☆『アルク先生の支那通史講義』動乱への前奏曲☆





   四時限目その0・動乱への前奏曲

 「ほんげぎゃおー!!
 痛い痛い痛い!!

 「安らかに眠れ」

 「いきなり冥福を祈るな!

 「遠慮なんて言葉はお前には似合わないぞ。
 なんなら俺が介錯してやろうか、特別料金で。
 それはもう細胞の一片たりとも残らないよう念入りにこの世から消し去ってやるから」

 「これは陣痛よ!

 「……誰のガキだ?」

 「あんたの子供に決まってんでしょ!!

 「ななななななんということをおっしゃるのでございますか!?

武姜 「口調が別人じゃん。大体あんた、ちゃんと台本に目を通したの?
 この史劇の主な舞台はテイって国。わたしの名前は武姜ブキョウよ。三時限目の講義に出てきた姜氏の妹に当たるわ。
 ところで当時の女性の呼び方は基本的に「○+女性の姓」という形で残っているの。○の部分は色々で、姉妹の年齢別だったり、出生地の国名だったり、夫の謚だったりするわ。申は姜姓の国で、ついでにあんたの謚が武公だから私の名前は武姜ブキョウなの。もしくは姜氏みたいに単純に姓だけで呼ばれるわ。もちろん本名じゃなくて歴史的な呼び名だけど。
 そしてあんたは掘突クットツって名前で、紀元前841年に追放された脂、の孫よ。つまりあんたは褒娰ホウジにトチ狂った周の幽王の従兄弟で、加えて義理の弟でもあるわけ。
 系図に表せばこうなるわね。

              (周の脂、)
        ┏━━━━━━━━┻━━━━━━━┓
     静(周の宣王)     申侯         友(テイの桓公)
        ┃    ┏━━━┻━━━━┓     ┃
  褒娰ホウジ=涅(周の幽王)=姜氏       武姜ブキョウ掘突クットツテイの武公)
    ┃       ┃        ┏━━┻━━━━┓
    伯服   宜臼ギキュウ(周の平王) 寤生ゴセイテイの荘公) 段(太叔)
            ┃
            ○
            ┃
         林(周の桓王)

 あーもーややっこしい関係よね」

掘突 「いや説明してくれるのはありがたいが痛みは治まったのか?」

武姜 「どぐるぼえー!!
 こ、ここはラマーズ法よ!
 ひっひっふー、ひっひっふー。
 安産祈願、ぽんぽこぽん」

掘突 「Ever17か?

 おー、出て来たぞ。

 

 

    ……足が

武姜 「逆子かいっ!
 てことは、わたしがこんなに苦しんでるのはこの子のせい!?

掘突 「腹の子に八つ当たりするなよ。

 、顔が出て……来た……けど……」

 

 「さようなら、母の胎内。
 そしてこんにちは、外の世界

掘突 「我は放つ光の白刃!!

 「なにをなされるお父様」

掘突 「お父様とかいうな!!

 「お父様は照れ屋さんでございますね」

掘突 「我は放つ光の白刃白刃白刃!!!

 「老婆心で忠告しておきますが、日本ファルコムの極悪難易度3DダンジョンRPG『ダイナソア』の魔法をあまり連発していると著作権の侵害で訴えられますよ」

掘突 「無理を通せば道理は引っ込むモンだ。
 しっかし、これまでのビジュアルを想像するとすげぇシュールだよな」

 「何をおっしゃいますのやら。
 赤ちゃんはコウノトリさんが運んで来るに決まっているでしょう」

掘突 「お前みたいな成人男性をくわえて飛んだら首がへし折れるわい」

 「ならばキャベツ畑で」

掘突 「足から出てきたってことは、頭から地面に突き刺さっていたわけだぞ」

武姜 「あー、死ぬかと思った。
 あんたの名前なんて寤生で充分よ!

 

 「寤生ゴセイ?」

 「当時の言葉で、逆子って意味」

 「現代日本として見れば、逆子さかこちゃんと命名するようなものでしょうか」

 「ストレートすぎ」

 「その後、武姜ブキョウは次男のダンを産んだわ。弟だからってんでとも呼ばれるわ。叔ってのは正確には三番目以降の弟を意味する言葉なんだけど、広義には弟全般を指すの。
 武姜ブキョウは難産だった寤生ゴセイを憎んで、安産だった叔段シュクダンばかり愛するようになるわ」

 「偏愛の理由としてはずいぶん珍妙なものだな」

 「さて、そんなこんなで寤生ゴセイと段の父親の掘突クットツはBC744年に没するわ。謚は前に言ったように武公。テイの武公と呼ばれるわ」

掘突 「スゲェ短い出演だったぞ」

 「あ、言っとくけどこの後の回想シーンで再登場する予定だから勝手に帰っちゃダメよ」

掘突 「出演料は別料金だからな」

 「ところでテイではお定まりのお家騒動が勃発……」

 「しなかったわ。もちろん武姜ブキョウ叔段シュクダンを太子に立てるように主張したんだけど、夫の掘突クットツは首を縦に振らなかったの。
 そんなわけで寤生ゴセイの即位はスムーズに行われたわ。掘突クットツ武姜ブキョウが結婚したのがBC761年だから、だいたい十代半ばの少年君主ね。
 ここから気分次第で彼を荘公とも呼ぶことにするわ。ちなみに荘ってのはだいたい戦争好きの殿様に贈られる謚号だから」

 

 

武姜 「ところで寤生ゴセイ

寤生 「なんでございましょうかお母様」

武姜 「あんたにお母様なんて言われると背筋が寒くなるんだけど、このさい目を瞑っておくわ。
 叔段シュクダンのことなんだけど」

 「お呼びですか? お母様」

武姜 「くううぅっ!!
 この素直な返事! このやわらかな金髪! このつぶらな瞳!

 いくら舞台上の設定とはいえ、赤貧シスコン魔道士や馬鹿執事の血を引いているとはとても思えないわっ!
 これでわたしが腐女子だったら(;´Д`)ハアハアしててもおかしくはないわよ!」

 「暴走はその辺りでお止めになったほうがよろしいかと思われますが。
 弟もちょっぴり引いていますし」

武姜 「暴走ってあんたねぇ……。
 まぁいいわ。この叔段シュクダン采邑サイユウ(知行地のこと)としてセイの邑を与えたいんだけど」

 「制の城は要害であり、かつて虢叔カクシュクが立て篭もったという不祥の土地です。
 他の土地なら結構ですが」

 

 

 「ここでちょっと説明を挟むんだけど、周の文王には虢仲カクチュウ虢叔カクシュクという同母弟がいたの。文王の息子の武王が殷を滅ぼした後、それぞれが重要拠点に封建されているわ。
 虢仲カクチュウの領土は現在の陝西省宝雞ホウケイ(地図中央付近)で、秦漢時代には陳倉チンソウと呼ばれていたわ」

 

 「漢の建国者である劉邦リュウホウが秦の将軍の章邯ショウカンを破った土地ですね。
 三国志マニアにとっては諸葛孔明の第二次北伐を失敗に終わらせた堅城として記憶されていることでしょう」

 「なるほどなるほど、諸葛孔明の軍才は劉邦に劣るわけか」

 「嫌味ったらしい言い方ですね」

 「そして虢叔カクシュクは変態執事も言ったように制を封地としたわ。こちらは現在の河南省氾水シスイ県で、別名を虎牢と言ったわ」

 「これまた三国志の話題になるのですが、小説では氾水シスイ関と虎牢関は別の土地にあるように書かれています。
 あれ、実を言うと羅貫中ラカンチュウ(『三国志演義』の作者と伝えられる)の勘違いなんです。氾水シスイ関と虎牢関は時代によって名前こそ違いますけど、ホントは同じ場所にありますから。ディープな三国志マニアにとっては常識かもしれませんが」

 「つまり武王は虢仲カクチュウを南方の、虢叔カクシュクを東方の抑えとして配置したわけね。地理的な関係から陳倉のカクを西カク、制のカクを東カクと呼ぶこともあるわ。
 そして東カクはBC767年にテイの武公に滅ぼされ、制はテイの領地になったの。西カクのほうはしばらく後に登場するから頭の片隅にでも留めて置いてね」

 「つまり武姜ブキョウって、戦略的に重要な土地を要求してるわけなんだ」

 

武姜 「だったらケイの邑を寄越しなさいな」

 「注釈を付け加えると、京は現在の河南省(地図中央右)滎陽ケイヨウ県で、こちらも要害の地です。なにしろ項羽コウウに負けてばかりいた劉邦が逃げ込んだ先がこの京(当時の地名だと滎陽ケイヨウ)だったのですから。
 どうやら項羽>劉邦>諸葛孔明という図式で三者の戦術的能力を説明することが出来るようですね」

 「そこまで単純に断定すべきではないと思いますけど……」

武姜 「御託は要らないわ。私が聞きたいのはただ一つ。
 イエスかノーか!

