっ」

 「さて、ところ変わってゼイという二つの小部族国家がありました」

 

 

虞の人 「ちょっと、そのカスタードパンは私のよっ!」

芮の人 「なによ、アンタなんかコッペパンでも食べてりゃいいのよ!」

 「ちょ、ちょっと二人とも……」

 「放しなさいよ、このハリセン女!」

 「意地汚いわね、このPC-FX女!」

 「ハリセン女にPC-FX女って、悪口になるのかなぁ……
 それはともかく、こうなったら周侯のところへ訴えて、どっちが食べたらいいか判断してもらったらいいと思うんだけど」

 「ま、こっちに異存はないわ」

 「私も。購買のパン一つを巡ってわざわざよその国まで旅行しようっていう、破綻した脚本を除けばだけど」

 「まあまあ。はい、周についたよ。
 あれあの二人、周の国民みたいだけどなにしてるのかな?」

周の国民A 「あ、先輩。購買で運良くカスタードパンが手に入ったんです。
 私にはコッペパンがありますから、昼食にいかがですか?」

周の国民B 「いや、カスタードパンの希少価値は私も耳にしている。せっかく入手できたものなのだから、やはり美樹原くんが食したまえ。私はコッペパンをいただこう。友人から聞いた話では、それほど悪いものでもないらしい」

 「そんな。ほどよい甘さの、柔らかい、舌がとろけるようなカスタードパンで、先輩のランチタイムを豊穣に過ごしていただきたいのに……」

 「しかし、バターもジャムもなく、ただひたすら味気ないコッペパンで、君の昼食が貧しいものになるなど、私には耐えられそうもないのだよ」

 「……」

 「……なに?」

 「いや、いま自分がすっごく恥ずかしいんだけど」

 「気にする必要はないわよ。私もそうだから」

 「演劇だってのにナチュラルにらぶらぶやってやがるあの二人へのムカツキ加減は?」

 「たぶん今のあなたとのシンクロ率は、汎用人型決戦兵器くらい軽く起動できる数値でしょうね」

 「それはともかく、私たちの争いのタネって、周侯の教化がいきとどいた周人なら恥ずかしがって絶対に口外しないわよね」

 「うん。周人って強制されたわけでもないのにお互いに譲り合うんだから」

 「はい、ここで極めゼリフ!」

 「それにしてもここまで国民を教化できた周侯こそ、天命を受けて天下に号令すべき君主でしょう!」

 

 

 「うさんくさー」

 「当の本人が疑ってどうするんだよ……」

 「善政を布いてんのも疲れるから、ストレス発散に蛮族でも征伐しよっか」

 「周の文王が性格破綻者であったかのように読者をミスリードするような発言は控えていただきたいのですが」

 「さて周侯はそれから一年ごとに異民族や小部族を討伐していきました。犬戎ケンジュウ密須ミッシュ耆国キコク。このうち犬戎ケンジュウは何百年も後になってまた登場しますから、頭のすみっこにでも置いておいてください。
 さて周侯のぶっ殺すリストのどんじりに控えしは、かつて彼を紂王チュウオウに密告したヒトでした」

 「因果は巡る!?
 まーそれはともかくとしてさ、私の役ってなんて名前なの?」

 「崇侯虎スウコウコ。崇という地の君主で、名前は虎ですね」

 「タイガーって呼ぶなー!

 「ガンド」

 「ギャース!!

 

 

 

 「さて憎い仇を打ち倒した姫昌キショウは思い残すこともなくなったのか、その翌年にぽっくり逝っちゃったわ。おくりなは文王。あ、文王ってのは死んでから付けられた称号だから、小説とかで存命中の彼に文王サマとか呼ぶのは間違いなのよ。ま、こんなアホコンテンツならともかくね。
 で、偉大な父親の死後。志貴の姫発キハツは周の君主になって、いよいよ殷との全面戦争に移るようになるの」

 

 

 

武王 「親父が死んで九年。ようやく周の国力も殷に軽んじられないまでには成長した。
 示威行動として盟津メイシンにまで軍を動かしてみるか」

周公旦 「兄さん。すでに八百もの諸侯が盟津メイシンに集合しています。
 彼らは口々に克殷(殷を征伐すること)を叫んでいますが」

 「あー、いやその、あんたたちはまだ天命が殷から去っていないのを知らないんだ。
 今回は延期するよ」

 「それも仕方がないでしょう。今回の出兵は先君文王の位牌を担ぎ、すでに周の君主である兄さんもわざわざ太子の発と自称していましたし。文王の遺志という名目を掲げなければならなかったくらい、周を取り巻く状況は微妙だったのです」

 「舞台は変わって殷に移ります」

 「西方で周が諸部族とともに蠢動しておるだと?
 連中に何が出来る。放っておけ」

比干 「紂王チュウオウの叔父の比干ヒカンだ。おい紂王チュウオウ、いいかげん無道は止めろ」

 「何をぬかすか! そうだ、聖人の心臓には七つの穴が開いていると聞いたことがあるぞ。一つ叔父御の胸を開いて検分してみようぞ!」

微子 「紂王チュウオウの兄の微子ビシだ。やれやれ、弟に付き合ってたら身の破滅だ。といって一緒に死んでやったら祖先の祭祀を絶やすことになる。
 ここは一つ、逃げるか」

 「兄貴が逃亡した? 放っておけ。どうせ王位に即けなかった妾腹だ」

箕子 「箕子キシです。他国に亡命して殷の恥を広げるわけにはいかず、といって死ぬのはもっといや。
 髪を振り乱して狂人のまねをすれば、まさか紂王チュウオウといっても命までとることはないでしょう」

 「今度は箕子キシが狂ったか。生前と同じように魔法の薬でも飲んだのか?
 まあそんな頭で妙なことを吹聴されてもかなわん。牢に繋いでおけ」

 

 

 

 「ちなみにこの比干ヒカン微子ビシ箕子キシの三人は“殷の三仁”として孔子にも賞賛されているわ。もっとも孔子も殷周革命から五世紀以上も後の人物だから、この三人の事跡が完全に事実だったかどうかも怪しいんだけどね」

 「何を信じて、何を疑えばいいのかさっぱりわかんないんだけど……」

 「ちなみに微子ビシ箕子キシの二人はこの後にも登場します」

 

 

 

 「盟津メイシンの会盟から二年。天はもはや紂王チュウオウを見放した!
  彼の罪は重い。
 諸侯に檄を飛ばせ!
 今度こそ殷を征伐する!

