☆『アルク先生の支那通史講義』覇者たちの時代☆





   四時限目・序

 「エロゲー業界で鳴らした俺たち特攻部隊は、濡れ衣を着せられ当局に逮捕されたが刑務所を脱出し地下に潜った。しかし、地下でくすぶってるような俺たちじゃあない。スジさえ通りゃあ金しだいで何でもやってのける命知らず! 不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する俺たち特攻野郎Mo・A(モ・エー)チーム!

 「俺はリーダー、アルクェイド・ブリュンスタッド。通称真祖の姫君。魅了の魔眼と空想具現化の名人。俺のようなないすばでぃでなけりゃ、百戦錬磨のツワモノどものリーダーは務まらん」

 「俺はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。通称ロリブルマ。自慢のルックスに、男はみんなイチコロさ。ハッタリかまして、サーヴァントから聖杯まで何でも揃えてみせるぜ」

 「よぉお待ちどぉ。俺さまこそエレイシア。通称シエル。代行者としての腕は天下一品。年増? 便利屋?? だから何!?」

 「アルトリア・ペンドラゴン。通称セイバー。剣術の天才だ。ローマ皇帝でもブン殴ってみせらぁ。でもご飯抜きだけはカンベンな」

 「俺たちは道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する、頼りになる神出鬼没の」

 「特攻野郎Mo・Aチーム!」

 「助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ」

 「なんかみんな、喋り方が違うんだけど」

 「ツッコミが弱すぎるぞ、マイシスター!
 こう、抉り込むように打つべし! 打つべし!

 「にゃ」

 「よ……避けただと!?」

 「にゃにゃ」

 「あの8の字運動、まさか……いや、しかし」

 「にゃにゃにゃ」

 「ぬぅう……あの技は、やはり!」

 「知っているのか雷電!?」

 「誰が海軍最速の局地戦闘機だ。
 それはともかく間違いない。あの技こそ伝説の超越種たる真祖の中にあってなお秘中の秘と伝えられる超絶壮絶凄絶秘奥義・爾彌无訃弑弄瑠にゃんぷしーろーる!!」

 「にゃ、爾彌无訃弑弄瑠にゃんぷしーろーるじゃとー!?」

 「な、なんちゅう恐ろしい奥義なんじゃー!!

 「うわーい、胡散臭さ大爆発だー」

 「そういうわけでとりあえず一発喰らっとくにゃ。  極限まで高まるにゃ、あちしの小宇宙コスモ!  爾彌无訃弑弄瑠にゃんぷしーろーる!!

 「あじゃぱアーッ!!

 「なぜ80年代に全国の蟹座の小学生を12星座の中で最下層のカーストに突き落とした黄金聖闘士?」

 「P! P!
 マンモス憐れなヤツ!!」

 「デスマスクは古過ぎでしょ」

 「さて、このへんで掴みは良しとして。
 今回から受講生をもう一人増やすから」

 「む、また私の影が薄くなるのですか?」

 「むしろこれよりさらに薄くなる余地があるのかが疑問だが」

 「シィアァーッ!

 「この前の人気投票で堂々の第三位を獲得したムラサキ・ツユクサです。
 複合装甲と無限軌道もて、塹壕を踏破せり。
 支援砲火と機関銃もて、敵歩兵を駆逐せり。
 回転砲塔と主砲もて、主力戦車を撃破せり。
 心にT字の輝きと、72の聖数を。
 オブイェークトと高らかに、いざや参らん、やよ進め。
 我らの王国は諸君の屍の上に築かれ、諸君の血の流れに潤わん。
 地獄の門は開かれり!