 「マレーの虎には逆らえませんな。

 よろしゅうございます」

 「ちなみにこの采邑サイユウの名前から、僕は京城の大叔と通称されるようになります。京城と言っても日本統治時代のソウルとはもちろん何の関係もありません」

祭仲 「殿サン、ちょい待ちぃな」

 「これは大夫タイフ祭仲サイチュウ、どうかしましたか?」

祭仲 「ナニ悠長なコト抜かしとんねん。地方の城がデカ過ぎるんは国家にとっては弊害やろーに。そのうち災いを招くで、ホンマ」

 「しかし母上がお望みなのだ」

祭仲 「殿サンのお母んの望みにはキリがあらへん。今から先、お母んのゆーコト全てにハイハイ従うつもりかいな? 先が見えとるで。京城の大叔が反乱でも起こしくさったらどないするつもりやねん」

 「不義の行いを重ねれば、必ず報いを受けるものです。
 というわけで(弟の自滅を願って)しばらく様子を見ていましょう」

祭仲 「アンタ、けっこー悪党やな」

 

 

 「さて、そんなこんなで叔段シュクダンは京の城郭を堅め、軍糧を集め、武器を揃えて反乱に備えたわ。
 国都に残った武姜ブキョウも怠りは無く、内側から呼応する手筈を整えたの」

 「フツーそこまでする?」

 「恐るべきは母親の偏愛か」

 「叔段シュクダンは挑発の意味も兼ねて領土を増やしていって、廩延リンエンという邑を手に入れたわ。それでも荘公は動かない。
 そしてBC722年、痺れを切らした叔段シュクダンはついに決起したわ」

 「え? でも寤生ゴセイの即位はBC744年でしょ?っててことは……」

 「二十年近くも雌伏していたわけですか。気の長い人たちですね」

 「さすが悠久の中国五千年(ただし自己申告)……」

 「妙なところで感心しますね」

 「けど荘公のほうが一枚上手だったわ。叔段シュクダンの襲撃の日取りを察知するや

    「“よろしい。それでは教育してやろう”

とばかりに戦車二百乗を率いて京を攻撃したの。京は大叔から離反して荘公に通じたから、叔段シュクダンは逃れ逃れてキョウにまで出奔したわ。
 ここから彼を共叔段キョウシュクダンとも呼ぶの」

 「異名が多すぎ」

 「ふむ、これが『春秋』の“夏五月、テイ伯段ニエンニ克ツ”の真相ですか」

 「その通り。春秋三伝の中でも『左氏伝』は特に歴史的記述が多くて、『春秋』についての七面倒くさい解釈を無視してもけっこう面白いの。南宋の朱熹、つまり朱子学の親玉は「左伝(左氏伝)は史学、公(公羊伝)・穀(穀梁伝)は経学」と言ったわ。
 さて荘公は母親の武姜ブキョウを幽閉し、“黄泉に行くまで二度と会わない”と宣言したの。
 でもやがて後悔するようになって……」

 「私の弟、諸君の愛してくれた共叔段キョウシュクダンは追放された! 何故だ!

頴考叔 「自分が追放したのだろう」

 「駄目ではないですか。ここで“坊やだからさ”と返さなければ、赤い彗星としての貴方のアイデンティティは崩壊しますぞ!」

頴考叔 「言うな。私はクワトロ・バジーナ大尉……もとい頴考叔エイコウシュクだ。頴谷エイコクの封人(辺境防衛役)を勤めている」

 「それが今の貴方の名前ですか。ところで今日は何をしに来たのですか?」

頴考叔 「君を笑いに来た。そう言えば君の気が済むのだろう?」

祭仲 「アンタらな、名&迷ゼリフばかり並べとっても劇は進まへんで?」

 「ともあれ、せっかくの来訪です。私のスープを分けてとらせましょう。
 ……おや、なぜスープの肉を包んでいるのですか?」

頴考叔 「私には母親がいるが、いつも私が用意する料理ばかり食べていて、一度も我が君の食事を口にしたことがないのでね。
 これを機会に土産として持って帰ろうと思うのだ」

 「ふぅ……。
 貴方には孝養を尽くせる母親がいるのに、私にはいないのです」

頴考叔 「心配するな。黄泉とはもともと地下の泉を指していったもの。今から水脈にぶつかるまでトンネルを掘り、そこへ降りてご母堂と再会すればいい。
 それなら誓いを破ったことにはならんだろう」

 「うぅむ、ヘリクツ魔神と恐れられた私も瞠目する見事な小細工。まことに素晴らしい。  あなたの進言に従いましょう」

 

 

 「そんなこんなで荘公と武姜ブキョウは地下のトンネルで和解したわ。頴考叔エイコウシュクは自分の母への孝心を主君にまで及ぼしたとして、後には支那の二十四孝子の一人に数えられるの。ちなみに残りの二十三人には、二時限目で講義した舜とか、三時限目に登場した周の武王とか、孔子の弟子の曽子とか、さらにその弟子の楽正子春とかが入るわ」

 「なお孝行ではなく不孝からみられる人間性の暗部を描写しようという文学的意図をもって井原西鶴が著したのが『本朝二十不孝』です。
 ぶっちゃけパロディ本ですね」

 「ククククク……日本のおたく文化の淵源ははるかに深く古いものなのだよ同志ムラサキ!

 「ホントにそーゆー方向にしか持っていけないのよね、あんた」

 「さてテイの公族の親子関係は修復されたけど、国際関係は徐々に悪化していったわ。
 てーのも、追放された共叔段キョウシュクダンには公孫滑コウソンカツという息子がいたの。公孫ってのはまんま公の孫って意味で、戦国時代以降はメジャーな苗字の一つになるわ。それはともかく、公孫滑コウソンカツは衛へ出奔するの」

 「殷の故地で、武王の弟の康叔封が支配者になった国ですね」

 「そ。三時限目でちょっとだけ出てきたよね。
 そして衛はこれを口実に廩延リンエンを占領したわ。かつて叔段が自領に編入したことのある邑だったから攻略するのに適当だったんでしょうね」

 

 

 「降りかかる火の粉は掃わねばなりません。
 というわけで衛を討伐するための軍を派遣してください」

宜臼 「……判り切っていることだとは思うけど、少し質問させてもらうわ。
 まず、私はいったい何者なのかしら?」

 「それはもちろん諸侯の崇敬と蛮異の憧憬を一身に集め、文王の威徳と武王の光勲を玉体に伝える至尊の君でございます。かつて姜原は野に巨人の足跡を踏んで后稷を孕み……」

宜臼 「能書きはいいからさっさと答えなさい!