 「紂王チュウオウの無道は今に始まったわけではないでしょうに、なぜ兄さんはあれほど急いでいるのでしょうか?」

 「いえ、それが実は人方ジンホウという東の部族が反乱を起こして、殷の主力部隊が首都から出払っているんです。
 “溺れた犬は棒で叩け”、コレ勝負の鉄則です。
 今こそ千載一遇の好機、あとは時間との戦いです」

 「天命が聞いて呆れるんですが」

 

 

 

 「ここで一時限目で言ってた、天についての説明をしておくね。
 天ってのはそのまま青空で、遊牧民族の普遍的な信仰の対象よ。その呼び名は、モンゴルだとTengri、テュルク(トルコ)ならTenggeri、古ウイグルはTanri。とどのつまり、北アジアの遊牧民族たちにとってはどれも同根ってこと。とりあえず一番メジャーなモンゴルのテングリを使って講義していくね。

 ぶっちゃけた話になるんだけど、遊牧民族が崇拝できるような対象は青空くらいしかなかったの。これが農耕民族の場合なら雨を降らせる雷神とか、季節を巡らす風神とか、他にも山神とか河神とか森羅万象をかたっぱしから崇められるんだけど。
 農作物を実らせてくれる大地や雨も、遊牧民族は穀物を交易で手に入れるから何の関係もないし、彼らは基本的に水を嫌って馬乳酒で水分を摂取するから河の神様もダメ。身近な馬や羊を崇めようにも労働力か交易品か、もしくは食料でしかないし。
 まあシャーマニズムとか蒼い狼とか山岳信仰とか、例外もあったけど筆頭はテングリね。  テングリ信仰は、かつては古代支那の天命思想に由来するものだとされてきたの。でも最近の研究によれば、逆に支那のほうが遊牧民族の影響(つまり周族ね)を受けてその思想が形成されたものだって考えられるようになってるわ。支那の天(tien)はテングリが単綴音化した産物というふうにね。さらには日本のタカマガハラ(高天原)やポリネシアのタナガロアも、語句上でテングリとの関係が指摘されているわ。
 で、そのテングリ信仰は当然のことながら支那の天の思想と共通する部分が多いの。  たとえばモンゴル系の遊牧民族の匈奴キョウドの君主は撐犂孤塗単于トウリコトゼンウと自称していたわ。単に単于と呼ばれることもあったけどね。撐犂はテングリ、孤塗はクト(息子の意)に漢字を充てたわけ。そのまま訳せば天の子。で、それを漢字に引き写せばまんま天子になるわけ。

 ところで一二二一年頃、チンギス・ハーンがモスールのアタベクらに送った書簡には
「神は我らに地上の帝国を授けた」
と書かれ、一二四〇年頃、モンゴルがハンガリー国王にあてた文書の冒頭には
「我がハーンは、天上の君主からの使者であり、(天上の君主は)我に対して従う者を嘉し、逆らう者を下すべく、地上の権を付与した」
と記され、一二五八年、フラグのカリフに宛てられた文書の内容は
「とこしえの神は、チンギス・ハーンとその一族を選び出し、全地上、東から西までを我らに授けた。心と言葉により服属の誠意を我らに示した者は、何人でも、財産も妻子も命も維持される」
というものだったわ。
 で、この神(つまり天)がチンギス・ハーンの一族に地上の権利を授けたってところがポイント。たぶんこれが支那における天命の元ネタよ。
 ところで話は殷周革命に戻るんだけど、周が天を信仰するのも天命を奉ずるのも勝手だけど、殷は殷で前にも講義したように帝を最高神として崇拝していたの。ま、天命に従って殷を征伐するなんて主張は、十字軍と同レベルの手前勝手な理屈なわけ」

 

 

 

 「捲土重来、また盟津メイシンのように轡を並べよう」

 「またアナベル・ガトー?」

 「なお、轡はまだ発明されていません」

 「それでは絶望と怨嗟と阿鼻叫喚の聖地へれっつごー♪

 「あいや待たれい皆の衆!

 「何者!

 「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは北方孤竹国」

 「十四の年から親に疎まれ、身の生業もかつての国を捨てたる放浪者」

 「孝子といえども非道はせず、兄を追いつつ掛川から金谷をかけて宿々で」

 「義人と噂、口の端に上る噂の盥越し」

 「危ねぇその身の境界も、もはや四十に人間の定めはわずか五十年」

 「六十余州に隠れのねぇ、隠者の兄弟、伯夷ハクイ叔斉シュクセイ

 「運転手さん、轢いちゃってください」

 「あいよー」

 「ひどいでござるよヤングメン」

 「さ、さ、差別なんだな」

 「だから何者なんだよアンタたち」

伯夷 「我々はさきほども自己紹介したように、孤竹国の兄弟でござる。拙者は伯夷ハクイと申し、先代の孤竹君の長男でござる。
 父はこちらの弟の方を可愛がり、いずれは後継者にと望んでいたのでござる。
 やがて父が亡くなったので君主を立てる段になったのでござるが、ここで弟が拙者にその地位を譲るといって聞かないのでござる。
 父の遺志をないがしろにするわけにはいかないので、拙者は国を出奔したのでござる」

叔斉 「ぼ、ぼくは叔斉シュクセイっていうんだな。孤竹君の三男なんだな。
 いくら亡父の遺志とはいっても、長男を差し置いて跡を継ぐのはやっぱり礼に背くんだな。そこでぼくも兄を追って祖国を捨てたんだな」

 「それで孤竹国はどうなったのです」

 「あ、後は野となれ山となれなんだな。
 風の便りには次男が跡を継いだらしいんだな」

 「それは無責任というものでは?」

 「まあそれはいいじゃないか。まるで俺たちの爺さんの代みたいな立派な人たちだし。この二人の義挙を聞いたら、あの世の親父も喜ぶんじゃないかな」

 「それでござる!

 「え?」

 「拙者たち二人は、西伯昌が仁愛深く老人を大事にすると耳にしたから周にまで足を伸ばしたのでござる。しかるに何でござるか! 西伯が没してから葬儀も済ましていないのに侵略戦争を企図するとは。
 これは孝とは言えんでござるよ!」

 「そ、それに周は殷の臣下なんだな。
 家来が君主を弑するのは仁とは言えないんだな」

 「いや、それは」

 「紂王チュウオウが無道と弁解したいのでござるか? 君主が人を斬りたくなったら、黙ってその首を差し出すのが家来の務めというものでござる!」

 「し、臣道とは死ぬこととみつけたりなんだな」

 「だから少しは」

 「戦争反対!」

 「ぐ、軍靴の響きが聞こえてくるんだな」

 「……(無言で眼鏡をはずす)」

 「ふむ、我々の主張の素晴らしさに感動し、声も出ないものとみえるでござる」

 「く、悔い改めるのはまだ遅くないんだな」

 「――教えてやる。
 これが、モノを殺すっていうことだ」

 「ちょく――

 「――しのま――

 「ガーン!!

 「まあまあ、この二人は義人です。処刑するのは止めましょう」

 「ふ、拙者の魅惑ビームにメロメロになった子猫ちゃんがまた一人でござるか」

 「ぼ、ぼくも罪作りな男なんだな」

 「運転手さん、やっぱり轢いちゃってください」

 「おいーっす

 「ぽっぷろあー!!