 「奇妙ですね……ムラサキの中の人が、いくらなんでも壊れすぎています」

 「それはこのコンテンツに登場するキャラ全般の通弊と思われますが」

 「なにげに自爆してるわけなんだけど、それ」

 「同志リューシーの生霊でも憑依しているのであろうか?」

 「そんなことないニダ」

 「疑惑は確信へと変化したー!!」

 「ウェーハッハッハ、バレてしまっては仕方がないニダ!
 偉大なる人間元老、人徳で天下を動かす絶世の偉人、先軍思想の創始者および具現者、非凡な軍政治活動家、首領永生偉業の新しい歴史を切り開いた偉大なる領導者、革命的義揩フ最高代表者、熱い愛と信頼の永遠なる胸、神妙な戦略戦術家、完全無欠な軍事家、百勝の作戦家、将軍型政治家、将軍中の将軍、無敵必勝の象徴、天下第一の領軍芸術家、不敗の司令官、革命の太陽、わが人生の太陽、希望の太陽、嚮導の太陽、主体の太陽、社会主義の太陽、人類の太陽、永遠なる太陽、民族の太陽、哲学の巨匠、文学芸術と建築の大家、人類音楽の天才、世界的な大文豪、専門家も驚くほどのコンピューター通、天から降りた英雄、万民の天など5大陸160カ国余の著名な人物に生み出された1200余もの敬称を持つリューシアナッサ・アンピトリーテちゃんさまニダ!
 前回の講義でチョパーリごときに悪霊扱いされたコノウラミ、ハラサデオクベキカというハンの精神を貫くべく、古代インド呪術の聖典アタルヴァ=ヴェーダでもって魂を分離させて参上したニダ!
 キョキョキョキョキョ!
 ついでにちょ〜っぴりウリナラ呪術をブレンドしたらキムチ汁をブチ撒けたかのごとき赤髪に成り果てちまったニダが何だか似合ってるので謝罪は勘弁してやるニダ。
 ウリの寛大な心に感激して援助しる!

 「どちらにせよ金をせびるわけですか」

 「さあこれから楽しい楽しい復讐タイムの始まりニダ!
 意識が戻ったときには恥ずかしさのあまりキムチをヤケ食いして胃ガンに罹患するほどのヨゴレに堕としてやるニダ!
 手始めにこの身体で、身障者の身振りを舞踊にして笑いを取る病身舞ピョンシンチムを踊ってやるニダ!  ちなみに真っ裸で」

 「どうか同志ムラサキのカラダに乗り移ったままでいてください」

 「くおらっ!!

 「私の講義を邪魔する奴は、シリに潰れて地獄に落ちるのよ!
 というわけで、やっちゃいなさいシエル!」

 「だからなぜそこで“とゆーわけ”なんですか!
 しかし人外に指図される謂れはありませんが、私もエクソシストの端くれ。
 たとえ異教徒とはいえ、人はみな神の子羊であり、すでに主によって原罪を赦されているのです。彼らに仇なす化生の物は調伏せねばなりますまい。
 火葬式典!!

 「アイゴー!
 よくもやったニダな! 今度はオマエにとり憑いてやるニダ!」

 「ふっ、ひっかかったわね!」

 「ニダ?」

 「その赤トウガラシを煮詰めたような瞳を凝らしてよーく注視しなさい。あなたが傀儡にしようとしているシエルの姿を。
 産まれも育ちもフランスだけど、魂を捧げる国家はインド。
 付いた渾名がSBカレーの王女様。
 人それを“お尻プリンセス”という!

 「おのれ何奴ニダ!

 「貴様に名乗る名前はないっ!

 「マシンロボはいいからさ……」

 「むしろ尻尾を巻いて逃げ出した方が、あなたにとっては精神的ダメージが少なくて済むんじゃないかしら?」

 「言われてみればその通りニダ。こんななんちゃって女子高生のカラダに憑依したら、こっちまで出番と反比例して人気が下がっていくに決まってるニダ。
 ここはウリの実質勝利としてひとまず退いておくニダ。
 さっそくこの戦果をホロン部に報告するニダ〜♪

 「いったいいつになったらこんな役回りから解放されるんですかー!!

 「そんなことよりも気絶したムラサキさんの介抱が先でしょう」

 「そんなこと……」

 「ここは我輩に一任してもらおうか。  まず気道を確保するために胸元をはだけさせて……」

 「約束された勝利の剣!!

 「へぶりゅうっ!!

 「女性がその肌を殿方に見せていいのは心に決めた唯一人だけです!!

(一様にうなずく)

 「ん……」

 「ふむ、気が付いたようだな」

 「うわごとで何か言っているようですね」

 「キムチ」

 「……。
 さてそれでわ今度わ第七聖典で」

 「ま、待ってください!
 さっきのは私に憑依したモノノケに刷り込まれた残留思念ですから!
 私、朝鮮漬けはどうも苦手で」

 「朝鮮漬けって……」

 「本家にもない設定を勝手に付け加えていーの?」

 「こほん……皆さん、はじめまして。いえ、前回の史劇に登場した者の挨拶としては不適当ですね。私はムラサキ・ツユクサと申します。漢字で表記すれば露草紫になります」

 「ふむぅ……立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花といったところか」

 「いやむしろ口調セイバー、外見テッサ、髮の色だけオシリエル」

 「シリゆーな!!

 「最後の最後でミソ付けてくれちゃってるわね」

 「とうとうミソ扱いですかー!!