 「我が心中より沸き出ずる敬愛の念を表現するにはとても足りませんが、仕方ありますまい。光輝ある周王朝の正当なる後継者、御名は宜臼ギキュウ! もちろん、かの毒婦・褒娰ホウジの産み落とした伯服とは比較するのも憚られる嫡出にあらせられます。
 まことに恐悦の極みでございますが、私にとっては母方の従兄弟に当たります」

宜臼 「オーケー。それじゃ、あなたの立場は?」

 「陛下の次に私などを並べては見劣りするのは否めませんが、綸言とあらば従うほかありません。
 我が名は寤生ゴセイ、陛下の曽祖父君にあらせられる脂、の支れにございます」

 

 

 「ここでちょっとばかり説明を挟むわね。テイはもともと西周と同じく陜西省の渭水盆地にあったんだけど、初代君主の桓公(謚号は同じだけど、もちろん斉の桓公とは別人よ)が771年の犬戎の乱を見越して東方に移住したの。だからこっちのテイは新テイとも呼ばれるわ。
 さて桓公は首尾よく難を逃れられた、ハズなんだけど結局は周の幽王と一緒に犬戎に殺されたの」

 「ついてないわね」

 「もしかしたらお莫迦な甥っ子を見捨てるに忍びなかったのかも。ま、それはともかくとして、桓公を失ったテイの国人はその息子を擁立したの。それがテイの武公よ」

 

 

 「そしてまた、かたじけなくも左卿士の職を拝命しております。
 ちなみに卿士とは執政のことであり、周王の軍隊を率いて出征することもありました。我が祖父の桓公と父の武公は司徒シトに任命され、また父の武公は卿士を拝命したというので、左卿士とはおそらく司徒シトなのでしょう。司徒シト司馬シバ司空シクウとともに当時は三司あるいは三事と呼ばれていました。
 司徒シトは民政を司り、軍費の調達や兵士の招集も行いました。
 司馬シバは軍務を司り、軍馬や戦車や兵士の数を把握していました。
 司空シクウは製造を司り、軍需や兵器の補修も兼任していました。
 文官であるはずの司徒シトが指揮官になることから類推されるように、当時は軍事と政治が未分化だったのでしょう。
 なおこの司徒シト司馬シバ司空シクウは後に三公と呼ばれるようになり、春秋戦国時代の諸国や後代の王朝で最高の官職になります。職掌はかなり変化していますけどね」

宜臼 「よくできました。そう、私は宗家であなたは分家。私は主君であなたは家臣。私は周王であなたはテイ伯。理解できたところでもう一度聞かせてもらうわ。
 あなたは私に何を要求していたのかしら?」

 「四の五の抜かさずにさっさと衛を叩きのめすための軍隊を寄越しやがりなさい

宜臼 「さっきよりさらに悪化してるじゃない!

 「それでは郊外でお待ちしておりますので」

林父 「やれやれですの」

宜臼 「あ、あなたは西カクの君主、カク公の林父リンポ

林父 「陛下、元気を出してくださいですの。
 たとえ諸侯の全てが陛下をないがしろにしようとも、カクだけは周に背を向けたりはしませんの」

宜臼 「うう、周の忠臣はあなただけです」

林父(ふふふふふ、テイ伯の無礼をダシに王に近づくですの!
 そしていつかは卿士の地位をゲットですの!)

 「おっと言い忘れていました。カク公、あなたも従軍するように」

林父 「ぱぎゅう〜!」

 「それに……どうやら陛下はカク公を卿士に任命したいようですね」

宜臼 「そ、そんなつもりはないわよ!?」

林父 (ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!

 「ふむ。どうやら私の杞憂だったようですね。
 しかし君臣の間に隙があってはなりません。
 人質としてわが息子をお納め下さい」

 「うっす、よろしく。
 俺の名はコツ、字は曼伯マンハクだ。伯の字が付いているから長男ってことだな」

宜臼 「長男を人質として差し出すとは……。
 どうやら私はテイ伯の忠義を疑っていたようです」

 「というわけで周からも人質として王子をテイに送るように」

宜臼 「見直して損したー!!

 

 「そんなこんなで、テイは周王の軍とカク公の軍と連合して衛を攻めたわ」

 「家臣にいいようにコキ使われる王の立場っていったい……」

 「そしてBC720年、王は崩御したわ。在位期間は五十一年。あんまり長生きしすぎたものだから、王太子のほうが先に死んじゃったくらいよ。代わって太子に冊立されたのは王の孫ね。あ、あと謚は平王。平ってのは制度に従って政治を行ったとか、治世の間に災害が起こらなかったって意味よ。
 周王朝の衰微を切歯扼腕しながらの半世紀だったわ」

 「王として生まれながら、なんと悲惨な生涯だったのでしょう」

 「しかしその後継者はもっと悲惨だった!!」

 「うわぁ……

 

 

 「むかつくむかつくちょおむかつく〜!
 なんだったのよ、おじいちゃんへのテイ伯のあの態度!
 周の手下どもの人事権なんて、周王が握ってるに決まってるじゃない〜!
 この詠美……じゃなかったリンちゃん様がそのことを教えてやるわ!
 カク公、今度こそアンタに卿士の地位をあげるわ!

林父 「きゃっほうですの☆

 「やれやれ。どうやら今度の王は即位したばかりで、御自分の立場をわきまえておられないようですね。
 祭仲サイチュウ、善後策はあなたに一任します」

祭仲 「おっしゃ、そんならデモンストレーションで周の穀物を刈ってくるわ」

 「パ、パンダぁ〜っ!
 今の無し! 今の無しだからね!

林父 「またおあずけですの〜?」

 

 「こんなふうにテイと周・カクは次第に険悪な関係になっていくわ」

 「確か北方の衛とも不仲だったはずですが。
 おまけに同盟国も無いようですし」

 「これ以上敵が増えれば破滅だな」

 「それが増えちゃったのよね〜」

 

 

孔父嘉 「にゃはははは☆
 ところ変わってここは宋だよ。殷の後嗣で、微子が封建された国だね。
 あ、あたしは大司馬(軍務大臣)の孔父嘉コウホカだから」

 「うん。そして私は宋の君主のだよ。
 ところで私はそろそろ死ぬから後継者には甥の与夷ヨイを立ててね」

孔父嘉 「んにゅにゅにゅ〜……
 あたしとしてはご子息のヒョウさまを即位させたいんだけどな〜」

 「だめだめ。先代の宣公は私のお兄ちゃんだったのに、長男の与夷ヨイを差し置いて私を後継者にしてくれたんだよ。せっかく私を賢者と見込んでくれたのに、ここで与夷ヨイに位を譲らなかったら賢者の評判に背くことになっちゃうでしょ? たぶん殷代の兄弟相続の影響もあるんだろうけど、その辺は置いといて。
 というわけでヒョウ、あなたはテイへ行ってお家騒動に巻き込まれないようにね」

 「はい、お父さん」

 「そんなわけでさよなら現世〜」

与夷 「与夷ヨイだ。叔父にボク公と謚する。ボクとは徳を布いて義を執るという美称だ。参考までに宋の公室の系譜も付け加えておく。

       ○
   ┏━━┻━━┓
 力(宣公)  和(ボク公)
   ┃       ┃
   与夷ヨイ     ヒョウ

 しかしヒョウテイにいる限り、俺の地位は磐石ではない……」

 「国際情勢が複雑すぎて、頭がこんがらかって来たんだけど」

 「そんじゃ、このあたりで諸国の関係をざっと整理してみるね。

 周……テイの荘公が大嫌い。そのくせ諸侯を使嗾してテイを滅ぼそうという根性は無い。
 テイ……西方の周・カクとめちゃくちゃ仲が悪い。北方の衛とも険悪。ほとんど孤立無援。
 カク……卿士の地位を手に入れたい。周王のテイ嫌いに便乗するつもり。
 衛……公孫滑コウソンカツが逃亡してきたことを口実にテイを攻撃。以後は一進一退。
 宋……ヒョウを手駒として抑えているテイが目障り。

 西方の周とカク・北方の衛・東方の宋という三角形に挟まれている形ね、テイは」

 「ずいぶん危険な状況ですね」

 「もちろんテイの荘公もそのへんは理解していたから、東方の斉と友好を結ぶために石門という土地で盟約を交わしたわ。遠交近攻政策ね。
 そこでテイの荘公の乗った馬車が川に落ち込んだりしたけど」

 「なにやってんだか」

 「そして苦難の時がやってくる!」

 

 「ヒョウどの、何も心配することはございません。
 必ずや我がテイが貴殿を宋へお送りし、簒奪者を駆逐して宋公の座を取り戻してご覧に入れましょうぞ」

 「お父さんの遺言では、宋の君主になるのは諦めろって……」

 「なにをおっしゃるおぜうさん!!

 「ひぃっ!