 

 

 

 「……えーと、なにこの兄弟?」

 「中国の代表的な隠者でしょ。彼らが地位を譲り合ったって美談は、兄を差し置いて水戸藩の世継ぎと決められた徳川光圀を感動させたわ。彼がのちの水戸黄門ね」

 「ちなみに『史記』の「伯夷ハクイ叔斉シュクセイ列伝」に感動した黄門さまは、日本に『史記』のような正史がないのを惜しみ、水戸藩の収入の三分の一(!)を費やして『大日本史』の編纂を始めました。その完成はなんと明治三十九年、日露戦争が終結した翌年でした」

 「まぁこの兄弟のエピソードもフィクションなんだけど」

 「どうせそんなことだろうと思っていました」

 「種明かしすると、伯夷ハクイってのは人間じゃなくって神だったの。かつて河南の嵩山スウザンは羌族の聖地で、かつては彼らの祖先神とされていたんだけど、その神の名前が伯夷ハクイなわけ。前も言ったよね、遊牧民族には山岳信仰があるって。で、この嵩山スウザン盟津メイシンの南方にあったの。

 五帝の堯の臣下に四嶽ってのがいたでしょ? 彼らも五帝神話に組み込まれる以前は、羌族が崇拝する神々だったの。ついでに言えば彼らが堯に推薦した人物として、やっぱり伯夷ハクイが登場するの。このへんは神話が整理される過程で生まれたミスなんでしょうね。

 伯夷ハクイ叔斉シュクセイが武王の出師を非難して処刑されそうになり、太公望に命を救われたったエピソードは、以下のような歴史的事実から変化したものと推測されているわ。

嵩山スウザンの麓に住んでいた羌族の一派が、祖先神の伯夷ハクイのお告げという形で従軍を拒否した。
・諸侯の士気の衰えを恐れた武王が彼らを処罰しようとした。
・タカ派とはいえ同じ羌族の太公望が、彼らの処罰を止めさせた。

 ま、こんなとこでしょ。
 周が殷を滅ぼしたあと、この二人は周の粟を食むのは恥だからといって首陽山シュヨウザンに隠れて、蕨を食べて餓死したと伝えられているわ。
 これはたぶん嵩山スウザンの羌族が領地替えさせられたってことでしょ。盟津メイシンの“津”ってのは小規模な港の意味で、つまり盟津メイシンは黄河の渡しだったの。交通の要所のすぐそばに反対勢力が根を張ってたら、周にとっては面倒でしょうがないからね」

 

 

 

 「全軍が盟津メイシンを渡り、諸侯も一堂に会したな。
 ここは一つ、演説をぶつか。

 「・・・うーん、いくらなんでもこのネタは手垢にまみれすぎてやしないか?」

 「そう思われるのなら、原文をお読みください。実際に周の武王が演説したと伝えられる『牧誓ボクセイ』という文章です。
 現存しているものは後世の偽作だそうですが・・・」

 「どれどれ……

 訓点どころか句読点もついてない白文なんか読めるか!」

 「漢文の素読は日本の知識人の伝統的な教養です。
 まったく兄さんは有間の家で何をしていらしたのですか」

 「日本の二十一世紀現在のフツーの学生だよ。明治時代の教育を引きずってる旧家の薫陶なんて受けなかったから」

 「それでは殷周革命のハイライト、牧野ボクヤの戦いです!

 さあ!! 諸君!!

 殺したり殺されたり死んだり死なせたりしよう。

 さあ乾盃をしよう。

 宴は遂に、今宵、此の時より開かれたのだ。

 乾盃(プロージット)!!

 乾盃(プロージット)!!

 

 

 

 「さて、『史記』によるとこのとき殷が動員した兵力は総勢七十万

 「はいウソですね」

 「まーね。といって全くの事実無根ってわけでもないの。これは戦国時代の基準から生まれた数字だから。
 支那の戦国時代ってのは生産力が飛躍的に増大した時期でね。殺されていく数よりも産まれてくる数の方がずっと多かったの。俗に戦国七雄と称された当時の列強は、誇張もあるんだろうけど数十万から百万の大軍を動員できたっていうわ。七十万ってのは“衰えたりとはいえ、中華の支配者であった殷なら七十万くらいは動員できるだろ”というドンブリ勘定から弾き出された数字でしょうね」

 「で、その正確な兵力は?」

 「甲骨文に“殷八師”ってのがあるの。師ってのは軍隊の単位でね、研究者によってその構成数は千人とも三千人とも一万人とも言われているわ。とりあえず数万程度だろうけど具体的にはよく判らんってのが本音ね。
 しかもその正規軍は人方ジンホウの討伐に向かっているんだから、今回の会戦に参加できたはずもないし。たぶん臨時に徴収した民兵に奴隷を併せて武器を持たせたってのが真相でしょうね。
 ちなみに周の正規兵は“周六師”って伝えられているから、六個の軍団を保有していたわけね。王者は六軍を率いるものと定められているんだけど、その元ネタはこの周六師なの。
 あ、ついでに『周礼シュライ』(シュライって発音してね。シュウレイだとペケ)って本には“旅”が五百人、“師”が二千五百人、“軍”が一万二千五百人って説明されているけど、これは漢代の著作だから鵜呑みにしちゃダメよ。5の倍数ってことからも五行説に影響されてるのがわかるし。
 えーい、ついでのついでだ。近代の日本陸軍でbrigadeを旅団、divisionを師団、corpsを軍団って邦訳するモトネタは『周礼シュライ』から来てるのよ」

 「いくらなんでも紀元前の本から引っ張り出して来なくても良さそうなものなのに・・・」

 

 

 

 「西方の蛮族どもなど押し潰せ!
 なに? 我が軍の兵士たちが武器を逆さに向け、まったく戦おうとしないだと!?」

 「そりゃまぁ、ろくに訓練もされていないのにいきなり駆り出されちゃ、士気が上がるはずもないよな」

 「兄さん。ここはたとえどれほど信じていなくても、周の徳を慕って戦意を失ったのだ!とか言うべきですよ」

 「圧倒的じゃないか、わが軍は!」

 「兄さん! 紂王チュウオウ鹿台ロクダイに火を放ちました!」

 「この紂王チュウオウ、天へ帰るに人の手は借りぬ!
 我が生涯に一片の悔い無し!!

 「なぜ世紀末覇王?」

 「あの、ところで私はどうなるのでしょう?」

 「妲己ダッキは実際のところ架空の人物なので、さっさと退場しちゃってください」

 「扱いが軽すぎますー!

 

 

 

 「で、これでハッピーエンドなわけ?」

 「それは1945年8月15日に日本が開放されたとか勘違いしてる連中と同レベルの考え方よ。歴史の流れにはっきりした区切りなんてつけられないのは本家でも言ってたことでしょ。
 はっきり言って、殷周革命は戦争よりもむしろ事後処理のほうが大変だったんだから」

 

 

 

 「さてと、殷の後始末だけどどうする?」

 「皆殺しにしちゃったらいかがでしょう(はぁと)」

 「ぶっそうなことを言うなよ」

 「そうですね。周は戦勝国といっても、火事場泥棒のようなやり方で手に入れた勝利ですから、そうそう強引なまねは出来ないでしょう。
 それに、子孫を絶やして殷の祖霊が祭祀を受けられないようになり、彼らを悪霊に堕落させてしまうこともこの時代では憚られますし。
 殷の王族の禄父ロクホに、殷の遺民を与えて統治させましょう」

 「その方向で行こうか。禄父ロクホのお目付け役には弟の管叔鮮カンシュクセン蔡叔度サイシュクドを任命しよう。
 軍を渭水盆地に帰すぞ。本音を言えばこのまま東方に根拠地を移して中原を支配したいところだけどね。
 克殷っていっても、実際のところは東方諸部族の盟主に勝利しただけだし。さらに言えば、殷の潜在的な国力も温存されているままだからな。
 といって周の国力からすればこのあたりが限界だし」