 「あ、あのその、私が原因で諍いを起こすのは止めて……
 きゃっ!(ずるぺたーん!)
 あ、あはは。お騒がせしました。私、何も無いところで転んだりするんです」

 「気に病むことはありませんムラサキ。ドジっ娘スキルも食いしん坊スキルも、昇華させれば立派に萌えポイントを稼ぐことが出来るのですから。
 作者の悪意によって性格を壊されようと、それに屈していては相手の思う壺です。
 肝心なのはその意を逆手に取り、キャラを立てることなのです!」

 「セイバーさん!」

 「ムラサキ!」

(ひしっ)

 「抱き合うさまは百合の花」

 「レズビアンではありません!!

 「さて今回講義する春秋時代についてのアウトラインをざっと述べておくね。
 そこでまず質問。あなたたちが一般に連想する支那の王朝って、どんなイメージ?

 「そうですね・・・
 皇帝を一天万乗の君と崇める(わりには反乱が起こりまくってしかも鎮圧に失敗したら結構な確率で一族が皆殺しにされる)専制独裁制ですね。日本の大名のような地方領主は存在せず、(現実はともかく理念としては)皇帝は中華の内外、すなわち世界の全ての富と人民を所有していることになっています。
 皇帝の手足(でありながら朋党を結成して政敵の悪口を言いまくる二枚舌)である官僚は(試験地獄と悪名高い)科挙によって選出され、四書五経によって人格が陶冶された(はずの)官僚は(名目上は)皇帝には忠を朋友には信を両親には孝を兄弟には悌を尽くし、国民の模範である士君子として(片手間に)国家を運営(しながら本業として国民を搾取)します。
 (それが良いか悪いかは別にして)整然とした行政機構により、(たぶん庶民にとっては迷惑な)皇帝の威光は大陸全土に及びました」

 「カッコ書きの多い解答をありがとう。でもそれは後世の、特に宋代以降の状況だから。
 殷や周は、言って見れば江戸時代の徳川家や中世ヨーロッパの王家みたいなものね。確かに国力は頭一つ抜きん出ていたけれど、支那全土に官僚を派遣して実効支配するほどのレベルじゃなかったわ。権威としてはともかく、実力としてはあくまでも多数の領主のリーダーという立場でしかなかったから。
 もう少し正確に言うと、古代の支那は村に毛が生えた程度の邑(城壁に囲まれた都市)が数百、数千と乱立していたわ。もちろん異同はあるけど、古代ギリシャのポリスを連想したら早いわね。最初は一つの都市がそのまま一つの国家だったんだけど、やがて城壁の外に散在するいくつかの邑も支配するようになったわ。で、殷も周も本質的には都市国家だったんだけど、その国力が高かったから周辺の都市群の盟主として君臨するようになったわけ。
 それぞれの都市は、血の繋がりを基幹とする氏族制的な共同体だったわ。これを宗法制と呼ぶの。共同体の構成員は“同じ祖先から発する氏族的紐帯”であり、国家は祭祀による“宗教的秩序”によって維持されていたわ。

 これが周王朝の支配原理だったの。
 この宗法制が春秋戦国時代を経ていく過程で、大きく変動・崩壊していくわけ。
 ま、地味でマニアックな社会史は刺身のツマ程度に抑えとくとして。歴史の主役として活躍する君主や名将を軸に講義していくわ」

 「そっちのほうが面白いからね」

 「まーね。さてここからは春秋左氏伝シュンジュウサシデン』と『史記』を根本史料にしていくわ。
 『史記』についての説明はずっと後の講義で扱うから。とりあえず紀元前一世紀ごろに成立した歴史書って考えてて。

 『春秋左氏伝シュンジュウサシデン』を解説するには、まず『春秋』について触れておく必要があるわね」

 「ふむ、今回の講義の舞台である春秋時代と同じ名前ですね」

 「そりゃまあ、春秋時代ってのはこの『春秋』から付けられた呼び方だから。
 この『春秋』は、あの孔子の著作と伝えられているわ。一般には儒教の経典である五経の一つとして認知されているわね。五経の残りは『詩経』と『書経』と『易経』と『礼記』よ。現代日本の社会生活にはまるで役に立たたない知識でしょーけど。
 これは周公旦の息子が封建された魯の年代記であり、そこに孔子が筆削を加えて成立したと伝えられているわ。
 さて『春秋』は、魯の隠公の元年(BC722年)から魯の哀公の一四年(BC481年)までの二百四十二年間に渡る歴史を記述しているの。この『春秋』が扱ってる時代とだいたい重なるから、東周時代の前半を春秋時代と呼ぶのよ」