祭仲 「おーい、いたいけな子供をいぢめとる場合やあらへんで。
 宋と衛と陳と蔡の四国連合軍が攻めて来よったでー」

 「むむぅ……。
 一体これはどうしたことですか!」

祭仲 「こないだ衛の君主がその異母弟に弑殺されたんや。
 てゆーたかて、さて簒奪したはええもんの、いつ国人から突き上げを食らうか知れへんやろ? そこで以前から仲の悪かったウチらに侵攻することで国内の支持を集めようとしたんよ。指導者の支持率アップのやり口は紀元前から変わらへんのやな。
 向こうにとっては好都合なことに、殿サンの甥っ子の公孫滑コウソンカツテイの君主にするっちゅー大義名分があるさかいな」

 「なんと卑劣な!
 亡命公子を口実に他国に攻め込もうなどと、私はそのような卑劣漢は今まで見たことがありません!

祭仲 「カガミ見れ」

 「で、でもそれじゃどうして陳や蔡、それに私の祖国まで……」

祭仲 「ぶっちゃけてゆーたら、アンタのせいやろね。
 衛の簒奪者がアンタの従兄弟に通告したんよ。
“もしテイを攻撃して貴君の害(ヒョウのコト)を除外するおつもりがあるのなら、ぜひ貴国が中心となってください。我が衛も兵車を派遣し、陳と蔡も参加させますから”
てな具合にな。陳と蔡は、衛と友好関係にあるからや。より正確にゆーたら、金魚のフンやけど」

 

 

 「ここでまたちょっと補足するわ。
 陳ってのは姓の国で、舜の後裔を自称しているわ。おそらく聖人君子に改変される以前、十の太陽と十二の月の父親だったころの舜=俊を崇める部族の末裔なんでしょうね。
 蔡のほうは三時限目でやった蔡叔度の国よ。蔡叔度は放浪の果てに客死したんだけど、その息子が周の卿士に任命されて再び蔡に封じられたの。
 ま、陳も蔡も春秋十二ゥ侯の中では最低レベルの国力しかなかったから、ろくな見せ場も無いままにどちらも仲良く楚に滅ぼされたわ。
 それはともかく、四国連合軍はテイの東門を五日間包囲して引き上げたの。ちなみにこの戦役はその主戦場から“東門の役”と呼ばれているのよ。
 秋になってまた諸侯は来襲し、テイの穀物を刈り取って引き上げたわ」

 「寤生ゴセイちん、ぴんちっ」

 「ち――――っともかわいくな――――――い!

 「あなたたちのセリフを聞いて、『Air』はともかくピッコロ大魔王を思い出せるのはごく少数じゃない?」

 「あなたはしっかりその中の一人ですが」

 「ところが言いだしっぺの衛の君主が脱落するわ。一言で説明すると、不満を抱いていた家臣に陥れられて斬られたの」

 

 

 「この機を逃す手はありません。さっそく衛に出征し、東門の役の報復を果たしましょう」

祭仲 「セコいことばかりやりよるな。
 ホレ、衛が迎撃して来よったで。おー、南燕の軍も一緒やわ」

 「南燕。召公奭の関係者が植民した都市ですね。
 ちなみに南燕はキツ姓の国なので、これが召公奭の姓なのでしょう。周の王家と同じ姫姓を名乗っていたのはおそらく詐称でしょうから。
 祭仲サイチュウ、貴方は正規軍を率いて前面に陣を構えてください」

祭仲 「まかされたで!」

 「コツよ。トツよ。私の可愛い子たち。
 お前たち二人の力を併せ、この戦場の中で制の軍隊とともに、我がテイにも屈せぬ南燕軍の背後を襲い、そして蹴散らしなさい。
 さあ、旅立つのです」

 「天外Uかよ。
 しかも俺、いつの間にか周の人質じゃなくなってるし」

 「任務了解」

 「オラオラ! 死神と疫病神のお通りだぁ!」

 「任務完了」

 

 「その後、ある小国が宋に田土を取られたから“私たちが先導しますから宋への恨み(東門の役のこと)をお晴らしください”ってテイに持ちかけたの。やっぱりと言うかなんと言うか、テイの荘公は宋に出兵したわ。
 さらに翌年には陳に侵攻するし」

 「イケイケですね」

 「宋の君主もイケイケだからテイ長葛チョウカツを包囲し、翌年に占領したわ」

 「もはやグダグダだな」

 「完全に宋を敵に回してしまいましたね。
 局地戦では何度か勝利を拾っているようですが、四方がみな敵ではやがて圧殺されてしまうでしょう」

 「そこでテイの荘公が取った戦略とは!」

 「戦略とは!?

 「周王のケツを舐めることだった!!

 「・・・」

 「例えが悪すぎよ……」

 「具体的には周の洛陽に朝覲(江戸時代の参勤交代みたいなもの)するようになったの。周王が即位してから今までずっと朝覲してなかったから、テイの荘公の身勝手さに周王も不愉快を感じて礼遇しなかったわ」

 「当然と言えば当然だな」

 「しかし周王の権威はいまだ健在。まず宋が、次に陳がテイと講和したの。特に陳はその公主をテイの太子のコツに嫁がせたわ。
 その交換条件かどうかは知らないけど、カク公が周の右卿士に任命されたの。
 さらに斉の釐公の仲介で宋と衛がテイと講和することになったわ。かつて斉と結んでいたことがここで吉と出たのね。ちなみにこのとき斉の釐公が瓦屋ガオクで行った会盟が春秋時代の風物詩、国際会議の始まりよ。
 さて、喉元過ぎれば熱さを忘れる。せっかく講和したってのに、今度は宋が周に朝覲を怠っているって名目を掲げて、荘公は諸侯と会合して宋を攻撃する計画を立案したわ」

 「自分こそついこないだまでないがしろにしてたくせに」

 「そんなころ北戎がテイに侵攻したの」

 

 

 「このような危機にあっても故事に従って行動を決めるのが君子の嗜み。
 ここはひとつ、蛮族のを撃破した父上の過去を参考にいたしますか。
 それでは回想シーン、スタート!」

 

 

掘突 「(じゃあそろそろの連中をブチ殺すか)
 よし、と交誼を結ぶために娘を嫁がせるぞ」

 「おや、私に姉妹がいたのですか」

掘突 「回想シーンに割り込むなっ!」

 「私は次元の狭間で遊ぶ男」

掘突 「坂田鋼鉄カ※1かおのれは。
 まあいい、おいお前ら。これから戦争を仕掛けるつもりだが、どの国がいいと思う?」

関其思 「大夫タイフ関其思カンキシ  それはもちろんでござろう」

掘突 「(待っていたぜこんな空気の読めないスケープゴート!)
 兄弟の関係にある国を放伐しろとはどういうことだ! 我導くは死呼ぶ椋鳥!

関其思 「あわびゅ!

 「ボ、ボクはの君主なんだな。て、テイではすでにグッドエンドのフラグが立ちまくりなんだな。て、テイへの防備はもう必要ないんだな」

掘突 「の君主がマヌケで助かった。我は砕く原始の静寂!

 「ははしゅ、はしゅしゅ、はしゅ〜!!

 

 

 「とまあ、こんなエピソードが紀元前三世紀に成立した『韓非子カンピシ』に収録されているの」

 「歴史的事実というよりもむしろイソップの寓話に近いものを感じるんだけど」

 「確かに『春秋左氏伝』でさえカバーできていないような古い時代の話だし、いかにも支那の戦国時代ちっくなマキャベリズムだから全部鵜呑みにはできないかな」

 「しかし完全な虚構でもない、と」

 「その通り。ってのは『韓非子カンピシ』よりも古い『竹書紀年チクショキネン』って年代記に、BC763年にテイ大夫タイフの関其思を殺したって明記されてるから」

 「だったら疑う余地など微塵もないじゃないですか」

 「ところがどっこい、肝心のを撃滅したことについては『竹書紀年チクショキネン』に一言半句も書かれていないのよ」

 「うわおぅ

 「何より関其思が処刑された理由さえ書かれていないし。ま、今回もまた古代史によくあるパターン、“ホントとウソの境界線がはっきりしない”って奴ね」

 

 