 「後世の歴史書によれば、武王は殷に勝利すると、馬を華山に放ち、牛を桃林に散じて、再び武力を用いないことを天下に示したといわれています。
 素敵すぎる大嘘ですね♪

 「とりあえず首都を鎬京コウケイに遷しておきましょう。
 次は殷の三仁の生き残りですね。
 微子ビシはもうちょっと後ですから、箕子キシの登場です」

 「うん。あなたに訊きたいんだけど殷はなぜ滅亡したのかな?」

 「それについてはお答えしかねますが、王道についてなら少しばかりお話できます」

 「このやりとりを記述した文章が『書経』に収められていますが、これまたやはり後世の偽作なので省略します。
 そもそも“敗軍の将は兵を語らず”と聞いていますが、亡国の貴族が政治を語るのはかえって恥になるんじゃないでしょうか? これは作者の私見ですが」

 「かくかくのしかじかで、まるまるのうまうま」

 「勉強になったよ。あなたを朝鮮に封じ、臣下の扱いはしないことにする」

 「これがいわゆる箕子キシ朝鮮ですね。めでたしめでたし」

 「ちっともめでたくありません!
 私になにか怨みでもあるんですか!? 宗一郎さまと私との間にやがて授かる愛の結晶が、ゆくゆくは・・・

と高らかに哄笑したり、

と主張したり、

と泣き叫びながら逃走したりするんですか!?
 そこまで不幸ですか私の人生ー!!

 「あー、いや、箕子キシ朝鮮は紀元前一世紀の『史記』が初見だし、あくまでも伝説であって考古学的な裏付けは一つもないから、そこまで悲嘆することはないって」

 

 

 

 「じゃあ箕子キシ朝鮮はまったくのゼロから生み出された伝説ってこと?」

 「そんなに単純に決め付けられないのが古代史の面倒なところよ。
 河北省の東北の咯左県(咯喇沁左翼モンゴル自治区)から出土した殷後期〜西周前期とみられる青銅器に「箕侯」という銘文が刻まれているものがあるの。これは箕子キシの血族か子孫と推測されているわ。つまり当時の支那からみればはるか東北の辺境に、箕子キシの関係者がいたってことよ。たぶんこれが箕子キシ朝鮮の元ネタね」

 「ってことは、まったくの事実無根ってわけでもないんだ」

 「完全な事実には程遠いでしょうけどね。
 河北省と朝鮮半島じゃ、距離が離れすぎてるもの」

 「ちなみに箕子キシの一族が東方の朝鮮半島に勢力を伸ばしていった可能性は低いでしょうね。むしろ地元の異民族に吸収(あるいは根絶)されたとみるべきよ。紀元前10世紀ごろには確かに存在していたけれど、それ以後の箕子キシの子孫たちについての消息はまったく不明だから。
 箕子キシ朝鮮というフィクションが成立した過程は以下のようなものでしょうね。

・殷周革命の前後に、箕子キシとの関係が推測される一族が河北省の東北に割拠していた。
 ↓
・当時の支那にとってその地方は世界の果てだった。
 ↓
・紀元前一世紀の支那では東方の辺境は朝鮮半島にまで広がっていた。
 ↓
・その時代の地理的認識にあわせて、箕子キシが封ぜられた土地が決定(=捏造)された。
 ↓
・ついでに箕子キシを国王にしといてやるか。

 まあ伝承にはたいてい核になった事実が内包されているんだけど、一緒にくっついてくる虚構や誇張との区別を怠ったらとんでもないことになるわ。
 たとえばこの地図。

 たしかに古代支那では東方の異民族を東夷と呼んでいたし、その構成はツングース系とされているわ。で、高句麗もまたツングース系だからいくらかの真実は含まれているの。
 でも大朝鮮帝国とやらが実在した可能性とはまた別問題なのよね」

 「はっきり言って、九割九分九厘ありえないと思いますが」

 「え、そんなに高くていいの?
 九割九分九厘九こつせんしゃじんあいびょうばく模糊もこ逡巡しゅんじゅん須臾しゅゆ瞬息しゅんそく弾指だんし刹那せつな六徳りっとく空虚くうきょ清浄せいじょうありえないと思うんだけど」

 「……なにそのぶっとんだ表現」

 「一から十分の一ずつ降っていくとこんな単位になるんです。ま、一十百千万億兆の逆バージョンですね。ちなみに最後の清浄は十のマイナス二十一乗です」

 「ぶっちゃけありえなーーーーい ってわけ
 さて朝鮮は置いといて支那に戻るね。
 克殷の戦後処理がひとまず終わって気が緩んだのか、武王は病いに倒れることになるわ。このとき周公旦は武王と命を共有、もとい自分の命と引き換えに武王の快癒を祈願したの。
そしてその祈文を金藤のはこに入れて他人の目に触れないようにさせたわ。
 これは呪術の基本なんだけど、その内容が他人に知られてしまうとその効力が霧散してしまうものなの。丑三つ時で他人に見られると呪いが術者本人に跳ね返ってくるのもそれね。
 ま、周公が優れた政治家であるだけじゃなくて恐るべき呪術者だったってことよ」

 「で、そのあと武王は?」

 「やっぱり死んじゃった。殷に勝利してからたったの二年でね」

 「早すぎでしょそりゃ」

 「人の寿命を自分で決められたらさぞ便利でしょうね。
 というわけで、よっこらしょっと

 「アルクェイド、あなたなぜ舞台によじ登っているのですか?」

 

 

〜第二幕・摂政周公旦〜

 

 

邑姜 「私は邑姜ユウキョウ。名前からもわかるように羌族の出身よ。
 そしてなにより、武王の志貴の正妻で未亡人なのだにゃー♪

 

 「第七聖典!!

 「略奪!!

 「あなたを、首吊ってくたばりやがれ

 「あはー、真祖だったら人間の致死量の五十倍や百倍の猛毒なんかで死にやしませんよね〜?
 なまじっかヒトより丈夫な身体に生まれたことを後悔しましょうね、木人形デク

 「ぎにゃー!!

 「悪は滅びた!!!!

 「実にすごいな、お前の恋人たち」

 「さっきのお返しか」

 

 「あいたたた。もー、配役くらいでそんなにムキにならないでよ。大体これくらいの役得がなくっちゃ司会進行役なんてやってらんないんだから。
 それにもう志貴は死んじゃってるし、息子のショウの後見役としてしか見せ場がないんだし。
 ほら、レンも何とか言ってやってよ」

 「――、――」

 「え、“本当にそう思うのなら配役を代わって”ですって?
 ブルータス、お前もか!