 「ちなみに春秋とはもともと普通名詞で、春夏秋冬つまり一年の略でした。それが転じて一年間の記録、そして歴史書までも指すようになったんです。その後この『春秋』があんまり有名になったものですから、もっぱら固有名詞として使用されるようになりました」

 「でも『春秋』の内容は味も素っ気もなくって、「何年の何月に誰某が何処其処で何をした」みたいな無味乾燥な記述が淡々と続くだけのものなの。
 しかしそれで納まらないのが孔子マニアのオタク根性」

 「物凄いこと言うわね」

 「『春秋』は孔子サマが書かれたものに違いない!
 それなら無意味な史実の羅列だということがあるはずはない!
 実は物凄く深い意味が込められているに決まっている!
 きっとその叙述の内に批評が隠されているんだ!

 ……とまぁ、なんだかノストラダムサー(そんな言葉は無い)みたいな根拠で『春秋』は儒教の重要な聖典の一つとして数えられるようになったの。ちなみに『春秋』でほんのちょっとした言葉遣いに多大な意義を込めることを微言大義ビゲンタイギと言うわ。
 でも『春秋』の内容は簡潔すぎてシロウトには孔子が込めた深い意味なんて理解できない。そこでこの微言大義を解釈しようとする学説、春秋学が生まれたの。現在まで残っている説は三つあって、俗に春秋三伝と呼ばれているわ。伝ってのはいろんな意味があるんだけど、この場合は注釈ってところね。その内訳は、漢代や南宋や清末に流行した『公羊伝』、前漢以降はほとんど読まれなくなった『穀梁伝』、そして『左氏伝』よ。
 たとえば『左氏伝』による『春秋』の解釈は、だいたい以下のようなものになるわ」

 「ちなみにこれはさっきも言ったように、あくまで『左氏伝』の解釈であって『公羊伝』と『穀梁伝』はまたそれぞれ違う意味づけを行っているわ。
 この春秋三伝のスタンスの違いが一番はっきりしているのが、この後で講義する宋の襄公の“宋襄の仁”というエピソードについての解釈ね。
 ま、それは後でやるとして。
 孔子が『春秋』を著したっての、大嘘だから」

 「やっぱり・・・」

 「やっぱり?」

 「ああ、ありし日の私を見ているようです」

 「ヨゴレ役でなかったあの頃か」

 「約束された勝利の剣!!

 「げはぁっ!

 「『春秋』の真贋については唐代の劉知幾の『史通』惑経を先駆けして、『春秋』を経文、つまり孔子の著述であることを疑う主張も現れ始めたわ。北宋の大政治家の王安石に至っては『春秋』を「断爛朝報」(ばらばらの官報)とし、その文章がスカスカなのは孔子の義が示されているようなものではなく、ただの不備だと見るようになったの。
 まあ時代によっては異論も出てくるんだけどね」

 「それでは『春秋』は具体的にはいつごろ成立したのですか?」

 「この『春秋』の暦は四分暦、つまり一年を365日と四分の一としているの。それ以前には太陽や月や惑星を観察して日付を決めるような原始的な暦だったのによ。そこで戦国時代中期ごろに西方から伝わったカリポス暦法によって遡って再編成されたと推測されているわ。
 もうちょっと正確に言うと紀元前338年以後ね。昔の支那では「立年称元法」、前の君主が死んで新しい君主が即位したその年を元年としていたの」

 「現代の日本と同じ方法ですね」

 「ところがさっき言った紀元前338年に、魏(三国志の同名の国とは無関係)という国で初めて「踰年称元法」、前の君主が死んで新しい君主が即位し、その年が明けてから元年とする改元方法が採られるようになったの。
 で、『春秋』はこの「踰年称元法」で構成されているから、紀元前338年以後に編纂されたってことがわかるわけ」

 「相変わらずいまいちアバウトね」

 「まあ秦による統一以前の漢籍で成書された年代がはっきりしているものは『孟子』と『呂氏春秋』くらいだから仕方がないわよ。
 あと、ついでに『左氏伝』の真贋についてもざっと述べておくわ。
 『左氏伝』は孔子の同時代の左丘明サキュウメイという人物が著したと伝えられているわ。もちろん嘘。実際には戦国時代中期以降に纏められたらしいわ。
 最近の中国史学界では『孫子』と並び称される兵法書『呉子』の著者で、76戦中64勝12分けという不敗の名将で、地方行政の達人で、ついでに政治改革者でもある呉起ゴキが著したという説もあるわ」