 「というわけで我々も二匹目のドジョウを狙って北戎と婚姻関係を結びましょう」

祭仲 「いや、とっくの昔に臨戦態勢に入っとるから無理に決まっとるやろ」

 「ななななななんとぉ!
 そのような展開、この海のリハクの目をもってしても見抜けませんでした!」

祭仲 「なら仕方あらへんな。
 しっかし、世が世ならあんな無策軍師に縦横に操られとった万の軍勢が哀れでならんわ」

 「漫才はその辺で止めておけ」

 「おお公子の突、なにかいい計略が浮かんだのですか?
 こちらは戦車を主戦力にしていますが、あちらは歩兵です。もし我々の陣列に突っ込んできたら、こちらの混乱は必至」

 「我に策あり。まず威勢はいいが根性のない連中に先鋒を任せる」

 「ふむ、そのような性格ではすぐに逃げ散ってしまうと思われますが」

 「それが狙いだ。連中の退却路に兵を埋伏させて置け。
 戎に戦術などない。陣形も組まずに先陣を争い、戦利品を目にすれば味方同士で奪い合う。勝利を掴めば勲功は独り占めにし、敗北と見れば戦友も見捨てるものだ」

祭仲 「異民族への蔑視バリバリやな」

 「だが事実だ。まさに蛮族、バルバロイ。BC390年にローマを占拠したガリア人とほとんど変わりはない。
 作戦の説明に戻るぞ。つまり肝心な点は、奴らに勝てると思い込ませることだ。それが成功すれば、蛮族どもは何の策も無しに突撃して来るだろう。そこを伏兵が側面を突けば奴らは退却し、出遅れた者たちは手伝おうともしないだろう。あとは崩れながら敗走する戎を追撃すればいいだけだ」

 「見事です。あなたの建策に従いましょう」

祭仲 「おっしゃ! 戎の先鋒が伏兵に突かれて敗走し始めたで!」

 「よし。祝耼シュクタンに追撃させろ」

祝耼 「遊びでやってんじゃないんだよーっ!

祭仲 「祝耼シュクタン、戎の軍勢の分断に成功!」

 「祝耼シュクタンは反転。主力とともに逃げ遅れた戎軍を覆滅しろ」

祭仲 「敵軍の殲滅を確認!」

 「任務完了」

 

 

 「つ、強い……」

 「公子突はこの後も戦場で活躍するわ。春秋の隠れた名将ね。
 さてテイは翌年のBC713年に王命を振りかざして斉と魯と衛と蔡に宋を攻めるように呼びかけたわ。やはりと言うかなんと言うか、テイと犬猿の仲だった衛と蔡は拒否したの。
 ちなみに列強の力関係はだいたい

 宋>テイ=魯>衛>陳=蔡

くらいに把握しといて。時代によってけっこう変動するけどね。
 で、テイは斉・魯と会合、三カ国連合軍は五月に宋の主力を撃破。六月に宋の二つの邑を魯に譲ったわ」

 「おりょ。自分の領土に編入しないんだ」

 「テイの荘公の今回の処置について『春秋左氏伝』では“朝覲を怠る宋を咎め、攻め取った二邑を自分のものにせず、魯にねぎらいとして与えたのは政治の本体を得たものだ”と評価されているわ」

 「いや、周王朝バンザイな儒者が国際関係を論じてまともな評価を導き出すことなんて期待してないから」

 「現代的な観点で見た場合、テイを取り巻く地理的な要因によって説明できるでしょう。
 大まかに言ってテイと魯はだいたい宋を挟み撃ちにできる位置にあります。さらに問題の二邑は宋の東方にありました。テイとしては統治しにくい飛び地を入手するよりも、敵国の背後に位置する友好国に恩を売って宋の注意と守備兵を分散させた方がメリットは大きかったのでしょう」

 「本家ではないが、まさに国際政治はチェスゲーム」

 「状況としては岡崎さまむーちゃさまの世界史コンテンツで解説されている19世紀のヨーロッパに酷似していますね。
 ビスマルク体制によってドイツ・イタリア・オーストリア三国同盟に包囲されたフランス。その逆境を打開するためにフランスはドイツの東方に位置するロシアと手を結びました。テイをフランス、宋をドイツ、ロシアを魯と思えば早いでしょう」

 「古代中国も近代欧州もあんまり変わらないのね……」

 「カミソリ陸奥こと陸奥宗光も同意見でした。
 かつて陸奥は獄中において『左氏辞令一斑』という書物を著しました。これは『春秋左氏伝』で近代外交においても参考になるエピソード五十五話を抜粋したものです。その序文で陸奥は当時の国際状況を「春秋戦国時代を拡大したもの」(「是春秋戦国而且大者也」)と説明しています。もっとも著者が目を通した陸奥の著作なんて『蹇々録』だけですが。
 ちなみに陸奥が師事した安井息軒は当時の『春秋左氏伝』研究の第一人者で、「左伝輯釈」という注釈書を世に問うています。『左氏伝』マニアの師弟ですね」

 「その後、テイの遠征軍が帰還しない隙を見計らって宋と衛と蔡は連合してテイに侵攻し、タイを包囲したわ。
 ま、結局は三国の足並みが揃わず、帰還したテイ軍に逆包囲されて全滅したんだけど」

 「少しずつ風向きが変わってきたな」

 「そしてテイはその報復として宋に侵攻したわ」

 「ほとんど宋は瀕死じゃん」

 「さらに翌年のBC712年、テイの荘公は斉軍・魯軍と連合してキョに攻め込んだわ」

 「ふむ。ひとことで言えばキョとはどんな国なのですか?」

 「ザコ」

 「ふたことで言えば?」

 「ちょーザコ

 「あずまんが大王ですか」

 「ま、実際のところ春秋十二ゥ侯にも選ばれなかった三流国だからね。ちなみにキョは姜姓の国よ。殷周革命で羌族が封建された国の一つなの。
 あ、ついでに言えば許は後漢末に曹操が遷都した許昌キョショウよ」

 

 

祭仲 「さてさて舞台は変わって、テイの祖廟や。祖廟は宗廟とか霊廟とかにも書かれるんやけど、つまりは“おたまや”、君主の祖先の霊を祀っとる場所や。戦争をおっ始める時にはまずここで祖先に報告して佑助を授かることを願い、戦争が終わったら終わったでこれまた祖廟の祖先に勝敗を報告したんや。おそらく殷周革命で周の武王が文王の位牌を担いで出兵したんは、すでに祖先神になった文王の霊力が遠征軍に憑依するのを期待したからでもあるんやろ。
 もっとも祖廟に参詣するのは君主だけやなくて従軍する卿大夫タイフとかも一緒やから、ついでにここで戦術を練ったり武器を分与したり出陣式を挙行したりしたんや。時代が下るにつれて、逆にご先祖サンへの報告のほうがついでになってしまうんやけどね。
 本家でもベタボメされとる『孫子』は、計篇に

っちゅー一節があるんやけど、ここの廟算って単語が当時の社会背景を反映しとるわな。廟算は廟戦ともゆーて、現代風に解釈すれば図上演習や」

 

 

 「諸君、私は戦争が大好き……」

祭仲 「そりゃもーええわ。
 ほんじゃま、戦車を分与するから好きなのを選びや」

公孫閼 「僕が一番、ガンダム戦車をうまく使えるんだ!」

祭仲 「ほんならこの戦車は公孫閼コウソンアツに……」

頴考叔 「させるかぁ!」

祭仲 「あ、頴考叔が戦車のながえを掴んで逃げた」

公孫閼 「エゴだよ、それは!」

祭仲 「それを公孫閼コウソンアツが追っかけた」

頴考叔 「意外と速いものだな!」

祭仲 「けど結局は頴考叔エイコウシュクが逃げ切った」

 「ところ変わって許に到着しました」

頴考叔 「当たらなければどうということはない!」

祭仲 「おー、頴考叔エイコウシュクが先陣を切って一番乗りを果たしたわ」

公孫閼 「公孫閼コウソンアツ、行きまーす」

祭仲 「……あ、頴考叔エイコウシュク公孫閼コウソンアツに射殺された」

頴考叔 「私もよくよく運のない男だな……」

 