 「カエサルごっこはやめにして、さっさと回すぞ。
 

 

 

管叔鮮 「俺、文王の三男の姫鮮キセンだ。管叔鮮カンシュクセンのほうが通りはいいけどな。説明すると、管ってのは俺が封ぜられた領地の名前で、叔ってのは三番目以降の弟を意味するんだ。管叔鮮カンシュクセンってのはつまり、管の領主で弟の鮮ってトコだな」

蔡叔度 「ボクは文王の五男の姫度キド。兄さんと同じ法則で蔡叔度サイシュクドって呼ばれてる。
 ちなみに三番目以降の弟だけじゃなくて他の兄弟にも漢字は割り振られてるんだ。長男だと伯、次男は仲、末っ子なら季だよ。ボクのお爺さんは末っ子だから季歴キレキなわけだし、その二人の兄のうち、太伯タイハクが長男で虞仲グチュウが次男ってのは名前からも判るんだ。
 伯夷ハクイの弟を練成するのに叔の字を使ったのも、この法則に従っているんだね」

禄父 「私は禄父ロクホという。
 そして私の二つ名は」

 「素晴らしきロイ・マスタング」

 「……辛口の評論家として知られるあさりよしとお氏に星四つを認めさせた『ジャイアントロボ』の変態スーツ白眼サディストのパクリだと読者に誤解されるような発言は慎んでもらいたいのだがね、鋼の」

 「なに言ってんだか。大佐の指パッチンで炎を出すシーンが爆笑するところだってのはマニアなら誰でも知ってることだぜ。
 やっぱり大佐もトシ食ったら後ろ髪が両側にハネて顔がゴルゴ13になるんだろーな」

 「ちょ、ちょっと兄さん」

 「……まあここは蔡叔度サイシュクドの顔に免じて不問としておこう。
 さて、禄父ロクホとしての二つ名は武庚ブコウ。十の太陽の一つをその名に与えられていることからもわかるように、殷の王族だ。後世の歴史書によれば紂王チュウオウの息子なのだが、当時の青銅器に刻まれた内容とは食い違う。
 私たち三人は殷の遺民を監視する役目を周から命じられた。俗に三監と呼ばれている。一説には私を除いて文王の八男の霍叔處カクシュクショが含まれている場合もある」

 「で、俺は三男だから周公旦よりも年上なんだよな。
 そのくせアイツは摂政なんだからやってらんねーよ。
 他の連中も俺を無視しやがるし」

 「やはり背丈が問題なのだろう」

 「だぁーれがケシツブみたいに小さくって目立たなくって吹けば飛ぶようなドチビだってぇー!!

 「誰もそこまで言ってないよ」

 「いーや、聞こえる! 聞こえるぞ! 周公旦が俺のコトを
“オキアミの餌の植物プランクトンよりも取るに足りないあなたには中央にいる資格なんてありません”
なんて決め付けている電波が!!
 俺の錬金術アンテナがビビビと受信している!!」

 「被害妄想もここまで来れば一つの芸だな」

 「なんでこのコンテンツに登場するキャラクターはみんな壊れちゃうんだろ」

 「ここは一つ、兄の威厳を知らしめる必要があるな。
 というわけで蔡叔度サイシュクド武庚ブコウ、反乱を起こすぞ」

 「乗った。殷の潜在能力を見せ付けてやろう。
 エン淮夷ワイイのような東方の諸部族も参加してくれたぞ」

 「ダメだよ二人とも!」

 

邑姜 「ところ代わってこちらは周。
 周公旦が気に入らないって理由で、三監が反乱を起こしたって。
 もっとも私は周公旦を支持するけど」

召公奭 「右に同じです。
 あ、私は召公奭シュウコウセキと申します。召という国の君主で、奭は名前です。
 殷周革命のときには一度も顔を出さなかったのですが、よろしかったのでしょうか?」

 「それは単に作者の力量不足ですから、細かいことを気にしてはいけません。
 さて、召公奭シュウコウセキについて若干の説明を加えておきましょう。召は殷では召方と呼ばれていました。方とは部族を意味します。羌族も殷では羌方と呼ばれていましたし。
 なお召は殷にとっては西方の祭祀を司る与国でありながら、後には殷に離反するようになりました。これもまた周が克殷に成功した理由の一つでしょう。
 あと彼は周と同族の姫姓と伝えられていますが、これは眉唾ですね」

 「ちなみに周と同盟してもやはり私は神職に任命されました。皇天尹大保コウテンインタイホというものすごく仰々しい名前の最高神祇官です」

 「おい、邑姜ユウキョウ召公奭シュウコウセキも敵に回ってしまったじゃないか」

 「おっかしーな」

周公旦 「よろしい、それでは教育してさしあげましょう」

 「周公と召公の連合軍ね。もっとも形式的には周王の親征なんだけど。ちなみにこの戦争には周王の母親の私も従軍してたりするんだ。
 とゆーわけでこの反乱はあっさり鎮圧され、管叔鮮カンシュクセン武庚ブコウ禄父ロクホは処刑されましたとさ」

 「早っ!

 「あのー、ボクはどうなるんでしょうか?」

 「あなたの場合、兄に引きずられた形なので追放に留めておきます」

 「なお、この反乱は三監の乱と呼ばれています」

 

 

 

 「えーっと、壇上のアルクェイドに代わって俺が解説するんだけど。
 まず周公旦は武王の弟と言われている点についてだけど、最近の学説はこれについて否定的で、実際のところは周の分家の当主じゃないかって考えられているんだ。彼の称号の周公ってのも、周王朝の発祥の地である周(ややこしいなぁ)を采邑にしていたからだし。
 つまり、姫姓の有力部族の族長として宗家を補佐したってところかな」

 「では、管叔鮮カンシュクセンたちが反乱を起こした真の理由は何なのですか?」

 「いや、実のところ三監の乱そのものが史実かどうかも疑わしいんだよ。殷の武庚ブコウが軍を動かしたのは事実だけど、そこに管叔鮮カンシュクセン蔡叔度サイシュクドが参加したと付け加えられるのは戦国時代以降の文献だから。当時の金文にそんな記述はないしね」

 「やはりこれも周公旦を聖人として祭り上げるための操作ですか」

 

 

 

 「まだまだいっくよ〜♪

周公旦 「ここで私と召公奭シュウコウセキは余勢を駆り、東方へと進みます。
 まず禄父ロクホたちと結んだエンを伐ち、山東半島にまで進撃しました。なおかつ淮夷ワイイの根拠地である淮水を超えて揚子江まで到達しました。江蘇省丹徒県から出土した青銅器の銘文にこのときの戦争についての説明がなされているので、周軍が揚子江を越えて江南まで進軍したのは完全な史実です。
 はっきり言って殷周革命をはるかに凌ぐスケールの大遠征でした」

 「この遠征は践奄の役センエンのエキとして史上に残っています」

 「さて遠征も成功裏に終わったので、軍を収めて首都の鎬京コウケイへと凱旋しました。
 しかし鎬京コウケイはどうにも西に偏りすぎていますね。東方への睨みを利かせるために、副都として洛邑ラクユウを建設しましょう。もちろん人口が足りませんから、黄河の北方から殷の遺民を移住させて頭数を増やします。なにせこの時代は人口の多寡が国力に直結していますから。殷の国力も下げられて一石二鳥の政策ですね。
 これからは鎬京コウケイを宗周、洛邑ラクユウを成周として二都制でやっていきます

 「ちなみにこの洛邑ラクユウは、後の洛陽だよ」

 「さあ、この機を逃さずに殷の国力を殺いでおきましょう。まず殷の本拠地の朝歌(後の殷墟)から追放しましょうね。この地の後釜には弟の康叔封コウシュクホウに任せましょう。その国号はエイです。なお、十二人の妹のうちの一人とは何の関係もありませんから。
 兄さんの妹は私一人でたくさんです」