 「それホント?」

 「完全な事実ではないでしょうね。  ぶっちゃけていうと呉起ゴキは紀元前400年前後に活躍した人物だけど、『左氏伝』は紀元前353〜271年に成立したものだから」

 「実にはっきりと、しかしあいまいに年代がわかっているのですね」

 「これまた『春秋』と同じように暦の研究でわかったことなの。
 ていうのも、『左氏伝』では木星の公転周期を基準にした暦が採用されているのよ」

 「ああ、だいたい12年で赤道付近を一周するってやつね」

 「そ。木星は太陽系の外惑星、つまり火木土天海冥の中では輝きが安定していて観測しやすかったから、古代の暦の基準にされることが多いのよね。これはもともと古代シュメール人の発見で、商取引の単位を12個一ダースに決めたり、一年を12ヶ月に数えたり、一日を昼の12時間と夜の12時間に分割したりしたのも、彼らの功績を讃えたものなの。ちなみにこの十二進法と、人間の指の数から連想された十進法の最大公約数である六十進法は、東方の支那やインドにまで渡ったわ。いわゆる十二支も木星の公転周期から派生したものだって説もあるし」

 「ちなみにこの辺りの知識は占星術にも密接に結びついているのよ。
 木星はたいていの神話で宇宙の支配者とされているの。バビロニア神話では神々の統率者であるマルドゥックが配置されているわ。エジプト神話ではアモン、ギリシャ神話ではゼウス、ローマ神話ではユピテルつまりジュピターね。北欧神話で木星に相当するトールも、後には水星のオーディンの息子でおまけに部下になってるけど、実際にはオーディンよりもずっと信仰を集めてたしね。
 ちなみにインドでは木星の周期を五つ重ねた六十年周期があって、それを五年単位の“ユガ”に分割しているわ。12のユガにはそれぞれインドラとかヴィシュヌとかの神々が配されているの」

 「さて支那では木星は歳星とも呼ばれるわ。これは木星が12星座宮(西洋の星座とは違うけど)に一年ずつ留まるからなの。
 そんなこんなで『春秋』の四分暦と同じように西方から伝わった木星周期によって『左氏伝』は再編成されたわ。
 ところがギッチョン!

 「古い!

 「木星は実際には12年では公転しないのであった!

 「な、なんだってー!!

 「本当の木星の公転周期は約11.86年、分数にすると11と6/7年ね。つまり木星が七回公転すると暦の上では84年が経過するわけなんだけど、実際には一年少ない83年しか経っていないわけなの。
 そこでこの木星のズレを利用することで『左氏伝』が成立した年代を特定できるわけ。で、結果を言えば『左氏伝』に書かれている木星の位置は、紀元前353〜271年の84年の木星周期を基礎として遡ったものだってことがわかったの」

 「世の中にはいろんなアプローチの仕方があるのね」

 「しかしそれでは呉起ゴキが『左氏伝』の著者というのは全くの妄説ではないですか

 「私が言ったのはあくまでも『左氏伝』が現在の形に整った時期についてよ。
 呉起ゴキが『左氏伝』の著者だって説の根拠は

と、こんなところね」

 「最初の説はもはや根拠になりませんね」

 「最後の説は“だったらシンプルに『呉伝』でいいじゃないですか”というツッコミで無効化されますし」

 「けど(2)から(5)までは完全に否定は出来ないでしょ? ま、完全に肯定できるわけでもないんだけど。
 戦国時代は百家争鳴と言われてるし、諸子百家の中には兵家も含まれてるんだけど、それは中期以降のハナシ。初期はまだまだ試行錯誤の時代だったの。
 兵法に限らず、普遍的な法則を抽出するには出来るだけ多くの類例や事跡を集める必要があるわ。呉起ゴキもたぶん仕官先の国の戦史を調べて一から理論を構築していったんでしょうね。
 そのときに収集した史料に呉起ゴキの息子やら弟子やらが解釈を施し、戦国時代の思想のバイアスが掛かり、さらに木星の公転周期から再編成して現行の『左氏伝』を作り上げた、かも知れないの」

 「かも知れない、ですか」

 「けどもちろんその根本である歴史資料は大部分が当時から伝わっているはずで、西方の暦から再編成された時代に全てが捏造されたわけでは決して無いの。しかし全部が全部、古い形を残しているわけでもない。
 どこからどこまでが原初のもので、どのあたりが後世に付け加えられたものか。
 古代史の研究をマジでやるなら、この辺の区別を付けなきゃ始まらないのよ」

 「そーゆーメンドくさくてマニアックで作者の自己満足的な解説はその辺でお開きにしてよ」

 「うぃーっす。
 そんじゃま、前回と同じように史劇形式でやってくね」



続きかあったら→


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