 「っとまあ、そんなイレギュラーもあったけど、結局のところテイ・斉・魯の連合軍は許を陥落させましたとさ」

 「戦車を奪い合ったあげく、味方に殺される二十四孝子っていったい……」

 「さてさて戦後処理。テイの荘公は許を完全に滅ぼしたわけじゃなかったわ。許の君主の弟をその領地の東方に移して後釜に据えたの。独立も認め、テイ大夫タイフ(貴族)を派遣して援助させたわ」

 「うーん、なんで荘公はキョを直轄地にしなかったんだろ?」

 「とりあえず当時の文化的背景から説明するね。古代において政治とはマツリゴト、つまり祭祀と同意義だったの。で、何を祭るのかってーとそれは祖霊、祖先神なわけ。国家を滅ぼすってことはその祭祀を絶やすわけでしょ? 結果、祭りを享けられなくなった神は荒ぶる鬼神と化して祟りを成すようになるの。それを恐れて春秋時代ではあんまり国家を根こそぎ滅亡させたりはしなかったのよ」

 「納得できるような、できないような……」

 「じゃ、現代人が納得できる説明は講義の最後のほうに付け足しとくわ。
 ハナシを戻すわよ。この年の冬にテイはまた宋に攻め込んで勝利したわ。そろそろ宋も外交の転換を迫られてきたの。そこで……」

 

 

孔父嘉 「ぶぅぶぅ、ここんとこテイに負けっぱなしだよ〜」

華父督 「……」

孔父嘉 「でも与夷ヨイさまはテイとの和睦なんて頭っから撥ね付けるだろ〜し〜」

華父督 「……」

孔父嘉 「先代に頼まれたからには殿様をすげ替えるわけにもいかないんだよね〜」

華父督 「……あの……」

孔父嘉 「うおおぅ、びっくりしたー!
 脅かさないでよ、太宰(タイサイ。首相)の華父督カホトク

華父督 「去年……あなたの奥様と……すれ違いました……。
 見えなくなるまで目で追って……“美ニシテ艶ナリ”なんて呟いちゃいました……」

孔父嘉 「へへー、美人でしょー。うらやましいでしょー。
 ……え〜と、なんで剣を振りかざしてるの?」

華父督 「あなたの奥様、いただきます……」

孔父嘉 「って……つまり、こーゆーこと?
 ねんがんの びじょを てにいれたぞ!

華父督 「ころしてでも うばいとる

孔父嘉 「ふにゃーっ!

華父督 「……殺してみたはいいものの……。
 殿のお怒りから……身を守るには……」

与夷 「おのれ華父督カホトク 我が後見たる孔父嘉コウホカを私事で暗殺するとは!
 ……む? なにやら騒がしいようだが……」

華父督 「……。毒を食らわば皿まで、です……」

与夷 「どぅぐるおっ!

華父督 「……これでよし……。
 非命に斃れた御主君に……殤公と……謚します……。なお……殤とは……夭折したという意味です……。アイコンキャラが老けている、とか……そもそもお前のせいだろうが、とか……言わないでください……。
 あとは……他の貴族たちとの関係がなくて……私の言いなりになって……ついでにテイと和睦できそうな君主を後釜に据える必要があるから……」

 「あなたに白羽の矢が立ったというわけです、ヒョウどの」

 「なんだかものすごく複雑な心境です……」

 

 

 「BC710年、お家騒動の果てにヒョウが宋の君主として即位したわ。ちなみにテイに亡命したのがBC720年ね。華父督カホトクテイと友好を図り、十年来の敵対関係を解消したわ」

 「テイの荘公はようやく宋との不仲の元凶とも言うべきヒョウを活かせたわけですね」

 「ちなみに春秋時代はやたらと公族や貴族が亡命する時代なんだけど、そんなお荷物をよその国が受け入れる理由がコレよ。彼らを君主や宰相として返り咲かせることが魂胆。もし首尾よく成功したら、彼らを通じて自国の影響力を増大させられるわけだからね。彼らの復権を大義名分に戦争を吹っかけたり、政治的圧力を加えたりもできるし」

 「黒い……」

 「さて東方の抑えが効くようになったテイに対して、周王は左卿士の地位を奪ったわ」

 「なんでまたそんな自殺的なタイミングで!?」

 「さあ。理由なんて書かれてないもの」

 「想像するなら――諸侯の中で台頭してくるテイへの抑止のつもりか、もしくは宋との関係を改善できたテイが態度を大きくして周王の不興を買ったか、というところでしょうか」

 「どちらにしろ思慮の浅い行動ですね」

 「その面当てにテイの荘公は周への朝覲を止め、もとから友好的とは言えなかった両国の関係は加速度的に悪化していったわ。そしてついにBC707年、周王は諸侯とともにテイを親征した!

 

祭仲 「おー、来よったで来よったで。
 周の王師、ぶっちゃけ敵軍の到来や」

 「むむむ……。
 相手の陣容はどのようなものですか?」

祭仲 「壮観、の一言やね。なんせ我らが敬愛おくあたわざる陛下が御自ら中軍の指揮を執っとられるさかいな。右軍はカク公の林父リンポが、左軍は周公の黒肩コクケンが率いとるわ。あ、この黒肩コクケンってのは周公旦の子孫やで。
 ついでに昔っからウチらと仲の悪〜い衛と、ついでに蔡が右軍に合流しとるわ」

 「ぬぬぬぬぬ……!
 ヒョウが君主になった宋は援軍を出さないのですか!
 石門で盟約を交わした斉は!
 二邑を与えた魯は!

祭仲 「ぜ〜ん〜め〜つ〜。
 どこもかしこも梨のつぶてや。好き好んで朝敵の汚名を被りとーはないんやろ」

 「ならば陳です!
 我が太子のコツは陳の公女を娶っているのですから援軍を遣すべきはず!」

祭仲 「あー、陳ね。来とることは来とるで」

 「おおっ!

祭仲 「敵の配下に入っとるけど」

 「はむなぷとらっ!

 「まー陳が俺を女婿に見込んだのも、俺が人質として周で暮らしていたのが理由だしな」

 「この役立たずっ! 役立たずっ! もひとつおまけに役立たずっ!」

 「痛っ、いててて痛ってばよ!
 俺のせいじゃないだろうが!」

 「六カ国連合軍……!」

 「その通り。だが同時に寄せ集めの烏合の衆でもある。
 そしてそこにこそ勝利の鍵は隠されている」

祭仲 「おっ、トツ公子やんけ。アンタ、これだけ彼我の戦力が開いとるっちゅーに、まだ勝つつもりかいな?」

 「お前にはできない。俺にはできる」

 「なにおー!?」

祭仲 「いや、なんでアンタが反応するんやねん」

 「お約束だ」

 「俺の作戦通りに戦局が動けば間違いなく勝てる。
 まずは陣形を布け。『司馬シバ法』の車戦に曰く、“戦車二十五乗を偏と為す”と。戦車隊を前方に配し、伍(五人を基準とする歩兵隊)を後方に配す。伍をもって偏の間隙を埋めさせ、車歩一丸となって密集隊形を為す。
 これ魚麗ギョリの陣なり!」

 

 

 「へっへ〜ん、これだけの軍勢を揃えれば勝ったも同然よね〜!
 これであのちょおむかつくテイ伯だってちょちょいのちょいよ!」

林父 「すごいですの! すばらしいですの! 圧倒的じゃないか我が軍は、ですの!
 きっと陛下は周王朝の中興の祖として万代に語り継がれることになるですの!」

 「へっへ〜ん。ま、このアタシの実力をもってすれば当然よね〜」

 「しかしそんな二人の行く手には辛く悲しい運命が待ち受けていたのです……」

林父 「いきなり不吉なナレーションを挿入するのは止めてほしいですの!」

 「って、ちょっとどっかに行ってよ!
 アンタが傍にいるとKの国の法則が発動しちゃうじゃない!」

 「そんなつれないことは言わないでください。今回はニダーではなくインド人として舞台に上がったのですから。
 おっと、テイ軍の右翼がこちらの左軍に突っ込んで来ましたよ」

 「ふふ〜ん、甘い甘い。そんな小勢でどうにかなるとでも……」

 「おや、陳の軍勢が逃げ出しました」

林父 「そ、それを傍観していた衛軍と蔡軍も踏み止まらずに逃亡を始めましたですのー!」

 「どうにかなっちゃったー!