 「補足するなら、このとき領国へ赴く康叔封コウシュクホウへ“殷人は酒好きだがそのせいで国を滅ぼしたから、お前はあんまり酒飲むな”という戒めの文章を送りました。これが以前に出てきた『酒誥』です」

 「次は殷の遺民をどこに押し込めるかですね。
 微子ビシ、あなたにソウの地を与えます。あそこは狭隘な地ですから、あなたに付き従う国民の中にあぶれる人たちが続出するでしょう。
 いい気味です」

微子 「ようやく出番かと思ったら、こんな役回り・・・しかもすぐに退場か」

 「定住できる土地を得られなかった殷人たちは、やむなく当時は賎業とされていた交易に携わるようになったわ。ちょうど祖国を失ったユダヤ人に似ているわね。そんな彼らは商(殷の別名)の人、つまり商人と呼ばれるようになったの」

 「さて、エイだけでは東方の鎮定には不足ですね。
 それでは……」

 「呼びましたか?」

 「ええ。太公望、あなたの功績は群臣のなかでも抜きん出ています。それを考慮し、あなたにはの地を授けましょう」

 「斉ですか?」

 「斉ですよ」

 「ホントーに斉ですか?

 「ホントーに斉です」

 「マジに、真剣に、洒落でなくて、冗談ぬきで、うそっこなしで、斉なんですか!?

 「アッラーに誓って、仏陀に誓って、エホバに誓って、その他もろもろに誓って、斉です!!」

 「お二人とも『ジーザス』ネタが好きですね」

 「あんな東の果ての辺境に封ぜられるとは……」

 「あなたと羌族の実力を恐れればこそです。乱世の功臣が僻地に飛ばされるのは伝統でしょう。
 あ、それと斉の地には東夷のようにまつろわぬ異民族がたくさん幡踞していますから。しっかり討伐して、国力をすり減らしていってくださいね」

 「マイガッ!

 「もっとも斉は後に東方の大国にまで成長するんだけどね」

 「これでもまだ安心は出来ません。
 まだその国力は侮れないエンを私の息子に与えて統治させましょう」

 「あ、エンってのは曲阜のことね。
 曲阜といえば二時限目でもやったように、五帝の少昊の地だよ。これが後の魯ね」

 「ダメ押しとしてもう一つ。
 召公奭シュウコウセキエン(現在の河南省の郾城エンジョウ)の地をあなたの領土として認めます」

 「光栄です。もっとも多忙な折ですから息子を向かわせて東方を鎮撫させましょう」

 「これは後世の話になるんだけど、エンの君主になった召公奭シュウコウセキの子孫かあるいは一族が北方の燕(現在の河南省の封丘県フウキョウケン)に植民し、さらにはるか北方の燕(現在の北京付近)にまで勢力を伸ばすことになるの。南方の燕はその地理から南燕と呼ばれたらしいわ。発音は全部エンね。
 その後、エンと南燕はともに滅亡し、燕だけが戦国時代まで生き延びたというわけ。
 これが戦国七雄のだよ。
 まーそんなこんなで時は流れ、武王の遺児のショウが成人したわ」

周公旦 「もはや私が摂政の地位にとどまり続ける必要もないでしょう。政権を陛下に返上いたします」

成王 「――、――」

 「陛下はこうおっしゃられているわ。
“こっちはガキだから、叔父上はさぞかしこの国を好きなように動かせたんだろーな”

 「……へえ?
 どうやら陛下は私が国政を壟断し、あまつさえ簒奪を企んでいるとお疑いのようですね」

 「――、――(心なしか青ざめた表情)」

 「陛下はこうおっしゃられているわ。
“回りくどい奴だな。よーするにおめーの存在そのものがうっとーしくってしょーがねーんだよ。
 そんなこともわかんねーのかね、このナイチチは”

 「……なんですって?」

 「――、――!!(激しく首を横に振る)」

 「陛下はこうおっしゃられているわ。
“やれやれ、鏡くらい毎日見てるだろーから図星を指されたくれーでそんなに血を上らせんなよプハー。
 てめーは追放だ。二度とその洗濯板な胸を見せるんじゃねーぜ”

 (アルクェイドの私情が挟まれているように感じるのは邪推でしょうか?)

 「……わかりました。これにて御前から下がらせていただきます」

 「さてそれからしばらく後、古今未曾有の大風雷が周を襲ったわ」

 「――、――」

 「陛下はこうおっしゃられているわ。
“アイゴー! この天災は周公旦がウリを呪詛したものに違いないニダ!
 チョパーリの周公は反省しる! 謝罪しる! 賠償しる!”

 「えーかげんにしなさい!

 「……(なんだかものすごく納得のいかない表情)」

 「これはかつて周公旦が武王の平癒を願った祈祷書です。本来は書庫に納められて日の目を見せない性質の文章ですが、このさい仕方がありません。
 これを見てもまだ周公旦への疑念は晴れませぬか!?」

 「――、――」

 「陛下はこうおっしゃられているわ。
“アイゴー! 周公旦がウリをミスリードさせたニダ!
 チョパーリの周公は反省し……”

 「あれ?レン、なんで泣きながら脱兎のごとく逃げ出してるわけ?」

 「むしろ当然の反応と思われますが」

 「さて以上のような敬意で中央へ返り咲いた私こと周公旦は臣下としての分をわきまえ、決して野心を抱かずに誠意を尽くしたのです。
 それが過ぎて、とうとう魯の地を踏むことなく周で没しました」

 

 

 

 「とゆーわけで、いかにも後世の偽作っぽい聖人周公旦のエピソードでしたー」

 「おいおい」

 「史実と虚構の線引きは難しいものの、建国初期の不安定な周の基盤を固めた政治家として周公旦の業績は無視できない。
 ま、このへんが落とし所ですね」

 「さて周公旦の補佐を受けた成王(姫誦のおくりな)とその息子の康王の時代は周の全盛期とされ、君主の称号をとって“成康の治”と讃えられたわ。けど周王朝にもやっぱり衰微の時は訪れるのよね。
 周の第十代国王の脂、レイオウは暴虐無道の君主として諸侯に追放されたわ。実際には封建領主の台頭を防ごうとしたものらしいけど。玉座が空いた後、周公旦と召公奭シュウコウセキの子孫たちが“共に和して”政治にあたって、ここからRepublicの訳に“共和”を使用するようになったの。
 もっとも共和ってのは実際は共伯和キョウハクワって人物を縮めたものらしいんだけど」

 「ちっとも共に和していないではありませんか」

 「ちなみに脂、レイオウの追放は紀元前841年のことよ。
 支那史ではこの事件から年代がはっきりするの」

 「き、きげんぜんはっぴゃくよんじゅういちねん!?

 「大和橿原の宮で神武天皇がご即位されたのでさえ紀元前660年ですからね。しかもこれは推古天皇の九年が支那において革命の歳とされる辛酉であったために“1260年ごとに大革命が起こる”という讖緯暦運説にしたがって設定された年代ですから。残念ながら事実とは乖離しています」

 「ウェーハッハッハ、かつての宗主国でさえこれほど薄っぺらい歴史しか持っていなかったニダか!
 ウリナラの賢明で力強い指導者の檀君が即位したのは紀元前2333年ニダ!
 これは紛れもない事実ニダ
 だから科学的な検証なんてものは、もちろん必要ないニダ!
 チョパーリなんてウリの爪のアカでも煎じて飲むがいいニダ!
 まったくウリナラは誇らしいですねホルホルホルホル〜

 「悪霊退散!!

 「アイゴー!

 「セリョリータ・フェルナンデスは悪霊だったのか」

 「呼ばれてないのにやって来る○○○○は時空の果てに帰ってもらうとして。

 封建領主の発言権が増したってことは、相対的に周王室の権威と実力が衰えてるってことね。
そして十二代目の幽王ユウオウの時代にはっきりするわ。
 てなわけで・・・第三幕、笑わない美少女の巻〜」

 

 

 

〜第三幕・笑わない美女〜

 

 

 

 「えっと、その、あの、だから……

 「ほらほらシンちゃん、もっと胸張ってはっきりしゃべって」

 「はい、その、あの、えっと……

 「ダメだこりゃ。仕方がないからあたしが狂言回しをやるわよ。
 まず時代はBC779年。シンちゃんは三年前に周王として即位した姫涅キデイ。後世では周の幽王ユウオウと呼ばれているわ。
 ちなみにあたしはその正妻の羌氏ね♪」

 

 

 

 「あっっっっくまでも冷静で客観的で公平無私で熱情も慕情も劣情さえもこれっぽっちも挟んでいない意見を述べさせてもらうということを最初に断っておくけれどやっぱりバカシンジの正妻がミサトじゃトウが立ちすぎてて同年代のキャラが勤めるべきなのは衆目の一致するところでそれも相性の面とかを考慮に入れるとエヴァのパイロットが最適だけどファーストじゃ演技の才能なんてなさそうだから除外するべきだしもちろんのコトながら男なんて論外というわけで必然的にその配役は決定されているべきだからとどのつまりは私が指名されるわけであってその話が持ち込まれたときの内心としては公衆の面前でらぶらぶできる免罪符が手に入れられるわけだからハッスルマッスル感謝する想いは心の底で臨界点に達していて今にも口から溢れ出そうなんだけど毛の先ほども気取られるわけにはいかないから内弁慶の外地蔵なんて微妙に用法が間違っていることわざの通りに表面では嫌々ながら仕方なく受け入れるというスタンスを採るわ

 「ここは感心するところなのか? 肺活量とか」

 「ホントに壊れますね、このコンテンツの登場人物は」

 「セイバーを超えるダメっぷりね」

 「傍から見るとこんなですか、私は……」

 「よーするに納得が……

 「納得がいかないキャスティングだね」

 「のわっ!!

 「周の幽王ユウオウに男色趣味があったという伝承はないものなのかな」

 「ないない」

 「今回は呼ばれてもいないのに次元を超えて飛んでくるキャラが多いですね」

 「これでも使徒だから」

 「もう少しマシな方向にその能力が活かせないのかよ」

 「それでは仕方がない。捏造しよう」

 「こらこら」

 「バアさんはしつこい、バアさんはしつこい、バアさんは用済み。
 クスクスクス……」

 「それキャラ違うよ」

 

 

 

 「なーんか観客席で好き放題言われてる気がするけど無視するわよ。
 この歳、ホウって国が周に罪を犯したの。その君主はシンちゃんに処罰されることを恐れて、国内の美女を献上してお目こぼししてもらおうと思ったの」

 「……」

幽王 「……君の名前は?」

褒娰 「褒娰ホウジ

姜氏 「褒娰ホウジは正妻のあたしを差し置いて、シンちゃんに寵愛されるわ。
 でもシンちゃんも彼女に対して一つだけ不満があったの」

 「褒娰ホウジは、笑わないんだね」

 「……」

 「褒娰ホウジは美人だけど、笑ったらもっときれいだと思うよ」

 「そんなとき、ちょっとした手違いが起こったわ」

 「げ。ミスって狼煙を上げちまったぜ」

 「なんですか、その狼煙って?」

 「周の作り出した究極の汎用連絡信号装置。我々周の、最後の切り札よ。国家の危急存亡のとき、この狼煙を上げれば諸侯たちが終結するんだけど
 あらあら、後から後からやってくるわね」

 「いざ鎌倉ー!!

 「はぁ、はぁ、はぁ……。周の危機ってなんなの!?

 「ご、ごめんなさい。誤報です」

 「ぼーぜん」

 「……」

 「……褒娰ホウジ?」

 「ごめんなさい。こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないの」

 「笑えばいいと思うよ」

 「(にこっ)」

 「笑った……。褒娰ホウジが笑った!」

 

 

 

 「アイコン笑ってないじゃん」

 「いくら僕のシンジ君が他の女と話しているからって、火照ったカラダを持て余しての八つ当たりは見苦しいよ?」

 「だ……誰があんたのよ!!

 「そっちに反応するんだ」

 「では誰のものなのかね、同志アスカ?」

 「目標をセンターに入れてスイッチ!!」

 「ヤッダーバァアァァァァアアアアア

 「なんでチョコラータ元医者34歳?」

 「くふおぁっ……、我輩はもうだめだ。
 墓碑銘は『二次元に生まれ、二次元に死んだ萌えの旅人』とでもしてくれ」

 「はいはい、安心しなさい。『やくたたず ここにねむる』って刻んであげるから」

 「ふっ……成長したな、マイシスター。今まさに息を引き取ろうという男を前にしてWizardryネタをかますとは。
 これで我輩も安心してヴァルハラへ旅立てるというものよ……」

 「本当に旅立ってくれたら後腐れがないんですけどね」

 

 

 

 「ふぅ。周王のわがままにも困ったものですね。
 いくら寵姫の笑顔が見たいからといって、こうも頻繁に虚偽の狼煙を上げられてはかないません」

 「全く、こっちはいい迷惑だよ。
 もっともこっちが付き合ってやるから向こうも付け上がるんだけどな。
 今度からは狼煙が上がっても無視するぞ」

 「全てはアッラーの御心のままに……」

 「そんな諸侯たちの不穏な雰囲気なんてどこ吹く風。シンちゃんは幸福の絶頂でした。
 そしてBC774年に古女房を襲った突然の悲劇!」

 「僕は姜氏を廃して、褒娰ホウジを正式に王妃として冊立する。
 姜氏との間に生まれた宜臼ギキュウは廃嫡し、褒娰ホウジとの間に生まれた伯服ハクフクを太子に立てるから」

 「バアさんはいらない、バアさんはしつこい、バアさんは用済み。
 クスクスクス……」

 「それさっき聞いたわよ。
 さて、この一幕に穏やかでいられないのが私の父親の申侯シンコウ。そりゃまぁ何の落ち度もないのに自分の娘を里に返されて、孫も時期国王の地位から引き摺り下ろされたんだから、無理もないわ。といって領地の申国は弱小国だから、単独で周に当たることは出来なかったの。そこで取った手段が、犬戎ケンジュウとの握手。
 そしてBC771年、その時歴史は動いた!!

 「パターン青! 犬戎ケンジュウです!」

 「あ、狼煙が上がっています」

 「いい加減にして欲しいわね」

 「道化にされるのはもうたくさんです」

 「シカトシカト」

 「つーん」

 「……誰も来ないわね」

 「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな! 父さんと同じ(?)に裏切ったんだ!