 

 「いやはや……、突の言ったとおりになりましたね」

 「別に賞賛されるほどでもない。与えられた情報を正しく理解し、もっとも勝算の多い絵図を描こうと思えば誰にでもできる。
 まず陳だが、この国は今年の正月に内乱を起こした。詳しく説明すればこうだ。

 陳の先君・桓侯がその娘をコツ太子に嫁がせたのは覚えているな。その桓侯には弟と息子がいたが、この弟が桓侯の息子(つまり自分にとっては甥)を殺害して自ら太子となったのだ。桓侯の病気が篤くなると彼の弟は即位したが、国人は分散した。おそらく陳が我々テイではなく周の指揮下に入ったのも、先代の外交色を払拭するためなのだろう。
 つまり陳の民にとっては戦争にかまけている場合ではないわけだ。その薄弱な戦意を突けばいい。何よりも先に陳軍に突撃すれば、小勢といえども動揺を誘える。そうすれば陳軍は算を乱して潰走するだろう。それを目の当たりにした衛軍と蔡軍は形勢不利と見て逃走を始めるわけだ。多国籍軍の悲しさだな。後はカク公軍・周公軍には目もくれず、周王の中軍に全軍を投入すれば勝利は疑いない。
 簡単すぎるほど簡単な理屈だ」

 「ふむふむ。しかし肝心の周の中軍が突撃を仕掛けてきたらどうするつもりで?」

 「そのための魚麗ギョリの陣だ。
 そもそも戦車の役目は陣形の撹乱にある。敵の戦車を目掛けて疾走し、駆け違いざまに矛で敵兵を引っ掛けて引き摺り下ろすなり、敵兵の首を斬り飛ばすなりする。あとは後続の歩兵が乗組員を失った敵戦車を包囲する。戦車は旋回性が低く、弧度が大きいために小回りが効かない。ひとたび突撃を始めれば一瞬で両軍の陣形は崩れて混戦になる。そんな戦車を主戦力としていたから、春秋時代の会戦はたいてい一日か二日で終わった。また、そこから決戦主義思想が各国の首脳部を支配していたのだが、それは蛇足だ。
 さて、ああ見えて馬とは臆病な生き物だ。よほどの悍馬でもない限り、直立した人間にぶつかって行けるものではない。御者が強制したとしても足を止めたり棒立ちになったりで進みはしない。つまり、左右の車間に隙間無く歩兵を埋めてしまえば敵戦車の突破力は殺され、相手に打つ手はなくなるというわけだ」

 「なるほどよくわかりました。しかしあなたの説明はいつも長いですね」

 「文句は作者に言ってくれ」

 

 

 「死ぬぜぇ。俺の姿を見たヤツはみんな死んじまうぞぉ!」

祭仲 「お、中央軍が戦旗を振り始めたわ。
 そりゃ、全軍突っ込めー!

 「なんで!? なんでこの戦力差で負けるのよー!

林父 「あ、危ないですの陛下! 敵の戦車が迫っているですの!」

祝耼 「ここからいなくなれぇ!

 「くお〜!! ぶつかる〜!! ここでアクセル全開、インド人を右に!

 「呼びましたか?」

 「ちっがぁーう!
 “ハンドルを右に”の誤植よー!

祝耼 「抵抗すると無駄死にをするだけだって、なんでわからないんだ!

 「ゲ――メスト――――!!

祭仲 「さて、戦い終わって日が暮れて」

祝耼 「俺の放った矢は周王の肩に命中しましたが、敵の中軍は立ち直って殿を務めています。
 ここは追撃を……」

 「いやいやいやいやいや。君子は長上を犯そうとはしないもの、ましてや相手は天子です。我が身が救われ、社稷も無事なら十分でしょう。
 というわけで祭仲サイチュウ。陛下の元を慰問し、ついでに側近の安否も尋ねなさい」

祭仲 「アンタって、シンから嫌味やな」

 

 

 「さて、この会戦は主戦場の地名から繻葛ジュカツの役と呼ばれるわ。ここで一敗地に塗れたおかげで、周の権威は完膚なきまでに下落したわ。なにせ周王の親征そのものが春秋時代でこの一戦だけと言われるくらいで、しかも惨敗しちゃったわけだからね」

 「まさに下克上の時代に突入するわけですか」

 「ともかく歴史の分岐点には違いありませんね」

 「この会戦をきっかけに、テイの荘公は室町幕府を滅ぼした織田信長のように天下布武へと歩を進め……」

 「なかったなかった」

 「ヽ(__ __ヽ)ズコー!!

 「うう、デジャヴに襲われます……」

 「繻葛ジュカツの役を絶頂期として、テイはひたすらに凋落していくの。その短期的な理由としては、お家騒動が立て続けに起こったせいで国力をすり減らしていったことが大きいわね。
 まず繻葛ジュカツの役から五年後のBC702年にテイの荘公が没したわ。その跡を太子のコツが襲ったけど、宋の後ろ盾を背負った突がその地位を簒奪したわ。三年後、祭仲サイチュウと不仲になって突は出奔、コツが復位したわ。けど今度はコツが仲の悪い臣下に弑殺されたの。そこで祭仲サイチュウコツと突の弟、荘公の三男を即位させたわ。するとこいつは斉の襄公に暗殺されて、祭仲サイチュウはさらにその弟を即位させたの。この間、わずか八年。そのうち祭仲サイチュウが死んで、今度は突が復位したわ」

 「うわー、すんごい駆け足」

 「しかもテキトー」

 「正直なところ、お家騒動なんて人物関係がややこしいわりに大して燃えも面白くもないから」

 「それでは、テイが覇業を成せなかった長期的な理由とは何ですか?」

 「テイを取り巻く地政学的環境が原因よ。
 ご存知、支那の黄河文明は四大河文明の一つよね。こんなこと言うと平賀=キートン・太一の娘さんに怒られるかもしれないけど、まぁそれは置いといて。その黄河文明が繁栄した地域が黄河の中流域から下流域にかけてなの。この一帯は中原(チュウゲン。ナカハラなんて発音しないよーに)と呼ばれ、紀元前から支那の中心地とされていたわ。そんなわけで歴史も古く、当時としては大規模な都市が乱立していたの。さっきは許をちょーザコとか言ったけど、あれはあくまでも他の列強と比べてのハナシだからね」

 「なんだかいいことずくめのように聞こえるけど」

 「ちっちっち、ちちちのち。そこがシロウトの赤坂プリンスホテルよ」

 「なんですかそれは」

 「光あれば闇あり。そして光が強いほど闇が濃くなるのが道理よ。
 さっき大規模な都市が乱立していて、春秋時代は都市国家の時代だって言ったよね? その長所については述べたから今度は欠点を指摘してみるわ。
 近距離に似たような規模の国がたくさんあるってことは、逆の観点から見れば、突出した成長を果たす国も登場しないってことなのよ。もしその兆候があれば他の国は連合して足を引っ張るからわけだからね。
 よーするに中原諸国ってのはレベルの高いドングリの背比べなわけよ」

 「決定打に欠けるが故の勢力均衡か」

 「なるほど……、テイの荘公が許を滅亡させておきながら、わざわざ再興させた理由がわかりました。規模があまり変わらず、歴史も古いとなれば亡国の貴族たちの抵抗も侮れない。力技で統治しようとすれば労力が利益を上回る。むしろ意のままになる君主を据えて、その国に対する影響力を増したほうがメリットは大きい。そんなところですね」

 「そ。けどその中原諸国のパワーバランスを嘲笑うかのように急成長した国々があったわ。それが北方の晋と南方の楚、そして東方の斉と西方の秦よ」

 「どれも中原からは遠く離れた辺境ではないか」

 「その通り。けど長所には欠点が付き物のように、欠点もまた長所を内包しているものなのよ。
 まずパワーバランスについてだけど、辺境だから周辺も小さな勢力しか持っていないでしょ。中原の列強と違って、攻略するのにそれほど労力はかからないのよ」

 「でも規模の大小はあっても、その周辺地域の国力は結局のところ似たようなものなんでしょ? やっぱり中原と同じようにドングリの背比べにならないの?」

 「若くて小規模な勢力ってのは、リーダーの良し悪しでわりかし簡単に強大化・弱体化するものなの。そーゆーベンチャー企業だとシステムよりも人的資源に負うところが大きいからね。さて、運良く有能で野心的なリーダーに恵まれて四方を切り従えればしめたもの。そこら一帯で一つ頭が抜きん出た地位にあるわけだから、二代目・三代目がポカをやらかさなきゃ問題なし。順調に版図を広げていけるって寸法よ。辺境に位置しているのもこの場合はメリットに転化されるわ。中原諸国が危機感を抱いたとしても、距離そのものが自然の防壁になってくれるわけだからね。春秋五覇の覇業ってのは、先代・先々代からの蓄積も大きいのよ。
 ちなみに中原諸国はたいてい滅ぼした国を属国化させるんだけど、それとは対照的に晋や楚みたいな辺境国はどんどん自国の領土にしていったの。結果、中原諸国が気づいたときには二流国と蔑視していた辺境国が自分たちとは比較にならないくらいの勢力を築いていた、ってわけよ」

 「ほとんど古代ギリシャですね。かつてマケドニアはアテネやスパルタのような先進地域の諸ポリスに野蛮国扱いされていましたが、名君フィリッポス二世の活躍によって全ギリシャを統一するコリントス同盟の盟主にまで成長しました。フィリッポス二世の息子、アレクサンドロス大王については……わざわざ紹介するまでもありませんね」

 「近現代でもそーゆーことはできるわよ。産業革命を果たしたおかげで世界の中心だった欧州列強、そして彼らをあっさり抜き去ったアメリカとソヴィエト。ヘンな表現だけど、春秋時代は熱戦しまくりの冷戦構造にも似ているのよ。
 春秋時代の中期以降は晋と楚、この二つの超大国がしのぎを削る時代でもあるの。晋がアメリカで楚がソヴィエト、斉はイギリスあたり。秦は正直よくわかんないけど、中原諸国は資本主義国家で陳と蔡はポーランドやルーマニアみたいな東欧諸国ってとこ。あ、これは作者の独断と偏見だからあんまり真面目に捉えないでね。

 

   超大国      大国        二流国         ザコ
   晋≧楚>>>斉>秦>>>宋>テイ=魯>衛>>>陳=蔡

 

 上の力関係もほとんどカンとニュアンスによるものだから。
 さーて、今回の講義はこの辺りでお開き。カーテンコールと次回予告で締めにするわ」

 

 

掘突 「テイ掘突クットツ。謚は武公だ。
 こーゆーバイトがちょくちょくあったら助かるんだが」

武姜 「テイ武姜ブキョウよ。
 なんでこんな意地悪オバサンなキャスティングなのよ……」

 「テイの段です。
 衛に亡命してからの僕ってどうなったんでしょうか」

 「テイ寤生ゴセイです。謚は荘公ですね。
 私の性格が悪いと感じるのは台本の手違いです。信じれ」

祭仲 「祭仲サイチュウや。祭仲サイチュウ足とも李仲とも祭足とも呼ばれとる。
 李が氏で仲は字で足が名やろな」

 「テイの公子のコツ、字は曼伯マンハクだ。謚は昭公。功績を譲った君主に贈られる美号だ。
 そのエピソードについては省略されちまったがな」

 「テイの公子の突、字は子元だ。謚は詞。
 獅ニは無辜の者を殺戮するという意味だ……」

頴考叔 「テイ頴考叔エイコウシュクだ。
 親孝行(?)なキャラといえば私しか思い浮かばなかったらしい」

公孫閼 「公孫閼コウソンアツテイの公族なんだろうがはっきりしたことはわからない。
 二十四孝子の一人を射殺したことで歴史に名が残ってしまった」

祝耼 「テイ祝耼シュクタンだ。
 はっきり言って、名前が残っているだけの一武将だ」

宜臼 「周の宜臼ギキュウ。謚は宣王よ。
 いいとこなしね」

 「周の林、謚は平王よ。
 テイの荘公のかませ犬じゃない! ちょおむかつく〜!」

林父 「カク林父リンポですの。
 なんだか三枚目の役ですの〜」

 

 「名も無きインド人ニダ。
 おっと、この語尾は不適切ですね。名も無きインド人ヒンドゥー」

 

 「宋の和、ボク公です。
 すぐに死んじゃうからどんなコメントしたらいいかわかりません」

 「宋のヒョウで、謚は荘公です。
 グレートゲームに翻弄された薄幸の公子ですね。劇を見た限りだと」

与夷 「宋の与夷ヨイだ。謚は殤公。
 以上だ」

孔父嘉 「宋の孔父嘉コウホカだよ。美人の妻を娶ったばかりに殺されちゃった☆
 実は孔子のご先祖様なんだよ。たぶん後付け設定だけど」

華父督 「……宋の……華父督カホトク……です……。
 ついカッとなって……やってしまいました……。今は……反省しています……」

 

 

   予告になっていない次回予告

 

 

 「極悪非道って、具体的にはどれくらい?」

 「そうですね……。
 “コーエーの最高傑作は?”と訊かれて一ミリ秒の躊躇も見せずに『団地妻の誘惑』と答えるくらいでしょうか」

 「なんていうか……凄い例えね」

 「むぅ……。わかりにくかったようですね。ならば今度はエニックスで行きましょう。
 “エニックスの代表作は?”と訊かれて一ピコグラムの後悔もなく『ロリータ・シンドローム』と――」

 「ストップ! ストップ! そこまででいいわ」

 「そうですか。これでだめなら日本ファルコムと『女子大生プライベート』の関係で説明するしかないかと冷や汗モノでした。
 わかってくれて何よりです」

 「だって同じじゃないのよ……」

 「だから本家からのパクリは止めろと言うに」

 

 「お、おのれー文姜、もう辛抱たまらん!」

 「いやーん、おにいちゃんのエロゴトスキー♪」

 

 「そんな……!
 原作だけじゃなくて劇でさえ露助、じゃなくて魯助にヤられちゃうなんて……」

 「誰が魯助だ。
 私は栄光あるアメリカ民族なのだぞ!」

 「断っておくがそんな民族は存在しない」

 

 「無知! 無知というのは知恵遅れ(の猫)という意味だぜ! いつまでたっても成長しないどうしようもない馬鹿だ。無知! 無知! ゥ児は低能だが、おまえは白痴だ! いつか斉侯の椅子に座りたいんだろうが、おまえにゃ無理だ! おまえは一生、他人の走りづかいで終わるんだ! 理由は簡単だぜ、おまえは無知なんだからな!」

 「なんでそこまで船戸与一風味に罵倒されなきゃなんないのよ!」

 

 「今……殺しの時だッ!」


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※1坂田鋼鉄郎

 「坂田鋼鉄郎ってだれ?」

 「ググれば出てこないか?」

 「よくわからないよ・・・」

 「昔のジャンプに連載されていたザ・モモタロウに出てくるキャラクターよ」

 「モモタロウ?おとぎ話の?」

 「誰もが知っている、おとぎ話のヒーロー桃太郎が鬼退治のときに着ていた「桃紋羽織」。その生地で作られたマスクをかぶって、リングで闘うのは、桃太郎の子孫、ザ・モモタロウ。ギャグとバトルがいっぱいの、エンタテイメントプロレス漫画よ」

 「なんかめちゃくちゃなマンガだね」

 「まあねーその中でも坂田鋼鉄郎と牛バカ丸は脇役だったくせに、ギャグメーカーとして主人公のモモタロウを上回る活躍ぶりを見せてくれたわ〜」

 「詳しいな」

 「この間ちょうど読み返したのよね〜ちなみに『私は次元の狭間で遊ぶ男』ってセリフは幻影ハルカ戦の最中、過去に飛ばされてしまったご先祖ちゃんたちを追ってどこからともなく現れたときのセリフよ〜けっこう有名よ」

   「人呼んで『時をかける中年』! またの名を『時空のはざまで遊ぶ男V』ダス!!」

 「って知らない?」

 「知らない・・・」

 「そーいう年齢か」

 「まあ、コミック文庫で復刻版が出てるみたいだし、短期連載していたザ・モモタロウ PART2として続編も出てるから興味がある人は見てみるといいわ〜」


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