 「むしろ当然のリアクションでしょ。
 そんなわけで諸侯の援軍を得られなかった周軍は申侯シンコウ犬戎ケンジュウの連合軍に大敗し、シンちゃんと伯服ハクフクは処刑されましたとさ」

 「……私は?」

 「さぁ? はっきり言ってよくわかんないわ。犬戎ケンジュウに連れ去られたとも処刑されたとも伝えられているけどね。好きな方を選んだら?」

 「アバウトすぎ……」

 「さて女婿を殺して周の実験を握った申侯シンコウは、孫の宜臼ギキュウを周王に擁立したわ。これが後の平王ね。
 翌年の紀元前770年に、平王は犬戎ケンジュウの勢力が強くなった鎬京コウケイを棄てて、東方の洛陽に遷都するの。首都の位置から幽王ユウオウ以前は西周、平王以後は東周と呼ばれているわ。
 なお東周は、西周と較べて周王朝の権威が地の底にまで落ちた春秋時代と、地の底どころか地面にめり込んで存在そのものがほとんど忘れられた戦国時代に分けられるわ」

 

 

 

 「はい、殷の興隆から西周の崩壊まででしたー

 「三回目の講義が不自然に長過ぎ」

 「ペース配分が下手過ぎ」

 「しきー、みんながいじめるー

 「こ、こら。そんなにくっつくと……」

 「理性が決壊する?」

 「寿命が縮まる・・・ 残り五秒くらいに」

 「あらこんな〜ところに黒鍵が♪」

 「檻髮〜檻髮あったわね〜♪」

 「暗黒翡翠拳♪」

 「死なせない程度が決め手なの〜♪」

 「死なせない程度が決め手……メモメモ」

 「その書き込みが永遠に実行されないことを天に祈る・・・」

 「さーて、お次は春秋時代。そろそろ信頼できる文献資料も多くなって、英雄もたくさん登場するわよ。
 そのとき諸国のイニシアチブをとった五覇について講義するね」

 「五人の覇者って意味?
 でも五帝のときみたいに諸説あったりして」

 「実はそのとーり

 「おい!

 「五覇のカウントも五行説に従ったものだから、あぶれる覇者もいるのよ。初めに五って数字があって、そこに何人も詰め込んでいくわけだからね。
 四時限目では斉の桓公・晋の文公・秦の穆公・ソウの襄公・楚の荘王を取り上げるわ」

 「その五人をあえて選んだ理由は?」

 「作者の趣味〜

 「開き直りというか、ヤケクソというか」

 「ていうか今回、劇の登場人物が多すぎて全員を把握しきれなかったんだけど」

 「それではカーテンコールという形で、皆様に自己紹介していただきましょう。
 まずは殷の関係者からです」

 

 

 

 「殷の紂王チュウオウだ。名はジュ。通称は帝辛テイシンだ。
 断っておくが、紂王チュウオウとは悪口に近い呼び方なのだぞ」

 「妲己ダッキです。
 どう考えてもこのキャスティングは間違っています。異論は認めません」

 「殷の諸侯の九侯キュウコウです。塩漬け肉にされてしまいました。
 はっはっは、参ったな」

 「九侯キュウコウの娘です。
 ところで私に名前はあるでしょうか?」

 「顎侯ガクコウだ。こっちは干し肉にされちまった。
 食うのは好きだが食われるのは大嫌いなんだけどな」

 「紂王チュウオウの叔父の比干ヒカンだ。
 まあ心臓を抉り取られるくらいは聖杯戦争では珍しくもないがね」

 「紂王チュウオウの庶兄の微子ビシだ。
 コメントなど無い」

 「箕子キシです。
 晩御飯の支度がまだなので早く帰りたいのですが……」

 「崇侯……
 私を虎と呼ぶなー!!」

 「禄父ロクホ。通称は武庚ブコウだ。
 ハガレンからの出張組がみなろくでもない役なのはなぜだ?」

 

 「お次は周系の登場人物ね。私は姫昌キショウよ。通称は西伯昌。おくりなは文王ね。
 なんつーか、ストレスの溜まる役だったわ」

 「文王の長男の伯邑考ハクユウコウだ。本名は姫伯邑考ハクユウコウになるのかな?
 架空の人物って知らされなかったのはひどいと思うぞ」

 「文王の次男の姫発キハツおくりなは武王だ。
 父親や弟に較べると目立たなかったような気がする」

 「文王の三男の姫鮮キセン。通称は管叔鮮カンシュクセンだ。
 この国って錬金術を練丹術っていうんだよな」

 「文王の四男の姫旦キタンです。通称は周公旦ですね。
 いつもいつも泥棒猫に兄さんをかっさらわれるのは我慢なりません」

 「文王の五男の姫度キドだよ。通称は蔡叔度サイシュクドだね。
 ボクはどんなところでも兄さんが起こした面倒に巻き込まれるんだね……」

 「――、――」

 「“武王の息子の姫誦。おくりなは成王”だって。
 あ、私は武王の奥さんの邑姜ユウキョウだよ。
 未亡人って胸キュン? 胸キュン?」

 「羌族の部族長の太公望です。本名は姜望になるでしょう。
 他にも呂尚とか呂望とか尚父とか姜子牙とかいろいろ呼ばれてます」

 「テッサの運転手。
 ……アタシまでこんなトコに出張って来る意味、ないんじゃない?」

 「召公奭シュウコウセキです。
 ちなみに太公望と周公旦と私の三人が周の三功臣とされています」

 「の人。  名前なんてないわよ」

 「ゼイの人。  右に同じ」

 「二人ともまだいい方だよ。
 私なんて劇の進行に必要だって理由だけで起用されただけなんだから」

 「周の国人です。
 譲り合いの精神は素晴らしいと思います」

 「美樹原君と同様に、周の国人だね。
 ちなみにヘルシングからの出張組は殺し合いに忙しいそうだから欠席したよ」

 「拙者は伯夷ハクイでござる。
 軍事力を行使して我々おたくのハートをキャッチできると思ったら大間違いでござる」

 「ぼ、ぼ、僕は叔斉シュクセイなんだな。
 戦争を否定するのは最近のアニメや漫画のお約束なんだな」

 「周の国王の姫涅キデイです。おくりな幽王ユウオウといいます。
 緊張してしまった……はずかし」

 「褒娰ホウジ
 それだけ」

 「姜氏。周の幽王ユウオウの正妻ね。
 古代中国だと女性の名前は私みたいに苗字しか残っていない場合が多いのよね」

 「失敗して狼煙を上げた役。
 ひでぇ……」

 「ただの解説役よ。
 勘弁して欲しいわね」

 「オペレーター役です。
 アニメと変わりません」

 「名もなき周の諸侯です。
 セリフが少なかったのでそれほど辛いとは感じませんでした」

 「ミルフィーと同じ役よ。
 私たちの狼少年のエピソードも、どーせ後世のフィクションでしょ?」

 「イソップ童話の焼き直しと言ってしまってはお仕舞いですよ。
 まあ出番が二度あっただけでも恵まれていたと思いましょう」

 「言うまでもないな。
 そもそも五人も登場させる必要なんて無かったんじゃないのか?」

 「アッラー・アクバル。
 さよならです」



続く→


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